24.裏表
「さて…。まず俺が知っていることから話そうか。この中で一番、このことに深く関わってるからな」
ダットに呼ばれてきた松之介が透の隣の席に座り、続いてダットとアーウィンも座ると、バラザームが切り出した。
席はバラザームから右回りに、エルフィン――ダット――透――松之介、そしてアーウィンだ。ダットはバラザーム側に少しだけ詰めて、テーブルに腕を付きながら透を見ている。
エルフィンは、どういうことか知らないが未だに泣きやまず、咽び声がなくなったものの、ダットが持ってきたタオルを口元に抑えながら静かに涙を流し、時折しゃっくりを起こしている。その一方でアーウィンは、透のことを『噂の魔法使い』だとばかり思っていた為に、ダットから話の一部を聞かされた時のショックで、驚きの眼差しで透を、そして松之介を交互に見ていた。
バラザームの一言の後に沈黙が流れる。
「…ええ、お願いします」
バラザームが透を覗き込むように黙っていたので、返事を待っているということにやっと気付き、頷くと彼がうむっと唸った。
「まずは――そうだな。君たちが『ゲームの世界』というが…簡単な歴史、魔物と俺たちの国が滅んだこと、なぜ君が――」
言葉を切って透を指差す。
「こいつに怒鳴られたか」
隣でひっそりと沈み込むように泣くエルフィンを指差した。途端に彼女は眉間にしわを寄せて「うっ」声を漏らすとタオルに顔を埋めた。その様子に、透は更に息を詰まらせたように悲痛そうな顔をした。
「…この世界には、魔物と言われるほどの巨大な生物が居たんだ。無論、俺たちの国も当然巣くっていた………」
そこからバラザームはゆっくりと話し始めた。
この世界には、元々魔物と呼称されるい動物の突然変異体が世界各種に居た。
だがそれは、ただ単に巨大化、高い致死率を誇る猛毒だったり、姿が他種とは異質であったりする、要するに動物が一種の進化を遂げたようなものばかりだったという。
それに対し、それぞれの国は軍を編成して自国の領土内の魔物を狩ったり、同盟国の手を借りてそれらを撃滅していた――
「ああ、今は数えるほどしか国がないが、この大陸には昔、大小さまざまな国が存在していたんだ」
思い出したように付け足す。
「それぞれ街も広く、ここの数十倍の大きさを誇る街がそれは沢山あったな………だが、7年前に事件が起こる」
七年前。季節は冬を越えた矢先のことだった。
大陸北東部連邦トルマドール主要国、要塞トルマ。
死の大陸と言われる極寒の大陸、山岳を背後に構え、極寒の平原の中心にその城をかまえる、城下町を含む全体に山の様な巨大さを誇った世界有数の要塞型の城を、それは――
襲った。
「…『悪夢の三日間』。俺たちはそう呼んでいる。アーウィンはその時十六歳。エルフィンは十三歳。今のスティルよりも小さかった」
遠い目でテーブルを――たぶんテーブルを通り過ぎて過去を見つめていたのだろう。語っていたバラザームは、ふと、夢から覚めた様に目を上げると、ため息をついた。
エルフィンは泣きやみ始めているのか、すすり泣く声を上げなくなった。
「…その三日間、何があったんですか?」
透が静かに聞くと、バラザームは予想通りの答えを返した。
「簡潔に言うと………俺たちの国は滅んだ」
透は、シュンっとして「そうですか…」と頷く。
――やっぱり。となると、この後の展開は…プレイヤーに関係するなら…
透は一つの仮説を立てた。
ゲームの世界で、プレイヤーだと知られると、とても攻め立てられる状況…恐らく、昼間のプレイヤーのようにゲームだからと言って性根の腐った非礼、非常識をやらかす輩が多いという背景設定があるのだろう。実際、そうだと思える。
なら、エルフィンさんの言った『国が滅んだのも、こいつらの茶番劇の所為』という意味合いの言葉の意味は…?
おそらく、プレイヤー全体の設定として、どこかの国の兵隊として『プレイヤー』と呼んでいるのかもしれない。
バラザームたちの祖国を滅ぼしたのも、設定上ではこちら側の国が昔に起こした戦争、ということになると受け取るとして、茶番劇と言われるのだから、下らない理由で攻め立てて、滅ぼしたのだろう。
透は表の感傷的な面持ちとは違い、心の内では大体の筋道を読めたことで細く笑んでいた。
そう。透はこの世界をちっとも現実とは思わなかった。口上の上ではあわせていたが、内心は言われの無い嫌疑をかけられ、訳の分からぬ間に責め立てられ、強いてはこの状況。
人の、ひねくれた性根が姿を現し、彼はもはや何を言われても情報としてしか見なかった。
――エルフィンさんの心情は、おそらく仇を目の前にしているようなもの。だからこそ、あの和やかな空気の中であれほどまでに激情した、というのも頷ける。
…。でも、あの顔はさすがに透も胸を刺されるような思いを感じた。
透はバラザームが説明しているのを程々に頭に入れながら、エルフィンを少しだけ見た。もう泣きやんでいて、冷えた目でボケっとしている。
おそらく、昔のことを思っているのだろう。それか――
――まだ、試験運転の様なシステムが、彼女の行動を設定しきれていない。
「っ」
ハッとして透は思わず声を上げてしまいそうだった。幸い、声に出てなかったようで、バラザームは話を続けている。松之介も真剣に耳を傾けている。
アーウィンが目線で、「どうしたの?」と問いかけてきたが、「大丈夫です」という意味をこめて微笑んだ。不思議そうな顔をしながらも彼女は目線を逸らし、今度は抜け殻のようなエルフィンに心配そうに見ていた。
ダットはというと、始終エルフィンを気にしっぱなしのようでチラチラとそちらを見ては、多分、こちらにまで意識を持ってこれていない。
透は誰にも知れず、小さくため息をついた。ずっと避け続けていた答えを出してしまった。そうだ。これはゲームなら、プレイヤー以外なら――他は機械………。
途端に胸の内が覚めていくどころか、音を立てて凍りついて行くような気がした。
気づきたくなかった。透は今日という日を恨みたくなった。それと同時に、この宿屋で変化の乏しくも忙しく、旅に出るための資金を稼ぐという目標のもと、我武者羅に居た日々がとてつもなく幸せだったと思えた。
――そうか…。俺は機械相手にいろんなことを思いやったり、考えていたのか。
それから透は、魂が空になったかの様に呆けてしまい、正気に戻った時にはベッドの中で横たわっていた。いつの間にか寝間着に着換えている。寝心地からしてすでにシャワーにも入っていたようだ。
透は、しばらく部屋の隅に広がる空虚の闇を見つめながら、話の内容を思い出そうとした。だが、あまりよく思い出せない。仕方ないから松之介に聞こうと思ったが、当の本人はすでにソファーに横たわって寝息を立てていた。
――なんだ?この感覚…。
透は、失意の底に自分が沈み込んでいることにも気付かず、この無気力と切なさ、緩やかに締め付ける苦しみの原因が分からなかった。
「…クソ」
不意に、夢の中に現れる少年時代の虚像に会いたくなった。今なら、奴を思う存分返り討ちに出来る。過去の自分だ。きっと殺しても何も変わらない。でも――
「こんな気持ちなのは奴の所為だ。あいつを殺せば、きっと………」
きっとこの気持ちも楽になる。透は本気でそう思い込もうとしていた。
その夜、透は目の前でひたすら泣いている幼い少女の夢を見る。月明かりに照らされた広い城の中で、ただひとり泣いている。
生きているとも分からない子兎を抱いて。
元気のないところが続いきます。
一応、物語としては書くべきところですけど、ささっと駆け抜けて旅に出したいです。




