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僕らの旅   作者: yu000sun
26/43

23.異界の者

 その後、シャワールームを出ると、エルフィンの宣言通り着替えのブラウスが置いてあった。 下着とスーツパンツを着た後、手に取ると、その袖口からゴトッと小振りの瓶、ハンカチと共にメモが床に落ちる。


 ゴンッ、ゴロゴロ…と静かな脱衣室に鈍いガラスの音が無気味に響き、途端に無想状態が解かれた透は、顔を真っ赤に染め、鼻から血が垂れた。


 反射的に屈みこむとハンカチを掴む。迅速にハンカチを鼻に当てて抑えなければ、脱衣室は血の惨劇を招くことになるところだった。

 幾分落ち着いてくると、片手でハンカチを鼻に当てながら――手を離すたび顔を天井に向けてハンカチを乗せて――素早く服を着ると、小瓶とメモを持って脱衣室を出た。


「ううっ………ヌメッてる…」


 赤黒く染まったハンカチを透はため息を漏らしながらエルフィンを逆恨みしつつ、初めて瓶をまともに見る。

 その瓶は、いつしかスティルが貸してくれた、消臭効果のある黄緑色のアルコール溶液が入った瓶だった。中には例の如く、小さい小豆(あずき)大の実が7〜8個ほど浮いている。

 メモ用紙には「パンツの消臭に使いなさい」と言付(ことづ)けがなされていた。


 どういう意味か、よく分からなかった透は、取り敢えず穿いたパンツを脱ぐと、鼻に近づけた。途端に、()せる様なざらつく臭いが鼻を突く。

 うっと顔を顰めつつ、(ようや)く意味が理解できた透は、エルフィンさんに後でお礼を言っておこうと心の内に決めつつパンツをテーブルに置くと、未だに聞こえてくる、キタンの快活な声が響く実況に耳を傾けた。

 彼の声は不思議に響き渡り、窓から部屋に聞こえてくる。


(おお!ギリアム氏の強烈な袈裟切りが、挑戦者ライアムの剣を弾き飛ばした!――ギリアム氏の持っているのはただの木の棒の筈ですが――ああ!)


 瓶を開けたまま、染みつかせて拭く為に手頃な布を探していると、キタンの声の合間に僅かにパァアンッと心地よく響く乾いた音が聞こえてきた。


蹌踉(よろ)めいた隙の横払いが――防具を叩いた音はまさに轟音!その腕は剛腕の名に相応(ふさわ)しい!)


「…あれが防具をたたく音、ね………」

 椅子の上に置かれた布巾を見つけて手に取りつつ、首を振る。

「そんなお強い方が俺と勝負したいって言うんだから、泣けるよ」


 物憂(ものう)いに呟きつつ、それに反して、後でギリアムさんにもお礼と労いの言葉を言っておこう、と思うのだった。


 スーツパンツの消臭という休憩を過ごした後、スーツパンツを穿く。少し湿っているが、すぐに乾くだろう。

 ふと、穿いている途中で足に目がとまった透は、華奢な体つきを思いつつ、

「ほかの人の生足だったら喜ぶんだろうけどなぁ…」

と呟きながらベルトを締めると、部屋を後にするのだった。


 一階のレストランに降りて行くと、すぐに手伝いに入ろうとしたが、それをエルフィンが止めた。彼女の声には危機迫るものがあった。透はつられて困惑した顔になる。


「少年、悪いけど騎士様の代わりにまた出てくれない?ギリアムさん――もう三〇戦もしてるの!」

「はい?」


 透は思わず声を裏返した。レストランの前で戦うギリアムは、さすがに疲労の色が見える。 透が下で観戦していた時とは違い、動きが鈍い。相手は武器で、一方でギリアムは木の棒だ。振り易く、負担も軽いがそれでも、まるで剣を振り回すように一撃一撃がやや大ぶりに近い。


「同じ相手が順番で挑んできて切りがないの。さすがにギリアムさんも………」


 連戦続きのギリアムに対して、相手は十分に休憩が取れた上で戦う。その差は歴然としていた。


「――わかりました」

 透はレストランの外を真剣な目で睨みつつ、頷くと外に向って足早に歩いて行く。店と通りを区切る日向の前で立ち止まると、目を閉じて深呼吸する。


 しばらく待った後、痛々しい音が聞こえると共にキタンが声高らかに、ギリアムが勝利したことを告げる実況をする。

 それに伴って威風堂々、通りに足を踏み出していった。

「あ、ここで負けなしのギリアム氏に代わって、再び――」



「………ふぅ」

 薄暗い、人が全くいなくなった店内の中央当たりの席にドッと座る。前傾姿勢になってテーブルの上に蹲った。

 閉店作業もやっと終わらせた所で、ため息をつく。まだ、昼間の喧騒とした耳鳴りが聞こえてくる。


 あの後、執拗な挑戦が嫌だった透は、倒す前に、

『再挑戦できないようにメタメタにされるか、一度負けたら諦めて帰るか。どちらがいい?』

と問い(ただ)し、最初に名乗りを上げた悲運な相手以外は全員後者を選んで、店の前を立ち去って行った。


 前者を選んだ最初の相手には、キタンの出す開始の合図が出た瞬間、木刀に魔力を持たせ、処刑木刀にふさわしくも、斬れることの無い「血錆(ちサビ)処刑(しょけい)大包丁(だいぼうちょう)」を作り出す。

 その具現化の魔法は、休憩もあったこともあり、ほぼ魔力だけの青白い姿ではなく、イメージが強くいれこまれた物質の質感が生々しいものだった。

 いくら透が「大丈夫。これは既に切れ味が悪いですから」などと設定の説明をしても、表面が黒鉄の分厚い鉄板に赤黒く固まった血糊が付いていれば関係の無い話で、刃の部分は包丁のように鋼の色を出していたが、一面にびっしりと血錆が付いている。

 一瞬、たじろいだ相手は、青い顔をしつつ勇気を奮い立たせると果敢に突っ込んできて――


「お疲れ、少年」

 回想をしていると、横からエルフィンの声が聞こえた。続いて隣の席の椅子を引いく音が聞こえる。


「お疲れ様です」

 顔を上げて隣に座ったエルフィンに顔を見る。その顔には、珍しく疲れしか見えない。


「大分やつれてますね」

「今日は本当に大変だったわ〜。血の気の多くてむさくるしい限りねッ!」


 猫背に座って首を振る様は本当に疲れているのがよく分かる。透も疲れに負けて、首を倒して突っ伏す。


「スティルも大分参ってるようだったし、早々と寝ちゃうくらいだったし…」

「はい、二人とも」


 エルフィンがテーブルに指を突っ立ててほじくっていると、ダットがテーブルの上に何か置いた。


「晩御飯、今日はまだ食べてないだろ?パスタを作ったよ」

 透が上半身を上げると、水を置いてくれたところだった。目の前から少し離れた所にパスタとフォークが置かれている。


「悪いが、冷やすのはエリーに頼んでくれ。今、冷却用の魔法器具が魔力不足で動かないんだ」


 水を一口飲んで「ぬっる〜い!」とエルフィンが顔を(しか)めたところだった。その言葉に、途端に()せるエルフィン。透は口に運んでいたパスタを頬張りながらエルフィンの方を見た。


「ええ〜!?もう、そんな時期なの?それじゃぁ…」

「ああ、ボランティアとして町の役人と一緒に魔力の充填を頼まれるだろうな。街中の家庭魔法器具に」


 エルフィンが絶望したように唸りながらテーブルに突っ伏した。


「い〜や〜…。氷冷系って私と(ねえ)さんしかいないんだもん。姉さん、隣町に行ってるから全部回るのに、私ひとりじゃん!」

「毎日みっちり、迅速にこなしても一週間は固いな」


 何時(いつ)(なじ)られたりされているダットは愉快そうに笑って言うと、驚いた事に、エルフィンがううっと泣き始めた。嘘泣きだが、ダットは少し手を止めて驚いている。


「助けて〜少年〜」

「え?」

「いや、トオルさんには無理だよ」


 話の付いていけていない透は、急に話を振られたことに変な声を上げる。そこへ即座にダットが言った。


「?なんで無理なんですか?」


 冷却用の魔法器具の所から質問したかったが、取り敢えず話の流れを()き止めない様に質問する。すると、ダットは回答に困ったように唸った。その間にパスタを頬張りこむ。


「まぁ…色々理由があるんだけど…聞いたところによると、トオルさんは具現化の魔法であって、魔導や精霊使いではないのだろう?」

「――あっ!」


 口に入れていたパスタを飲み込むと、透はダットの言うことをそっちのけでエルフィンに振り向いた。運び終わったダットも席に座る。


「そういえば、エルフィンさんって魔法使いなんですか?」


 今日の朝ですでに分かってはいるが、一応に聞いてみる。詠唱が一切なかったが、もしかして彼女も具現化という類?


「ええ、私も一応…というか元本職ね。系統は操作なの」

「え、操作?でも朝は…」

「あれは、精霊に対して心の内で会話――というより、私の怒りに同調して精霊が起こした魔法ね」


 にっこりと笑うと不意に顔をダットに向けた。びくっとダットが後ろに下がる。だが、恐怖をちらつかせる表情もすっと消えた。


「…まぁ今日は、ああ言う意味合いだったから仕方ない、か」

「そういうこと――にしても、トオルさんは強いな」


 再び黙りこむのを察したのか、透に話を振る。透は口に運んだパスタを一度下げて答えた。


「強いって…魔法があったからですよ。僕自身、それほど強くないです」

「まぁ、確かにそうだけど…」


 ダットが、言いたいところはそこじゃないと言わんばかりに言葉を濁す。


「何ていうか………そう、センス!魔法にかけるセンスが上手い」


 思い当たる言葉が見つかり、ダットが急き込んで褒める。その言葉に怪訝な顔をしながら、口に運びかけていたパスタを再び皿の上に戻した。


「センスって…『血糊処刑大包丁』のことですか?見たままですよ。人を脅したりするのにちょうどいいかなぁ〜って」

「それはネーミングセンスがすごいわね――あと、『エルフィンさんの処刑木刀』についてもコメントをお願いしようかしら?」


 急に冷やりと嫌な寒気を感じた。エルフィンがふふふと目を座らせつつ微笑している。


「エルフィンさん、魔法使わないでください」

「あら、私は何もしてないわよ」


 妙な寒気に身を震わせつつ透が言うと、驚いたように言い返した。次の瞬間、エルフィンがハッとする。


「――そういうこと。ダット?」

「まぁ、そういうことだ」


 驚いた顔でエルフィンがダットをみると、ダットが頷いた。二人の話はすでに透の理解を超えていた。


「いや――でも、ありえるのかしら?」


 透は話に参加しようとは思わず、聞き耳を立てながらパスタに夢中になった。二人の視線を感じるので無闇に顔を上げられない。


「わからない。だけど、コレットが言うには――」

「あ、そういえば彼、少年に負けてたわね」


 ――コレット?…あ〜、あの人か。


 透はその瞬間、コレットも彼らの知り合いだということを察した。二人は更に熱をこめて話す。


「僕は生憎、厨房に箱詰めだったから詳細は分からないけど」

「…確かに。コレット戦の時が一番、色々と魔法を使っていたからね」

「――どういう話なんですか?」


 夢中になって食べていた為か、猛スピードでパスタを食べ終わった透は、到頭、こらえきれずに質問した。途端に会話を中断して顔を見合わせる二人。


「…じゃぁ少年」

 エルフィンがゆっくりと慎重な口調で質問してきた。


「君は、魔法学校か、魔法の教育機関で学んでいたことがある?師匠とか持ってたり…」

 すぐさま透は首を振った。


「いいえ、何も。それに僕はこちらのゲームに来たばか――」


 思わず出た言葉に慌てて口を閉じると、二人とも奇妙な顔をした。透は無意識に感じていた違和感が、最大限に感じた瞬間だった。 そして、言ってはいけないことだと気付かされた瞬間でもあった。


「…ゲームってどういうこと?」

 表情を変えずに言うエルフィンの言葉には、先程までとはまるで別人のように変わって冷たい物が漂う。


「まさか、プレイヤー――あなたも異界者なの?」

「い、異界者ってなんですか?」


 透はその意味と、彼女の言い方、表情の意味を薄々感じながらも聞き返す。喉がカラカラに乾いているのが分かる。ダットが多少険しい顔をしつつも「おい、よせ」とエルフィンを止めにかかるが、その手を叩き落とした。


「あんたは黙ってなさい!」


 ダットに向かってピシャリと言い放った。驚いて透が肩をすくみ上げる。


「まさか…そういう事だったとは思わなかったわ」


 透が戸惑って閉口しているのを、「はい」と受け取ったらしい。透は慌てて、何のことだか分からないと答えた。

 だが、昼間のプレイヤーの態度を見て薄々と勘付いている。たぶん、焦りの色を隠しきれず、顔が強張っている違いない。


「嘘言わないで!あなた、分かってるでしょ!?さっき自分から――」

「ラグシャネス!」


 髪を振り乱して、エルフィンの聞いた事の無いような叫び声に驚いていると、バラザームの吠えるような一喝が店に響いた。一斉にカウンターの方へ向く。バラザームが腕を組んで立っていた。その剣幕はとても恐ろしい。

 透は、バラザームが誰のことを呼んだのか分からなかったが、エルフィンの様子からラグシャネスとは彼女のことだと言うことに気付いた。


「――バラザーム………」

 彼に向きかえって呟くエルフィンの声は弱々しかった。


「…いい加減にしろ。彼女がそうと決まったわけじゃない――聞くなと言っておいたはずだぞ?」


 エルフィンが口を開きかけたが、それを潰すようにバラザームが付け足した。うっと息を詰まらせて肩を落とす。俯き加減に静かに震える声で言う。


「でも…私――しりたくて………」

「――駄目だ」


 少し間を開けて冷たく言い放った声に、さっと上げた顔は、怒りか悔しさから顔を真っ赤に染め上げ、その目には涙があふれんばかりに滲んでいた。


「可笑しいわ!なんでそんな一方的に庇うの?異界者だとすれば、私たちの国が滅んだのだって彼らのあしらった茶番劇のせいなのよ!?何故?何故冷静でいられるの!?」


 重々しい空気の中、エルフィンが透のことを始終指差し、激しく身を震わせながら叫ぶ。透は耳の中に反響していく様な錯覚を受け始めた。体の感覚が鈍くて――いや、なくなってるのかもしれない。ぐるぐると意味が分からなくなってきた。

 彼女が叫び終わったときには、彼女は肩で息をしていて、恐る恐る顔を見ると、その横顔にはポロポロと涙が流れていた。汗と涙で、髪は頬や額に張り付いている。

 透の胸に、グサッと音を発ててナイフが突き刺さった。


「――もういい。お前は疲れてるんだ、エリー」


 恐ろしい剣幕をといてこちらに歩いてくるバラザームは、ため息混じりに彼女の肩を叩き、一言いうと、すぐさまエルフィンは口を開きかけた。が、その前にバラザームが言う。


「少し休むといい。頭を冷やせ」


 納得がいかないという表情のエルフィンは憤怒に燃える表情でキッとバラザームを睨むが、暫く睨んでいると、再びため息をはいて仕方ないと首を振った。


「…わかった。俺が聞く。お前は――」

「やだ。私もいる」

「…なら、黙っていられるな?」


 暫くエルフィンは泣きそうにクシャ曲げて黙っていたが、もう一度バラザームが念を押すと、静かに頷いた。


「ダット」


 エルフィンが頷くのを確認すると、静かに名前を呼ぶ。「はい」と答えると、バラザームに一歩進み出た。堪え切れなくなったのか、エルフィンが顔を伏せて、時折(むせ)び声が漏れる。


「悪いが、上から二人呼んできてくれないか?テラスと――明日はヨシヒサが当番なのか?」


 急に透に話がふられたので、わずかにかすれた声で答えた。透は未だ、正確に状況が把握できてなかった。

 楽しい会話が一変して――エルフィンが声を荒げるなんて…。


「え――は、はい。そうです」


 喉にまるでコルク栓がはめ込まれているかの様に、うまく声が出せない。耳は鈍っていて、透は言えたのかどうか分からなった。

 バラザームは頷くと、ダットに振り向く。


「マツノスケを、起こしてでも呼んできてくれ。静かにな」


 ダットは静かに頷くと足早にテーブルの合間を歩いていき、やがてカウンターの腰ほどの高さの戸を軋ませながら、廊下に消えた。


「――さて」


 こちらに向き直ったバラザームは、テーブルにある六つの席の内、透の真正面に座り、エルフィンをその横に座らせた。


「悪かったなトオル。君も訳が分からないだろうから、この際、君たちの情報も含めて、話し合うつもりだ」


 静かに穏やかな声で言う。重々しい空気の中で心地よく、少しだけ安心した気持ちになれた。


「いいな?俺も包み隠さず話すし、君たちがどんなに突飛な事を言おうとも、信じる」


 透は、無意識に感じていた違和感が、確信につながった。あまりにも信じられない、今まで押しつけられてきた考えよりも非現実的な確信であったが、透は信じられる気がした。


「…ここは――この世界は、現実なんですか?」

「ああ。少なくとも、俺たちにとっては、な」


 そのすぐ後、夜半(よわ)の静けさに響いて、階段から降りてくる足音が聞こえてきた。

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