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僕らの旅   作者: yu000sun
24/43

22.破壊神と勇者たちと処刑木刀 後編

 風を切る音。次々に放たれる一撃を必死に歯を食い縛り、手元の木の棒で鋼の剣を(さば)く。

 最初の脅しも戦っている最中(さなか)では、彼らはまるで何事も無かったかの様に俊敏(しゅんびん)に、力強い攻撃を繰り出してくる。

 気を抜けば木の棒ごと透の首は持ってかれてしいそうだ。


 ――こんなんだったら、余裕なんて持っておくべきじゃなかった…!――ッ?


「うッ」


 頭によぎった一瞬の後悔が透の集中力を削ぎ取っていった。わずかに表れた意識の隙に、ハンターの蹴りが彼の腹に入り込み、体を逸らし気味に防いでいた透は一気に姿勢が崩される。


「もらったぁぁぁあッ!!」


 思わず木の棒を持っていた右手をついて、大きく振りかぶった剣をギリギリ見上げるような姿勢。誰もが間違いなく決め込めると確信したが――


 瞬間、透は大きく口を開いた。


「スウィング――」


 叫び声の初音が口から発せられるとともに、屈みこんだ体を軸に右手がはじかれたように不自然に跳ね上がり、軌道を描いて…



「アッパァァァァアアア!」

 バァアンッ!


 固い鞣革(なめしがわ)を強打する乾いた音が鳴り響く。

 後ろから見れば覆いかぶさるような形で立っていた男の体が浮きあがり、同時に突然に舞い上がる風。


「イッ――!?」


 喉から絞り出すような聞こえ、体を貫く激痛に、彼は歯をむき出して白目をむいた。


 ――…ご愁傷様です。


 誰よりも近く見ていた透は、思わず目を逸らす。この人、これから一週間はまともにトイレとか行けないだろうな…。


「――セイッ!」


 酷だとは思っていても、木の棒に魔力を込める。


 彼の体重を腕に感じながらも、巻き起こす風の後押しで上に向って振りはらった。ポーンっと投げ出された彼はそのまま石畳の上に揉みくしゃになって転がっていく。


 うつ伏せで止まった彼の顔を見ると、白眼をむいた目から涙が流れだし、口からは唾液と泡がだらしなく垂れている。うう〜っとゾンビのように呻いて、時折苦しそうにせき込んでいた。


 幸いにも、彼は腰当てをつけていたので、機能不全にはならないだろうが…。透は思わず下腹部を押さえながらしゃがみ込みたくなった。


 力加減は分かっている。棒の頑丈さもある程度分かっているつもりだ――あれは痛い。


「――破壊神、十人目を倒しました!!十人抜きです!」


 興奮している司会が声高らかに宣言すると、お店の方から歓声が上がった。挑戦者の向こう側からも聞こえるが、何よりいかつい男たちが人垣を作っているのだ。


 その声はとても小さく、わずかに聞こえる程度だ。


「…その人、早く運んであげて。手で押さえてるところを早く冷やしてあげた方がいいかも」


 透が悲痛な面持ちで言うと、ギャラリーの中から救援隊らしき人々がレストランの日陰の方へ彼を連れて行った。


「危ないところでしたね…あんな不安定な姿勢から繰り出す攻撃は、まさにトリッキー!――破壊神の名は伊達じゃない!」


 司会者が景気よく叫んでいる。


「見事、挑戦者の大事なところをオシャカにしてしまいました!どうなるんでしょうね彼は――きっと夜のお楽しみも…――え、お子様が隣の部屋に?――これは失礼しました!」


 レストランから持ち出されたパラソルの下に、透に負けて倒れている人はすでに六人もいる。

 他にも三名いるが、一人は盛大に吹き飛ばされ、骨を折るなどの重傷により病院へ。二人は軽傷で、ギャラリーの中で包帯を巻いているのがそうだ。


「『エルフィンさんの処刑木刀』強すぎます!――なんなのでしょうか、この強さは!?鬼に金棒とは言いますが――まさに『破壊神に処刑木刀』!――彼女と最凶の武器を打ち破る勇者は現れるのでしょうか!?」


 レストランの二階窓から声高らかに叫ぶのは、先日、暴力団(?)に追われて逃げて行く時に出会った、とってもナイスな性格をしたあのお兄さんだ。


 ひょこっと突然現れた彼は、観衆の中から独りでに司会じみたことをし始め、それがエルフィンの目にとまって二階に案内されたのだ。


 他にも、若い衆の血気が何をしでかすのかわからないと言って、二階に案内された人々がほかの二つの窓から顔を出している。

 うら若き奥さまと二人の小さい兄妹の子どももそこに居た。おそらく、親切に情報を教えてくれた老人もそこにいるだろう。


 必死になって応援してくれて、なんと微笑ましい光景か。透はにっこりと笑って手を振り返した。


「おっしゃぁぁあ!」


 だが、そんな平和な時間もあっと言う間にお開きとなる。突然、雄叫びがしたかと思うと、手斧を持った男性が現れた。


 薄い麻の半袖のシャツに長い布で閉めただけのズボン。靴はそれなりにブーツみたいだ。手斧には全体的に厚い布で、刃の部分に木の板のカバーが掛けてある。


 彼をハンターではなく男性と言ったのは、彼の両腕のどこにもハンターの証明となる水晶の腕輪がなかったためだからだ。あれは魔物を倒した時の記録計だが、そのほかでは時計の役割もあるとこの前気が付いた。


 ここでは機械仕掛けの時計はあっても、腕時計までは進歩しておらず、水晶の魔法による時刻確認が一番手っ取り早いのだ。何より、一番正確らしい。


 ――あ、思考が脇道にそれ始めたな。集中しなくちゃ…。


 呆然と男を観察していた透は、頭を振って戦いに集中する。


「俺は、ジャン・コレットだ!」

「っ!――あ、改めまして。夜茂木沢 透です」


 勢いよく言う青年に、透は思わず噴き出しそうになった。真っ赤な赤髪の毛に、さっぱりと適度に散発されたショートヘアー。額に振り傷がある爽やか全開の青年だ。


 和名でない所からしてプレイヤーではないようだ。にしても、いちいち名乗られるが、透はそんなに覚えてられない。


 透はとても面倒だと思っているが、自分で名乗るように言ったことをすっかり忘れていた。


 二人前の、クラッド・ウィ・シャル…なんちゃら、という名前を必死に覚えようとしてその時点から前は、もう思い出せない。例外が一人いるが。


「あんたの噂を聞いて、ルビナ北東部のリキドって村から来た。ついたのは昨日だけどな」

「あ、それは…とても、恐縮です」


 ジャンの言葉を聞いて、少し驚いた風を取り繕いながら頭を下げる。


 リキドという村がどこにあるか知らないが、噂を聞きつけてくるくらいだから、結構近いと透は予想した。


「…まぁ、俺が村を出発したころの噂は『凶暴なハンター』とだけ言われてたんだが…こっちに来る途中で『破壊神』になっていたとは驚きだ――なにせ神だからな」


 『凶暴なハンター』の云われは、かなり前な気がする。ということは、村までには結構な道のりがあるということか。


 ――どうでもいいけど、話が長そうだなぁ…。


 お腹の減ってきた透は、欠伸をしないように必死に噛みしめながら、ふと、この人は、噂だけ聞きつけてきたんだなぁと感心した。


 他の人たちは―戦う前に身の上を話す人たちは―皆、他に理由があって、ついでで来ているのに、この人だけ噂だけ目当てという気が付いた。


 口上の上で言っているだけなので、本当かどうかは分からないが。


 ――…仲間イベント?あ、なんかそんな気がしてきた。


 そんなことを考えていると、ジャンがさっと右手を差し出してきた。予想外のことに透が当惑していると、試合前の挨拶に基本だろう?と眉間にしわを寄せる。


「あ、それもそうですね」


 慌ててその手を取って握手をすると、彼は挑戦的な笑みを浮かべ「正々堂々、よろしく」と力強い声で言ってきた。握手した彼の手は透の手より格段に大きく、ゴツゴツとしていた。


 他のハンターはどちらかというと、破壊神(とおる)の首を取りに来た!といった感じなので、握手なんてなかったが、彼は先程も言ったように、試合に来ているようだ。


「おお?彼は試合前の礼儀はちゃんと重んじるようです!――そういえば、リキドの村は闘技場のあるルイッシュの町に近いですよね――もしかすると、彼は闘技場の出場経験があるのでしょうか――あ、とすると、合図も僕がした方がよろしいですか?」


 司会の青年が問いかけると、ジャンは振り向いて向き直り「ああ、そうしてくれ」と斧を持った手で振りながら頷いた。


「そうですか!なら存分にさせていただきます!こう見えて僕はハルミティオ出身なんですよ!――闘技場はハルミティオも管理してますからね――では、ハルミティオ出身、このキタン・H・カルバンドが司会並びに審判をさせていただきます!」


 キタン・H・カルバンド。そんな名前をしていたのか、と透は細く笑んだ。キタンって言われると、なんだかコソ泥を思い浮かべてしまうのはなぜだろうか。


「では、試合か――え?ルールを知らない人が多いから倒すだけでいい?――でも彼は――…そうですか。なら、合図だけでも」


 横からひげを生やした小柄の老人が盛んに言うので、キタンは諦めてため息をついた。


「はぁ…。では!――構えっ」


 急に張りのある声を上げ、開始の予感をさせる。透はジャンから身を引いて距離をとった。相手は余裕顔で、右手の斧を透に狙いをつけ左手を添える程度に軽く構えをとる。


 ――?


 透は先程までとは違う違和感を覚えた。


 透は横に携えるだけの構えから足を前後に開き、相手に対し、斜めの足開きで腰を落とし、木刀を両手に持ちかえる。木刀の切先は相手の首の高さだ。


 ――何かが違う…なんだ?


「用意――」


 しゅぼッ!という音と共に炎のように現れた青白い魔力を木刀に纏わせる。青年は少し前傾気味に腰を落とす。


 ――あ。


 透はそこで初めて気が付いた。相手が殺しにかかっていない。でも、だからと言って力を抜いてない。この肌で感じるほどの何か。


 これは彼の純粋な闘志だ。


「――はじめッ!」


 緊張の張った声が耳に届く、途端に彼は走り出した。透は出だしが遅れてしまった。


 気が付いた時には目の前に、跳び上がった青年と、その勢いに乗せた強力な一撃を加えようとうねりを上げる斧が迫ってきていた。


 何が起こったか理解できない。理解する前に透は手の内の木刀で、斧に向かって一閃を放つ。


「――くぅっ!!!」


 ――受け止めるのが、精一杯っ!?


 木刀を纏っている魔力が勢いよく風を巻き起こし、力を何倍にもしているのにもかかわらず、腕は依然として重い。


「受け止めるとはさすがだな」


 一方で、斧を振り落とそうとするジャンは、余裕顔で感心したように言った。悔しくて、更に魔力を込める。風の音がうるさいほど鳴り、まるで木刀から嵐が吹きこんでいるようだ。


 それでも、依然として余裕そうな青年は、いつの間にか右手だけで斧をもち、左手では顎を撫でていた。


「そうだなぁ…魔法使いが少ない分、ここら辺の連中は魔法に滅法知識がないから当然だろうな」

「くっ…」


 透に、先程までの涼しげな顔はすでになく、本気も本気、歯を食いしばり、顔を歪ませて腕に力を込める。


「そうか…アーウィンに世話になっているハンターって聞いたから、如何程のものかと思えば…か弱い外見に変わらず、力もないのか」

「――っっ!」


 はぁっとため息をつく青年に、あからさまに「期待外れ」と言われた様な気がした透は、悔しさと恥辱に顔を真っ赤に染め上げた。

 悔しい……絶対…負けたくない!


「誰が」

「………ん?」


 声を低くして、睨み上げるも青年は依然余裕だった。――透の足もとから青い炎がちらつくまでは。

 熱を持たない炎は一気に体を包み込み、透の今の心情にとても近いものとなった。ゴウゴウと燃え盛る怒りの炎。


「誰…が……」

「お、こいつはぁ…」


 次第に押し返される斧に構わず、まじまじと驚いた顔で透を見る青年。その額には汗が浮き始めている。


「『か弱い女性』だぁぁああ!!!??」

「――うおぅっ!?」


 最後は金きり声に近い叫び声を上げ、勢いよく燃えあがった炎は木刀を振り切らせえると、青年を吹き飛ばした。

 斧は青年の元を離れて地面を転がり、青年も高く放りあげられた後、落ち――


「ゴッド・ハァアンドォォ……」

「(うそだろ…)」


 着地するために受け身を取ろうと体をひねらせた青年は、この状況に思わず呆れたように漏らした。

 落ちる先に、透が脇腹に引き込むように拳を構えていた。透を中心に風が渦巻いている。


「クラッシャァァッァアアアア!!!」

「ふぇっぶ!?」

 ドゥン!


 青年の足が地面に接地する直前、青白い閃光を放ちながら打ちこまれた拳は、彼の腹部に直撃し、彼の口から潰されたように空気が漏れる。

 その、人を殴ったとは思えない音に、観衆はただただ、沈黙していた。


「あ、り…えん………」


 ジャンは、そう呟いたかと思うと横に向ってぐらりと崩れこむ。力なく倒れた彼の口からは少量の泡を吹いていた。


「………。…し、勝者、トオル!交えた剣は一撃と最も少なかったですが――最も破壊神を追いこんだジャン・コレット!――一撃で倒れたのもジャン・コレット!一撃伝説を二つもおっ立てました!!」


 呆然からいち早く復帰したキタンの解説によって、静まり返った観衆が再び活気を取り戻した。救援隊というボランティアの方々によってレストランの方へ送られていく。


 ふと、レストランを見ると、食事をしに新たにやって来たお客は、何が起きてるんだと目を見開いて、終始驚きながら店に入って行った。


 目があったエルフィンはニコッと笑って手を振ると再び忙しそうに料理を運んで行った。


 ――そういえば、店の手伝いの最中だったんだっけ。…一人だとホント忙しいんだよな…。


 さすがに汗が酷くなってきた透が、額から流れてくる汗を手の甲で拭いながら思った。


「………。…?」


 ふと、透は言葉で言い表せないような、微妙な感覚に気が付く。なんだか…そう、何かが無くなった喪失感。


 見ると、木刀を覆っている炎が不規則に弱まり、その度に一気に燃え上がるといったことを繰り返し始めた。


 ――なんだろう。気力を使い過ぎたのか?…気絶するのはまずいよね。


「次は俺、久嶋だ!」


 透が不安そうにしていると、また一人、ハンターが名乗りを出した。彼は確か、店に入りこんだ挙句、抱きつこうとした…。顔立ち、服、身のこなし。


「おおっ、次なる勇者候補は『クシマ』と名乗る青年――彼の武器はレイピアか?剣にしては酷く細身で――サーベルですね!」


 都合のいい外見に、不釣り合いにしまらない構え方。加えて決定的な和名で相手がプレイヤーだと悟った。


 ――プレイヤーって面倒なんだよなぁ…手加減ってものを知らないで殺しにかかってくるから…


 先程も、嵯峨野なんて名乗る珍しい名前の青年が一人、病院送りにされていった。彼は、透のことをさんざん罵った挙句、腕を組んで聞き流している最中に突然斬り込んできたのだ。


 間一髪でそれをよけたが、礼儀知らずな上に、卑怯で散々罵ってくれていたので、透の逆鱗によって彼は病院送りとなった。


 その非礼ぶりは、運ばれていく最中「そんなやつ、魔物にでも食われてしまえ」などという意見が多数出たほどだ。


「…。よろしくおね――」

「てやぁぁああ!!」


 面倒臭い様子で頭を下げ、挨拶をしかけると、久嶋という青年はその鋭利な細身の剣を振りかぶって突進してきた。


 ――…ほらね?礼儀知らずも程がありますよ。


 左手に構えていた木刀が青白く光り始める。


「…うせろ」

「――甘いッ!」


 透のつぶやきと青年の吐き捨てる声、目をくらませる閃光に、風を切り裂くなんて生易しくない轟音が鳴ったのはほぼ同時だった。


「っ!」


 振り切った先には手ごたえがなく、体中の危険信号がけたたましく鳴り響く。


 透は目が見開き、瞳の瞳孔が縮まり、顔の筋肉が委縮していく感覚を受けた。


 足もとの光の粒子が、なぎ払いによって切り裂かれた向こう側から、青年の勝利を確信した、喜々とした顔が(あら)わになる。その顔に、透は今まで感じることの無かった『死』の存在を感じた。


 透の心臓、いや喉元に狙いを定めようと剣を持ち上げるのが、酷くゆっくりと見える。


 それを理解するかしないか、即座に全身に寒気が走――


「死ねぇ――うわっ?!」

「!!」


 その時、予期せぬ突風が吹き荒れた。それは透の一閃によって出来る付加攻撃なのだが、タイミングがずれているばかりか、構えていた青年を吹き飛ばすほどの暴風だ。


 当然、体の軽い透は観衆の中まで飛ばされた。落ちていく際、咄嗟に風を舞い起こした透は、風に乗って流されつつ、観衆の上から押し戻されて戦場の端にスタッと降りる。


 地面に揉みクシャになって転がっていた相手の青年は、目を白黒させながらも急いで立ち上がると、そのでたらめな構え方でサーベルを構えた。


 透も構えるが、小刻みに震えていた。嵯峨野というプレイヤーの時は、不意打ちをよけたカウンターを決められたが、カウンターを避けられてしまったことにより、透の自信が一気に崩れたとともに、恐怖によって大きく気力と体力がそがれた。


 ――…あとは無茶しないで魔法だけにするか…。


「てやぁぁ――っ!?」

「悪いね」


 困憊(こんぱい)しきった様子でにやりと意地悪に笑うと、木刀を柄に、青白く光る身の丈以上ある片刃の大剣が姿を現した。

 青年は絶句し、顔色が真っ青になる。


「…と、さすがに切れちゃうよね」

「!こ、この野郎!!」


 分厚い刃を裏返して平たい部分を前にすると、透は横に構えた。それを見て、馬鹿にされていると受け取ったのか、無謀にも突っ込んでくる青年に透は、心のうちでつぶやいた。


 ――まさに勇者だ…。リーチに違いがありすぎるのに…。


 それでも青年は臆することなく――おそらく、躍起になっているだけだと思うが――猛然にもこちらに向かってくる。


 ――体が重い。斬りかかられたら、避けられる自信ないな…。


 走り込んでくる青年を虚ろに見ながら思った。こちらの世界に来たばかりの時のように体の力が段々と抜けていくような気がする。

 どうやら、気力があとわずからしい。大剣の姿が時折ブレて、揺らいだりするのはそのためだろう。


 ――…今だ!


 青年が高く飛びあがって(最初の時と同じ居合い切りを考慮してだと思われる)剣を振り上げるので、それにあわせて確実に、だが素早く剣をなぎ払う。


 ズヴァンッ!!

「ごふっ!」


 脇腹に大剣が入り込み、見事なまでに吹き飛ばされた。放り出された人形のように転がっていく彼は、勢いが止まって地面にうつ伏せになると痛みと苦しみに悶えていた。

 それでもなお、向かってくるような気がしたので、歯をくいしばって、おぼつかない足取りでそちらに走って行く。


「う、くそ………?」


 ふと、久嶋が顔を上げると、そこには大剣の斬れる方を向けて振りかぶる少女の姿が…


「わ、あ、ギ、ギブ!降参で――」

「せいやっ!」

「――………。」

 透は逞しく低い声で振り落とす仕草をしただけだが、剣が眼前に迫った直後、青年は息を引き取ったかのように気絶した。


「…相手、負けを認めましたよ」


 大剣が煙のようにふっと消え去ると共に、木刀を下げながら言う。一瞬、間をおいた後


「勝者、破壊神・トオル!!」


 爆発的な歓声が響き渡った。疲労しきった顔でレストランを見る。奥で騎士が拍手していたが、透と視線が合うと、すっと立ち上った。


「強いですね!ここにきて、噂でしか聞かれなかった『青く光る巨大な剣』が出現しました!――しかし、彼女の顔を見ると相当疲れてますね――少々、ずるいですが、これなら倒すチャンスがあるかもしれません!」


 ――キタンのお兄さん、とっても声が通るねぇ…その元気わけ欲しいよ。


「さぁ、お次はどなたが――」


「俺だ!」

「何言ってんだ!」

「お前は後だ!」

「てめぇらは後でいいって言ってたじゃねぇか!」


 キタンが声高らかに言いかけると、何やら挑戦者群の方でもめごとが始まった。


 どうやら、キタンの『倒すチャンス』という言葉に後押しされて、透と戦うのを渋り始めていたハンターも気を取り戻したらしい。 急に順番を争い始めた。


 それに構わず、レストランの方へ歩いて行くと、騎士がこちらに歩いてくる。


「…あと、頼みました」

「お任せを」


 木刀を渡した後、すれ違いざまに騎士の肩をポンっと叩きつつ言うと、静かに頷いて答えた。


「おおっ!?これは一体どういうことか!どうやら騎士様がトオルさんと入れ替わりに出てきたぞっ!?」


「俺の名は、ドゥウォン・ギリアム!ハルミティオ城から訳あって来たが――余興ついでだ!破壊神の替わり、俺が引き受けよう」


 透が作り出した屍たち(死んではいない)を通り過ぎて店に入って行くと、後ろで騎士が挑戦者に向けてそう言っているのが聞こえる。


 口々に文句が飛び交うが、彼は恐ろしい形相で「黙れっ!!」と一喝したのち、挑発口調で怒鳴る。


「俺を倒せなければ、破壊神になど到底戦えぬということだ!わかったらさっさと出てくるがいい!」


 透は、ギリアムさんがとても気性の荒い騎士だということ再認識したと共に、余興で喧嘩に交じってくる彼を、少々不真面目な騎士と認識した。


「…ギリアムさん。それはちょっと無理があるよ…」


 破壊神なんて、街の人たちとハンターが悪酔いの冗談として広めたような噂なんだから…。


 レストランに入ると、お客が興奮した面持ちで口々に称賛の言葉で労ってくれた。とても疲れたという印象を与える引き攣った笑みで「ありがとうございます」とお礼を言っていると、


「お、疲れてるね少年!――オヤジさん!ちょっとスティルにフロアーやらせてくれない!?――…少し休んだほうがいい?ほら、こっち」

「…はい、お言葉に甘えて」


 客の声で透が戻ってきたことに気が付いたエルフィンは、バラザームに休憩の意を示すと、透の手を取って、先程まで騎士――ギリアムさんが座っていた席に座らせた。


 厨房の奥からバラザームの野太い返事が聞こえ、少し遅れてスティルが出てきた。どうやら食器を洗っていたらしく、かけているエプロンに水のシミができている。

 透は椅子に座ると、はぁっとため息と共に背凭(せもた)れに寄り掛かった。


 周りを見渡すと、すでに客の注目は外で戦っているギリアムさんに移っている。ギリアムさんは剣の代わりに渡した『エルフィンさんの処刑木刀』を巧みに使って戦っていた。


 ――ギリアムさん、俺より絶対に強いよ…。


 ふと、ギリアムさんの言った『貴殿と手合わせしたい』という言葉を思い出しながら軽く眼を閉じる。すぐにも寝てしまいそうだ。


「…少年、今日はもういいから部屋に戻って服着替えてきた方がいいわよ」

「え、でも…」

 声に反応して薄ら目を開けると…


「…なに顔赤くしてるんですか?」


 エルフィンは透(の体)を横目に見つめて顔をほんのり赤くしていた。思わず体を庇いながら起きあがる。


「え?やぁね。ちょっと忙しすぎて熱いの。少年だって一人で働いている時、顔真っ赤にして駆け回ってるじゃない」


 パタパタとメモ帖で仰ぎながらエルフィンが困ったような笑みを浮かべた。


「…そういえば――そうですね」


 少し疑問形の名残を残しながらも透は頷く。


 一人でレストランのフロアーをこなすのはとても大変だ。熱い出来たての料理も運ぶため、働いているうちにどんどん体が火照っていく。


「私だってね、健全な女の子なのよ?興味があるのは男の子ですーっ」


 ――実は、女の『子』という歳じゃないでしょう?童顔だからって…。


 顔を顰めながらべっと舌を出すエルフィンに、安全だと確認した透は再び背凭れに寄り掛かる。うつ伏せにしたいのだが、意外にも胸の圧迫感が酷いし、何しろ熱がこもって息苦しくなるのだ。


 はぁっと吐き出すようにため息をすると、そこへ、そっとエルフィンが顔を近づけて


「…まぁ、『少年』だから君も範囲の内だけどね」

「――っ!?ば、馬鹿なこと言わないでください!!」


 忘れるわけもなく、しっかりとエルフィンがからかうと、心身共に疲れていた上に、不意を突かれた透はまともに真に受けてしまい、一瞬にして顔を真っ赤に染め上げた。


「…あら、今日は冗談が良く利くのね?」

「疲れてるんです」


 エルフィンから見れば、透がどんなに男だと主張しても女の子だ。恥ずかしい等という前に、本気にしたように見えた気がしたエルフィンは、自分の保守の為に早々に冗談だと漏らしつつ、からかう。


「拗ねた顔もかわいいぞ〜」

「スティルー、エルフィンさんもう休憩いらないってさ!」


 意地の悪い笑みを浮かべながら頬を突っつく指を鬱陶しいと言わんばかりに払いつつ、抵抗に言い放つと、「わかった、からかわないわよ」と笑いながら謝ってきた。


「…で、少年、お昼どうする?」

「そりゃぁ食べますけど……あ」


 透は朝の惨劇を思い出した。…いや、そんなはずはないか。透は頭を振って、脳裏によぎった可能性をかき消した。

 それに、フロアーだから厨房に入ってないだろうし、料理を頼んでもスティルが持ってきてくれるだろう。


「どうするの?」

「ここで食べますよ。食べ終わったらお店の手伝いに戻るつもりですし」


 エルフィンの顔に意地の悪い笑みが広がっていたが、詰まらなそうに

「あ、そう…(もう少し悩んでくれればよかったのに)」

と呟いた。彼女が詰まらなそうにする時、それは平和が訪れる印だ。


 エルフィンは、意地悪やからかう時にとても良く笑っているが、それが不発に終わると、たちまち詰まらなそうにした。


「でもま、こんな状態ですから、お昼時は外さないとだめでしょうね」

「…まぁ、そうね」


 ふと、お店の中に目を向けると、お客は更に増えていた。上に避難させた常連さんたちにももちろん、料理を運びに行かなくてはならない。

 何気なくメモ帳を開けるエルフィン。途端に目を見開いて


「あ、いけない!常連のキシリアご老父から野菜たっぷりパスタのオーダーが入ってたんだ!あと、フロンディさんのお子さん二人にデザートの注文……他に数人のお客様から――」

「もう運びましたよ」


 慌てて立ち上がったところに、料理を運んで脇を通ったスティルが不機嫌そうに答えた。あわせて、黄色い果実のジュースが入ったグラスを二つ、テーブルに置いた。


 確か…マンゴーに似ている味なんだけど名前が違うんだよね。なんて名前だったか…。


「え?」

「大分前に――お客様、ティグルと胡桃のデザートです…」


 エルフィンが間の抜けた声を出すと、冷やかに言ってそのまま、お客の所まで料理を運んで行った。


「…相変わらずスティルはトゲトゲしいなぁ」


 笑いもせず無表情に接客をするスティルを見ながら、座りこむとため息混じりに言った。


「昔はとっても可愛くて、からかうとっても良い反応してくれたのになぁ…」

「…トゲトゲしくなったのって、あなたの所為じゃないんですか?それ」


 こんな異常なスキンシップをしてくるピンクレディに何時もからかわれていたら、しまいには不愛想になってしまうのも納得できそうな気がした透は、思わず口から溢した。


「私がここに来たのはちょうど、君たち――より少し小さかったかしら?まぁ、ここに来たときはスティルもこんなにちっちゃくてね!」


 急に興奮した様子で話し始めるエルフィンの手の高さは――テーブルとほぼ同じくらいの高さだ。


「エルフィンさん、歳いくつですか?」

「え?そうね〜あの時は十歳いってるのかな?」

「いえ、スティルじゃなくて――」

「………女の子に歳を聞くのは非常識でなくて?」


 不意に、ヒヤっとした空気が流れたので、透はすぐさま黙り込んだ。


「ふふふ、そうよ少年。いくら女の子同士でも、歳は聞かないものなの」

「………は、はぁ」


 女の子同士という言葉に、やはり男扱いしてくれないのかと若干のショックを受けながらも、それはまぁ、当然のことだよねと納得することにした。


「…思えば、その時にはまだ、このお店も違う名前だったのよね」


 急に落ち着きを見せて懐かしむような目をしながらグラスの縁を指でなぞる。と、身を乗り出して声を低める。


 外がとてもうるさいので、透も顔を近づけなければ聞こえづらかった。


「スティルからはもう聞いた?お店の名前の由来とか、ハンターになりたかった理由とか」

「え?いえ…ハンターになりたいとは、一度オヤジさんから聞いた事がありましたけど…」


 エルフィンに習って声を低めて答える。


 忘れかけていた事実を思い出した。彼は確かハンターになりたかったのだとバラザームが以前、漏らしていたのだ。


 透もとても気になっていたので、スティルに幾度か聞こうと試みたが、中々切り出すことが出来ずにいた。何より、そこまで自分が首を突っ込んでいいのか心配だった。


「そう。…聞く?」

「………。…いえ、いいです」


 聞きたいという好奇心の衝動に駆られたが、少し考え込んだ後、やがて首を横に振った。それを聞いたエルフィンは、黙って頷くと身を乗り出すのをやめて普通に座った。透も姿勢を戻す。


「スティルが話さないのは知られたくないと思ってるかも知れませんし、聞けることなら本人から聞きたいと思ってます。裏から聞きだすのってなんだか…」

「ふふふ、良いわね。そういうところ、本当に男の子だと思えるわ」

「…ありがとうございます」


 透の答えに頷いて笑うエルフィンは数少ない優しい微笑みを見せた。こういうところ、本当に美人に見えるから困るよな、と思いながら、ふと透は外が気になったふりをして目をそらした。


「…ギリアムさん、訳あってきたって言ったけれど、一体何だったんだろう?」

「ん?」


 暫くギリアムさんの戦いっぷりをみて、エルフィンの微笑み攻撃の余韻が消えた透はそう呟きながら視線を戻すと、彼女はグラスのジュースを飲んでいたところだった…


「あれ?俺の分も無くなってる」


 手元にあったグラスはいつの間にか消えており、少し離れたところに空になったグラスが…顔を上げてエルフィンの顔を見ると、ニコっとウィンクしながらもう一つのグラスからジュースをゴクゴクと飲んでいた。


「…。それって、俺の分ですよね」

「歳を聞こうとした罰よ」


 言葉の後にハートが飛びそうな勢いで愛想の良い言い方をするエルフィンに、思わず鳥肌が立った。まだ根に持っていると、透は受け取った。


「女の子として常識でしょ?次は無いからね」

「…すみませんでした」


 笑顔で言うも、先ほどとは打って変わって、その感情の無い声が何よりの証拠だ。大人しく頭を下げて謝るも、無いと思うと無性に喉が乾く。


 飲み干されていくグラスを物欲しそうに眺めている透を、満足そうに横目で見ながらおいしそうに飲んでいくエルフィン。…ホント、性格が悪いな!


「スティ…いいや、自分で取りに行こう」

「はい」


 独りでに呟いて立ち上がったところに横からすっとグラスが伸びてきた。驚いて顔を上げると、スティルだ。なんとタイミングのいい…


「あ、ありがとう」

「………。」


 呆けたお礼を言うと、スティルは不機嫌そうに無言で向こうに言ってしまった。


「さっき、頼んでおいたの」


 当惑した面持ちで座る透に向ってエルフィンがにこやかに言った。


「…だったら最初から、二杯目がくるまで待ってればいいじゃないですか」

「それじゃぁ、面白くないじゃない」


 意地悪に笑うエルフィンを見て透は悲しそうにため息をついた。


「さ、それを飲んだらまた仕事に戻るわよ?今日は少年のせいでお客がすんごく多いんだから」

「…普通喜ぶべきじゃないんですか?経営側として」


 自分も段々と不愛想になってきてるなぁ、と思いながら素っ気なく言うとエルフィンはきょとんとして、


「君もスティル見たく不愛想になってきたわね〜」

「………もういいです。エルフィンさんはエスパーだってことで」


 いやに考えていることが重なってきていることに、透はとてつもなく絶望を感じた。


 エスパーの意味が分からない様子のエルフィンは、「なにそれ、魔物って意味?」と気分を害した様子で聞いてくるので、「ええ、そんなものですよ」と流して、ジュースを一気に飲み干す。


 ひんやりトロッとした喉越しが、乾いた喉を心地よく潤す。


「あ、着替えてきます」


 仕事に戻ろうと席を立った透は、急に冷えを感じた。ブラウスが汗で大分濡れている。幸いにも、首元から胸元にかけてフリルがあるので、張り付いていてもそれほど見えない。


「そうね。なんだか透けてきちゃいそうよ?」

「………。」


 肩の部分がぺったりと張り付いて微妙に肌色が浮き出ているのを指差して卑しい笑みを浮かべるエルフィンに多少の恐怖を覚えつつも、横を通ったスティルに「あと少しだけよろしくね」といい、カウンターの奥の廊下に向かう。


 透が廊下に入っていく際、

「ついでだからシャワーも浴びてきちゃいなさい。その間に替えのブラウスを持って行くから」

とエルフィンが後ろから大きな声で言うと、少しだけ立ち止まり「ええ、おねがいします」と答えて歩いて行った。


「…そういえば、二人とも本を借りてきてくれるかな?」


 部屋に戻った透は早速脱衣室に入りつつ、呟いた。外からはキタンの熱のこもった実況が聞こえてくる。


 今日の朝、朝食を運びに行った際、バラザームの言った図書館から本を借りてきてもらうように松之介に(ことづ)けしておいたのだ。


 魔物系に詳しく乗っている本、すべての大陸と詳細が載ってある世界地図の本、それらに加えて、できれば魔法関係の本と旅に役に立ちそうな本。


「早く読みたいなぁ」


 ボケっと物思いの世界に足を踏み入れた透は、何時もの様にほぼ無意識の中でシャワールームに入って行く最中、ふと思い出した。


「…変態さん、今度一発殴りにでもいこかな……」


 皮肉めいた笑みを浮かべながら独り言を言う彼は、この先起こるであろう危険なことに、微塵の考えさえも過らせることはなかった。

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