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僕らの旅   作者: yu000sun
23/43

21.破壊神と勇者たちと処刑木刀 前編

すみません。

今回も一万文字超えてしまいましたorz


「…なんで?」


 メモを持って目の前に突きつけられた鋼の剣を凝視している中、黒のスーツパンツにフリルのついた白いブラウス姿の透は、今の状況に思わず呟いた。

 この異様な状況に、店内もざわめいている。


 『なんで』。この呟きは少々間違っていたかもしれない。このことは、早朝に開店前の準備の為、エルフィンに起こされた後に一緒に一階へ降りて行った時から薄々こうなるのではないかと感づいていた。


 早朝、二人の階段を下りる音に気が付いたバラザームは研いでいた包丁を手放すと、足早に厨房から廊下の方に出てきた。


 朝靄(あさもや)がうっすらと降りる早朝は、表通りでさえその喧騒とした通りも閑散として静けさを漂わせている。わずかな足音も廊下から響いてきたので、透は誰かが荷物を取りに来たのだろうと思っていた。それも足音の大きさから大男。バラザームだということを気が付く。


 ちなみにスティルはほとんど足音を立てずに歩き、ダットは足を後ろから前に持って行く際に、踵を床にたたきつかせるような癖があるため、二重に聞こえてくる。


 気を引き締め、階段の降り切った地点で廊下の方に向き直ると、一礼し、遅れて

「おはようございます」

と、丁寧に挨拶をした。

 正直な話、昨日の一件で心身共に困憊(こんぱい)だが、経済的や心身的にも『恩人』であるバラザームに対して怠慢な態度をとるわけにはいかない。

 つくづく、自分も恩義を尊じるやつだと、心の内で半ばほめて、笑っていると、


「…今日はフロアーやらない方がいいかもしれんぞ」


 その声に驚いて顔を上げると、楽天家に見えるバラザームの表情が初めて曇っていた。

 その口調に何かしら心配か、または透に対して良くないことをバラザームがしてしまったかのどちらかだ。

 続いてダットが現れる。彼は笑顔を作っているが顔色が悪い。そして、作っている笑顔も、右側が引き攣っていて、透を気遣う、または恐れているような影がチラチラと見えた。


「そうですね。これからは、代わりにスティルがやってくれるようになったから………それに、フロアー大変だろう?もうそろそろ、女の子のトオルさんには――」

「いいですよ、大丈夫です――男ですから!」


 気まずそうにいう彼にピシャリと言いはなった。ダットの遠回しな表現と、女性扱いする言葉によって、透の目に火が付く。彼は、たとえ口上の上でも透を男性扱いしなかった。


 ――無理?大変?上等だバカ野郎!そんな華奢な可愛げのある女の子じゃないんでね。…そもそも、男の子だしね!


「全然、できます!」

 とどめと言わんばかりに腕を組みながら、鋭く言い放つ。

 その様子に、ダットが顔をしかめて唸り、バラザームが「何やってんだ、馬鹿!」と小声で罵りながら小突い――


「ちょっと?」


 小突く寸前で、三人の空気が一瞬にして凍った。まぁ、バラザームなんて言う大男に小突かれたら、ダットみたいなひょろ長い人は突き崩される壁のように地面に倒れこむだろうが。


「…今より、お客が多かった時期に、一言も!…そんなこと言ってくれなかったわよね?」


 吹雪の如く冷たく降り注ぐ言葉に、怒られていない筈の透まで耐え切れずに身震いした。燃えあがるような怒り方をする透とは別で、エルフィンはすべてを凍らせる勢いの怒り方だ。


「あ、いやぁ、そのだな…」

「それとも何かしら?私は女でさえ無いと?」


 これまた貴重な瞬間が見れた!…と、透は呑気に感激してしまった。あのバラザームが。『怖いもの?何それ食べ物?』と言ってくれそうな、大男のバラザームが!

 エルフィンの怒りを前に、たじろいでいる!?


 最初のころは、恐怖の対象でしかなかったバラザームに恐怖というものがあり、それがよりによって、いつも可愛げぶったエルフィンだった事に……『いつも可愛げぶった』。


 ハッとする。卑しいニヤニヤ笑いがすっと引いて行くのを自覚した。


 その言葉に、恐怖を倍増させる能力があることに気が付いた透は、エルフィンの放った次の言葉にさらに身を凍らせる。


「………あんたたち、これからは外で食べてきた方がいいかもね」

「!?」


 ――…絶対零度だ。


 透は思わず思った。今、ここの気温を測ったら絶対零度に達していると透は確信した。

 以前、学校の理科の実験で液体窒素を使った時に、絶対零度の話が出たので興味本位で調べたことがあった。確か、(マイナス)二七二.一五度。

 これ以下の温度はないとされ、熱学的法則なんていうものによると、この温度にたどり着くことは不可能らしい。


 実際、ありえないだろうが、心理的描写には最高な言葉だと、透は確信していた。だって、二人がコチッコチに凍りついているのだから。

 表面に霜が降りて――あれ?


「あっれー?おかしいな、なんだか本当に寒いよー?」

 取って付けた様な、おどけた笑顔に棒読みで思ったことを読み上げた。触ってみると…これは霜ですね?シャリっと音がした!

 未だ現実逃避を続ける透は、さらにふざけたことを続ける。


「すごいですね!女性は怒らせると怖いといいますが、ここまでだとは、正直知りませんでした!僕、なんだかとっても感動して――」


 とってもにこやかに、小学生の運動会の放送のような棒読み具合で透が振り返ると、そこには――


「――いいや。それ以上、思い出すと本当に凍りついてしまいそうだから」


 朝の回想を終えて現実に戻った透は、思わずメモとペンをそれぞれ持った腕を交差させて身震いした。ああ、何故でしょうか。フロアーとして忙しすぎる仕事をこなさなければいけないのに、こんな所で立ち往生とは。


 透はもう少しかいつまんで回想することにした。


 昼時を少し外して早めに来たお客で埋まっている店内で、厳めしい声で客からオーダーを頼まれた透は、急いでメモとペンを持って駆け寄る。厳めしい声にふさわしい、まさにベテランと言った渋い騎士が片手を上げていた。


 金か、胴が混ぜてあるのだろうか、薄い金色を放つ甲冑は青の布と白銀の縁取りがあり、表面にはたくさんの傷が刻み込まれている。

 胴の甲冑だけは外してあって、足元に置かれている。インナーにはゆったりとした純白のブラウス――透のものとは違い、当然フリルなんてものは付いておらず、ゆったりとした長袖のYシャツといった感じのものを着こんでいた。


「あ、はい!」


 エルフィンのように間延びした可愛らしい返事はしない。バイトもしていたので、ハキハキと言う癖が付いたのか、大変、凛々しいと評判の返事を返した。


 どういう意味か、渋い騎士が頷いている。


 ――こういうオッサンいいね!ほんとかっこいいなぁ。


 渋い中年男性に憧れる透は、なんとなく尊敬な念を抱きながらメモの用意をすると、途端にこう言われた。


「お前が破壊神か?」

「――はぁ?」


 突然の意味不明な言葉に思わず顔をしかめる。…たぶん、相当失礼な顔をしてしまったのではないだろうか。

 途端に、男が右腰の剣に手を置いた。

 透は瞬時に身を引く。騎士様はしばらくにらんできた後、落胆した様子で、ため息と共にこう問うてきた。


「…では、トオルという従業員は――」

「お――僕です」


 思わず、『俺』と言いそうになりながら、間抜けな顔の透がひょいっと手を上げる。途端にカッと目を見開き、椅子を吹き飛ばして立ち上がると


「では、貴様が破壊神ではないかっ!」

「ええっ!?――



 ――…。駄目だ、意味が分からない」

 歴戦を制してきたと思われる、鈍く光る剣の切先が透の眉間をとらえる。とても怖い状況に立たされている透も含め、店の中は緊張と静寂に包まれていた。


「すいません、誰かと一違いではありませんか?騎士様」


 理解の範疇を超えて、半ば呆れ気味の透はなだめるように言うと、渋い騎士様も自信をなくしたらしい、


「…確かに、お前の様なか弱き女性が破壊神とは………」


 と言葉を濁しつつゆっくりと剣を下ろして鞘に戻す。その顔には失意の表情を見せた。

 黄褐色の少し日やけ気味の肌に刻まれた古傷と少なからずもある皺が、その顔を老人にも見せさせる。黒く濃い髪には短く立ててあり、顔と合わせて渋い。

 破壊神の云われは知らないが、自分と戦いたかったという事だけはわかった。

 だが、こんな強そうな騎士と戦えというのが無理だ。

 透は、彼の言った『か弱き女性』という言葉に少しばかり反感を覚えながらも、まぁ、仕方ない、と諦めた。

 こんな如何にも屈強そうな騎士が、今の姿の自分に対して「問答無用!」などと言ってきたら間違いなく幻滅するだろう。


 …恐らく相手が騎士であっても、先日の鋼鉄の扉の様に、容赦なく店の外へ放り出す。


「…では、『鴨肉のステーキ』と『キムナの実のスープ』。パンを貰おうか」


 ため息混じりに座り込むと、メニュー表から適当に頼んだ。「畏まりました」と丁寧に一礼してカウンターに戻ろうとする透に、慌てて「ああ、コップに汲んだ水も頼む」と付け加えると、頭を抱え込むように再びため息をついた。


 そのため息を合図にしてか、聞き耳を立てていた店内のお客たちが次第にしゃべり始め、5分もしないうちにいつもの活気を取り戻していた。


「………。どれだけ楽しみにしてたんだろう?」

「そういえばあの方、確か………昨日の夕方にも来ていらしたのぅ?」


 彼の様子に、思わず透は呟いていると、カウンターのすぐ近くで食事をしていた白髪の老人が言った。声につられて見ると、スープをしみこませたパンを口に頬張ろうとしていたところだった。

 老人の言葉に驚いた口調で言う。


「え?昨日もいらしたのですか?」


 透が聞き返すと、ゆっくりと開いていた口を戻して、パンをスープの中に戻した。白っぽかったパンがスープを吸い上げて瞬く間にコンソメスープの色に染まっていく。


 老人は構わず、

「ああ、町から送られるお金があれば、ここで毎日三食食べれるくらいのお金はあるんじゃよ」

と笑って見せた。どちらかというと、気付いていないといった感じだ。


「え、あ、そうなんですか――では、騎士様が、昨日もいらしたのですか?」


 勘違いしたのか老人は、自分のことを話し始めた。よくあることだ、と思いながらも透は少し困ったような顔をしながらも、丁寧に質問しなおす。


 一瞬、怪訝な顔をした老人だったが、ハッとして

「ああ、そうですな。あのお方は昨日もいらっしゃった」

慌てて頷くとさらに付け加える。


「何せあの格好じゃ。風変りなハンターや旅人が来るといっても大体の種類分けの出来る外見が多いが、全身甲冑に立派な剣とくれば、早々おらんからの」


 にやりと笑うと、透も「そうですね」と、笑い返しながら相槌を打った。フロアーの仕事ってこういう些細な事が、透の楽しみでもあった。


「そういえば、お爺さん。今日はいつもより早いですね?いつもはどちらかというと昼時を外して遅めに来るのに…」


 透が何気なく言うと、やっと食べようとしていたパンを再びスープの中に置いた。もうぐちゃぐちゃでパンとは呼べない気がする。悪いことをしちゃったかなぁ…と透は申し訳なく思った。


「それはじゃな。一昨日、トオルくんに対して噂を立てた馬鹿がおるのじゃ。その所為で今日はゆっくりしてられないと――」

「噂?どんなうわさですか?」


 「トオルくん」とは、エルフィンが客に接客をしている際、透の部屋着について何気なく話題に上げた時、盛んに透のことを「少年」と呼んでいたことから、この老人の様な常連は親しみをこめて「トオルさん」から「トオルくん」と呼び方を変えていた。

 透は、老人の言った「噂」がすごい気になり、同時に「立てた馬鹿」がすごい気になった。老人が騎士の方を盗み見た後、耳を貸すよう手招きする。


「…実はの」

 屈みこむと老人が口元に、騎士の方に向けて壁を作りながら耳打ちをしはじめた。


「騎士様の言った『破壊神』というのはその噂なんじゃ。おそらく、その馬鹿が街中のいたる酒場で言いふらしていたはず」


 果てしなく迷惑な話だ、と透は思った。自分が破壊神?なんで神様になっちゃってるんだ…。まだ死んでさえないよ?


 神様は死んでいるものと誤った認識をしている透は呆れて笑いながら思った。


「どういう意味なのか、噂の発端となった出来事があった現場の住宅区の人たちもほとんど見ていないから、『破壊神』と噂されるトオルくんに挑戦しに来るのじゃ。確認のためにな」


 一昨日。見られていないということは人通りの少なかった場所に加えて、老人の話からすると、住宅区で起きたこと。

 …そして、『馬鹿』と称される人。


 好意的でも、そうでなくとも、最後のであれば何十人といるが―透も一部の人には言われているらしい―他の情報を混ぜれば、途端に一人の人物が浮かび上がった。


「…あの変態か」

「まぁ、そうともいうかのぅ」


 姿勢を元に戻し苦々しい顔で、途端に口調を変えて舌打ちをすると、老人が肩をぽんぽんと叩いてなだめた。

 ありがとうございます、とお礼を言うと「いいんじゃよ、女子(おなご)だから」とお茶目な笑みを浮かべた。

 結局下心あるのか、あんた…、なんて少しがっかりしながらも、相手が老人だからそう不愉快に思わないのが不思議だ。


「…さてと。仕事にもどりますね」


 長いこと老人と話し込んでいたので、エルフィンがとても鋭い視線を送ってきたところだった。


「声、震えておるよ」

「え、え?大丈夫ですよ」


 老人が透のおびえた様子を見て笑いながら言った。

 今朝の惨劇を見た後だからなのか、なぜか体の内が急に寒くなる。そのうち凍りついてしまうのではないかと心配になってきたので、バラザームがカウンターに一セットになった料理のお盆を置いた瞬間、急いで取ってお客の所に持って行った。


「トオル、6番テーブルだ!」

「はい!」


 バラザームの叫び声を返しながら指定のテーブルへ向かう。呼び捨てで呼ばれるのも手伝い中だけだ。 ふと、料理を見たとたん、思い当たるところがあり、良くも悪くも自分はなんてタイミングの良い人間なのだろう、と思った。

 料理の品が、あの騎士の注文したのと同じものだったからだ。六番テーブルといえば、店内の中央に近い、歩きやすい辺りとは比較的開けた場所になっている。

 だからこそ、先ほど騎士が立ちあがりざま椅子を吹っ飛ばしても、周りのお客にぶつかって一悶着起こすという事がなかったのだ。


 ――・・・まぁ、相手が騎士ならだれも喧嘩売らないと思うけどね。


「えーっと、鴨肉ステーキと、キムナスープ。パンとお水です。代金は四十七ウィックになります」

「一ゴールドでいいか?」


 透がいつもの商売笑顔で言うと腰の巾着から金貨を一枚出してきた。


 ――確か一ゴールド=五十ウィックだよな?


 単位の繰り上がり方を思い出しつつ、スーツパンツに作った専用のポケットから三ウィック取り出す。


「一ゴールドお預かりします。お釣り三ウィックです」

「いや、いい。先ほどは失礼なことをした」

「はぁ…」


 三ウィックで何をすればいいんだろう…。ふと、この世界のお金の相場から考えて、日本円に換算してみた。


 ――え〜っとパンと水はサービスだから、ステーキとスープで四七ウィックなんだよな?ここが普通の食事処だとして、ステーキは三〇ウィックと比較的高いし、スープは一七ウィック…。

 スープが…そうだな。メインのおかずとかに負けずの値段だから六八〇円位だとしよう。面倒だからステーキが一二〇〇円位。

 じゃぁ、三ウィックは約一二〇円?…缶ジュースが買えるな。


「ありがとうございます」


 三ウィックをくれたサービスにとびっきりの笑顔を差し上げてあげた。いつも使っている笑顔といえば、口元を軽く緩ませる程度だから周りの人も驚いていた。

 だが、その瞬間、あってはいけないミスをしたと思ってしまった。この状況は、お金を渡されてとっても喜んでいるとしか思われてない。…面倒な事になるだろうな。

 透の心配をよそに、店の前の通りでは店内を覗き込む輩が増えてきて、お客の間でざわめきが立ち始めた。

 ただ単にお客がのぞきこんでくることはあるが、皆武器を持った強そうな人間だったからだ。

 しばらくすると、そのうちの一人が進み出てきて…


「頼もう!ここに『破壊神』なる者が、従業員として働いていると聞いたのだが!?」


 なんて古典的なしゃべり方なのだろうか。軽い感じのしゃべり口調からしてノリで話している感じだ。顔立ちも悪くない…というよりかっこいい方。

 透は、彼がプレイヤーだと確信した。

 透はため息を漏らすと騎士に「ごゆっくりどうぞ」と愛想よく言った後、その迷惑な青年の方に歩いて行った。


「すみませんが、当店はレストランですので、その様な者は――」

「ハイハーイ、そこの彼女がそうですよ〜」

「はいそうですよ!僕が――って何言ってるんですか、エルフィンさん!?」


 いつの間にか隣に立っていたエルフィンが爽やか、且つ華麗に透のことを指差すので、何気に笑いをとることが好きな透は、甘んじてそれに乗ってしまった。

 期待通り、店の中では笑いが起こるが――


「…何なんでしょうかね?この視線は」


 外のハンターや若者が一斉に透に対して異様な視線を送ってきたのだ。それはもうさまざまな視線で。


「…お客様、失礼ですがそこに立たれると並んでいるお客様の邪魔になりますので、並ぶか、申し訳ありませんが立ち去ってもらえませんでしょうか」


 空腹で来た…といった感じではなさそうなので、とりあえずお店側からの立場で、退くように申し上げると、青年が鼻で笑ってきた。


「破壊神、勝負しろ」


 ――ええ?いきなり無視かよ。しかも鼻で笑うって、何だそれ?


「お客様…他のお客様に迷惑ですので外にいってもえませんでしょうか?ついで、お店の前で群がられるのは――」

「勝負しろ」


 引き攣る顔を如何にか笑顔に変えながらも早口で言うと、透の言葉を遮って強めに言ってきた。 一方でエルフィンは名残惜しいといった感じで奥にも戻って行く。そこはトオルにまかせて、エルフィンは店の仕事をしろ、と言われたのだ。


「…お客様、他のお客様に迷惑で――」

「勝負しろ」


 なんて失礼なやつだ、と透は思わず顔をしかめた。

 そしてふと、思いついた。これはゲームで、破壊神という噂が立っている透は、もしかしたらシステム側のイベントキャラだと思われているのではないか、と。

 だとしたら、当然、相手がコンピューターだからいくら失礼でも大丈夫だろうという考えをする人間がいても、なんら不思議なことではない。コンピューターに、いくら人格を持たせても、所詮はデータの塊。

 ペット以下の存在だと言われても、反論できるか、正直苦しいところだ。


「いいから勝負しろよ。破壊神なんだろ?あんた―」

「――っ!」


 青年の左腕の先が、何気なく視界から見えなくなった途端、いやな予感がした。瞬時に身を引かせると、青年の腕が腰を掠める。


 ――うわ、こいつ何気に抱きつこうとしやがった!


 空振りして手元に戻る腕に顔をしかめて舌打ちをする青年に、透があからさまに嫌な顔をした。


「…最後の忠告です。お店の外へ…」

「断る。俺たちと戦え」


 気持ち悪さと腹立たしさとなめられていることの悔しさから、怒りを覚え始めた透は低い声で言うも、逆に愉快そうに青年が笑う。

 瞬間、透は到頭、抑えきれなくなった。


「外へ――」

「?」


 店の奥からふわっと風が通ったかと、次の瞬間、青年の前に立っていた透の姿はなく、青年の右腕が不自然にも後ろ手に引き上げられていた。

 その手を持ち上げているのは透。


「出ろって言ってんだろうがっ!!!」


 一際大きい怒号が鳴り響かせながら、透が全身を使って青年の右腕を大きく振りかぶる。

 まるで細い木の棒のように呆気なく青年は宙に浮き、ゆっくり回転しながら外へ投げ飛ばされた。店の中では驚きの声。一呼吸置いて、通りからは盛大な音と悲鳴が上がった。


「勝負しますよ!だから店の外に出ろと言ったのが分かんないんですか!?」


 透が怒鳴り声を上げると、仲間の手によって起こされた青年は、未だに何が起こったか分からず、目を白黒させていた。


 ――まぁ、勝負する気なんて、立った今、起きたんだけどね。


 ふーっふーっと息を荒げて立つ透は、ふと、武器が欲しいと思った。


「…少し待っていてください!」


 噛み付くように言い放つと店の方に戻って行った。店に入ってあたりを見回すも、残念な事に常連のハンターはまだ来ていない。騎士の剣に目がとまった。


 ――いや、それはまずいか。


 透はアーウィンとの約束を思い出した。町中で喧嘩をするときは如何なる時でも――せめて、この街の中だけでも、刃物の使用は一切禁止、と言われている。


「トオル君、大丈夫なの?」


 キョロキョロと武器となりそうなものを探していると、小さいお子様づれのうら若き奥さまが、心配そうに聞いてきた。

 あのご老人のように毎日通っているわけではないが、常連さんでも特に多い方だ。


 聞かれた時、透はキョトンっとした顔になったが、すぐに微笑むと


「大丈夫です。礼儀知らずには制裁を与えなくては」

「…そっか。その調子だと大丈夫そうね」


 強気の透に奥さまは安心したのかにっこりと微笑み返した。小さい二人の兄妹が可愛い声で「がんばれ」などと喃語混じりに応援してくれている。

 それに触発されてか、応援の声がちらほらと聞こえてくる。


 ――まぁ、面白いとしか思ってないのが大半だろうけどね。


 見世物にされているようで、少し納得がいかない気もしたが、もし自分が席に座っている客側だとしたら、自分も間違いなくそうだろうと思ったので、適当に返事をして気にしないことにした。

 とりあえず、応援してくれている子供二人にしゃがみこんで頭を撫でる。ふと、その頭の高さにあるテーブルの上にナイフが置かれていることに気が付いた。

 奥さまに了承を得て、ナイフを手にする。

 一人考え込んでいると、横からエルフィンが首を出した。ナイフを目にし、とっても怪訝な顔をしている。まるで、これでさえ駄目だという感じだ。


「…これ、だめですか?」

「ルーさんに言いつけるよ?それに、店の前を血の海にするのはまずいと思うよ?」

「やっぱりそうですか?ナイフだと攻撃するたびに相手を切り裂いちゃいますしね…それに、刃物で手加減できるほど器用でもありませんし」


 手の内のナイフを見ながら不安げな表情でこぼした。どうせ、魔法があるから必要ないのだが、使わずに持っていても、何か拍子に刺してしまわないとも限らない。

 だからと言って丸腰で出ていけるほど透には度胸がなかった。

 そんな様子の透に、エルフィンが、「仕方ないわね」とため息をつく。


「喧嘩に使いたくなかったけど…手頃な物があるの。持ってくるわ」


 いいです、と断るべきか迷ったが、「お願いします」とだけ頭を下げた。エルフィンは頷くとカウンターへ歩いていき廊下の奥へ消えて行った。


「…本当に剣で戦わないのか?」


 すくっと立ち上がった透に、後ろから騎士が声をかける。振り返ると、騎士は食べる手を止めて、こちらに歩み寄ってきていた。何故か心配そうだ。

 ふと、彼は騎士だから、などと妙に納得できるような理由が頭に浮かんだ。

 騎士道精神なるものがあるくらいだし、女性が武器と呼べそうなものさえ持たずに戦うことが、気が気でないのだろう。


「この剣をかしていいんだが……?」


 少し言いにくそうに剣を差し出してきた。

 洗練されたスタイルは、切先から見た時は鈍く感じた白銀の刀身、唾には黄金を混ぜた金属で蒼いコバルトブルーの三角形の宝石を主役に数種類の宝石がちりばめられている。

 よく見れば、質素ともとれる飾りっけの少なさだが、その格好良さは、まじまじと見せられた瞬間、透の眼の色が変わるくらいだ。


「…いえ、お気持ちだけでも」


 絶対欲しい!などとはやる気持ちを抑えながら、透は騎士へ剣を押し返した。


「刃物を使えば、力加減も出来ない非力な自分では周囲の人々に危険が及びます。それに、とある人と、刃物は使わないと約束したものでして…」

 少し、言葉に抜けている部分があるが、それでも大丈夫だろうと思いながら謝ると、騎士は驚いた顔をした後、なんとも複雑そうな顔をした。


「そうか…――先程は『お前』や『か弱き』などと無礼を言って本当に済まなかった」


 先程の料理を持ってきた時とは打って変わって、真剣なそうに言うと、威厳のある起立からサッと頭を下げた。突然のことに驚いていると、少しだけ間をおいた後


「やはり貴殿と手合わせしたくなった。だが、身勝手ながら――その前に負けてしまうのは困る。代わりに私に戦わせてはくれないだろうか?」


 口調も、荒々しいものから丁寧なものに変わった。変わらぬものといえば、威厳の満ちた、堂々とした響きのある低い声。

 彼なりの礼儀、対等に扱ってくれているのかと思うと、急に嬉しく感じるも、そこを譲るわけにはいかないと思った。

 この人が騎士だとすれば、透はこの店の用心棒のつもりだ。変な客が来れば容赦なく追っ払う。


「…ありがたい申し出ですが、少なくとも今は…あなたがお客様です。代わりに戦わせるわけにはいきません。

 それに、相手を望んでいるのは僕ですから、真情に従うとして退くわけにもいきません――ですが」


 些か不満気味の顔をして口を開きかけた騎士に向かって閉口させるように付け足した。


「ですが、食事が済み、食事後の運動として何か望まれるのであれば――用意しましょう。僕はこの様な体ですので、体力が持たないのです」


 透がにやりと笑うと、眉間にしわを寄せていた騎士が意図に気が付いたようで、ふっと笑い頷いた。


「ならば、頃合いが良くなるまで私も落ち着いて食べるとしよう」


 静かに笑みを含めながら言うとテーブルに戻って行った。お店は騎士が近づいてきていた頃から静かになっていたので、気が付いてみると、し〜んっと静まり返った中で、意図に気が付いて感嘆の声を漏らす人や、「え、何だって?」と周りに聞き返す人がちらほらとしゃべるくらいだった。


「…少年、これは一体どうなってるの?」


 対等に扱われた嬉しさの余韻に浸って微笑んでいると、駆け寄ってきたエルフィンが不思議そうにあたりを見回しながら聞いてきた。


「いえ…ただ、あそこ騎士様と食後について話していたところですよ」


 まっすぐそのまま伝えるのも(おもむき)がないと思った透は、フフフと笑みをこぼしながら言うと、エルフィンが急に卑しい目つきになる。


「ふ〜ん。少年、騎士様相手に大人のお遊びを――」

「……そういう感じの冗談は、本当に嫌いなんです」


 本当にこの人って頭おかしいんじゃないか、などと軽蔑した目線を送りながら思った。なにかと、そういう風に持って行きたがるんだから。


「まぁ、そう怒らないで少年。手頃な物を持ってきてあげたよ?」


 そう言って差し出したのは柄の部分に包帯が巻かれた木の棒。手頃な長さで、とても頑丈そうな木の棒は、本気で殴れば骨さえ折れてしまいそうだ。


「うわぁ………使いようによっては間違いなくナイフより威力ありますよ、これ」


 なんとなく剣道で言う正眼の構えで木の棒の持ち具合を確かめながら言った。由久の癖が移ってしまったらしい。

 木製のバットが、手で持つ所から膨らみをもたなくなったような綺麗な木の棒は、握り心地がよく、ぴったりと手が引き締まる。思わずスイカ割りでもしたくなる、と透は思った。

 すると、


「これで、カピチアの実をたたき割るのが、私のひそかな楽しみなの。目隠しして、目隠しする前の位置と勘を頼りに叩き割るのよ!それが、もう楽しくて楽しくて――」


「…なんとなく、その『カピチア割り』をするところが目に浮かびました」


 キャピチアとも聞こえたその果実を、透は見たことがない。でも、目隠ししても、カチ割るのに手頃な、硬くて大きい果実だという事が想像できた。

 うふふっと楽しげに話すエルフィンに、自分の思考回路がこの人の色に染められているのではないか、と思ってぞっとした透は、ため息とともに彼女の言葉を遮るのだが――


「まぁ!カピチア割りだって、よくわかったわね!さては知っていたな〜?――え、なに?どうしたの?」

「………。もういいです。あなたが、僕にとって最も驚異的な存在であることはわかりましたから、もうしゃべらないでください」


 適当にあたりをつけて言った『カピチア割り』なる造語に、喜々とした表情をしたエルフィンに、透はこの上なく絶望した表情を見せた。


 きっと、僕の頭はすでに薄いピンク色なんだろうな、と悲しい目であさっての方向を見ながら思う。と、同時に、ここで涙が零れてくれれば、面白んじゃないかな、と何気に演技肌の透は思った。

 そして、更に濃いピンク色に染め上げられた僕の頭は、エルフィンさんの異常なまでのスキンシップをむしろ、自ら進んで身を投じるようになり、そして、禁断のなんちゃらという世界に踏み出して――


「うん、僕の純粋な心のためにも!清き明日のためにも!僕は…戦います!」


 自分を奮い立たせるために、まるで選挙運動の決まり文句の様な言葉を叫びながら透は店の外へ向かう。

 それにあわせてか、色々と応援を送ってくれる人たち。ふと、騎士の方へ視線を向けると、食事の手を休めた騎士が、右手を額の位置に持ってきながらにこやかに敬礼をしているのが見えた。

 少しだけ微笑んで返す。


 ――さぁ、やりますか。


「――お待たせしました。夜茂木沢 透、噂の『破壊神』です。どうぞ、よろしくお願いします」


 外に出た透は、目の前にずらりと並ぶ屈強なハンターから、プレイヤーと思われる優男まで見渡す。


「…さぁ、誰からですか?ちゃんと名乗り出てからにしてくださいね」


 ざわめいて一斉に構える男たちに向ってひやりと言い放った。今度は、誰が最初に出るかでざわめき始める。

 ふと、手元にある棒が、単なる木の棒では心もとない気がした。


 ――何かいい名前はないか…。


 互いに順番は先が良いと言い出して罵声を吐き合っている彼らを放っておき、木の棒を観察し始めた透は、木目に薄く紫色のシミができていることに気が付いた。はっとして煌めく。


 高笑いしながら、目隠しされつつも一直線に紫色の果物に歩み寄る。その手に持った木刀は、きっと殺人的なまでに見事な軌道を描いて、謎のカピチアという果物を粉砕するんだろうな…

 そんな恐怖の人間の相方を務める木の棒…


「……この『エルフィンさんの処刑木刀』の相手となるのは、どなたですか?」


 エルフィンさんという言葉に、店内の客たちは一斉に本人を見て、処刑木刀という響きに、目の前の男たちがギョッとした。


「営業妨害……高くつきますからね」


 ――朝のエルフィンさんの真似をしてみたけど………楽しい!これだから演技ってのはやめられないね!!


 一方で透は一人、楽しんでいた。声をあげて笑いたかったが、笑い方までエルフィンの真似ではさすがに気色悪い。かといって普通に笑うのも決まらない。

 透は努めて抑えて、堪え切れない分笑うことにした結果――


「クックックックックッ………」


 ざわつく群衆。その時、魔法も使っていないはずの透の顔には、とても邪悪な影が見えたと、後の彼らは話した。

 こんにちわ。 木霊です。


 いつも、読んでいただきありがとうございます。


(本当は『ご愛読』なる言葉を使ってみたいですが、恥ずかしいのでやめておきます。『愛』という文字が素敵過ぎます)


 差し替えるために修繕中の話が7話目まで書けました。


 公開する際は、ちまちまとではなく一日にすべて変え切りたいと思っておりますので、お目にかかるのは、まだ先になりそうです。


 修繕できた目安としては[プロローグ]が追加されるところと、サブタイトルが多少変わるところです。


 今まで読んでくださった方々。大丈夫です。

 物語の大筋が変わってしまうことはありません。


 表現が変わったり、細かい描写が変わったりします。

 あと、地理情報を盛り込んであったり街の描写が多少細かくなってたりとしますが、物語が進む際に、必要な時には再び詳しく盛り込むつもりです。


 時間が有り余って、もう暇すぎるよ!と言った感じで、差し支えのない方は、切り替わった際、ぜひ一度読んでみてください。


 その時、感想をもらえると、とてもうれしいです。…まだ先の話ですけどね。


 早く書きなおしたいです、無茶がありすぎる番外編(泣


 最後に。(実は最初に言わなければいけない気もしますが)


 サブタイトルが変わるなど、読者の皆様に迷惑をかけてしまうと思います。


 切り替えができた時には、「おまけ」話とともに、後書き、またが前書きにて変化する前のタイトル名と変化後のタイトル名の関係などを書いて置こうかと思いますので、どうか、ご了承ください。



 読者の皆様、いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。

 コメント欄を見るのと、読者数確認をハラハラドキドキしながらチェックしてたりします。


 長くなりました。ではまた…

                        ――by木霊

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