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僕らの旅   作者: yu000sun
18/43

16.俺・夢の中の僕

 外では、電車が走っていく騒音が聞こえてくる。

 震動が机を揺らし、ふと、目を向けると、黒のマスクをかけたような窓に区切られた光が一本の帯状になって過ぎて行く。


 ちらつく薄暗い部屋の中、スタンドライトに照らされた机の前に一人、少年が座っていた。電車から漏れ出てくる光で、床に散らかった本やプリントなどが(あら)わになる。


 椅子に凭れた透は、カーテンをし忘れていたおかげで、電車の窓下半分から少しだけ閑散とし始めた車内をみることができた。

 不意に口の奥から耐えがたいものがこみ上げ、固まった体を伸ばしつつ欠伸をする。


 そう、ここは透の部屋。高校生でいながら、本人たっての強い希望で一人暮らしを物にした、彼の憧れていた根城だ。

 進路希望を考え始めたのは、中学三年生の秋。その時にはもう、各個人の実力はきめつけられていて、それに見合った学校を進められるようになる。


 中学校に入ってから自分の部屋を手に入れた透は、自主学習の習慣が完全に抜けでてしまい、授業態度が良くても、成績は平均よりずっと下であった。 成績に疎かった透は、何も考えずに由久や松之介と同じの高校を志望した。

 すると、入学率は30%以下のD判定。先生には、「望みはほとんどない」と言われる。


 『出直せ』または『考え直せ』のスタンプを張られた透は、家族にさえ無理だと馬鹿にされ「合格したら何でもしてあげよう」と言われてしまうありさまだった。


 透はいよいよ負けん気に火が付き、勉強を始め、その結果に一人暮らしを勝ち取ったのだ。


 よく遊ぶ友人は透より頭がよく、由久は勉強せずとも数学がトップクラス。松之介は英語が得意で、もう一人は、特に目立った能力はないが、全体的にテストに強かった。


 ――もう一人。丹葉(たんば) 広樹(ひろき)。ふくよかな体型に、冗談好き。ふざけた会話をふっかければ、ノってくれる。


 三人は、広樹のことを、苗字の丹葉(たんば)から、『タンサン』と呼んでいた。ふっと頬を緩ませる。


 広樹は、松之介と由久と小学生からの仲で、透からしてみれば、由久と松之介同様、中学二年生からの友達だ。


 透、広樹、由久、松之介の四人は集まると、そろってゲームをしていた。昼休みにはよく、四人が集まることも多かった。

 大概は透が読書しているところに、時々、由久か広樹のどちらかが他のクラスからやってくる。それにつられて他の友達も集めて結果的に、7〜8人の中で四人が顔合わせる。


 ――授業態度が良ければ、あいつだって、俺よりも簡単に合格できただろうに。


 口惜しいと未だに思っていた透は、ため息をついた。


 ――最初の一年間で、三人も学校去っていた。途中で消えるくらいなら、はじめから来なければいい。そうしたら、もしかしたら、タンサンも………。


 ハっと我に返った透は、醜いものに顔しかめる様に表情を歪ませた。


 ――子兎かッ!?


 何故、子兎が出てきたか分からないが、鼻で大きく息を吸い込む。肺が膨らんで肋骨が浮き上がってきて、胸が高くなる。


「ああ〜宿題、面倒だぁ〜眠っ――ふぁぁ〜…」


 溜息の代わりにぼやきつつ、不意に欠伸が出た。

 ヘッドホンを首に下げた透は、目頭に軽く流れ出てきた涙を擦りながら呟く。流れてくる曲は、音量不足でシャカシャカとなっているのが分かるくらいだ。

 元々、耳元で聞くために出来ているのがヘッドホン。


 いくら、防音設備がなってきた部屋だとは言え、駅や線路の近くでは、漏れて聞こえてくる騒音で、耳から離しているヘッドホンの音はとても聞こえ辛い。

 ふぅっとため息をしながら、ヘッドホンをあるべき位置――耳元に戻す。


 瞬間、透の気嫌う様な差別用語。所謂、放送禁止用語が、人の声とは思えない声で耳の中を暴れまわりながら脳を突きぬける。


「うっわぁ………眠気はなくなるなぁ…」


 呆けた眼で机に向かっていた透は、目を見開いてペンを持ちなおす。空いている右手は音楽機器を操作して、違う曲にしていく。

 透自身はデスメタルという部類があまり好きではない。でも、歌詞の一部が、暗い時の自分が思っていたことと重なる。


 一度聞いた時から耳から離れなかった。


 由久と性格が似ている、「似たもの同士」または「同族」の友人が、デスメタルが好きで、その影響から、由久もバンドやデスメタルにはまった。

 新しい、友達。その友達は透ともつながりがあるが、同じような悩みを抱えている由久に比べると、断然、突き合いが浅い。


 新しい友達。


 透はスーっと音を発てて深呼吸をしつつ、椅子を後ろに下げると、肘を太ももの上について前傾になった。

 違う高校ともなれば、友達を作らなければならない機会は増える。最初は戸惑いながらも、きっとタンサンもいい友達を作るだろう。


 不意に、透の心の中を、音を発てて北風が通り抜ける。高校に来て、新たに友達を作っただろうか?


 ――悲しいことに、ほとんどいないなぁ…


 クラスの人たちはいい人ばかりだったが、透は彼らのことが信じられなかった。小学校の時を思い出すと、どうしても信じられなかった。


 机と、スタンドライトの照らしている以外の空間がうねりを上げて暗闇に混ざっていく。


 喉の奥が苦しくなって、口の中がカラカラになる。鼻筋の奥の方で、ツンっと水気を感じた。

 ライトが消え、机の感触も無くなり、座っている椅子はその存在だけを残して姿を消した。はっとして、真っ暗闇の底に落ちたような部屋を見回す。


 突然、スポットライトが照らすように、透から少し離れた所に光がさす。


 そこに、自分が立っていた。だが、それは小学生のころの、幼い自分だ。スゥーっと周りに現れた、顔さえ忘れしまっている子供たちが――いじめている。

 一方で少年の自分は、ただ困惑した顔でオロオロとしていた


「…。………また、この夢か」


 うんざりした口調でつぶやいた。

 呆然と座って透は、無表情のままそれをただ見つめる。

 その虚ろな表情の頬に、一筋の涙が伝っていった。あの頃の枯れてしまいそうな切なさや気が狂うほどの苦しさが胸に込み上げてくる。


 あの時は、なぜ虐められていたのか分からなかった。最初はからかっているいだけだと思っていた。


 彼の周りの子供たちは行動力をつけ始め、次第に暴力が見られる。 


「………無様」


 かすれた声で透は呟いた。すべては自分のせいだ。人を気遣うことなく、自分を気遣うこともなく、鈍感過ぎて………。気が付いた時には遅かった。あれが、結果だ。


 透は目をそむけたい、それが叶わぬのなら周りの子供たちをぶちのめしたい衝動に駆られた。だが、それに反して体は動かない。

 目さえ、動かすことも閉じることも許されない。


 段々と小突きから、殴られる少年は不意に、こちらを見つめた。瞬間、透に寒気が走る。


 過去の自分であるはずの少年の瞳はなく、黒々と空いた穴に赤く光る瞳。不意に、三日月形に歪んだ口元。


 ――来る!


 目をそらすことも出来ない透は、次第に息が苦しくなって、体が回っていく幻覚に襲われる。すべてが線になって、もはや自分ではない少年の真っ赤に光る瞳に染まり上がっていく。


 気が付くと、体が擦り傷だらけの状態で呆然として座り込んでいた。はっとした瞬間、頬を殴られる。 


 高い声で笑う子どもの声。


 キッとして拳を上げ――


「うっ」


 その前に子供の拳が再度、透の顔に打ち込まれる。その、子供とは思えない力に吹き飛ばされると、血の海になった床に倒れ込んだ。

 慌てて両腕を立てて――


 透はそこでやっと異変に気が付いた。両腕がない。


 ――駄目だ…!


 叫びそうになるのをぐっと堪えて、全身を使って起き上がる。悠然と目の前の子どもを睨みつけた。


 ――叫び声をあげれば、黙らせようと何をす……る……か……。


 透は思わず心の中でさえ言葉を失った。


 目の前にいた子供は、過去の自分だった。黒い目に赤く光る瞳孔。分かっていても、逢う度にどうしようもなく何もできなくなる。


「は、……っは―――」


 鼓動を速める心臓が、喉元をせり上がってきそうだ。堪え切れなくなった気持ち悪さに堪えかね、吐いた。

 ビシャっと音をたて、吐かれたものは、消化しそこなった食べ物と胃液ではなく、朱色に染まった子兎と鮮血だった。


 意味が分からない。なぜ、兎?


 堪え切れなくなった透は血なまぐささを感じながら、一瞬間を置いて、喉を吹き飛ばしてしまうほどの叫び声を上げる。


 ――誰か…気付いてくれ。願いに近い思いで叫び声をあげる。


 不意に、服部に重圧を感じ意識が揺らいで消えかけた、遠くから響くような声が聞こえる。瞬間、恍惚感に似た感覚が体を取り巻き、目を閉じかける。

 だが、それは許されなかった。


「君だけどこ行くの?」

「っ――がぁあっぁあぁぁああ!!!」


 きつく口を閉めた傷だらけの少年の手が、倒れ込みそうになった透の切り落とされた肩を握る。激痛に透は発狂したような、尋常ではない叫び声をあげた。


 夢だ。夢だって分かっているのに――


 ドンっと咽に衝撃が――首を掴む少年の手は、透の気管を潰さんと怪力で圧力をかける。


「うっ………あ――」


 首を抑えられながらも、逃れようと透は必死に体を暴れさせるが、少年の腕はどこまでも伸びて、呼吸できることはなかった。


 必死にもがく透の顔の前に、ぴったりと少年の顔が張りつくように眼前に現れる。


「――楽しそうだね」


 不気味に現れる笑み。その意味を透は知っている。


「クソ…ガ……キ――」


グリッメキメキ………――ゴキッ


 顔を歪ませて必死に言った瞬間だった。首の骨が折れる音が聞こえる。


 途端に闇に落ちて行く意識………。少年の不気味な笑い声の代わりに聞こえてくる声。沈みかけた意識が再び浮上していく。


「――――っはあっゲホ!…ガッ…ゲホ、ゴホ!!」


 目の前の闇が切り裂かれた瞬間、透は飛び起きて息を吸い込んだ。激しく咳き込んだ透は、ベッドに倒れ込んで身を捩じらせる。


 ――また………。


 咽を(はじ)けさせる勢いで咳き込みつつ、透は、はぁーっはぁーっと息を切らせながら虚ろな視界で少年のことを思い出していた。


 ――また、あいつが…。


「――と………トオル!?」

「!?」


 危機迫った声が後ろから聞こえ、驚いて体をひねらせると、顔を蒼白に染めたエルフィンがいた。


「あ、エルフィンさん」

「大丈夫?顔、真っ青だよ?」


 その時、透は気が付いた。彼女のおかげで助かったのだと。


「――………命の、恩人です」


 恐怖がちらついていた彼女に、透は心からそう言い、涙をはらりと流しながら頭を下げた。



 その後も、透はしばらく青い顔のままだったので、話せば何か気分が楽になるんじゃないかと考えたエルフィンは、催促してきた。


 透はあまり話したくなかったが、助けて上げた事実と、どうして命の恩人になるのかなどを筆頭に、どういう経緯(いきさつ)で、あんなことになっていたのか。また、どうしてそんな夢を見るのかと聞かれたので、取り敢えずソファーに座って話すことにした。



 あの小学生の少年は、透の過去の姿だ。小学生の低学年の時に、透は酷い虐めを受けていた。親や先生たちの手によって解決した後は、虐めてきた子供の中でも一部の子供とは、普通の交流を持てたくらいだ。


 だが、本当に厄介なのは自分だった。


 初めて夢に出た時は、虐めがなくなってから丁度二年経ったかと思われる小学四年生の頃だった。今でも、幸せを感じているとき、ふっと夢に現れては殺そうとしてくる。


 幸せそうな今の自分自身を妬んで。


 死ぬはずはないと思っていても、実体験を基にした夢は、寝ている透を呼吸困難に陥れるには十分すぎた。


 唯一、この夢の助け所と言えば、透が首を折ったことがないことだ。折られた瞬間に死んだと認識すると、勝手に夢から出られる。


 だが、首を折るのはそう滅多にない。途中で起きてしまいそうな時に、彼はことを急いで殺しにかかり、首を折りに来る。


 透は一度、異変に気づかれることなく揺り起こされずに、窒息死寸前まで首を絞められ続けたことがあった。

 あの時はどうにか自分で切り抜けられたが、その時は、苦しさに暴れている最中に脛を壁の角に強打して目が覚めるという偶然だった。


 のたうち回ってうちに壁の角の近くに行かなければ、もしかしたらその時、過去の自分によって殺されていたかもしれない。


 一時期は精神科に通っていたが、効果はなかった。結局、透の証言から、トラウマによる悪夢を見ているようであればすぐに起こしてあげるしか手立てはないという結論に至った。


 だから、先ほどエルフィンに助けられたというのはそういう意味だった。


 聞くところによると、突然叫び声を上げた透に、彼女は最初「うるさい!」などと言って、悪ふざけで透の腹部に突撃をかましたらしい。


 そのあと、透が悶え苦しむのだが、あまりに長い時間苦しみ続けるので、心配になって必死になって起こそうとしたらしいのだ。


 結果的に、奴は首を折らざるを得なくなった。



 透が話し始めると、エルフィンは真剣になって聞いていた。話し終えた後に、気まずそうに「ショウガクセイってなに?」などの質問をしてきた。


 透はその瞬間、彼女がプレイヤーでないことを悟ったが、普通の態度で接した。データだからと言って、今まで人間だと思って接してきた人に差別するのは気が引けた。


 一時間もすると、いつの間にか話題はすり替わり、透はあの突拍子もない元気をみなぎらせて、明るく冗談を言えるほどまで回復していた。


 …次は、必ず。奴を………


 当然のことながら、少しだけぎこちない態度のエルフィンを笑わせながら透は思った。だが、ふと、顔を曇らせて黙り込む。


 奴を逆に殺せば、本当に終わるのか?


「?………まだ、怖いの?」

「え?――いいや!!」


 エルフィンが心配そうな…というよりも、泣きそうな顔で見てきたので、透は慌てて首を振りつつも、口ごもりながら、「ただ」とだけ付け足した。

 エルフィンが目を細める。


「ただ――いや…あの、あ、――ありがとう」


 困惑気味のエルフィンに、一瞬、本音を言おうとしてしまったが、この話を掘り返すのは余りにも愚かに思えたので、一言だけそういうと照れくささのあまり顔を上気させる。


 言われたエルフィンは、一変してキョトンした顔付きになると、ほんのり顔を赤らめながら、

「いいえ、どういたしまして」

と、笑った。 つられて透も笑う。


 ――…この人とはいい友達になれそうだ。


 とびっきりの笑顔を見せつつ、透は思った。


 ――それは、何故か?答えは簡単。


 エルフィンがとびっきりの笑顔で応えつつ、どこからともなく、まさに『お嬢様』服を取り出してきたのだ。


 それを見た瞬間、透は笑顔をひきつらせる。後ずさりをすると、エルフィンがその倍の速さで反応した。


「あ、あははは」

「今日はこれを来てね。とびっきりに厳選したやつなの〜」


 もう笑顔ではなく、ひきつった泣き顔に近い透に向って、エルフィンが可愛げにいう。その、猫撫で声に透は背筋に走るものを感じた。


 訂正。この人とは、弱肉強食の関係になりつつありそうだ。


 にじりにじり近づいて来るエルフィンに愛想笑いを必死に取り繕いながら逃げる隙を(うかが)う透は、ひっそりと思った。

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