表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らの旅   作者: yu000sun
16/43

番外編:九日目の事件

 それは手伝いを始めてから九日目のこと。


 その日は、松之介が当番で店の手伝いをし、いつものように、残った二人は宿を出て街の外へ狩りをしに行った。だが、その日はバクすら見つからず、二人は昼も近づいてきたので一旦町に戻ることにした。


 宿に着いてから昼食を取った二人は、話し合いの結果、街の外に行っても仕方ないということで意見が一致し、今までもらったお金でなにか、旅に役に立つようなものを二手に分かれて買い集めようということになった。


 透はその時、由久がなぜか異様にワクワクしているような表情だったことに気が付いていたが、別段気にせずに、宿の前で別れ他二人はそれぞれで街の中を歩いた。


 透は分かれた後、しばらく街の中のあちらこちらを歩いて回って道具屋をはしごし、旅にするときにどんなものが必要か考えては、メモに書き込んで楽しんでいた。


 そして事件は起こる。


 あらかた、はしごし終えて宿屋に帰ろうと、メモに目をやりながら街の中を歩いていると、不意に聞き覚えのある笑い声が聞こえた。 思わず首を伸ばし、雑踏の中を探していた透は、見てしまった光景に目を見張って凍りついた。


 なんと、あの由久が女の子を連れて楽しそうに会話をしながら歩いて行たのだ。


 透は最初、驚きながらもほっとこうと思った。自分だって最初に望んでいたあの姿であれば、やりかねないことだ。彼に限ったことじゃない。 それに、あとでからかうネタにもなるだろう。だが、ふと自分の身なりを考えてしまった。


 透は外見が女の子であるため、どうあがいても、由久と同じようなことはできやしない。


 いやいや、落ち着こう自分。透は脈が上がって(いら)付き始めているのを感じながらも自分自身に問いかけた。


 これは、俺自身の一種の不幸が招いた事故さ。由久に非はない――


 だが、その間にも楽しく笑って話している声が耳に入ってくる。

 惨めさと、不公平さが入り混じって、さらに自分はちゃんと旅をするためにいろいろと回っているのに、由久は遊んでいるようにしか見えなくなった透は、それに対する怒りも入り混じって、段々と堪え難くなってきた。


 そして、到頭(とうとう)実行に移してしまった透は、人の流れを半ば無視しながら由久の元へずんずんと一直線に突き進んでいく。


 向かっていく最中、透を見かけた通行人は彼の (通行人からしてみれば彼女の)恐ろしい形相に何事かと道をあけては振り向いた。そのお陰で、次々と開いて行く道は、由久から手前五メートルほどまで一直線にできる。


 当の由久は右隣りに連れて歩いている、亜麻色ショートヘアーでとても可愛いらしい女の子に向かって楽しげに話していて、目の前の人垣が開けていることも、その先に透がいることも気づいていなかった。


 反対側には、黒髪ロングのこれまたとても可愛らしい女の子がいて、由久にべったりだ。


 その瞬間、透は理性なんてものは捨て去った。

 近くで見れば見るほど、彼女たちはとても綺麗で、引き連れて歩く由久がとても羨ましく思え、かつ憎しみがこみあげてくる。


 一瞬、ふらりと立ち止まると、バランスを崩したかのようにグラリと姿勢を低くし、次の瞬間には


「キィサァマァァァァアア!」


 この世の声とは思えないような悪魔の雄叫びのような声を上げて走りだし、その声に周囲の人々は恐れ慄き、由久が前を向くころには拳が入り込んでいた。

 身長が小さい透は、さらに前傾姿勢に身をかがませているので、強烈な右ストレートが鳩尾(みぞおち)に炸裂した。


 予想外の攻撃に、由久は受け身をとるひまもなく、バランスを崩して吹き飛ばされ、雑踏の中をぶつかりながら、数人を一緒に巻き込んで揉みくちゃになって倒れる。 騒然の中、連れていた二人の女の子達は小さく悲鳴を上げ、透と由久の周りにいた人々が、雫が落ちた水面の波紋のように一斉に退き、瞬く間に開けた空間ができあがった。


「イッタァ………」

「フッフッフッ…貴様は一体、何をしているのかな?こんな、可愛い女の子を連れちゃってさ?」


 由久が起き上がりつつ、顔をクシャ曲げて苦悶の声を出した。 その由久に向って、透が満面な笑顔に笑いを付け加えておどけた口調で言いつつ、由久の方に歩いて行く。


 女の子たちは驚いて放心状態のまま、ただ、地面に這いつくばっている金髪の男の子と、殺気を漂わせている濃い栗色に近い金髪の少女を交互に見ていた。

 由久の前までくると、仁王立ちで腕を組みつつ由久を蔑んだ目で見据える。


「チッ……お前こそ何すんだよ、いてぇなぁ。まった――グッ!?」


 由久が痛みに顔をゆがませながら、ゆっくり立ち上がる。だが、顔を上げると同時に、透が鳩尾に右アッパーを殴りこんだ。


 一旦、頭に血が上った透は、完全に見境がなくなっていた。


「当然だ。痛くするために殴ったんだから」


 周囲から、小さく悲鳴が上がる。どうやら少し下気味に外したらしい。身を屈める由久に冷たく言いつつ、急所に決め込んだ拳を抜く。

 拳が抜かれると同時に服部を押さえてゆっくりと崩れ落ちる由久を途中で受け止め、襟袖をつかんで持ち上げようと腕に力を入れる。


「うっ…」

 首の圧迫感で由久が顔を歪ませてうめくも、体は反り返る程度だった。

 体は女の子だ。当然のことながら細い腕の力がたらなすぎる。しかし、透はどうしてもつかみ上げて締め上げてやりたかった。

 襟袖を掴みなおすと腕に最大限集中して力をいれる。


「んにゃろぉぉおおッ!」

「おおっ!」


 野次馬の中から歓声が起こった。透が華奢な女の子の体を使って何とか持ち上げた瞬間だった。同時に、透の足もとから青白く輝く何かが体を包みこむ。


「お前は、なぁにぃをぉ、しぃてぇたぁん〜だぁぁああっ!?」


 透はすでに、理性などなく、ただ思うがままに暴れていた。心の片隅で思う「大丈夫。単なるゲームだ」という身勝手な言葉が、さらに透を奮い立たせる。


「うううううっ」


 由久の首を揺さぶる。抵抗しようと透の手首を握って力を入れるが、おかしなことに透が化け物みたいに力が強い。

 尚も透は由久を持ち上げたまま揺さぶる。由久は抵抗するも、ただ、人形のように揺らされていた。


「かわいい女の子を連れやがって!!亜麻色の子なんて滅茶苦茶可愛いじゃないかこの野郎がぁぁぁああああ!!」

「ひぃっ」


 透に自分のことを言われた亜麻色の女の子は、ビクッと肩を上げると、隣の黒髪の女の子に抱きついて震えだした。恐怖に半泣きになっている。

 やられっぱなしの由久に、観衆は「結局、何も出来ないまま、男が泣いて謝って終わる」という筋書きを頭に描き、その終焉があと一歩だと思っていた矢先の出来事だった。


「てめぇばっかいい思いしやがってぇぇぇええ!!俺だってこんなじゃなければ――」

「ちょ、ちょっとやめ――」


「――フンっ!」「ッ!?」


 黒髪の女の子が勇気を振り絞って止めようとしたところだった。由久の腹に力を込めた時に聞こえた、静かな唸り声の後にガンッと音が響き渡り、その場にいた全員が目を見張った。

 同時にまた、息をのむような小さい声があがる。

 突然、左に顔が向いた透は何が起こったか理解できず、吹き飛んだ髪は宙を舞い、ふわりと視界に降りて行く。

 右頬に残る鈍い痛み。


 ――………え?


 反動で体がよろめき、フラフラと左傾きに足がもつれる。


 ――いけない。倒れる…!


 咄嗟に左足を無理やり肩幅の外に突き出し、地面に食いつけた。無意識に左腕も一緒に踏ん張り、右腕で由久の服の襟をねじあげ、持ち上げたまま崩れかけたが――


「あ、危ない!」

「っ!?」


 おどつきつつも緊迫した女の子の声が聞こえ、顔を上げた次の瞬間には目の前が真っ暗になり眉間を中心に衝撃が走る。

 痛々しい音に女の子達が悲鳴をあげ、観衆から驚きの声が上がった。

 頭に響くゴンっと鈍い音ともに吹き飛ばされかけたが、なんとか仰け反った形で保つ。

 反動で、地面と水平だった腕が勢いよく上に跳ね上がり、由久が宙高く放り出されるも、きりもみに回転したのち、器用に地面に手をつき、前転で地面に着地した。


 ――あ、ああ?


 仰け反ったまま右手を見る。掴んでいた筈の服の襟はなく、掴んでいた指は擦りむけて血が流れていた。

 反り返っていた姿勢を立て直して頬に手をやると、腫れている。頬の内側に違和感を感じ、口の中に少し液体がたまっていて気持ち悪い。


「うぇっ」


 思わず吐きだすとボタボタっと音をたて唾液と血が混ざった液体が石畳の地面に落ちた。観衆が一段とざわめく。

 その血を見て、なぜか透は幻影の中のような感覚から、急激に頭がはっきりとした。


 ――血?………ああ、そうか。あいつのこと怒らせたのか。


 ふり乱れた髪を風に流れるままに、少し離れた所に立っている由久を睨む。相当キレているようで、透は中学の頃を思い出していた。

 知り合ってからこの方、松之介とは喧嘩したことが幾度かあったものの、由久とは一度もしたことがなかった。

 それは透自身、彼が一度始めると相手を倒すまで終わりがないことを直感で感じていたからだ。


 ――冷静に考えてみれば、一度ならず二度も本気で殴られれば、いくらか頭にくるよな。


 突然の一撃から繰り出す、隙を与えない連続攻撃で相手を早々に叩きのめしてやるのが彼の手段だと、松之介から聞いた事がある。

 もっとも、松之介自身は由久と余りに体格差があるので、彼に負けたことはない。

 由久が睨んでいる。時々なんとなく由久の鋭い目が嫌いだが、今では嫌いどころではない。敵意むき出しだ。

 透の考えていた「ゲームだから」という考えは抑制力を失わせる。由久も同じだったようだ。夢や現実でないものに遠慮をもつ様な人はそうそういない。

 取り敢えず、透と由久は結果的にそれと同じものとなった。


 『昔、(ワル)だった人』と父親を紹介するほどだ。その眼光は、しっかりと受け継いでいるらしい。


 と、そこで透の予想を超えたことを、由久がした。腰に手をやると、勢いよく剣を引き抜いたのだ。一気に周りがざわめく。


「透。お前、これがどういう世界だったかわかってるよな?俺は、一度でもいいから試してみたかったんだ。自分の剣の実力を――実戦で」


 顔の高さまで水平にあげ、その先から透を臨む由久。太陽からの光が、影になった顔に反射し帯状に伸びた反射光の中で、鋭い眼が異様なほど怪しく光った。


「丁度良い機会だ――受けて立つよな?お前から仕掛けてきたんだ」


 ヒュンっと風を切って剣を振り払うと、ゆっくりと剣を構え、覇気を漂わせて歩き出す。確かめるように足を踏みしめ、じわじわと間合いを詰めてくる。

 剣先が透の喉元をとらえ――間合いはまだまだ、飛びかかっても届かないほど開けているのに、喉元が嫌に庇いたくなるような気配を感じる。


 これが――氣というものなのか。


 そういえば、由久は中学の頃に剣道をしていたっけ。高校生になってからはバイトのために剣道を止めたけど、木刀や竹刀を見るたびに複雑な顔していたのを透は何となく覚えている。


「おい、冗談が過ぎるぞ!」


 野次馬の中から町に住んでいる思われる男性が果敢にも飛び出して、由久に向って行った。それに合わせて数人が飛び出していく。

 その声に反応した由久は瞬間、身をひるがえして剣の構えると男の掴みかかる手を()なして、反撃に一閃を斬る寸前で止める。

 精神的な余裕からなのか、動きに無駄の無いキレのある動きに続いて飛び出そうとした人々も固まる。


「邪魔をするな」


 剣先を男の首元にあてたまま冷やかに言い放った。


「うっ………」


 やがて小さく頭を縦に振ると首元に触れそうな剣先を凝視したまま固まり、少しずつ後ずさりした。

 由久が最後にもう一睨み利かせると、今度は勢いよく人ごみの中に戻って行く。由久がその滑稽さに鼻で笑った。

 透は、その瞬間の隙を見逃さぬまいと勢いよく駆け出した。


「せやぁっ!」

「………っ」


 由久目がけて走り、右腕に洗練されたイメージを注ぎ込む。黒く濃い霧に包まれた右腕が鋼鉄の籠手をつけた状態で姿を現し、稲妻の尾をひいていく。


「………ふん」


 由久は、避けようとする様子も構えることもなく、再び鼻で笑う。と、横向けて帯のように長かった剣が(かえ)されて、一本の線のようになる。

 瞬間、透の直感で背筋と首筋に悪寒が走った。


「!」


 止まっても、もうすでに敵の間合いの中。咄嗟に透は右腕を左に回し上げ、同時に剣が透の首すじ目がけて飛ぶ。


 ――あ、危なかった。


 鋼鉄の上から勢いのついた物体がぶつかり、それを掴む。毛穴が一気に開いて、冷や汗が滲んだ。だが、隙など作ってはいけない。 透は立ち止まらずにそのまま由久に体当たりして、吹き飛ばす。剣を押さえた透の右手からは、剣が火花を散らしながら抜け由久の手に連れられ飛ばされていった。

 この瞬間、透は確信した。大丈夫、戦える!浮足立ってない高揚感で緩和された、程よい緊張感が、安らぎに似た心地良さがある。

 透は負ける気がしなかった。


「…そろそろ、あれも試してみるかな」


 面白くなってきたと細く笑んだ透は、ぼそりと呟くと、目をつぶって左手を地面と水平につきだす。左腕の肘のうち関節に右手をあて、構えた。


 ――さぁ、出て来い!



「――なによ、これ」

 レモン色のワンピースに白のショートブラウスを着こんで、鼻歌交じりに歩いていた女性が表情を一変させ、怪訝そうな表情をした。

 有り余る滞在期間を楽しもうと表通りを歩いていると、不自然に固まった人だかりがあることに気が付いたからだ。

 先程から何やら騒がしい。彼女の中で、治安がとても良い街の一つに入るこの街で、騒ぎが起こっているとはとても珍しいことだった。


 表通りで道の半分以上を占領するなんて、珍しいを通り越しておかしいくらいだ。馬車も通るこの道で、道をふさぐようなことが御法度(ごはっと)なのは暗黙の了解である。

 まだ、この街には、今回も入れて二回しか来たことがなかったけれど、前回は二ヶ月もいたし、今回も程々に長期滞在するつもりだ。


 それなりにこの町のルールや特徴くらい、把握している。喧嘩なんて起こるような街じゃないし――でも、あの騒ぎようは、迷惑な路上パフォーマンスを眺めているわけじゃないようね。

 口元に少しだけ笑みを忍ばせながら、先ほどまで行こうと思っていた美味しい紅茶の飲める喫茶店を先送りにし、立ち寄って何が起きているのか見物することに決めた。


 なんだかんだいって、彼女も結局は騒ぎ好きの一人だったりする。喧嘩であれば、場合によっては止めるけれど、応援して見届けるタイプだ。

 こんな時、女性にしては背の高い百七十センチの長身が便利になる。

 彼女の出身地では平均より少し高めの慎重だが、ここの土地は食物などに原因があるのか、女性は百六十より身長が低くく、男性と同じ身長かそれ以上だ。


 ――どれどれ、一体何が起こっているのかしら?


 少しワクワクしながら人垣の中に体を滑り込ませて加わる。身長が高くても、こうも遠いと、見えにくく、状況が把握しづらい。


「一体、何がどうなってるのかしら…」

「ああ、アーウィンさん。あんたも見に来てたのか」

「え?」


 ふと、横を見ると、三人ほどはさんだ向こう側にひょっこりと小山のように体を出している大男がいた。


「バラザームさん!あなた、こんな所でなにしてるんですか?お店は?」


 アーウィンと呼ばれた女性は、驚いた表情で大男に言った。彼はレストラン『ハウス・ねこ』の店長、皆からオヤジと言われて親しまれている。


「よせ、その名前で呼ぶな。今はオヤジで十分だ」


 オヤジ改め、バラザームは眉間に皺をよせ、首を振りながら苦々しく言った。


「あ、ああ…そうでしたね。すいません………でもそのネーミングはどうなんでしょうか?」


 彼の過去を思い出し、気に障ってしまう事を言ってしまったと思い、申し訳なさそうに言ったあと、ジョーク混じりに本音を溢した。 と、周りからまた悲痛の声と歓声が上がる。


「センスなんてどうでもいい――店の方は、今さっきランチを切り抜けて交替で休みに入ったところだ。買い物に表通りを歩いてたんだが、今さっきここにきた」


 結局のところ、バラザームも分かっていないようだ。でも、彼の体格のでかさなら、他の人より頭二つは優に高い。 見えて当然のはずなのだが…


「最近、視力が悪くなったのか、あまり見えねぇんだ。分かるのは女と男がもめてるくらいだな。かなり高レベルの殴り合いだが…」


 バラザームがアーウィンに向かって笑うと、その声に重なって、再び歓声が上がった。


 ――仕方ない、周りの人に聞くしかないようね。やはり、好奇心に勝るものはないわ!


「あの、すいません」


 手短に、斜め前にいた熱中している男性の肩を叩いて声をかける。


「なんだ、今話しかけないでくれ」

チッと舌打ちした後、肩の手を鬱陶しいと払う。


「何が起こってるんですか?」


 彼女はあきらめずに声をかけた。すると男は不機嫌そうにしながらも、彼女の顔を見ると話し始めた。


「まぁ、金髪の顔立ちの良いにぃちゃんが、この街のかわいこちゃんを二人も連れて歩いていたところに、身内のお嬢ちゃんが殴りこんで、それが発展して今すごいことになってんだ。――うわっ危なっ!…よく避けたなぁ。がんばれ嬢ちゃん!――まぁ、あのお嬢ちゃんの怒り方は、荒方振り回され続けている彼女って感じか?」


 男が意外にも詳しく説明してくれている間にも周りの野次馬たちはより一層、盛り上がりを見せた。


「ね、ねぇ、すごいことになってるってどういうこと?」


 アーウィンが周りの異様な熱気に一瞬、気負いしながらもせき込んで聞く。この異様な熱気、ただの喧嘩じゃない。 いや、それ以前に、ただの純粋な喧嘩で男女が平等に渡り合えるのだろうか。


「あ〜すごいことっつぅのはだなぁ――」


 男がアーウィンの怪訝そうな表情に気が付いて気まずそうに言葉を濁しながらも、前方から目を離せないでいる。その眼がだんだん見開き、みるみる驚愕の表情を作り上げていく。


「――おいおい、あの嬢ちゃん魔法使いだぜ!?さっきから、少し不思議なことばかりしやがると思ったが、こいつはさらに――」

「彼女たちは何をしてるの?すごいことって何?」


 アーウィンがしびれをきらして、男の胸倉をつかんだ。男は、彼女の腕に水晶が付いていることに気が付き、予想外の展開に驚いてしどろもどろに、

「あ、け、喧嘩の領域を、こ、超えて、武器を使って殺しあいになりかけてるんだよ!」

と、情けない声で白状した。


「なんてこと…なんで止めないの……!?」

「た、たまにはこういうのもいいじゃねぇか…?止めても無駄だったし…」


 目を逸らしつつ、口籠らせて男が言った。改めて周りを見ると、街の住民といっても血の気の多そうな若者ばかりだし、中にはハンターもいる。


「バラザームさん!大変、この中心で殺し合いをしてるらしいわ!」

「その名でよぶなと――はぁ?」


 バラザームと呼ばれて不機嫌な声を出したが、一呼吸置いて裏返った声を出した。


「なんだって?なんで――誰も止めないんだ?」


 バラザームが信じられないといった顔つきで辺りを見回した後、アーウィンに視線を聞き返した。


「さぁ知らないわ。ただ、少しずつこの街も変わってきてしまっているということね。――ねぇ、それより早くも止めに入らなくちゃ!」


 アーウィンが人垣に苦戦しながら叫んだ。異様に熱狂している野次馬は、ハンターである彼女でも一苦労ものだ。力加減を間違えれば怪我をさせかねない。

 すると、急に彼女の体が浮く。バラザームの腕がアーウィンを抱えあげていた。


「バラ――オヤジさん」

「おれなら簡単に行ける…。にしてもバラオヤジとはなんだ?」


 人垣を掻き分けて進む様は、まさに荒立つ波の海を行く軍艦のようだ。


「ありがとう………でも、お姫様だっこはちょっと恥ずかしいかなぁ…」


 アーウィンが言葉と裏腹に、私はお姫様なんて生易しいものじゃありませんと、言いたげに睨んだ。


「そんなこと言ってる場合か」

「そうでしたね――」


 バラザームが真剣な顔だったので、冗談を少しだけ含ませていたのを後悔した。もっと真剣に言えばよかったわ、と後悔した。 だらしなく抱えられるのだけなのは嫌なので、せめてもの思いでバラザームの肩に手をまわして上半身を起こす。これで、よりはっきりと見ることができる。

 だが、バラザームのお陰でアーウィンは苦労もなしにやっと前列付近まで来て、闘っている最中の二人を見ることができた。

 その光景に、バラザームとアーウィンは、あっと息をのんだ。

 白銀に目映く輝く、ナイト級の両手剣を片手に持った女の子が身軽に剣を振り回し、男の子の方の武器は脇差に近く、両手でしっかりと持って、一撃から発展した連続技を入れている。

 戦い方は、一定の型できていて鋭い一撃を繰り出す男の子に対し、出鱈目な剣捌きの女の子が必死でなんとか剣ではじいては、反撃を仕掛けていた。


「あ、あの子は…!」


 アーウィンは女の子の方に見覚えがあった。たしか、武器屋で助けてあげた女の子だ!


「トオルとヨシヒサじゃないか!?」


 アーウィンと同時にバラザームが叫ぶ。彼らは共にボロボロだった。

 叫び声は二人には聞こえていなかったらしい。アーウィンがバラザームの腕から飛び降りる。降りた時に三人ほど踏みつぶしたり、押し退かしたりしながら着地した。

 構わず、人込みを吹き飛ばしながら、突き進んでいく………。


 早く、早く止めないと………!



「てぃ!」

「っ」


 体制を低くして切りつけにかかった透に向って、出鼻に由久がカウンターに突きを放ち、攻撃から反射的に体をひねらせ、肩にかすらせながら間一髪、喉元を避ける。

 腰元に構えていた剣を逆手に持って地面に突きかけると、引きよせて、その勢いで転がりながら間合いを開ける。


 ――あ、危なかった。


 冷汗が噴き出し、恐怖と興奮が一層、息を切らせる。だが由久は、一息つくのも無く、


「はっ!」


 剣道独特の、急に間合いを詰める『縮地歩法』により、後ろへ下がった透へ由久が息も付かせず、左足を踏み込み、右上段から一気に左下段へのふり下げる。

 勢いの乗った斬撃は重く、身動きができなくなったところへ――


「せぇいっ!」

「!?」


 素早い回し蹴りが首元の鎖骨(さこつ)に当たり、透は吹き飛ばされた。蹴られた瞬間、とっさに後ろ向きに力を入れたので吹き飛ばされるも、それほどダメージはない。

 力的には、なぜか今のところスーパーマンにでもなったかのように、華奢な体からは想像できないほど力があるが、体重が軽すぎて、剣が交わるたびに透は吹き飛ばされかける。


 低く、反り返った仰向けの姿勢で飛ばされた透は、腕をさらにそらして片手で受け身を取るが、勢いを殺し切れずに、はじかれたようにバク天をすると着地した。


 受け身とった左手が石畳にこすり、血が出ている。透は顔に着いた土を払った。


 透の身のこなしに、人垣から歓声が上がった。由久についていた女の子達も群衆から見守っている。おそらく由久を応援している様子だ。そこからさらに人垣に目をやる。と、透から右手の人垣から…あれは――


 ――オヤジさん!?


 驚いて首を伸ばしてそちらを見てしまった。人垣をかき分けて平然とこちらに歩いてくる。いや、平然ではなかった。心配そうな、そして焦っている表情だ。

 人垣の方を凝視していた透は、目の前の景色が突然にブレ、次の瞬間には地面を揉みくちゃになって転がっていた。左のこめかみが痛む。けられたらしい。


「うっ、うう…」

「真剣を使った仕合中に、よそ見とは余裕だな」


 由久は足元に置いて行かれた透の『作りだした』剣をもてあそびながら冷たく言い放った。

 擦り傷や切り傷だらけな上に、石畳を転がったせいで体中が痛んだ。 このままだと、由久にやられてこっちが、あの退屈な『現世』に戻らされてしまうかもしれない。


 別に戻るだけならいいが、死んでしまえば、二度とこのゲームに参加できなくなる上に、精神障害に陥る可能性もあるって言うじゃないか。絶対、お断りだね、と透は歯を食いしばりつつ思った。

 痛む右腕を顔の上まで上げると一気に斜めにふり下げる。作り出された剣は光の粒子になり、ヒュンっと空中を飛んで、振り払った透の手の中で再び剣になった。


「ふぅん。そんなこともできるのか」

「ただ単に武器好きってわけじゃないんだよ。独学ってものあるしね」


 由久のさして感情の無い『感心の態度』に、歯を食いしばり噛み付く様に答えた。

 今まで練習してきた透が独学で、覚えた魔力による武器の生成技術の応用だ。暇さえあれば松之介から剣を借りてにらめっこしていた。苦労した甲斐があったものだ。


「まぁ、がんばったが――さてと…ゲームオーバーだ、透」


 肩にかけていた剣を正眼の構えにし、腰を落とす由久。そこからゆっくりと刀を右脇腹の横に据える。脇構えだ。


「残念だったな?とおる。これで……!」

「女の子に――」


 勝利を確信した恐ろしく冷たい笑みを浮かべる由久の後ろで、突然人ごみの中から現れる影。

 最後の決め台詞に力をこめて駆け出そうとした由久の背中に狙いを定めて、槍をバット持ちにした女性が後ろから大きく振りかぶった。



「なにしてるの!!!」

「おわ――ンダッ!!?」


 柄の部分とは言え、丈夫な木の棒が風を切りながら、由久の背中に直撃する。バシンッと木が叩く肌の音が鳴り響き、今度は由久が吹き飛ばされて石畳を転がっていった。


 やがて投げ出された人形のように転がった由久は、そのまま気絶したようで、ピクリとも動かなくなった。 手元を離れた剣は石畳の上をシャーっと回りながら途中で跳ねつつ滑り、最後に一際大きく跳ねると止まった。

 これは、由久が気絶したので、負けではない?


 ――それじゃぁ…!


「たすかっ――」

「あなたは、何してるの!?」

「ヒッ!?」


 ほっと溜息をつこうとした矢先、助けてくれた女性の一喝が透をふるいあがらせた。見上げた透は「あっ」と声を上げた。

 その姿に見覚えがある。


「真剣を街中で振り回して………!街の中は安全でなければいけないの!あなたがよくても、もし、剣がはじかれて誰かに刺さってしまったらどうするつもりなの!?――責任をとるとかの問題じゃないわ、モラルの問題よ!!」


 最初は透に怒鳴っていた彼女だが、仕合が中断されてブーイングを上げ始めていた野次馬に向って一際大きく叫んだ。


「なんで、止めに入らないの!?この子、危うく死にかけたじゃないの!!」


「そのお嬢ちゃんが勝手に始めたことだぞー!」

「そうだよな」「ああ。」

「それに、そこに寝ているにぃちゃんにだって問題が――」


「黙らっしゃい!!!」


 アーウィンが槍の柄を地面に思いっきり突き立てると、大きな音を立てて、突かれた足元の石が砕けた。槍の柄はメキメキという音を立てて大きく日々が入る。 水を打ったように静まり返り、その後ろを迷惑そうに歩く人々も思わず立ち止まって音のした方向を見た。


「いや、止めには、入ったけど…な?」

「男の方が止めるなって…」

「こっちは丸腰だしな?」


「だったらそこにいるハンターたちが止めに入ればいいでしょ!?――そこのコソコソしてる人たちよ!」


 一斉に後ろを振り向く人々、身体つきのいい、何かしら武器を携えた人々が立ち去ろうとしていたところだった。道歩く人々にも睨まれ、本当に肩身が狭そうだ。


「…あなたたち、私のことは、当然知っているでしょうね?」


 アーウィンが一睨み利かせる。ハンターたちの間に震えが走った。女性はここまで鬼になるのか、と透は思った。先日、武器屋であった時の、あの優しく快活な明るさはどこにも見当たらない。

 エメラルド色の髪に前髪は七三分けなのは変わってないが、髪を下ろしてあるのでロングヘアーで、服装は、朱色で統一された鎧に黄色のインナーシャツではなく、レモン色のワンピースに白のブラウスを着こんでいて別人にさえ思えてくる。

 そして、近くにいるとその剣幕がさらにくっきり見え、その憤怒のオーラが透の身を取り巻いて息苦しい。思わず生唾を飲んだ。


「まったく……。さ、一度帰りましょう。けがの手当てをしなくちゃいけないわ」

「!」


 アーウィンが透に手をのばすと、透が驚いて小さい悲鳴を上げた。


「…とって食べたりはしないわよ、ね?」


 そういうと武器屋の時に見せた、あの親しみやすい明るい笑顔になった。ほっとした透が、その手に手を伸ばす。


「――まぁ、あなたも、一応にハンターなんですから。帰ったあとで十二分にも二十分にも説教をしてあげますけどね」

「!?」


 その時初めて透は、アーウィンが笑いかけながらも、怒っていることに気が付いた。伸ばしかけた手を反射的に引っ込めるが、それよりも先に、アーウィンが透の手首をとらえた。

 その手から逃れようと、半泣きに近い表情で必死でももがくが間もなく、透の首に腕を回され、抵抗すると絞められるという恐怖によって操られる人形と化した。


「あ、バラ――オヤジさん、もうそろそろ交代の時間なんじゃないの?ついでだから、その男の子を担いできて」


 逃げられないように透の首をシッカリと固めたアーウィンはバラザームに向かって言うと、レストラン『ハウス・ねこ』を目指して歩きだした。

 凍りついている人垣の中に入ると、皆が道を開けてアーウィンを通させる。


 ――おかしい。この人、女性のはずなのに、なんでこんなに力が強い?由久を軽々持ち上げられたのに…。


 いくら引き剥がそうとしても取れない腕に、泣きながら引きずられつつ、意識がかすれ始めていることに気付きながらも思った。透は、闘っている最中と闘った後での違いに、まだ気づくことさえできなかった。


 その後、宿に戻った透はアーウィンに夜までずっと説教され、由久は、武器を使うことに発展したのは由久の言動と行動の所為ということで、さらにこっぴどく怒られたのであった。終わった後は仲直り会と称した雑談を始めると、最後に思い出したように自己紹介をして、彼女は何事もなかったかのように立ち去って行った。


「…アーウィンさんって美人で優しい人だな」「!?」


 手伝いで仲直り会の一部しか知らない松之介は、彼女のやさしく綺麗な面しかしらずに、凶暴で恐ろしく強いという事実を、知る(よし)ものなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ