14.14日目のこと
これは、「14.14日目のこと」で書くにはあまりにも、量が多すぎたために、番外編として、事件のおった日を詳しく描いたものです。
その日に、一体何が起こったのか!?
アーウィンは、どのタイミングで合流したのか!?
本編に重要な表現は、本編で本人の回想を通して表現するので、読まなくても、物語に支障はありませんが――暇つぶしにでも、どうぞ。
あれからというもの、瞬く間に過ぎて行った。毎日、日替わりで手伝い、一方で魔物さがしをする日々。
五日目あたりから、やっと魔物と分類される生物の群れを見つけることが出来た。
だが、それは狩っても馬鹿にされてしまうような程弱いEクラスより、更に弱いFクラスの生物だった。Fクラスは、特に訓練のしていない人間でも倒せてしまう魔物である。
とはいえ、ピンク色の毛玉のお化けが、外敵を見つけると一瞬で体を黒くして目を真っ赤に血走らせ、裂けてしまっているようなギザギザな口を開けて飛びかかってくるのは、初めて見た時には腰を抜かしたものだ。
群れで凶暴なこのバクといわれている生物も、透の思わず吐いた炎によって、ふわふわの毛皮が勢いよく燃えあがり、あっという間に消し済みになってアイテムとして価値がある、目玉を残して燃え尽きてしまった。
目玉は一個、一ウィック。アイテムとしては泣きたくなるほど激安商品だ。
バクの目玉は加工すれば宝石のような輝きをもち、そのままでも、砕いて粉末にして武器に練りこめば、微弱な『狂気』を帯びることになる。 微弱な狂気は戦いにおいて、恐怖を取り除くことができるため、見習いの戦士などが携帯することが多い。
だが、大量に必要な消費物ではない上にとても手に入り易いので、その価値はとても低い。
宝石として価値を持たせるにも、その目は宝石の類にしては非常に傷が付きやすく。また、狂気を纏わす危険なものにもなるため、バグの宝石は特殊な場合でない限り出回っていない。
一方で、バクの毛皮はふわふわと、きめ細やかで衣服などにも使われるし、新鮮なものは特殊な魔法技術で加工をすると、自在に変色する迷彩効果を持つマントになる。 よって毛皮は、五ウィックから質の良いものは二ゴールドまで跳ね上がるなど、馬鹿にされるが、バクは取りようによってはDクラスのアイテムと同じくらいの価値だ。
…と、初めてアイテムを納品してお金を受け取った透と松之介から、ロドの受付嬢から説明された後、同じく受付を任されている青年に冷やかされたので、透はとてもよく覚えている。
悔しいが、何と言われてもお金になることは、少しでもしなくてはならないと自分に言い聞かせてその場はやり過ごした。
さて、話は戻り、その瞬く間に過ぎて行った二週間の間に二つの事件が起きた。
まず、脱ぎ終わった由久の衣服から『カード』が出てきたことだ。
給料がもらえると透から聞いていた松之介だったが、透は半日で五ゴールドを渡されかけたと言っていたので、何故、その十倍の五十ゴールド貨幣・カードが出てきたのか、由久は相当な問い詰めにあった。
一方の由久は、まさか、透がそれしかもらっていないとは思ってもみなかったので、「はぁ?」と一言言って固まってしまった。
後になって由久がオヤジに訳を聞いたところ、どこの情報スジからか知らないが町長に、「彼女はお金のことになると遠慮がちになる」と言われたらしく、透の分も五十ゴールドを受け取っていたが極端に渡すお金を押さえて、由久の松之介は前もって言われていた金額を渡すつもりだったらしい。
事の真相がバレてしまい、透が受け取りを拒否した五ゴールド+抑えた分の四五ゴールドを『三人』で受取り、これからは三人に五十ゴールドを払うことを由久と約束した。
後になって聞かされた透は、それに猛反対したが(こんなに貰うなんて!)由久が言いくるめた。
そして、もう一つ。この事件でこの街に住む人々と、ハンターの間で透たちは噂になり、有名になった。
それは手伝いを始めてから九日目のこと。その日は、松之介が当番で店の手伝いをし、いつものように残った二人は宿を出て、街の外へ狩りをしに行った。
だが、その日はバクすら見つからず、二人は昼も近づいてきたので一旦町に戻ることにした。
宿に着いてから昼食を取った二人は、話し合いの結果、街の外に行っても仕方ないということで意見が一致し、今までもらったお金でなにか、旅に役に立つようなものを二手に分かれて買い集めようということにしたのだ。
その時、由久がなぜか異様にワクワクしているような表情だったことに気が付いていたが、別段気にせずに、宿の前で別れ他二人はそれぞれで街の中を歩いた。
分かれた後、しばらく、透は街の中のあちらこちらを歩いて回って道具屋をはしごし、旅にするときにどんなものが必要か考えては、メモに書き込んで楽しんでいた。
そして事件は起こる。
あらかた、はしごし終えて宿屋に帰ろうと、メモに目をやりながら街の中を歩いていると、不意に聞き覚えのある笑い声が聞こえた。
思わず首を伸ばし、雑踏の中を探していた透は、見てしまった光景に目を見張って凍りついた。
なんと、あの由久が女の子を連れて楽しそうに会話をしながら歩いて行たのだ。
透は最初、驚きながらもほっとこうと思った。自分だって最初に望んでいたあの姿であれば、やりかねないことだ。彼に限ったことじゃない。
それに、あとでからかうネタにもなるだろう。だが、ふと自分の身なりを考えてしまった。透は外見が女の子であるため、どうあがいても、由久と同じようなことはできやしない。
いやいや、落ち着こう自分。透は脈が上がって苛付き始めているのを感じながらも自分自身に問いかけた。
これは、俺自身の一種の不幸が招いた事故さ。由久に非はない――
だが、その間にも楽しく笑って話している声が耳に入ってくる。
惨めさと、不公平さが入り混じって、さらに自分はちゃんと旅をするためにいろいろと回っているのに、由久は遊んでいるようにしか見えなくなった透は、それに対する怒りも入り混じって、段々と堪え難くなってきた。
そして、到頭実行に移してしまった透は、人の流れを半ば無視しながら由久の元へずんずんと一直線に突き進んでいく。
向かっていく最中、透を見かけた通行人は彼の恐ろしい形相に何事かと道をあけては振り向いた。それのお陰で、次々と開いて行く道は、由久から手前五メートルほどまで一直線にできた。
当の由久は右隣りに連れて歩いている、亜麻色ショートヘアーでとても可愛いらしい女の子に向かって楽しげに話していて、目の前の人垣が開けていることも、その先に透がいることも気づいていなかった。
反対側には、黒髪ロングのこれまたとても可愛らしい女の子がいて、由久にべったりだ。
一瞬、ふらりと立ち止まると、バランスを崩したかのようにグラリと姿勢を低くし、次の瞬間には
「キィサァマァァァァアア!」
この世の声とは思えないような悪魔の雄叫びのような声を上げ、同時に走り出すと、由久に拳を殴りこむ。
身長が小さくなっている透は、さらに前傾姿勢に身をかがませているので、強烈な右ストレートが鳩尾に炸裂した。
予想外の攻撃に、由久は受け身をとるひまもなく、バランスを崩して吹き飛ばされ、雑踏の中をぶつかりながら、数人を一緒に巻き込んで揉みくちゃになって倒れる。
連れていた二人の女の子達は小さく悲鳴を上げ、透と由久の周りにいた人々が、雫が落ちた波紋のように一斉に退き、瞬く間に開けた空間ができあがった。
「イッタァ………」
「フッフッフッ…貴様は一体、何をしているのかな?こんな、可愛い女の子を連れちゃってさ?」
由久が起き上がりつつ、顔をクシャ曲げて情けない声を出した。
その由久に向って、透が満面な笑顔に笑いを付け加えて、おどけた口調で言いつつ、由久の方に歩いて行く。
女の子たちは、驚いて放心状態のまま、ただ、地面に這いつくばっている金髪の男の子と、殺気を漂わせている濃い栗色に近い金髪の少女を交互に見ていた。
由久の前までくると、仁王立ちで腕を組みつつ由久を蔑んだ目で見据える。
透と由久の間に火花が散った。
その後、偶然通りかかったオヤジと、武器屋の時にお世話になった女性ハンター(アーウィン・ル・テラス)が止めに入るまで死闘を繰り広げ、それがもとになり、
「少女とは思えない凶暴な新人ハンター」
と
「冷徹無慈悲な二枚目新人ハンター」
の名が瞬く間にハンターの間ではもちろん街の住人にまで知れ渡ることになる。
一方で、常に真面目な松之介はアーウィンに気に入られて、
「紅の騎士団の生き残りに気に入られた新人ハンター」
としてこちらはこちらで、とても有名になった。
アーウィンによって宿に連れ帰られた二人は、彼女にこっぴどく説教をされた後、仲直り会などと称してひたすら雑談をした。
そんなおり、オヤジの本名がバラザームであると、うっかり口にしてしまう。 アーウィンはとてもバツの悪そうな顔をして、二人に「彼はオヤジと呼んでもらいたいらしいから、くれぐれも名前で呼ばないようにね?」と忠告して終わった。
そんな瞬く間に過ぎて行った二週間の中で、三人が有名なったおかげで普段来ないようなハンターたちなども、見物がてらに来るので、さらにお店は忙しさを増し、手伝う内容も変わっていった。
今ではお客の食事の精算や接客、空いた時間には旅道中で作れる様、料理の手ほどきをして貰った。 丸一日かけて働いていると、二日ごとに働いていても、すぐに三人は仕事を覚えた。
由久と松之介は瞬く間に上達して行ったが、料理にそれ程強く興味の無い透は、一人暮らしだった事もあって、最初は「良い腕だ」と言われたが、それっきり余り進歩しなかったが。
そんな忙しいが変化の乏しい生活を送っていた透に、転機が訪れる。
記念すべき(?)二週間目の事。
透が手伝いの当番で、客のオーダーを聞いていると、四人ほどの若者がお店に入ってきた。街でも初めて見る人たちだ。
透が「いらっしゃいませ」と可愛げに――内心、ゲロがはきたくなるほどいやだったが――愛想よく挨拶しても、別段、変わった反応をすることも無く、普通に席に着いた。
つまりそれは、ここ最近までずっと旅をしていて、固定の街にいなかったということになる。それか、他の町でも流されている噂を聞いても、別段気にすることなかった人たちかもしれない。
なんにせよ、この街は標準より少し豊かな街なだけであるも、物流拠点である。
その為人の出入りが盛んであり、初めて見る人の方が多いが、この店に来る人は、だいたいが顔を覚えられるような町の住民だ。 三人を目当てじゃない、ふらりと来たような旅人がここに立ち寄るのは珍しい。表通りにもたくさんの飲食店が立ち並んでいるからだ。
「よかったな、上級魔法の会得。これで賢者とまでは行かないが、クラスも上がるんじゃないか?」
「いや………これも日頃の積み重ねかな」
どうやら、魔術師を職にしている青年と一行らしい。恥ずかしそうにテレ笑いしている好青年がその『上級魔法を会得した人』みたいだ。
翠髪をした額の見えるショートヘアーで、服装は、少し煤けた箇所のある薄い灰色のポンチョ(ポンチョは四人とも来ていた)の下に、全体的に緑色と白の豪華な服を着ていた。
透は咄嗟に、どこかの巨大な宗教団体や修道院の、とても位の高い僧侶じゃないかと思った。 それほど立派で、魔法使いと言うより、聖職者のように思えた。
お客からの注文をメモに書き留めつつ、頭の端っこで彼らのことを考えていた透は、思わず注文の野菜たっぷりオニオンスープと、ジューシーキャベツロールを書き間違えてしまった。
お客からは名前ではなく、番号で注文する人が多い。メニューには名前の左隣に番号がふってあるのだ。
「あ、ジューシーキャベツじゃなくてオニオンスープですか?す、すみません!」
「たのむよ〜トオルさん、そんなんで大丈夫なのかい?」
噂に導かれた好奇心旺盛な白髪交じりの青年が透に困ったように笑いながら言った。
「すいません…」
「お、おい、そんなこと言ってると、いつぞやの新人ハンターのようにボコボコの死闘に巻き込まれるぞ!」
謝る透の横で、連れの少し太りぎみの青年が危機迫った顔つきで白髪交じり青年に忠告する。 もちろん、冗談だ。最近はこの手のからかいで透の反応を見ては楽しむ客が多い。
それに、透は軽い皮肉じみた台詞で死闘を繰り広げるような猛獣ではない。でも、そこは会話のノリに乗せて、
「ふふふ…光り輝く刃でズタボロの三枚おろしに差し上げてもいいんですよ?」
と自分の言ったことに笑いながら答える。
ズタボロの三枚おろしって、相当切るのが下手な上に、剣の刃が欠けているんだろうな〜と思っていると、いつの間にかし〜んっとしていた。
「………。」
「…じょ、冗談ですよ」
「だ、だよね〜?」
透の周囲のテーブルが急に静まり返ったので、透は慌てて付け足した。途端に空気が和やかになる。
――さて、楽しいお客さんにあわせた会話はやめて仕事をしなければ。
最近は仕事の内容もきつくなってきたので、透はすばやく、キビキビと仕事をこなすことを覚えた。
しかし、仕事をこなすその一方で、先程入店してきたここら辺では珍しい「魔法使いをつれた一向」に聞き耳を立てる。
「上級魔法までくると、練習用の魔法や下級魔法なんてのは、口に出さなくても発動ができるんだよな」
羨ましげに同い年と黒っぽい茶髪の人が言う。よくみると汚れたポンチョの下に、大きめ両手剣を背負い込むように携えている。
――魔法か……………。俺の使っている魔法は呪文なんてないけど?
「次は古代魔法と最上級魔法か?」
隣で笑っているのは、恰好だけがまるで何処かの童話に出てくるドワーフのような大男だ。街中だと言うのに斧を担ぎ、兜を被っている。 この街に着いたばかりでここに来たのだろうか?
「いや、古代魔法は少し無理があるんじゃないか?」
黒い長髪の人が言う。後ろ髪を細く縛り、肩幅が広く声も低い。長い髪の合間に隠れたように細い剣が見え隠れする。
「すでに、古代魔法に関する書物は殆ど消されたと聞く。一つも――伝承すらない」
「でもさ、もしかしたら何所かに………」
魔術師にドワーフモドキ(っぽい人)、それに剣士が二人。水晶がないところを見ると、ハンターではないらしく旅人だと伺える。道理で透のことを見ても、驚かないわけだ。
その一行は魔術の話や今後の話で盛り上がっていた。
「おい、ちょっと聞いてんの?」
聞き耳を立てていると、不意に不機嫌な声で言われた。そうだ、今は仕事中だ。
「は、はい、すみません」
慌てて、本気で謝る。お客の声は、茶化すようなものではなく本当に不機嫌さがにじみ出ていた。 透は、聞き耳を立てるどころか、全神経を集中させてしまっていたことに深く後悔した。
今はオーダーを聞いていた最中だったのだ。何度か謝って、もう一度メニューを言ってもらう。
――今は仕事中だ。集中しなくちゃ。
しばらくすると、また、魔術師一行の近くに寄った。今度は聞き耳ではなくオーダーだ。
「お客様、メニューはお決まりですか?」
この前、気恥しく思いながら何度も練習したのがこの台詞。お客の前で言うのは前回の手伝いからだが、何度も言っているうちに恥ずかしいやら、もうどうでも良くなっていた。
最初に聞きに行った時「お、お、きゃ…おかく様、何を食べますか?」と言って店中の人に大爆笑され、「どちらのカク様で?」や「あなたを食べたい」などと悪い冗談な注文もしばらく続いたがために、急速に開き直ってなれたのだ。
翌日、その大失敗の噂を聞きつけた輩が、はりきってこの店に来たらしいが、当然、当番は松之介に変わっていて、それはもう落胆の色が濃かったそうだ。
そうそう。落胆の色と言えば、由久ファンの女性たちが由久目当てに来るも、一日ずれで透に当たった時はひどかった。
特に何もされなかったが、噂を知っているのか腹いせなのか、チクチクとした皮肉と視線がとても嫌で嫌で堪らず、思い切って、
「これ以上敵意を感じたら全力で由久に逆上して殺します!」
と宣言すると、皮肉や刺すような視線は嘘のようになくなり、事なきを得た。
彼女たちは透に対して一体、どんな噂を聞きつけたのだろうか。そんなくだらない理由で人殺しなどしないのに…。
――おっと、思い出に浸ってる場合じゃない。取り合えず、失敗のないようにやらなきゃ。
バイトで働いていた時も、透はいつも失敗しなければ成功ということで済ましてきた。
「ああ。こっからここまで。お願いします」
そう言って焦げ茶髪の剣士がメニューを指でなぞった。 うん、とてつもなく大雑把だ。透は何となく気が合うような気がした。
「ええと……………六番の鴨肉のソテーから二十五番のジューシーキャベツロールまでよろしいですか?」
改めて言うが、メニューの横には数字がある。言い難い料理名や、多く注文する時にお客が楽なようにあるわけだ。
「ん。それ――」
剣士が頷く。と、長髪の剣士がメニューの上に手を差し出し、止めた。
「おい、少しはものを考えて行動したらどうなんだ!毎回、毎回…旅道具に必要な予算だって――」
「まぁ、大丈夫だ。クロ」
大男が笑いながら長髪の剣士の言葉をさえぎった。どうやらこの長髪の剣士は名を『クロ』と言うらしい。
「またっ………『クロ』なんて変なあだ名をつけるんじゃない!この前はブラックって、結局は色か!?」
ここで分らなくなった。クロは本名ではないのか。それに、色で名前が付けられるとは…大男は、焼けた肌の露出部が多いから褐色君か?いや、ドングリ君か。
「んじゃ、頼む」
焦げ茶髪の剣士は仲間の制止を無視してそういうと、透の手にメニューを押し渡した。
「少しは人の話を聞いたらどうなんだ!」
――ふむ………クロさんには悪いが、ここは取り合えず従っておこうか。
「畏まりました」
深々と丁寧に、しかし素早く頭を下げて言うとささっと厨房の近くまで行き、オーダーを報告する。
「オヤジさん、オーダー。六番の鴨肉のソテーから、二十五番の特製柔らかきゃベツロールまで、三番テーブルのお客さん!」
「分った!その前に九番テーブルの御客に、ポークソテートマトソースと、特製パン。五番テーブルにカジキのサイコロステーキ、マッシュポテトを!」
「はい!」
オーダーを聞いては、出来た料理をお客の下まで運ぶ。運んだらその料理分の料金をその場で受け取る。透はこの時、ここはレストランではなく食堂の方が合っているような気がした。
「トオル!次、六番テーブルにキノコスープ!」
「はい!唯今!」
「あ、食べ終わったんだけど、食器よろしくね」
「……………!はい、お客様――」
――過労死しちゃいそう…
ついこの間までは皿洗いで、とても楽だったのにと、悲しむ透であった。
その後、働きつめて終了時間の夜十一時。透はお客のいないお店のテーブルにうつ伏せになっていた。
「つ、疲れた………は〜」
一日中、笑顔のせいで顔がつりそうだ。今日もかなり疲れたな………と思い返していると、お昼の魔術師たちのことを唐突に思い出した。
――そういえば、上級魔法がどうたらこうたらって言っていた。
彼らが会得した上級魔法とはどんな物だろう。そして古代魔法や最上級魔法とは?気になりだすばかりである。
「お、ここにいたのか」
店内は一応ランプをつけているが、閉店しているので殆ど消してある。そんな薄暗い中、透は微動だにせず物深けていたのをバラザームが見つけた。
「はっは、今日も疲れただろ。いつも通りの額だが、ほれ」
透は報酬を受け取るこの時、毎回申し訳ない気持ちになるが黙って受け取るようになった。バラザームに抵抗しても結局は由久か、松之介の元に行くのだ。
ならば、静かに貰っておく――というのが透の決めたことだった。
「はい、ありがとうございます………――アダッ」
消え入るような声でお礼を言うと、再び頭を突っ伏す。勢いが良すぎて、テーブルにゴンッと頭をぶつけた。
「おお?相当参ってるようだが………まぁ、明日はゆっくり休むといい」
ぶつけた額をなでながら、透は重要な事をおもいだした。あ、日替わりだったんだ!
こんな事を忘れて無意識に落ち込んでいたのかもしれない。明日が休みだと分るとなんだか元気が沸いてきた。
「あ、そうだ。オヤジさん」
うつ伏せになっていた透は身を起こした。バラザームという本名を知っているが、言わないのがアーウィンさんとの約束だ。 そういえば噂では、松之介だけがアーウィンに気に入られているような言い方をされているが、実際は三人にとても親切に接してくれた。
「ん?なんだ」
「あの…この町に図書館ってありますか?」
バラザームは唸り声をあげながら腕を組み、思い出すように目が空を煽った。
「図書館か………確かにこの町にも、外見が小さい民家の様なのがあるが、面白い本なんて見つかんねぇと思うが――あそこは、この町や国の歴史書やら、意味のわかんねぇ魔法について記された本やらで……君たちの部屋に置いてあるような読書的なものないな」
指でトントンと腕を叩きながら眉間にしわを寄せて言う。その様子だと、行ったことはあるが、それほど頻繁ではないということがうかがえる。
「ええ、ちょっと魔法について興味を持ちましたので」
愛想笑いをしながら答える透は翌日、松之介と行ってみようと思った。そうなれば早速、体を休めなければ!
「では、おやすみなさい」
「ああ、お休み」
階段の手前でペコリと頭を下げて、明日の仕込みの為に厨房の奥に消えるバラザームに頭を下げた。
――そうか、魔法に関して書かれた本か。俺の使っている魔法が一体どんなものなのか知ることができるかも!
透は期待に胸をふくらませ、意気揚々に階段を上っていく。すると…
「あ、終わった?仕事」
階段を上った先に、なんとアーウィンが壁に寄り掛かって立っていた。ピンク色のパジャマを着て、エメラルドグリーンの綺麗な髪を下ろしていて――とても綺麗だ。 こんな綺麗な女性が、ハンターの間で恐れられているのか、透は真意のところ分かっていない。だが、この前の一騒動でとても強いことは証明されたと思う。
「ちょっと話があるの。この前のことなのだけれど」
この前の話ということで透は大体察しが付いた。
「…この前って、由久と街の表通りで喧嘩していた時の話ですか?」
緊張して声が浮つく。あの話題はもうやめにしたかった。原因は由久にあるということになっているけれど、確かに自分も子供過ぎた。
「あなたが十二分に反省しているのは分かっているわ。…実は、さっきまでヨシヒサからその時の話を聞いていたのだけれど…」
透は沈んだ気持ちになった。頭に血が上っていたことに加え、ゲームだから大丈夫という安易な考えがあったとは言え、友人を殺そうと本気で殺し合っていたとは思いたくなかった。
思い出すたびに、ギクシャクするわけではなかったが、何かと心に引っかかる。
「…今回は、説教なんかじゃないわ。あなたの魔力、魔法の力がどれほどのものか私が説明してあげる。でも、その前に、あのときの状況を詳しく知りたいの」
透は、意表を突かれた驚いた表情をした。
――あのふざけるのにも程があるような喧嘩が?冗談でしょ。
しかし、アーウィンの目は優しくもしっかりしていて、とても冗談の言っている目ではなかた。




