13.補助金
翌朝、夜のうちに冷えた肌寒い風が頬をなで、透は朝早いうちに目を覚ました。
「うっ………お〜…さみぃ〜………」
寝返りを打つと薄らと目を開けて窓とは名ばかりの、壁にあいた穴を見る。昨日の見事な晴れとは違い、透の予想通り曇り始めている。
だが、まだ降りそうにない。
先日見た朝日はとても綺麗で――気のせいではなく、現実のものよりも綺麗だった。
透は外に目を向けたまま上半身を起き上がらせると、腰を後ろにずらして壁に寄り掛かった。 それは作り物の為か。はたまた、リアルすぎる描写に現実的な設定の上で、「大気が汚れていない、まだまだ未開の自然がある、澄んだ世界」だからこそなのか。
「………。」
呆然と眺めていると、曇り気味の空であっても、雲と雲の間から見える空と、光のカーテンに、やはり心が安らいだ…。だが、安らいだのも束の間に、ふと急に体の内から沸々と意欲がわいてくる。
何かしたい。曇りかけの空だからこそ見える、所々で差し込む光のカーテンを見ていると焦燥に駆られた。
何も、焦る必要などないのに…――いや。
透はふと無意識に、口元を右手で覆うようにあて、左手に右肘を受けるように組むと、「う〜ん」と唸りながら考え込んだ。
何か…何かある。けど思い出せない。いったい何だったか…。
しばらく、その姿勢のまま考え込んでいると、急にお腹が鳴った。驚いてお腹を押さえる。
そうか。まだ起きてから何も食べてない。
「………『腹が減っては、戦はできぬ』というし。朝食を食べてから考えよう!」
透は意気揚々とベッドから降りて、部屋の中央に置いてある、円形で足の高いテーブルに向かった――が、テーブルを見ても朝食は用意されていなかった。
「…。そっか、まだ寝てるのが普通か?」
松之介を見てもまだ眠っているし、窓から見える住宅区の方も、朝食を作っているらしく湯気のような煙がちらほらと立っているが、別段、活発に動いているような気配はせず、朝の静けさが漂っている。
透は、暇だなぁっと思いつつ、何もないテーブルの席に片膝を立てて座った。立てた膝の上に、猫背になりながら顎を乗せる。
現実の世界では考える機会さえ、当然、ありえなかったが、胸が膝とぶつかって少し余計に圧迫感がある。その一方で、下半身は足を曲げたりする時に感じるいつものきつい感覚が一切ない。
「………。なんだかなぁ………」
情けない声で呟きつつ、ため息を吐く。妙な話だが、透はこんな些細な変化で性別の違いを、今まで以上に再認識した。
「見た目とかだったら、まだ、なんとなく幻覚だとか思って、それほど深く考えることないのになぁ………」
ブツブツと、テーブルの上に敷かれている丸い鍋敷きを眺めつつ再びため息をついた。 鍋敷きは固い毛糸のような頑丈な糸で作られた、黄緑と赤茶のチェック柄で、新品のような木製のテーブルの色に違和感なく居座っていた。
『居座っていた』というのは、彼はこの場で――とてもじゃないが活躍することはないだろうと思ったからだ。
透は、ふと気になって思い出そうとする「何か」を忘れて、鍋敷きの存在についてあれこれ考えて時間をつぶした。
「う、もう朝か……」
ソファーで寝ていた松之介が欠伸をしながら起きあがると、寝起きの気だるそうな声を上げて寝ている間に固まった体を伸ばす。どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。
「うぅ〜」と気持ちよさそうにうめいたあと、力を抜いて溜息を吐いた。
ふと、テーブルを見ると片膝を立てて座り、一心不乱にテーブルの上を見つめる少女がいた。 しばらく、何をしてるんだろうと思いつつ眺めていると、はっと我に返り、その変わった少女の中身は透であり、同時に昨晩の戦慄が甦ってきた。
だが、考えてみれば透相手なのでそれほど怖くはない。立ちあがって彼の隣まで歩いて行く。それでも透は気づかないようだった。
「…お前、何やってんだ?」
「!?」
松之介が呼びかけると、石のように固まってテーブルを見つめ続けていた少女が飛びあがって彼を見上げた。
「お、あ〜。なんだ、ジョニーか〜」
「いや、だれだよ」
ホッと胸を撫で下ろす透に、松之介が淡々と突っ込みを入れる。笑うのも良かったが、一度笑ってしまうと、透の馬鹿テンションな会話は止まることがない。
退屈な時は別段、構わない。むしろ、面白いので良い。だが、普通な会話ができないので今はやめておいた。
松之介は呑気に自分で自分に状況の説明を言い聞かせていると、透が変に暗い顔つきになっていたことに気が付いた。
「どうした?」
「…胸がある」
「んま、体が体だしな」
「こうやって足を折り曲げてもキツクないし」
「…体が体だしな」
「あ、でも下着があれだね。食い込む」
「………。お前、大丈夫か?」
透が自虐的な笑みを浮かべながら、本当に切ない声で話すので、松之介は深刻な面持ちで――実際はそれほど重要に思ってないが、透に聞いた。
透は一瞬、少し驚いたような顔をしたが、すぐさま優しく笑いかけ、
「大丈夫だ。エスカルゴ」
「いや誰だよ。てか、食用カタツムリじゃないぞ?俺は」
松之介は口元だけ笑んで突っ込みを加えつつ、結構、ショック大きそうだな、と少し心配に思った。
「――……と言う事だ」
朝の食事を、足の高い円形のテーブルの上に置くのを手伝いながら松之介が朝の出来事を由久に語った。
由久は、最初の時の服装――ワイシャツを五枚重ねにしてきたような厚さの上着に、黒のジーパンという、極めて質素な服装だったが、今は普通の長袖のシャツの袖を上腕まで手繰り上げ、ズボンは灰色の棉生地のもの。エプロンをつけている。
……。だいぶ質素な服装だ、と松之介は思った。
「うわぁ、情けねぇ〜」
話を聞いた由久は彼特有の左顔を妙にクシャませて笑う。松之介は、久しぶりにこの顔を見た、と苦笑いで応えながら思った。
こういう笑い方をするときは、一に笑いをとる時、二に他人を悪い意味で笑う時が大概だ。時々、無意識に使っている時もあるが、真相は分からない。
「だな。無意識といっても、自業自得というか…最初から女キャラなんて使わなければよかったのにな?」
松之介が頷きながら、意地の悪い笑みを浮かべてさらに透を詰る。
「君らには一生わからんだろうな。この苦しみ、悲しみを。いや、分かるはずがない!これを分かってくれるのは、同じ身の上になった人間だけだよ………」
透が芝居かかった台詞を、拳を作って最後は呟くように言いながら、首を振って嘆いた。
それを見ていた松之介が笑って
「丹葉の言う台詞も面白いが、ヨルも結構かけるよな。芝居」
と愉快そうに言った。
「馬鹿のシンクロニシティだろ?――さてと」
由久が笑いを堪えようとして、鼻で笑いながら立ち上がる。
「俺は手伝いにもどっから、お前らちゃんと探しにいけよ」
そう言い残すと足早に部屋を出た。
「あ〜、やる事がありすぎる!次は荷物運びだっけ?」
由久は苦々しく顔をゆがませると、盛大に独り言を言いながら階段を降りて行く。
階段の正面にある倉庫に行ってみると、スティルはすでに右から左へ行ったり来たりして荷物運びをしていた。
「遅い。早く、テキパキとこなさないと料理が作れないんで」
そう言い捨てるとせっせと裏口から奥の厨房に運んで行った。
「相変わらず手際のいい事で……………ハァ〜」
今のは由久なりのほめ言葉だ。ため息をつくが、そんな事もしていられない。由久も荷物運びに取り掛かった。荷物はそれほど重くはないが、油断していると突然重い荷物があったりと、様々だ。
う、重い………。中身は何だ?木箱にはってあるメモ用紙を見てみると中身はカボチャらしい。一気に五、六個のボーリングボールを抱え込んでいるようだ。
そんな、カボチャの入った箱に悪戦苦闘をして、さぼりたいなぁ、と思い始めた由久の所へスティルが戻って来た。
「これからちょっと買出しにいってくるけど、次の仕事は、昨日使った、お客に出すナプキンとテーブルクロス洗う事だから。サボったりしないでください?働いてるんだから」
顔を合わせた途端に、スティルはそう言うと、裏口から出て行った。
「やつはエスパーか!?…次は洗濯って洗濯機ってあるのか?…………。無いよな………トホホ」
地味な多忙に半ば折れ気味の由久であった。
一方の透達は、丁度朝ご飯を食べ終わった所だった。
「いや〜美味しかった!」
「確かに」
満足そうに言う透に頷く松之介。
「さすが、レストランを開いているだけある」
食事で使った食器を片付け、廊下のすみにある小さな台に置き、魔物を求めて部屋をあとにする。
……が、二人とも寝巻のままだった。
「……どうする?」
「さぁ?」
松之介が立ち止まって振り向くが透は首を傾げると、部屋に戻って行く。松之介も仕方なく部屋に戻り、開け放たれていた扉をバタンと閉めた。
「よっと……くぁ〜、疲れた」
最後の荷物を運んでいた由久は、厨房の手前に置くと背伸びをした。あの重い食材の入った箱は全て上面を開け放ち、横に並べた状態にしてある。恐ろしいことにもうすでに二箱ほど、空になりかけている。
やっと終ったからといって仕事はこれだけではない。次は………
「次は洗濯か………ん?洗濯って言ったってどこですればいいんだ?」
そう言えばスティルはどこでやればいいか言っていなかったではないか。これでは、洗濯をする事さえ出来ない。 この隙に少し休もうか………。由久の頭に一瞬そんな考えが浮んだが、すぐにその考えは良心によってかき消された。
三日間、無料で留めさせて貰った上に、金稼ぎ(魔物狩り)で旅の準備ができるまでいさせてくれるといっているのだ。サボろうとしていいはずが無い。
由久は忙しさによって、これがゲームであることを忘れていた。
厨房の中にちょっと顔を入れてみるとオヤジさんと若い男性――ダットの二人が忙しく料理を作り続けている。 人々のおもに朝食、昼食、夕食、それぞれの時間帯の合間はそれぞれ交替で休みながら働いているとは言え、人手不足は深刻な問題のようだ。
由久は、一瞬でも自分だけ休もうと思った自分を恥じつつ、
「ちょっと、いいですか?」
と忙しそうに料理を作る親父さんに声をかける。
「ん?何だ」
小さく頷くと目線をチラッと由久に投げかけるとすぐに目線を戻した。由久は、良いけど手早めに、と受け取った。
「昨日使った布類を洗いたいんだが、どこでやればいいんだ?って、ことなんだが」
「ああ、それなら――」
切った肉を小さい皿にうつす。今度は大きな玉の状態のレタスを手元に引き寄せながら、眉間の皺も寄せる。なんて説明しようか考えているようだ。
「二階の廊下に、途中で左に曲がれる廊下があるだろう? 曲がって、小さい廊下の左側の部屋が倉庫になっている。で、壁伝いに屋上に出られる階段があるはずだ」
レタスを一枚ずつに分けると重ねて、シャキ、シャキと四等分にしていく。新鮮な野菜の音は、食欲をそそられる。
由久はすでに腹ごしらえをしてあったが、それでも、かじってみたいと思った。
「屋上に出てすぐ右側に洗濯道具がある筈だ。それを使って洗ってくれ。んで、――」
レタスをざるに入れると素早く水で軽く洗い、ボールに移す。
「洗い終わったら風でとばされないように洗濯バサミで止めておいてくれ」
別々にして置いた野菜をフライパンに移して炒めていく。レタスは薄く切ったトマトと共にダットの元に渡された。
「ああ、分った」
由久は頷くと厨房から出て行くと「よろしく頼んだよ」と後ろからオヤジの声が聞えた。
面倒だが…………ま、仕方無いか。 その後も、なんだかんだ言いながらも、頼まれた仕事を順調にこなし、気が付けば昨日透が仕事を終えたのと同じころの真夜中。
おそらく、真夜中の十一時頃だろう、と由久は思った。
「ご苦労さん。これ、今日一日の給料だ」
そう言って渡されたお金は、五十ゴールドだ。
一日五十ゴールド………単純計算で一ヶ月千五百ゴールドか………それに、三人分の宿泊代の相殺で…実際はもっと貰っているみたいだな。
由久はふと、怪しく思った。
「ありがたく貰っておく………と、言いたいが、少々額がおおげさじゃないか?」
由久が渡された『カード』を見て、それからオヤジに目線を移した。目には鋭い光がある。一食一ゴールド前後で食べられるようだったが、日給でこれは、あまりにもおかしいだろう。
「な〜に。それくらいどうってこと無いさ。魔物が見つからなくても、その金を貯めて道具でもかえばもっと行動範囲を増やしたりもできるだろう?――なにせ、旅の道具はどれも高価なものばかりだからな」
「…店の忙しさから、黒字であることは分かる。だが、ただの手伝いの俺たちがこんなにもらえるわけがない」
オヤジは由久の目線から目をそらさず、近くの椅子を引いて座る。聞いている表情は真剣な顔つきだ。
「他の店員の分は?あの店のフロアーを一手に引き受ける女性や、並々じゃない料理の腕の男性にはもっと金を払うはず――それに、あんなに大量の食材を使うんだ。原材料を買うにしても金がかかる」
オヤジは黙って、共感するかのようにうなずいた。
「俺たちは最近、ここに来たばかりだが、一ウィック一ゴールドの差がどれほど大きいか、分からないわけじゃない――この額はおかしい」
最後の言葉に頷くと、それまで黙っていたオヤジが口を開いた。
「君は分別がありそうだから言うが……実は俺は、町長から補助金をもらっている。君たち三人の世話を見ている間はずっとだ。その中には、宿を貸している間の宿代や――」
オヤジは懐からこぢんまりとした袋を取り出し、縦に振った。
ジャラッジャラッと音が鳴り、結構な数の金属がはいていることがうかがえる。それすべてが金貨などのお金なのだろう。
「――君たちへの日給も入っている。わかるか?実は、俺はいくらも払ってないんだよ」
そういうと静かに、だが愉快そうに肩を揺らして笑った。由久は対照的により怪訝そうな顔をする。
「?なんで町長は、俺たちによくしてくれるんだ?」
「町長も、他の人に依頼されて補助金を払ってるんだよ。君たちのように――まぁ、いっちゃぁなんだが…」
オヤジは少しためらうように、足元に目線を落とした。
「時々…そう、変に常識がない奴が、門番の紹介で俺のところに来るんだよ。そういう時に、町長が補助金を払ってくれるんだ。おかしなもんだよ」
目線を戻してオヤジは言うと、人懐っこい笑いをした。不意に由久も頷きながら笑った。
なるほど。両方に美味しい話だ。由久は口元に笑みを忍ばせながら、カードを懐にしまった。町長にそんなことを頼む人間がまだ分からないが――
ふと、これはゲームであることに気が付いた。オンラインゲームで、新人プレイヤーに期間限定のサポートが付くのはざらにある話。誰かからの依頼という形で少しでも現実味を持たせたいという思惑と受け取った。
「んじゃ、明日の当番に朝早いって伝言をしておいてくれ。明日も頼むよ」
「はい、言っときます――あ、『時計』ってありますか?」
口調を敬語に戻しつつ由久が聞くと、立ち上がったオヤジは驚いた顔をして、
「あるにきまってるじゃないか。なければ不便だからな」
と言って、厨房を半分見えなくする壁をさした。
みると天井から少し下がったところに時計が掛けてある。由久の体内時計はさほどくるっていなかったらしい。針は十一時二十六分を差していた。 あんな所にあったのかと頷きながら由久も立ち上がると、軽く一礼したのち、テーブルの合間を縫って廊下に歩いて行く。
「あ、ちょっとまった。」
カウンターの奥にある廊下に入りかかったところでオヤジが後ろから引き留めた。
「え、何っすか?」
突然呼び止められ、由久が立ち止まり振り返ると、
「夜中は騒ぐなよとも伝えといてくれ。」
軽く笑っているような様子で忠告してきた。
薄暗くて表情は見えなかったが、特に気にかけるようなものはないだろう。もっとも、オヤジにとっては、夜中に騒がれるのが一番困るはずだ。
由久は頷くと、裏口の階段へ歩いて行き、二階に上がって行った。
「あぁ、終わった終わった」
体をほぐしつつ呟く。ため息交じりに部屋に戻ると、既に透の姿は無く、松之介が例の如く脚の高い円形テーブルの方の席に座って本に読み深けていた。
見ると、朝の寝まきから着替えている。服は早朝にエルフィンが、脱衣所の籠に入った脱いだ後の服と交換したが、それに気づいたらしい。
「…また、本読んでるのか」
松之介を嫌なものを見るような苦々しい表情をしながら由久が言った。もちろん、冗談だ。彼のこの手の冗談は松之介も慣れていた。
「暇だからな。暇つぶしに本しかないんだ」
ゲームをしている最中なのに暇………おかしな話だ。由久は自嘲的に笑った。
「あの馬鹿はどうした」
ソファーに座り込みながら由久が聞く。松之介が目線を上げるとベッドを指差す。見ると毛布がこんもりと、人型サイズの卵が入っているように盛り上がっている。
「ヨルは放っておくと九時に寝ちまうからな。全く………習慣ってのは、凄いな」
「ああ。高校生で夜の九時に寝られるなんて考えられねぇな」
松之介がうんうんと頷きながら相槌を打つ。
「あ、松之介」
由久がソファーの端に固まっている毛布を手元に寄せた。
「明日、今日の俺みたく、朝早くに起きる事になってるから、明日の日の出前にな」
靴を脱ぐと、ソファーに横になる。
「朝早いが時間になると寒さで自然に起きられる。へんな話、温かくして寝ない方が、起きやすいかもしれないからな………んじゃ」
毛布を被ると、あごが外れるんじゃないかと思うほど大きく欠伸をした。
「……………。俺も寝るか」
松之介はパタンっと本を閉じると立ち上がり。テーブルの上のランプの火を消した。天井のランタンの明かりをどうやって消したは知らないが、部屋は明るすぎると思えるほどの月明かりが差し込む中、薄暗くなった。
ごそごそと音がする。脱衣室に入って寝巻きに着替えているのだろう。それを明日、起こしにきたエルフィンと一緒に、持って行って洗濯することを、彼は知っているだろうか。
女性物の下着――透が止むを得ず着ている服はエルフィンが洗ってくれるが、ほかはシーツを洗濯する際、一緒に洗わなくてはならない。
「日の出前だから朝の四時ごろか?………心配だ」
松之介はため息とともにドアノブを回すと隣の部屋に入って行った。その様子を片目で見送ると、由久は少しだけ伸びをして、ため息を吐いた。
「…ふう。仕事が終わってクタクタに疲れた後にこれはないだろ。………なんか妙に明るいな…――」
愚痴をこぼしながら、ふと空を見上げた由久は絶句した。空は、星ひとつ見えない曇り空だったのだ。
それでも、時々薄く延びる雲からぼんやりとその輪郭が見える。
由久の見上げたその空には、腕を伸ばし、手の平一杯のばして中指と親指の間にやっと収まるか収まらないかと言うほどの巨大な『月』と、さらにその周りに小さい二つ『月』があった。
「今、曇ってるんだよな?なんでこんなに見えるんだ?」
雲を通してみる月は、新月の後だったのか、輪郭がぼやけているが妙に鋭い形の月だ。 由久は驚いているのもつかの間、自分が、一日中働いて汗のしみついた服で汗で寝心地の悪いまま寝ようとしていたことに気が付いた。
それで、少し冷静になったのか、また忘れかけていた事実――これがゲームであることも思い出した。これもゲーム的な表現に違いない、と由久は思うことにした。
「……シャワー浴びてからねるか」
欠伸をしながら由久は起き上がってソファーを後にすると、脱衣室に入って行った。




