9.職業案内所 2
「えっと………確か、あっちだった気がする」
武器屋を出た透は、一〜二歩ほどの距離を遅れて付いてくる松之介を引き連れて人ごみを歩いていく。二分ほど歩いていると、昼間に来た職業案内の店をみつけた。
その店の前にある掲示板の前で、腕を組んで通りをにらんでいる人物がいる。
近づいていくと、その金髪頭の男が気付いたようで、こちらの方を向いて仁王立ちをした。
「よっ――」
「遅い!いつまで待たせる気だ!?」
透が手をあげて笑いかけるが、あった瞬間に怒声を浴びた。由久の機嫌が悪い。やはり、長い時間ここに居たのだろう。
「チッ、まったく………さっさと手続き済ませんぞ。」
由久は、周囲に怒気をまき散らせながら不機嫌そうに言うと、店の中に入っていった。通りを歩く人々の一部が何事かと立ち止まって、由久が入って行った扉に注目する。
だが、その注目もすぐさま無くなり、何事もなかったかのように通りを往来していった。
「結構怒ってんなぁ…。」
周りの人たちが歩き出すと、その様子を透の後ろで見ていた松之介が、面白半分といった感じで不安気に言う。
振り向いた透は、
「ちょっとね。」
と右手でつまむような仕草を加えつつ、苦笑いをしながら頷いた。
二人は、横目でドアが閉まるのを見届けてから後に続いて入っていく。中は、午前に来た時より更に暗かった。 外が暗くなってきているから当然だ。相も変わらず、また昼と同じように老人の座る机の周辺にだけ、明かりが灯っている殺風景な室内だった。
透を先頭に二人は、明かりのともった老人のところへ足を進める。後ろの松之介は、あたりを見回しながら付いてきている。
由久と老人は何か話していたが、足音に気付いて、老人が由久越しにこちらを見た。
「ほう………一日にメンバーを増やすのか」
感心した様に言うと、あの機械と記録器、手袋を取り出した。後ろの棚からファイルを取り出し、中から書類を一枚取り出す。 由久と透の名前が入ったあの登録用紙だ。
機械に入れこむと紙の位置を調節する。
「話が早くて助かるよ」
透の二〜三歩先で、由久が機械で文字を打ち込みながら気さくに笑いかけつつ言う。覗き込むと『マツノスケ』と打ち込んでいた。
「ふん……………マツノスケか。」
打ち終わった由久は老人の方へ機械を押し返すと、老人はその紙をすぐに、だが、慎重に取り出す。
老人が右手を口にあて、左手に登録用紙を眺めつつ呟くと、老人は早速、水晶に松之介の登録をし始めた。強い光と風が吹く中、由久が松之介に腕輪を受け取った後に何が起こるか説明していく。
――…つまらない。
松之介は直接的に恨みがないので、何もしないが、それでも自分だけというのが面白くなかった。
「ほれ、記録器じゃ。ハンターの方の説明は、もうしたか?」
老人が、松之介に腕輪を渡しながら由久と透の顔をみる。
「あ〜………そうだな。宿に帰ったら説明するか。」
思い出すように少し間をおいた後、由久が頷きながら言った。透と松之介は、その言葉を聞くと老人に軽く会釈してから先に出口に向かう。
「そうしてくれ。わしの負担がへるってものだ。」
「ああ。じゃぁな、じいさん。」
「ああ。それじゃ。」
最後に由久は老人にそう言うと、案内所を出た。空は既に薄暗くなり、通りの人影がめっきり少なくなっている。
三人は、宿屋に戻ると、すぐさま透が説明を始めた。
「………で、ハンターはモンスターを倒し、そいつ等が落とすアイテム………戦利品を『ロド』というハンター用の役所に出せば見合ったお金がもらえるって仕組みらしいよ?」
部屋にある足の高い方の円形のテーブルの席についている二人。透の説明に、松之介は頷きながら耳を傾ける。
「へ〜………まさにぴったりの仕事じゃないか」
満足気に笑うと、聞くために身を乗り出し気味になっていた体を、椅子の背もたれにゆだねる。
「あ、そうそう――」
それまで、ソファーに寝そべり、黙って聞いていた由久が口を開いた。
「これ、更に詳しいく書いてあった補足情報なんだが、ハンターの仕事はどうもそれだけじゃないんだ。」
ソファーから起き上がりつつそう言うと、ポケットから一枚の紙を取り出してきた。ハンターの職業案内が書かれていたあの張り紙だ。
「何時もは、それぞれ加盟したグループごとに行動していていいんだが、滞在している町の一定の要請は絶対に受けなければならない事になっている。」
「一定の要請ってどんなのだ?」
松之介は椅子をずらして由久の方に向くと、真剣な面持ちで聞いた。一方の透は、要請って言ってもイベントじゃん、程度にしか思っていない。
「色々有るんだろうが、多くは町の『防衛』だ。」
「防衛………魔物から?」
由久の言ったことに、透が聞き返しつつ口から火を噴いた。魔物の物まねのつもりだ。
「いや――」
由久が首を横に振った。こちらに歩いてきながら、張り紙を目線の高さまで持ってきて二秒ほど黙読する。
「――魔物だけが限定って訳じゃなく、時には街を荒らしに来る賊なんかも蹴散らすらしい。条約では、どの国の国力に属さない、国境を自由に行き来出来る代わりに、ハンターはその町々の要請を優先的に受け、最低限、断れない事になっている。」
言い終えると張り紙から目を離し、机の上に投げた。紙はへろっと曲がり、ゆっくりと机の上に落ちていった。
「言わば、国境の要らない何でも屋………てか?」
皮肉笑いを浮かべながら松之介が言った。
「まぁ、何でもするわけではないが――大体その通りだ。」
少し考え込んだのち由久が頷く。
「でもさぁ――イベントの一つだと思ってこなせばいいんじゃない?」
我慢しきれずに腕輪の水晶を覗き込みながら、透が何気なく言った。
一定の距離まで近づいて覗き込むと、水晶に記録が一定間隔に移動していく。『討伐数0』の表示を早く変えたい。
「助けたら助けたで、感謝されて色々と+αな特典がつくかもしれないしさ!」
視線を由久に移してニイっと笑うと、右腕を前に突き出し、親指を立てた。
隣にいた松之介は「結局はそれか…」とあきれた様子で言った。透は松之介の方にも向くと、当たり前だ、という意味を込めて再び親指を立てた。
「どうでもいいが――余計な事は考えない。これでいいな?」
ドンッと机を叩いて一呼吸置いて言うと、二人とも頷いた。
「…あ」
透がぼそりと呟いた。気が付くと、既に部屋の中が薄暗くなっていたのだが、急に部屋が明るくなったのだ。 天井を見上げると、ランタンが灯っている。ぶら下がっている円柱型のランタンの上に、吊り下げるための金具のほかに、少し太めの紐が天井を伝って部屋の外まで続いている。
「ランタンからコード見たいのが出てるけど、あれでつけたのかな?」
透が不思議そうに見上げていると、誰かがドアをノックしたのち、返事をする前にドアが開いた。三人が一斉にドアの方に注目する。 見ると、料理を持ったスティルが入ってきたところだった。
「夕飯です」
昼間と同じように素気なく言うと、手に持っている料理をテーブルに並べ始めた。
開け放たれたドアの方を見るとワゴンが置いてある。下の厨房からいったいどうやって持ってきたのだろうか。
「あ、すまない」
由久もテーブルから離れて、手伝いながら言った。昼食の時もそうだが、並べられた料理は魅入られるように美味しそうだ。
並べられた料理の美味しそうな見た目と匂いに、思わずよだれが口の中を満たす。
「食べ終わったら、廊下に出しておいて」
「あ、うん。わかった」
料理を並べ終えたスティルは素気なく言うと、そさくさと出て行った。一応に返事をし、スティルが出て行くのを見送る。 彼がドアを開けて部屋から出ていくの見届けた三人は「頂きます」と声を合わせて言うと、食べ始めた。
特に会話が弾むこともなく黙々と食べる三人。と、透があることに気付いた。
――そういえば、明日は早速、狩りに行くんだよな………どこに行くのか目星はついてるのか?
町の外に出て行っても、魔物が巣食う場所に行かなければ、ただ悪戯に時間が過ぎるだけだ。
「明日、どこに行ってモンスターを狩りに行くの?」
「……………。あ」
透の何気ない一言に二人は固まって、由久は、食べようとしていたジャガイモスープの中の、一口サイズのニンジンをぽとりと皿の中に落とす。
三人はそのまましばらく黙り込み、部屋の中は静けさを漂わせて、下のレストランの喧騒が窓から良く聞こえてくるのであった。




