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僕らの旅   作者: yu000sun
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プロローグ

 早朝のまだ空が夜闇から白み始めた暗い青色の中、配達物を運ぶバイクの音を響かせ、一人の配達員が線路をはさんで駅の向こう側にある住宅街の中を走って行く。 所々で止めては朝刊の新聞を配っていく。そうして、一棟のアパートの前に、他と同じくバイクを止めた。


「…部屋数が少ないからって今時、部屋ごとにポストなんて…」


 二階建て六部屋の小さいアパートを見上げ、首を振りながらため息をついた。毎朝、ここに朝の配達の時にはきまって愚痴をこぼすのがいつのまにか彼の日課になっていた。


 早朝なので人の通りは少ない。会社勤めのサラリーマンが通るが、互いに気にも留めない。愚痴をこぼしたところで、気にする人間などいないのだ。


 配達員は、後ろの赤い配達箱からまとまったひと塊りを取り出すと、駆け足でアパートの二階へ上り奥から階段の方まで順番に、扉についたポストの穴に入れていく。


 カンカンカンっと朝の静けさに足音を響かせながら足早に一階に下りると、一つの部屋で立ち止まった。


「え〜っと…夜茂木沢(やもぎさわ) (とおる)さん一〇三号室。ここだな」


 手元の一際大きい封筒を手に持って薄暗闇の中、届け先の住所を確認すると、カシャンと音を立ててポストへ入れこむ。


 この部屋の住人、夜茂木沢(やもぎさわ) (とおる)。今年高校生になったばかりの十五歳の彼にとって、その日はいつもと変わらないただ平凡な日になるはずだった。


 そう。強いて言えば夏休みを前日に控えた一学期最後の登校日で、目覚まし時計で起きる前に蹴飛ばして壊してしまうことも、稀にある日常の一部だ。


 ――この封筒が来るまでは。





 時刻は回っていつもと変わらぬ朝の六時。


 目ざましのアラームがけたたましく鳴り響いた。それと同時に掛け布団代わりにかぶっているタオルケットから物凄い速さで足が伸び、時計を吹き飛ばす。


 少し広めの一部屋の真ん中に敷かれた布団の中で何かが、うめき声をあげながらもぞもぞと動き出した。


「…う……あさ……?」


 窓から差し込む朝日の陽ざしに目を細めながらゆっくりと起き上った。背筋を伸ばしつつ欠伸をする。


 ふと、掛け布団からはみ出した右足に鈍い痛みがあることに気が付いた。


 みると、脛の一部が少し蒼くなっており、足もとから少し離れた所に安物の目覚まし時計があった。


 手に取ってみると、どうやら壊してしまったらしい。針が六時を指したままぴくりとも動かない。


「…ついに犠牲者が二桁にはいってしまったか……」


 透は、自分の寝起きの悪さと、無意識に反応する右足を恨めしく思った。また、実家近くのディスカウントショップに買いに行かなければならなくなったことがいやに面倒だ。


 ため息をすると、不意にカーテンのしまった窓の向こう側で電車が走って行く。部屋に振動と騒音が舞い込んでくる。


 眉間に皺を寄せながら耳をふさぐと、のろのろと立ち上がって、冷蔵庫にしまっていたコップ一杯の水を飲み始めた。冷蔵庫は廊下の台所と一緒になっていて、とてもこじんまりしている。


 その狭い空間を水を飲みながら横目に眺める。


 詰め込めてせいぜい一週間きっかりの食料しか入らない冷蔵庫は、もう空になり始めていて、近いうちに買い出しに行かなければいけないことを告げていた。


 飲み終わる頃には電車は通り過ぎて行き、遠くでは駅のアナウンスが聞こえてくる。


 ああ、今日が終われば明日から夏休みだ。


 寝起きの乾いた目をこすりながら部屋の壁にかけてあるカレンダーをみる。今日は7月20日の金曜日。


 夏休みという響きに、つい、口元が(ほころ)びる。


 学校が無い分、バイトをより多くの時間ですることができる。そしたら、生活費でさえ補えない給料にも余裕ができて、久しぶりに駅前で遊ぶことができるだろう。


 駅前で遊ぶのはいつごろ以来か、と口元に手を当て、思いだしてみた。え〜っと、期末試験前日に遊びに行ったきりだっけ。


 あの時に遊んだおかげで、落第ギリギリの点数の透は、奇跡とも言うべきスレスレのところで、全教科の試験を何とかパスすることができた。


 腑に落ちないのは、その時一緒に遊んだ友人の二人は、全く持って楽に試験を合格したところだ。


 それぞれ、苦手な科目は透並み、またはそれ以下であったのにかかわらず、得意な科目はどれも中々な点数だ――


 透はため息をすると首を振った。


 やめよう。いま思い出すと、夏休み前日の待ち切れない幸福感までもしぼんでしまう。


 もう一度ため息をして、上の寝間着(ねまき)を脱ぎ捨てていると、不意に携帯が鳴り始めた。

 流れ聞こえるのは、透の好きなカントリー・ロード。歌詞にある様な、大それたことはしていないが、歌詞と曲調がお気に入りだった。


 部屋の隅に投げ積まれた衣服の中に腕を突っ込み、バイブレーターの振動と音の大きさを頼りに探していく。ほどなくして、定期的に振動を続ける物体を手にすることができた。


 急いで引き抜く。確か、出かける20分前には、したくするための時間の目安としてアラームを設定していたはずだ。


 手早く開いて携帯のアラームを止めると、透は、嵐の中を舞う木枯らしのように部屋の中をびゅんびゅんと走り回り、急いで着替えては支度を整えた。


「朝飯はぁ〜…いいや、作ってる時間がない!!」


 なるべく足音を立てないようにつま先で走っているため、トットットッと何とも奇妙な足音が部屋の中に響く。まるで、幼い子供が走って行く足音のようだ。


「?なんだこれ」


 滑り込むように玄関に飛んで行き、靴を履いて玄関を出ようとした彼は、ポストに入った一つの大きな封筒を見つけた。


「―夜茂木沢 透様。俺あてだ。にしても、変だな。いつものアンケートと封筒が違う…。いつもは黄緑の封筒なのに…これ水色だ。――あれ?ロゴさえ入ってない」


 手に持っていろんな角度に回して見てみるが、どこにも、これが何なのかという手がかりはなかった。

 ただ、表側に宛先の住所と号室の番号、そして名前が書いてあるだけだ。


 封筒に釘づけになって不思議に思いながらドアをしめていると横から、足音が近づいて来ることに気が付く。


 ふと、顔を上げると、向こう側の道路から女性がこちらを見ながら歩いてくる。透がそちらを見ていることに気が付いて、小さく手を振ってきた。


 この女性に見覚えがある彼は、眉間に皺を寄せて、怪訝そうな表情から、自然と親しみの笑顔にかわる。


「あ、おはようございます。久我さん」

「ええ、おはよう。透君」


 普通の声で難なく聞こえるであろう距離まできた彼女に、頭を軽く下げて再び笑いかける。顔を上げた時には、自分の部屋に入ろうと鍵を取り出しているところだった。

 


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