転生したら転生美少女の妹になった(続)
ベル・パートリッジ14歳。
今日は国立魔法学院の進級式だ。
白と青を基調にした制服は今日のような式典にしか着ない。
普段は黒と赤の動きやすい生地で作られたブレザーになっいて、女子のは白いレースが見栄隠れする可愛らしいプリッツスカートだ。
「ベル」
「おはようございます、シアン先輩」
進級式が終わり教室へと移動しているところにシアン様から眩しい笑顔が向けられる。
周囲にいた生徒達は男女関係なく、頬を赤らめてシアン様を見ている。
この学院では地位は関係なく皆平等に扱われるので、王族であるシアン先輩も例外ではない。
あの陽気な王様もこの学院で父という親友を見つけたと語ってくれた。
「おはよう。あのさ今日の放課ぐおふっ!」
「おはようシアン!あ、おはようベルちゃん」
シアン様の背中に覆い被さるように突撃してきたのは、騎士団団長息子のヨルク先輩。
夕焼けのようなオレンジ色の髪と、泣き黒子の甘いマスクが特徴だ。
最近めきめきと身長が伸びているシアン様だけど、190センチはあるヨルク先輩と一緒にいると華奢な部分が目立ってしまう。
「おはようございます、ヨルク先輩」
「うん。ところでシアン、今日のリリアちょっと変じゃない?いや、いつも変なんだけどそれ以上に変なんだ」
「…今朝はリリアに会ってないよ。それよりも重いんだけど」
「そっか。ベルちゃんは何か知らない?」
「そうですね。確かにいつもに比べると食欲がなかったように見えましたが、今朝は用事があるからと先に行かれたので」
「シアン先輩!おはようございます、実はリリア先輩の事なんですが…」
「どうして皆僕に聞くんだ!」
栗色の髪に大きな瞳の男の子。
リリアを除いて学院で1位、2位を争うほどの魔力をもっている。
人懐っこさと可愛らしい容姿はまるで子犬のようだ。
「すみません、シアン先輩なら何か知ってると思って。あ、おはようベル」
「おはようございます、ロイ。あ、そろそろ教室へ行かないと」
「もうそんな時間か。シアン先輩この話は後程!」
「え、いや僕は」
「では失礼致します」
クラスメイトのロイと一緒に、私は遠巻きに注目されている場を離れることにした。
そういえばシアン様が放課後がどうとか話していた気がするけど、聞かなかったことにしよう。
なんだか嫌な予感がしたので、綺麗さっぱり忘れることにする。
「ねえ、ベル。今日のリリア先輩なんだか変じゃなかった?なんか心あらずって言うか」
「さっきヨルク先輩にも聞かれたけれど、私には検討がつかないわ」
笑顔でさらりと嘘をつく。
多分、その理由は今日から入ってくる編入生にある。
リリアのメモにはヒロインは特別推薦枠から、国立魔法学院に入ってくると書かれていた。
ヒロインの名前は『カレン』。
果たしてゲームのストーリー通りカレンは編入してくるのか。
気になるけれど私に何か出来る訳ではないので、今は成り行きを見守ることにしようと改めて誓うのだった。
放課後の温室。
天井から差し込むお日様の暖かさと甘い花の香りも相まってついお昼寝をしてしまいたくなるこの状況の中、私は地面に突っ伏している。
どうしてこんなことになっているかと言うと、花壇を挟んだ少し先にシアン様とカレンがいるからだ。
彼らが居ることをどうして教えてくれなかったのかと責める視線を向けると、彼は楽しそうに羽を羽ばたかせた。
『だって面白そうじゃん』
悪戯と噂が大好きな風の精霊フェン。
ちょうど1年前に出会い、契約を交わした私の親友だ。
『ほらほら!ここから二人の物語が始まるんでしょう?わくわくするよね!』
この場から脱出する為に地道に匍匐前進している私に向かって、頬に手をあて飛び回るフェン。
目からビームが出せるのであれば、私はフェンを打ち落としていることだろう。
この行き場のない怒りをフェンへと向けていると、こちらに近づいてきた二人の会話が聞こえてきてしまった。
「凄く綺麗ですね。こんな花初めてみました…!」
「そうだね、この国立魔法学院では魔法を使って植物研究もしているから。ここでしか見られない花も多いと思うよ」
「魔法って凄いんですね」
可愛らしい澄んだ女の子の声がする。
顔の周りで飛び回るフェンは嬉しそうに声をあげている。
私はというと彼らの足音に合わせて少しずつ距離をとっていく。
「温室に入る為には本当なら許可が必要なんだ。危ない植物もあるからね。薬草学科の先生に尋ねてみるといいよ」
「ごめんなさい。あんまりにも広いから道に迷ってしまって」
どうやら院内で迷子になった末、この温室に入り込んでしまったみたいだ。
そういえばリリアメモに2人の出会いは温室だと書かれていた気がする。
「それにしても本当に素晴らしいわ。精霊でも出てきそう…。あ、精霊!?」
私の周囲を飛び回っていたフェンの動きが止まった。
思わず頭上のフェンを見上げると、彼は大きな瞳をぱちぱちさせている。
『え、僕のことが見えてるの?』
「もちろん!なんて可愛らしい精霊なのかしら」
「本当に精霊が見えるの?」
「はい!でもこんなにはっきりと見えるのは初めてです」
カレンが精霊を見ることが出来ることに、シアン様も驚いているようだ。
何せこの世界で精霊を見ることが出来る人間は少ない。
だから私はフェンと契約していることは誰にも話していない。
「あ、待って!」
このままでは私も見つかってしまうと思ったのか、フェンが上手くカレンの注意を引いてくれた。
その間に二人に気付かれずに温室から脱出することに成功する。
温室から少し離れた場所まで来ると、振り返って二人の姿が見えないことを確認する。
見つかるかもしれないという緊張感から脱出した私は、疲れきったため息をついた。
「ここから二人の物語が始まる、か」
緊張を吐き出すように大きく息を吐くけれど、盗み聞きしてしまった罪悪感からかなんだかもやもやが消えない。
カレンの姿を見ることはできなかったけど、ゲームのヒロインなのだからきっと可愛い子に違いない。
どこか無邪気さを感じさせる口調は、相手を楽しい気分にさせるようなものがあった。
「…帰ろう」
よく分からないこの感情を振り払うように温室から離れる。
なんだか羨ましい。
前世での恋愛なんて正直覚えていない。
もしかしたら思い出す価値もないのかもしれない。
父からは「ベル、お前には出来ることなら普通の幸せな家庭を築いて欲しい」と涙目で訴えられている。
それは姉のリリアが色んな意味で格違いだからだろう。
とぼとぼと歩いていると膝に小さな擦り傷を見つけた。
必死になって匍匐前進なんてしていたから、制服も砂や土で汚れてしまっている。
私は運命の男性に会うことが出来るのか。
ちょっと切なくなる思いで帰路についた。
温室事件から10日後、学院を揺るがす事件が起きた。
6年制のこの学院には『特別科』というクラスがあってリリアはもちろんシオン様やなど、4~6学年の中で選ばれた精鋭約20名が所属している。
魔法や剣技、知識など色んな方面で優れた生徒が集められている。
その学院の憧れの存在である特別科に、編入生であるカレンが急遽移動することになったのだ。
その理由が成績が優秀であることの他に、精霊を見ることが判明したかららしい。
やっぱり精霊と契約している話はしないで正解だった。
そして今、食堂では嫉妬や妬みのこもった女子トークが繰り広げられている。
「どうしてあんな平民の女子生徒が特別科に入れるのかしら」
「噂によると精霊と会話することが出来るとか」
「しかもあのシアン先輩の推薦とか」
「まあ!シアン先輩が!?」
「ベル様は何かご存知?」
早速矛先が向いてきた。
私は困ったような笑みを浮かべながら、事前に用意していた言葉を口にする。
「シアン先輩とは最近生徒会の仕事がお忙しいらしくて、直接はお話してないのです。ただお姉様から聞いたらお話では、カレン先輩自身精霊を見ることが出来るのを知ったのは学院に来てからだったようです。温室で精霊に会ったときたまたまシオン先輩もその場に居合わせたとか」
「まあ!そうなんですね。シアン先輩はお優しいですものね」
「変な勘違いをしないといいですわね」
みんな不満げな様子で顔を見合わせていたけど、次の瞬間彼女達は喜びの表情を浮かべ食堂の入り口へと視線を集中させた。
生徒会長であるキース先輩を筆頭に、4人の特別科のリリアやシアン様、ヨルク先輩が入ってきた。
見目麗しいその光景に周囲からため息が聞こえる。
「リリア様は今日は一段と輝いていらっしゃるわ。私ベル様が羨ましいわ」
「ありがとうございます。自慢の姉です」
「そういえば、リリア様がお作りになったマカロン!これまでにない甘さと可愛らしさで大好評らしいですね」
リリアは前世でお菓子作りが趣味だったのか、やたらと凝ったものを作り始めている。
少し前に試食させてもらったマカロンは、あまりの美味しさに感動してしまった。
私の記憶していたものより小ぶりでしっとりとしていたけれど、見た目は前世と同じマカロンそのものだった。
原材料どころか作り方すら知らない私は、ただただ感心するしかない。
こうしてリリアの知名度は鰻登りに上がっていく。
「私はまだ口にしたことがありませんの。何せ大人気でしょう?」
「そうなんですよね…。今予約しても半年待ちとか」
「もし宜しければお姉様に頼んでみましょうか?」
「いいんですか!?」
同じ席に着いていた女子3人が目を輝かせて喜びの声をあげるので、慌てて静かにするよう指先を口許へやった。
「多くは用意出来ないんです。ですから差し上げるにしても個人で楽しむ分だけになると思うので、これは絶対にここだけの秘密でお願いします」
「ええ」
「勿論です」
「ありがとうございます、ベル様」
一瞬周囲に目を向けた3人は、誰にも聞かれてもいないのを確認して嬉しそうに頬を緩めている。
私はリリアと一緒にいることで学院で人気の高いシアン様やヨルク先輩と話す機会が多いので、敵を作らないように細心の注意を払っている。
元はと言えばリリアが目立ちすぎることが原因なので、これくらいはお願いしてもいいはず!
。
途中リリアとシアン様が私に気付き、手を降ってくれたので私は小さくそれに応えた。
その時リリア達を追うように1人の女子生徒が入ってきた。
桜のような薄いピンク色をした髪をさらさらと揺らし、嬉しそうにシアン様の側へと駆け寄る。
「シアン先輩!」
「ああ、カレン。どうしたの?」
「あの、良かったら昼食をご一緒させて頂けないかと思いまして」
カレンの無邪気なお誘いに周囲から驚きと嫉妬の視線が向く。
明らかに凍った食堂の空気にに気付いていないのはカレンだけではないだろうか。
恐ろしい子…!
困ったようなに笑うシアン様に変わってヨルク先輩が快諾の返事をする。
こうして5人は特別科の指定席へと移動していった。
「あー疲れた」
ついつい愚痴をごぼしてしまったけど、誰もいないホールで私の声に答えてくれる人はいない。
唯一愚痴聞き係りであるフェンは最近学院に来ていない。
私と話をしているところをカレンに目撃されたりしたら厄介なので、暫くは学院へ来ることを自粛してもらっている。
フェン自身も会うたびにカレンに追いかけられるのが苦痛らしく、反論することなく頷いてくれた。
立ち上がって窓の外を見れば空が赤く染まり出していた。
「これはこれはベルくん!こんなところで何をしているのかな?」
背後からの声に驚いて振り替えると、白衣を着た薬草学科担当のサイラスが立っていた。
不健康な青白い肌に目の下にはクマ。
前髪と横髪を肩までのばした所謂ワンレングスは、遠目からでも黒光りしているように見える。
「お姉様を待ってます。一緒に帰ろうかと…」
「ああ、なるほど!リリアくんは今年から生徒会に入っているのだったね。いや彼女は本当に素晴らしいね!あれだけの魔力を持っていて、薬草学を熱心に修学している」
そういえば最近料理に体力アップ!スタミナアップ!な付加効果をつけられないものかと悩んでいた。
リリアは何を目指そうとしているんだろう。
こんな風に多方面に力を伸ばしているせいか、学院内でもこういったリリア信者が沢山いる。
カツカツと足音を立てて距離を詰めてくるサイラスもその1人だろう。
「私の研究クラブに参加して欲しいと思っているんだが、リリアくんはは色々忙しいだろう?なかなか話が出来なくてね。しかし彼女の研究は美しい!芸術だと言っても過言ではない!」
「ありがとうございます」
近すぎる距離に一歩下がれば、相手も一歩詰め寄ってくる。
あまりの熱心さに作り方笑顔が若干引くつく。
「ところでベルくんは薬草学に興味はないのかい?良かったらこの私が直々に教えてあげよう!いや遠慮しなくていいんだよ。実は前からベルくんは薬草学に向いていると思っていたんだ。ほら、少し前に温室から出てくるところを見掛けたんだ。あんなに制服を汚してまで薬草を熱心に観察しているなんて私は感動してしまったんだ!」
違います!
それは地面に這いつくばって盗み聞きしてただけなんですー!
そんなこと言えるはずもなく、私は乾いた笑いで誤魔化そうとした。
「ふふふ。珍しい花の観察にちょっと夢中になってしまって。ではそろそろ失礼しま」
「珍しい花と言えば私室に昨日届いたばかりのモノがある。特別に一番最初にベルくんに見せてあげよう!君に似たとても可愛らしい花でね」
「いえ結構で」
拒否の言葉を遮られ手首を捕まれた箇所から鳥肌が全身にたつ。
細い身体にも関わらず振りほどけないほどの力強さに恐怖心が襲ってきた。
「は、はなして」
「何をしているんですか」
「シアン様!」
天の助け!
情けないことに泣きそうになってしまった私の前に現れたのは、いつもの優しい笑みを消したシアン様だ。
初めて見るシアン様の表情に驚いていると、私とサイラスの間に入るようにして捕まれていた手をほどいてくれた。
「何をしてるんですか?」
私に背を向けて再度同じ質問をしたシアン様の厳しい口調に、サイラスは背を丸めて視線を泳がせ始めた。
「こ、これはこれはシアン王、いやシアンくん。実はその珍しい植物が手に入って。それをベルくんに見せてあげようと思ってね」
「彼女がそれを望んでいる状況ではなさそうですが?」
「あ、ああ。すまないベルくんの勉強熱心さに私もつい力が入ってしまったみたいだ。では私はこれで失礼するよ!」
言うやいなやあっという間に去って行ったサイラスの背中を唖然として見送っていると、頭上から苛立ちの籠ったようなため息か聞こえて慌てて顔を上げた。
すると思った以上に近い場所にシアン様の綺麗な顔があり、お互い慌てて後ろへと下がった。
「ごめんなさい!」
「い、いや!こちらこそ…。それより大丈夫だった?」
「あ、はい。たぶんリリアお姉様絡みだだと思うんですけど」
本当に助かった。
リリア信者であるサイラスは妹である私を引き込んで、リリアとお近づきになりたかったに違いない。
私の言葉にシアン様の表情が固くなる。
リリアが目をつけられていることを気にしてしまったのかもしれない。
「手、痛めた?」
「え?」
サイラスに触れられた手首を無意識に擦っていたようで、シアン様に手を取られる。
きっきのような嫌悪感はなく、ただただ恥ずかしさで顔が熱くなる。
「だ、大丈夫です」
優しく撫でるようなその指は男の人の指だ。
窓から差す夕日に照らされた綺麗な顔に、私の心臓は爆発寸前だ。
そんな光景をカレンが鋭い視線で見ていたなんて、その時の私は全く知らなかった。