桜庭姉妹の日常3:こたつケーキ
桜庭菊花「ちょっと(1か月)早いけど、こたつでクリスマスケーキをつくろうと思うんだ」
やあ。僕はねむい……じゃなくて。
僕は、家族にクリスマスプレゼントを贈りたい。
だけど、僕は……ねむい。部室のこたつから出られないでいる。
はあ。冬期講習はもう嫌だ。先生の話が無駄に長いからね。
プレゼント、何にしようかな。まあ、もう考えはあるけれどさ。
「お姉ちゃん」
「僕は桜庭菊花だよ」
僕はこたつからひょっこりと顔を出すよ。
今日はちゃんと授業に出たから、引っ張り出されることもないだろう。
「菊花お姉ちゃん」
「長い栗色の髪が自慢の、いまどきのJKさ」
髪をさらりとかきあげて、どや顔で格好つけてみせる。そのまま力尽きた。
「ねむい」
「こたつにずっと入っていたら、眠くなるのです」
妹の初花もこたつに足を入れた。
「あふっ」
僕の脇腹に足が直撃するよ。
「あ、お姉ちゃん、ごめんなさい」
初花は栗色の髪を纏めて、小さなポニーテールをしているよ。
姉妹揃ってロリだよ。ちっとも成長していないね。やっぱり背が低いままだね。
僕はこたつの傍に置いておいたパソコンを開くよ。
新しい発明品の設計図ができたね。
「これでよし、と」
僕は不要になったウインドウを消す。
「……あれ? あれれ?」
「お姉ちゃん、どうしたのですか」
「間違えて、保存しないままウインドウを消してしまったよ」
ああ、なんてことだ。僕の努力を返しておくれよ。
まあ、たった十五分で作ったものだけどね。
「お姉ちゃんは長編ゲームをセーブなしでクリアする派なのです」
うん。そのつっこみはおかしいよね。
縛りプレイはきついなあ。僕の精神がごりごりと削られていくよ。
「……あれ? パソコンが真っ青になったよ」
「お姉ちゃんのパソコンは、貧血なのです」
うん。初花はパソコンが生き物に見えるのかな。
徹夜で作ったファイルを間違えて消してしまったのは実話だよ。
ブルースクリーンよりも、データ破損が怖いね。もちろん実話だよ。
初花はなんだか元気がない。
「先輩や友達とは仲良くやっているかい」
「そ、それが、話を聞いてくれないのです」
「……そうかい。ちょっと、こらしめてやらないといけないね」
もちろん、できるはずもないけれどね。
初花は小さく溜息を吐いた。
「初花は用事があるので、さきに帰るのです」
「わかったよ。気をつけてね」
僕はこたつの中で、ころりと寝返りをうった。どや顔をして見せる。
「おーい」
「……はぁ。どうしてみんな初花のことを無視するのですか」
僕は初花のスカートをぐいぐいと引っ張ってみる。
「はにゃ! やめるのです!」
僕は、ぽんこつパソコンを押しのけて、うねうねとこたつから這い出たよ。
「別にいいじゃないか、見せて減るものじゃないし」
「だめです」
僕は初花に胸をぎゅっと踏まれた。
「うぐっ。そこはやめてほしいな。息がくるしい」
「まったくもう。……はぁ。なんだか疲れたのです」
初花は重たい溜息を吐くと、とぼとぼと部室を出て行ってしまった。
部室の戸が力なく閉じられる。
僕は初花が部室を出たのを確認すると、ダッシュで買出しに行くよ。
僕は家族のために、手作りケーキを作ろうと思う。
僕からのクリスマスプレゼントだよ。
僕は廊下で、ふと立ち止まった。
そういえばケーキって、どうやって作るのかな。
ブルースクリーンから立ち直ったパソコンでレシピを調べるよ。
難しい単語がたくさんあって、なんだかわからない。
「薄力粉? 薄い粉のことかな?」
しかもこれ、材料と、「フライパンとオーブンを使う」としか書いてない。
うーん、まあ、スーパーで探せば材料は見つかるかな。
あと、保険のために、行き着けの雑貨屋にも寄っていこう。
僕はスーパーで適当な食材を購入したよ。
もちろん移動はジェットこたつだよ。僕と父さんの発明品だよ。
今日も華麗にこたつの上でポーズを決めてみせる。スマホで激写されるよ。
あと、さむい。
僕は学校に戻ると、先生の許可をもらって、部室で調理をするよ。
僕は黄色いエプロンと三角巾を身に着ける。ちなみにエプロンは子ども用だよ。
調理器具はどうするのかって? こたつで調理するに決まっているじゃないか。
こたつにフライパンを乗せてスイッチを入れれば、熱伝導で卵焼きが作れるよ。
あ、でもフライパンがないとだめだね。
僕は家庭科室からフライパンを借りてくると、バターをひとかけ入れたよ。
僕は勢いに任せて、牛乳と薄力粉を、どぼどぼと放り込む。
こたつのスイッチを入れて、フライパンを熱するよ。
フライパンの中には、どろりとした何かが溜まっている。
こんなんでいいのかな……。
卵とバニラエッセンス、砂糖を適量、フライパンに投入する。
「あっ」
薄力粉の袋が倒れて、フライパンの中が粉の山になる。
うわー、やっちゃったよー。
なんだがおかしなことになってきたけど、そのままオーブンで焼くよ。
こたつのスイッチを操作すると、こたつのテーブル部分が開いた。
中の網の上にフライパンごと置いて、ふたを閉じる。
設計図を復旧して、雑貨を用いて発明しながら待つこと四十分が経った。
こたつから甲高いタイマー音が鳴るよ。
どうやら焼きあがったみたいだね。僕はこたつのテーブル部分を開いた。
うん。なんだろうね、これ。スポンジケーキ、なのかな?
スポンジが冷めるまで少し待つよ。
さてと。グラニュー糖は生クリームと一緒に使うのかな。
僕は生クリームとグラニュー糖をスポンジケーキの上に乗せた。
なんか、べったりしている。
あとは苺やレモン、みかんなどを盛り付けてできあがり。
うん。まず、見た目が酷い。なにこれ。新手の液体生物かな。
ちょっと味見してみる。クリームを一口ぺろりと舐めてみた。
うん。クリームは……まあまあかな。
スポンジをひとかけら食べてみる。
「うっ」
うん。これはだめだ。胃が受け付けない。
ひとことで言うと、ものすごくべったりしている。
初花や母さんには出せない。父さんなら喜んで食べそうだけど。
仕方がない。料理は責任を持って、僕が全部食べないとね。
ふと外を見ると、日が暮れ始めていた。
冬期講習が終わってから二時間、もうすぐ五時になるのか。
調理器具を家庭科室で洗い、後片付けする。
「菊花お姉ちゃん」
「あれ、初花? 帰ったはずじゃなかったのかい」
僕が部室に戻ると、初花がこたつから顔を覗かせていた。
「このケーキ、初花が食べてもいいですか」
「構わないけれど、美味しくないよ、それ」
僕は紙皿とプラスチックのフォークを四人分持ってきた。家族全員の分だよ。
「ラップにかけて、僕が家で頑張って処理しようと思うくらいの味だよ」
僕はラップを刀のように構えてみせた。かかってきたまえ。
「なら、家に帰ったら、みんなで食べるのです」
「いいのかい? 僕が作ったケーキだよ? 舌が溶けるかもしれないよ?」
途中で食材兵器の開発に趣向を変えようかと思ったくらいだよ。
でも、食べ物で遊ぶのは、ばちあたりだから、さすがの僕もやらないよ。
「いくらお姉ちゃんでも、まずいケーキを作るなんてありえないのです」
「あっ」
初花は僕から武器を取りあげると、ケーキにラップをかけた。
僕と初花はジェットこたつに乗って家に帰ったよ。
とうとう二人乗りにも対応してしまった。
でも、さむい。
僕ら家族四人が食卓に着くと、テーブルの中央に謎のケーキが置かれるよ。
降魔の儀式でもはじめるつもりなのかな。
でもその前に、初花が僕に近寄ってきた。
「お姉ちゃん、クリスマスプレゼントです」
「このノートパソコンは……!」
コアとグラボ最高クラスで、CドライブのSSD容量と、DドライブのHDD容量が三テラバイトある。そして何より軽い。きちんと各種最新デバイスにも対応しているし、ポートもたくさんある。簡単に言うと、とてもすごい。
「OSは……この起動時のロゴは、父さんの会社が作ったものじゃないか」
「初花には難しかったので、お父さんにも手伝ってもらったのです」
初花は父さんのほうに目を向けた。父さんは照れくさそうに頭をかいている。
父さんに説明されるがまま、初期設定を済ませた。
父さん曰く、ほとんどのOSのソフトに互換性があるという。
「ありがとう、初花、父さん」
「あと、初花とお母さんで、美味しいケーキを作ったのです」
「美味しい、ケーキ……」
僕はパソコンをしっかりと手に持ったまま、愕然として、膝を着いた。
そんな。初花と母さんと、考えが被ってしまった。
「そんなに落ち込まないでほしいのです。お姉ちゃんが作ったケーキは、ちゃんとみんなで食べるのです」
父さんは平気かもしれない。任せろ、とポーズを決めている。でも、母さんは何も知らずに僕の頭を撫でてくれる。
「母さん、そのケーキは危険な味がするから、やめたほうがいいよ」
「ちょっと刺激的な味がするだけなのです。だから、お母さんも食べるのです」
「え、いや、やめたほうが」
「食べるのです!」
初花は僕のケーキの八分の一を、フォーク一本で器用に切り取ると、何の躊躇もなく一口食べた。
「ほら、さすがお姉ちゃんのケーキ、美味しいのです」
また一口、それからまた一口……。やめてよ。胃もたれしちゃうよ。
何かを悟った母さんは、僕のケーキをひとかけ口にしてくれた。ごめんなさい。
父さんは僕のケーキの四分の三を、もりもりと食べた。父さんは平気だよね。
初花は……涙をこらえながら、僕のケーキを少しずつかじっている。
「初花、もういいよ。見ているこっちがつらい」
「お姉ちゃんのケーキは愛情が詰まっていて、とっても美味しいのです……」
「うん、ごめん。後で初花が欲しい物を買ってあげるよ」
僕は初花が食べかけていたケーキにかぶりついた。
うん、まずい。僕には料理の才能がないことが証明されたよ。
何の自慢にもならないね。
母さんのケーキは美味しかった。甘くてふわふわしている。
フルーツや生クリーム、スポンジとの相性が抜群だね。
「初花、僕からのクリスマスプレゼントだよ」
「お姉ちゃんからプレゼントですか?」
ケーキが失敗したときのために、密かに発明していたものだよ。
「父さんと母さんの分もあるよ」
僕が設計した、虹色のペンダントをあげた。
面白い機能は何もないけれど、僕が電動ドリルで削った業物だよ。
僕は初花の首にペンダントをかけた。胸元で光を反射し、きらりと輝く。
「ありがとう、お姉ちゃん」
僕のクリスマスプレゼントは初花の笑顔でお腹一杯かもしれない。
みんなはちゃんとレシピと作り方を調べてケーキを作ろうね。
無理にアレンジをしようとしたらだめだよ。
あと、入れる粉はきちんと確認しよう。例えば、強力粉と薄力粉は別物だし、パン粉と天ぷら粉は別物だから、注意しようね。
間違っても洗剤やダイナマイトをケーキに入れたらだめだよ。ケーキを洗剤で泡立てても美味しくならないし、爆破して熱してもチョコレートケーキにはならないからね。やったらだめだよ? 僕との約束だよ?
僕みたいに毒物ケーキを作って、初花の胃袋に無理をさせてしまうからね。
「お姉ちゃん、先輩が初花に気づいてくれたのです」
「それはよかった」
僕のペンダントには初花への思いがこめられているからね。
もうすぐ年が明けるよ。みんな、やり残したことはないかな?
僕は自宅から少し離れたところにあるお墓に一人で向かった。
ほかの参拝客は、誰もいない。
小さな仏壇を水と雑巾で綺麗に磨いて、線香を焚く。
手を合わせて、拝む。
墓には初花の戒名が記され、享年十四歳と彫られている。
初花は一年前に交通事故で亡くなったはずだ。
でも、何故か初花は僕の傍にいた。家族以外は誰も初花に気づかなかった。
いまの初花は、僕達がいなくても、みんなと過ごすことができるはずだよ。
僕がお姉さんであり続ける必要は、もうないのかもしれない。
「やれやれ。初花は何者なのかな」
僕が墓参りをすることに意味があるのかはわからない。
乾いた風が、枯れ木をきしませて、僕の髪をそよがせた。(了)
桜庭菊花「スポンジは泡立ててつくるものだよね」