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《『桜庭姉妹の日常』シリーズ一覧》

桜庭姉妹の日常3:こたつケーキ

作者: 賀茂川家鴨
掲載日:2016/11/17

桜庭菊花「ちょっと(1か月)早いけど、こたつでクリスマスケーキをつくろうと思うんだ」

 やあ。僕はねむい……じゃなくて。

 僕は、家族にクリスマスプレゼントを贈りたい。

 だけど、僕は……ねむい。部室のこたつから出られないでいる。

 はあ。冬期講習はもう嫌だ。先生の話が無駄に長いからね。

 プレゼント、何にしようかな。まあ、もう考えはあるけれどさ。

「お姉ちゃん」

「僕は桜庭菊花さくらばきっかだよ」

 僕はこたつからひょっこりと顔を出すよ。

 今日はちゃんと授業に出たから、引っ張り出されることもないだろう。

「菊花お姉ちゃん」

「長い栗色の髪が自慢の、いまどきのJKさ」

 髪をさらりとかきあげて、どや顔で格好つけてみせる。そのまま力尽きた。

「ねむい」

「こたつにずっと入っていたら、眠くなるのです」

 妹の初花そめかもこたつに足を入れた。

「あふっ」

 僕の脇腹に足が直撃するよ。

「あ、お姉ちゃん、ごめんなさい」

 初花は栗色の髪を纏めて、小さなポニーテールをしているよ。

 姉妹揃ってロリだよ。ちっとも成長していないね。やっぱり背が低いままだね。

 僕はこたつの傍に置いておいたパソコンを開くよ。

 新しい発明品の設計図ができたね。

「これでよし、と」

 僕は不要になったウインドウを消す。

「……あれ? あれれ?」

「お姉ちゃん、どうしたのですか」

「間違えて、保存しないままウインドウを消してしまったよ」

 ああ、なんてことだ。僕の努力を返しておくれよ。

 まあ、たった十五分で作ったものだけどね。

「お姉ちゃんは長編ゲームをセーブなしでクリアする派なのです」

 うん。そのつっこみはおかしいよね。

 縛りプレイはきついなあ。僕の精神がごりごりと削られていくよ。

「……あれ? パソコンが真っ青になったよ」

「お姉ちゃんのパソコンは、貧血なのです」

 うん。初花はパソコンが生き物に見えるのかな。

 徹夜で作ったファイルを間違えて消してしまったのは実話だよ。

 ブルースクリーンよりも、データ破損が怖いね。もちろん実話だよ。



 初花はなんだか元気がない。

「先輩や友達とは仲良くやっているかい」

「そ、それが、話を聞いてくれないのです」

「……そうかい。ちょっと、こらしめてやらないといけないね」

 もちろん、できるはずもないけれどね。

 初花は小さく溜息を吐いた。

「初花は用事があるので、さきに帰るのです」

「わかったよ。気をつけてね」

 僕はこたつの中で、ころりと寝返りをうった。どや顔をして見せる。

「おーい」

「……はぁ。どうしてみんな初花のことを無視するのですか」

 僕は初花のスカートをぐいぐいと引っ張ってみる。

「はにゃ! やめるのです!」

 僕は、ぽんこつパソコンを押しのけて、うねうねとこたつから這い出たよ。

「別にいいじゃないか、見せて減るものじゃないし」

「だめです」

 僕は初花に胸をぎゅっと踏まれた。

「うぐっ。そこはやめてほしいな。息がくるしい」

「まったくもう。……はぁ。なんだか疲れたのです」

 初花は重たい溜息を吐くと、とぼとぼと部室を出て行ってしまった。

 部室の戸が力なく閉じられる。

 僕は初花が部室を出たのを確認すると、ダッシュで買出しに行くよ。

 僕は家族のために、手作りケーキを作ろうと思う。

 僕からのクリスマスプレゼントだよ。



 僕は廊下で、ふと立ち止まった。

 そういえばケーキって、どうやって作るのかな。

 ブルースクリーンから立ち直ったパソコンでレシピを調べるよ。

 難しい単語がたくさんあって、なんだかわからない。

「薄力粉? 薄い粉のことかな?」

 しかもこれ、材料と、「フライパンとオーブンを使う」としか書いてない。

 うーん、まあ、スーパーで探せば材料は見つかるかな。

 あと、保険のために、行き着けの雑貨屋にも寄っていこう。


 僕はスーパーで適当な食材を購入したよ。

 もちろん移動はジェットこたつだよ。僕と父さんの発明品だよ。

 今日も華麗にこたつの上でポーズを決めてみせる。スマホで激写されるよ。

 あと、さむい。


 僕は学校に戻ると、先生の許可をもらって、部室で調理をするよ。

 僕は黄色いエプロンと三角巾を身に着ける。ちなみにエプロンは子ども用だよ。

 調理器具はどうするのかって? こたつで調理するに決まっているじゃないか。

 こたつにフライパンを乗せてスイッチを入れれば、熱伝導で卵焼きが作れるよ。

 あ、でもフライパンがないとだめだね。


 僕は家庭科室からフライパンを借りてくると、バターをひとかけ入れたよ。

 僕は勢いに任せて、牛乳と薄力粉を、どぼどぼと放り込む。

 こたつのスイッチを入れて、フライパンを熱するよ。

 フライパンの中には、どろりとした何かが溜まっている。

 こんなんでいいのかな……。

 卵とバニラエッセンス、砂糖を適量、フライパンに投入する。

「あっ」

 薄力粉の袋が倒れて、フライパンの中が粉の山になる。

 うわー、やっちゃったよー。

 なんだがおかしなことになってきたけど、そのままオーブンで焼くよ。

 こたつのスイッチを操作すると、こたつのテーブル部分が開いた。

 中の網の上にフライパンごと置いて、ふたを閉じる。



 設計図を復旧して、雑貨を用いて発明しながら待つこと四十分が経った。

 こたつから甲高いタイマー音が鳴るよ。

 どうやら焼きあがったみたいだね。僕はこたつのテーブル部分を開いた。

 うん。なんだろうね、これ。スポンジケーキ、なのかな?

 スポンジが冷めるまで少し待つよ。


 さてと。グラニュー糖は生クリームと一緒に使うのかな。

 僕は生クリームとグラニュー糖をスポンジケーキの上に乗せた。

 なんか、べったりしている。

 あとは苺やレモン、みかんなどを盛り付けてできあがり。



 うん。まず、見た目が酷い。なにこれ。新手の液体生物かな。

 ちょっと味見してみる。クリームを一口ぺろりと舐めてみた。

 うん。クリームは……まあまあかな。

 スポンジをひとかけら食べてみる。

「うっ」

 うん。これはだめだ。胃が受け付けない。

 ひとことで言うと、ものすごくべったりしている。

 初花や母さんには出せない。父さんなら喜んで食べそうだけど。

 仕方がない。料理は責任を持って、僕が全部食べないとね。

 ふと外を見ると、日が暮れ始めていた。

 冬期講習が終わってから二時間、もうすぐ五時になるのか。

 調理器具を家庭科室で洗い、後片付けする。



「菊花お姉ちゃん」

「あれ、初花? 帰ったはずじゃなかったのかい」

 僕が部室に戻ると、初花がこたつから顔を覗かせていた。

「このケーキ、初花が食べてもいいですか」

「構わないけれど、美味しくないよ、それ」

 僕は紙皿とプラスチックのフォークを四人分持ってきた。家族全員の分だよ。

「ラップにかけて、僕が家で頑張って処理しようと思うくらいの味だよ」

 僕はラップを刀のように構えてみせた。かかってきたまえ。

「なら、家に帰ったら、みんなで食べるのです」

「いいのかい? 僕が作ったケーキだよ? 舌が溶けるかもしれないよ?」

 途中で食材兵器の開発に趣向を変えようかと思ったくらいだよ。

 でも、食べ物で遊ぶのは、ばちあたりだから、さすがの僕もやらないよ。

「いくらお姉ちゃんでも、まずいケーキを作るなんてありえないのです」

「あっ」

 初花は僕から武器を取りあげると、ケーキにラップをかけた。


 僕と初花はジェットこたつに乗って家に帰ったよ。

 とうとう二人乗りにも対応してしまった。

 でも、さむい。


 僕ら家族四人が食卓に着くと、テーブルの中央に謎のケーキが置かれるよ。

 降魔の儀式でもはじめるつもりなのかな。

 でもその前に、初花が僕に近寄ってきた。

「お姉ちゃん、クリスマスプレゼントです」

「このノートパソコンは……!」

 コアとグラボ最高クラスで、CドライブのSSD容量と、DドライブのHDD容量が三テラバイトある。そして何より軽い。きちんと各種最新デバイスにも対応しているし、ポートもたくさんある。簡単に言うと、とてもすごい。

「OSは……この起動時のロゴは、父さんの会社が作ったものじゃないか」

「初花には難しかったので、お父さんにも手伝ってもらったのです」

 初花は父さんのほうに目を向けた。父さんは照れくさそうに頭をかいている。

 父さんに説明されるがまま、初期設定を済ませた。

 父さん曰く、ほとんどのOSのソフトに互換性があるという。

「ありがとう、初花、父さん」

「あと、初花とお母さんで、美味しいケーキを作ったのです」

「美味しい、ケーキ……」

 僕はパソコンをしっかりと手に持ったまま、愕然として、膝を着いた。

 そんな。初花と母さんと、考えが被ってしまった。

「そんなに落ち込まないでほしいのです。お姉ちゃんが作ったケーキは、ちゃんとみんなで食べるのです」

 父さんは平気かもしれない。任せろ、とポーズを決めている。でも、母さんは何も知らずに僕の頭を撫でてくれる。

「母さん、そのケーキは危険な味がするから、やめたほうがいいよ」

「ちょっと刺激的な味がするだけなのです。だから、お母さんも食べるのです」

「え、いや、やめたほうが」

「食べるのです!」

 初花は僕のケーキの八分の一を、フォーク一本で器用に切り取ると、何の躊躇もなく一口食べた。

「ほら、さすがお姉ちゃんのケーキ、美味しいのです」

 また一口、それからまた一口……。やめてよ。胃もたれしちゃうよ。

 何かを悟った母さんは、僕のケーキをひとかけ口にしてくれた。ごめんなさい。

 父さんは僕のケーキの四分の三を、もりもりと食べた。父さんは平気だよね。

 初花は……涙をこらえながら、僕のケーキを少しずつかじっている。

「初花、もういいよ。見ているこっちがつらい」

「お姉ちゃんのケーキは愛情が詰まっていて、とっても美味しいのです……」

「うん、ごめん。後で初花が欲しい物を買ってあげるよ」

 僕は初花が食べかけていたケーキにかぶりついた。

 うん、まずい。僕には料理の才能がないことが証明されたよ。

 何の自慢にもならないね。



 母さんのケーキは美味しかった。甘くてふわふわしている。

 フルーツや生クリーム、スポンジとの相性が抜群だね。

「初花、僕からのクリスマスプレゼントだよ」

「お姉ちゃんからプレゼントですか?」

 ケーキが失敗したときのために、密かに発明していたものだよ。

「父さんと母さんの分もあるよ」

 僕が設計した、虹色のペンダントをあげた。

 面白い機能は何もないけれど、僕が電動ドリルで削った業物だよ。

 僕は初花の首にペンダントをかけた。胸元で光を反射し、きらりと輝く。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 僕のクリスマスプレゼントは初花の笑顔でお腹一杯かもしれない。



 みんなはちゃんとレシピと作り方を調べてケーキを作ろうね。

 無理にアレンジをしようとしたらだめだよ。

 あと、入れる粉はきちんと確認しよう。例えば、強力粉と薄力粉は別物だし、パン粉と天ぷら粉は別物だから、注意しようね。

 間違っても洗剤やダイナマイトをケーキに入れたらだめだよ。ケーキを洗剤で泡立てても美味しくならないし、爆破して熱してもチョコレートケーキにはならないからね。やったらだめだよ? 僕との約束だよ?

 僕みたいに毒物ケーキを作って、初花の胃袋に無理をさせてしまうからね。

「お姉ちゃん、先輩が初花に気づいてくれたのです」

「それはよかった」

 僕のペンダントには初花への思いがこめられているからね。

 もうすぐ年が明けるよ。みんな、やり残したことはないかな?



 僕は自宅から少し離れたところにあるお墓に一人で向かった。

 ほかの参拝客は、誰もいない。

 小さな仏壇を水と雑巾で綺麗に磨いて、線香を焚く。

 手を合わせて、拝む。

 墓には初花の戒名が記され、享年十四歳と彫られている。

 初花は一年前に交通事故で亡くなったはずだ。

 でも、何故か初花は僕の傍にいた。家族以外は誰も初花に気づかなかった。

 いまの初花は、僕達がいなくても、みんなと過ごすことができるはずだよ。

 僕がお姉さんであり続ける必要は、もうないのかもしれない。

「やれやれ。初花は何者なのかな」

 僕が墓参りをすることに意味があるのかはわからない。

 乾いた風が、枯れ木をきしませて、僕の髪をそよがせた。(了)

桜庭菊花「スポンジは泡立ててつくるものだよね」

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