警告
最果ての地から第四層へ戻った日、星奈は四層にあるホテルに一泊し、次の日の早朝から飛行機で帰る手筈を整えた。
北条には連絡をつけているので、明日は休みを貰ったが、今後気をつけるように念を押された。これでまた乗り遅れたなんて言ったら怒りの雷が落ちるだろう。
電話ではそこまで怒られなかったのだが。そのことが逆に怖かった。後日お叱りを受けるかは次の出勤日に分かること。
北条ではなく、武田からもお叱りを受けるかもしれないと考えると、沈んでいた気持ちがさらに落ちていくのを感じた。
星奈は、武田が少し苦手なタイプの人だ。
武田が、というよりも役職が高い人になるほど苦手な傾向にある。
普段一緒に仕事をしていれば、何となくではあるものの、その人物の考え方などが分かってくる。だが、役職上殆ど職場に居ない武田や北条などは苦手な部類となっている。
その為、機会があれば積極的に話しかけ、仲良くなろうと試みている。
北条は対しては教育係ということもあり、最近は何とか打ち解けてきたのだが、武田はまだまだだ。
現在の武田に対する評価は「ヅラだけど怖い人」といった印象だ。
星奈は憂鬱な気分を払拭すべく、ホテルに設置さられているフカフカのベッドに飛び込んだ。
不思議な事に、昨日最果ての地で寒い思いをした時よりも何だか辛く感じる。
確かにここにいる方が気温は暖かいし布団もフカフカなものが使える。だが一人だ。
一人暮らしには慣れてきたのだが、藤堂院や他の人々が暮らす北の集落は、一日だけであったがとても暖かいものだった。
つい先程までいたのに、あんなに過酷な状況の中なのに、星奈はもう一度あの集落に行きたくなった。
(普段の私らしくないな〜。色々中途半端になって来たかも……よし、とりあえず仕事頑張ろ!)
頬をパンパンと音を立てて叩き、自分に喝を知れてから就寝した。
ーー
目覚まし時計の音で早朝から目覚めた星奈は、朝から気持ちを切り替え飛行機に乗り、一層へ向かった星奈は、四層で買ったお土産を実家に持って行き、自分のアパートに帰った。
この頃には寂しいと感じる事もなく、逆に慣れ親しんだこの地に戻れた事が嬉しいとさえ思えた。
最果ての地を見た事によって、今の制度に対する疑問や違和感はより強いものとなっていたが、身体の疲れのせいで今は何もかも忘れて自分のベッドで寝たいと思った。
荷下ろしを済ませ、明日の仕事の準備をし、掃除や家事を済ませてから布団に入った。
ーー
そして迎えた出勤日。
昨日急に休んでしまったお詫びの気持ちも兼ね、星奈は早くから出勤し職場の掃除を始めていた。
だが、平日は津雲も掃除しているためそこまで汚れているわけでは無い。普段やらない細かいところまで見て回っただけで終わってしまった。
ある程度の時間まで掃除をし、早めに自分の作業デスクに着くと机の中から先日出勤した時には無かったメモ紙が出て来た。
何事かと思い、中を覗いてみた。そのメモにはこう書かれている。
[最果てに行き疑問を抱いた者よ。まだ時期は早い。早急に行動を起こさず、日々の生活送れ。このメモは読んだら捨てよ]
(何これ?どういう事?)
メモの意味はよく理解出来なかったが用途は伝わってくる。そのメモは誰かからの警告だった。
問題は送り主が<誰か>だ。何のために? というのはこの際置いといてここに来れる人物を考える。
最低条件としてBLC内部の人間である事だ。もっと言えば相談窓口の面々、警備員辺りが怪しい人物だろう。
もう少し踏み入って考えるならば星奈の机がこの机だと分かる人物、となると相談窓口の面々しかいない。
だが、こんな回りくどい言い方をする人がいるのかと聞かれれば迷う事なくいないと答える。
星奈は混乱した。そして同時に恐怖した。
このメモの持ち主がその気になれば星奈の最果て行きが決まるからだ。
思い返してみれば、ニューレストに疑問を抱き最果てに行ったなど誰にも言えない。
中心地について調べたと判断されても可笑しくない内容だからだ。
幸い、元々最果てには旅行に行きたいと言っていた事がまだ助かる道だろうか。
様々な考えが浮かんだが、一番良い選択はこのメモに従い、普通に生活を送る事なのだろう。
星奈は臆病な選択をしたのかもしれない。それが正しい事だと自分に言い聞かせて。
メモに従い、読み終わったメモ紙をシュレッダーにかけた。
身を縮め自分のデスクに着き、恐怖に怯えていた。誰かを疑いだすと怪しい人しかいない様な気させしてくる。疑心暗鬼になりかけた時、背後から滲みよるようにして人影が近寄って来る。
パンッ!と、突然耳元で大きな音が鳴った。星奈は自分の心臓が止まるような思いを感じ、後ろを振り返るとそこにはハリセンを片手に抱え、ニヤニヤと笑みを浮かべる一宮がいた。
「星奈!昨日何してたのよ?急にサボるなんて驚いたわよ。何?怒られると思って縮こまっていたの?情けないわね」
星奈は泣き出しそうな表情に変わった。
いつもと変わらず元気よく話しかけてくれる一宮に救われた気がしたのだ。
「一宮先輩!一生ついて行きます〜」
「なによ気色悪い。それより、休んで何してたのよ?」
いっその事、全て話せたら気が楽なのだろうが彼女に迷惑を掛けたくない。星奈はただの観光で最果てに行ったのだと、咄嗟に嘘をついた。
話の流れで、集落の長である藤堂院と名乗った老人の話しを始めた時、一宮の表情が豹変した。
「あなた本当に馬鹿なのね。話したのが私でよかったわ。藤堂院影嗣はね、何十年も前のテロリストよ。ニューレストでありながら世界の在り方に異議を唱え、神に逆らった人物。って学校で習わなかった?」
「言われてみたら歴史の授業であったような気もします」
「歴史じゃなくて現代文や現代社会の時間でしょうね。まぁいいわ。取り敢えず藤堂院影嗣が生きてるなら、申請してBL登録しておきなさい。話したってだけで最果て行きもありえるんだからね」
その言葉でメモの意味を理解出来た気がした。メモをおいた人物が、星奈の事を違反者として見たのは藤堂院と接触したからなのだろう。
だが、ブラックリストに登録するのは気が引ける。一宮の言う通りなら世界に対する反逆者という事なのだろうが、話した限りそんなイメージは全く湧かない。それどころかかなりの好印象だ。
出来ることならやり過ごしたい所だが、上司である一宮の提案を断れる筈もなく、申し訳ない気持ちになりながらも星奈は渋々申請を行った。
これで二度とあそこには行けなくなった。
寂しい思いを胸に仕事に臨んだ。
ーー
午前中は何事もなさ過ぎるくらいの時間が流れた。武田からは昨日休んだ事を言及されず、それどころか四層の土産なら魚介類が良かったと言われたくらいだ。
北条も次からちゃんとしろと言っただけでその後は特に干渉してくる様子はない。
不思議に思った星奈だが、病気で休んだりする事もあるだろうから、そんなに悪い事でもないのかと考えた。
昼休みになると対馬に食事に誘われた。
勿論外食ではなく休憩所の方で食べるというだけだ。
相談窓口の面々は休憩室に皆で揃って食事をする事が多く、休憩所で食べるというのもどこか新鮮さがある。
何より対馬と食事というのが新鮮だ。
星奈が思う彼女の印象は、よく笑う人、仕事中は冷静沈着、というものだ。
彼女は普段もあまり感情を表に出さない人物だった為、それ以上踏み込んだ話はしていない。食事に誘われたのが不思議ではあったが、親睦を深めるのに最適だと考え、食事に向かった。
昼休みの休憩所は多くの人で賑わっていた。
朝は小洒落た喫茶店のような雰囲気だったが、昼時は学校の食堂のようなイメージだ。
対馬が二人用の席を既に確保していた為、二人はそこに座った。
最初に話し出したのは対馬からだ。
「休みは最果てに行ったんだって?どうだった?」
「どうと言われましても……」
一宮との件もあり、藤堂院の話しをするのだけは、はばかれる。しかし、彼の家に泊まりいろんな物事を見て来たのだ。何をしていたか話すならば藤堂院の話題も挙げなければ可笑しな事になる。
一宮以外にも話して良いものなのかと考え、どの様に話そうか悩んでいると、それを読み取ったのか対馬が先に荷を下ろしてくれた。
「あぁ〜一宮さんから聞いてるよ。別に私もなんとも思わない方だから大丈夫。私が聞きたいのはそんな事じゃなくて、あなた自身が感じた事の方よ」
「ん〜不思議な感覚だったとしか言えないんですよね。ブラックリストが適用されないのは驚きしかなかったですし」
「ーー良いところだった? 」
「はい、面白かったですよ。みなさん生き生きしてましたし」
「そう……」
対馬の反応は予想外だった。普段からどこか読めない性格の人だが、自分で聞いたことなのに素っ気無さすぎる。
彼女は何かを悩んでいる様子だったが、決意を固めたのか、星奈の顔に近づき、耳打ちをした。
「知ってる?この休憩所はね、録音も録画されて無いって?」
星奈はその言葉が、冗談か何かだと思った。
だが、彼女の瞳に嘘は無い。または演技がとても上手いということになる。
「知らなかったです〜じゃあここならゆっくりしてても変顔してても大丈夫ですね!」
「ふざけないで、真面目な話しよ。あなたに聞いておきたいの。世界を変えたいと思う?」
おちゃらけて笑わせようと目論みた星奈だが失敗に終わってしまった。
それどころか説教と答えにくい質問をしてくる。
もしここで世界は変わっていくべきだ!なんて言って、周りの者に聞かれたり、対馬に通報される事を嫌がった。
そこで星奈は当たり障りの無い回答を返す事にした。
「今のままでも良いと思いますし、もし変わるのならそれも仕方の無いことなのだと思います」
「本当に?」
いつにもなく凄みを利かせる彼女の目から視線を逸らすしか無かった。
「……なるほどね。いや、もう言わなくて良いよ。ありがと」
勝手に何かに納得してくれた様子で、星奈は安堵の溜息を心の中でつき、水を飲んだ。
「私はね、変えたいと思ってる。だって色々可笑しいもの」
ぶふーっ、と星奈は口に含んだ水を盛大に辺りにぶちまけた。
対馬は自分が言えなかったことを言ってしまったのだ。しかもこのBLC内部で。
だが、そんなことを言って退けたにも関わらず、星奈が吹き出したことで彼女の笑いのツボを刺激した様子で自分も吹き出すのを堪えている素振りを見せた。
「あなた、また笑わせる気? 真剣な話って言ったでしょ」
「いや、だってこんなとこでそんなこと言うなんて思わなかったので……」
「ここは録音も録画もされてないって言ったでしょう?ここだからこそ言えるのよ。ここ以外だと限られてくるから」
ということは他にも録音も録画もされていない場所があるということなのだろうか?
だがそれは聞いて良い話なのか?
これ以上危ない橋を自ら渡る必要も無い。
星奈は対馬とそれ以上話す気になれず、即座に食事を済ませて仕事に戻った。




