藤堂院
羽柴に案内され長のいる建物に入った星奈は、今までの長旅で疲れていた事を思い出した。
それは建物の中に入る事で、人間としての安心感が強くなった事と、羽柴に許してもらえた事が起因している。
その場に寝転びたくなる気持ちを抑え、建物の隅に伏せる長の元へと近寄った。
「藤堂院さん、少しだけこの建物でこの子を休ませてやってくれませんか?長旅をしてここに来たみたいで」
羽柴の提案に星奈は驚きを隠せない。
星奈の当初の予定は集落を少し見て回り、人が居たら話しをした後、四層まで帰って来てホテルでも探し、そこに泊まる予定だったのだ。
門までの距離を休みなく、もう一度歩く事を考えればその提案はとてもありがたいものだが、ただの旅人である自分にそこまでして貰うのも気が引けた。
星奈の気持ちなどつゆ知らず、藤堂院と呼ばれた老人はその提案を潔く受け入れた。
「お嬢さん、どこから来たかは分からんが、好きなだけ休んで行くと良い。よくもまぁこんな場所まで来れたもんだな。大抵は遊び半分で来て、途中で引き返すもんだがねぇ」
「そうなんですか?私も途中で引き返そうかな〜って思ったんですけど、ここがどんな場所なのか見てみたかったんですよ」
「若いのに珍しいねぇ。儂が若い頃はそんな事は一切考えなかった。ただただ黙々と作業に当たり、この地へ飛ばされる奴は自業自得だからそいつの所為だと考えてね。だが自分も飛ばされてみて気づいたよ。ニューレストが腐っている、と」
その発言は一層に住んでいる星奈からは思いもよらない言葉だった。この老人は中心地にいる神の代行者に対し、面と向かって貶したのだ。
その言葉を聞いても横にいた羽柴は驚きもしない。むしろ一緒になって頷いているだけだ。
神奈が驚きを隠せずにいると老人は不思議そうな表情を見せた。
「ん?お嬢さんもそう思ったからここに来たんじゃないのか?」
星奈は今一度ここに来た目的を考えた。
当初は完全に好奇心から。そしてここまで歩いて来れたのは羽柴に対する申し訳なさから、だ。
では自分はニューレストの事をどう思っているのだろう。
確かに今の制度はやり過ぎだと感じてはいるが、全てが悪い事ばかりではない。
色んな想いが頭に浮かんでは消え、やがて当たり障りのない回答を導き出した。
「私は……まだよく分かりません。全部が間違ってるなんて言えないですし……」
「なるほど。念の為に言っておくが、ここでは録画や録音はされていないが、それでも変わらないかい?」
腹を割って話してくれと言っているのだ。しかしそうだとしても星奈の答えは変わらない。
「はい。まだ迷っているんだと思います」
老人は星奈の事を、羽柴がしていたような支援者などと勘違いしていたようだ。
そうでなければここまで来る事が出来ないと考えていたのだろう。
あてが外れたと言わんばかりの苦笑いを浮かべ、老人は続く言葉を見失っている様子だ。
「えっと……お金なら少しはありますので、ちょっとだけお話を聞かせて貰えませんか?」
「いや、金はいらんよ。何でも聞いて良い。それにしても不思議な子じゃなぁ。支援者でも、ニューレストに喧嘩を売りたい輩でも無いのにここまで来るなんてなぁ」
老人から特異な物を見るような目を向けられたが、御構い無しに色々と話しを聞いてみる事にした。
内容は今の最果ての状況。どうやって生活を送っているのか、など。
結果は、星奈がBLCの研修や学校で聞いてきた事と殆ど変わらなかったが、実際に住んでいる人々から聞く事で、より現実味を帯びた話になった。
そして、何より聞いておきたかった事がある。
「色々教えてくれてありがとうございます。最後に一つだけ教えてください。千佳ちゃん……いや、中野千佳という名前の私と同じ位の年齢の子がここに来てませんか?」
「居ないな。この集落の者は皆知っているが、その子はこの集落には居ない。知り合いなのかぃ?」
「はい。最近最果てに飛ばされたってニュースがあったのでもしかしたらここに居るんじゃ無いかなって……」
最近の出来事を思い返していた老人の表情が、少しだけ固いものへと変わった。
星奈はそれに気付かなかった。いや、気づいてしまったからこそ、それ以上何も聞く事が出来なかった。
「ま、まぁ他の事に目を向けましょうや。なんならあたしが集落を案内しますよ?」
「それはありがたいです。是非ともお願いします」
羽柴の機転によって長い沈黙を避けることが出来た星奈は、羽柴の提案に乗っかる形で後に続いた。
これは星奈の目的の一つなので、断る理由がなかった。
先程は星奈が一人で歩き回っていた事で皆が警戒し、家の中に閉じこもっていた。だが、羽柴と共に歩く事で、皆の警戒が解けた様子で、徐々に建物の中から人々が出てきた。
老若男女問わず動き出した集落は、活気のある街そのものだった。
どうやって仕入れてきたのか、野菜や肉類といった食材を表に出し、皆に分け与える。
分け与えられた者たちも建物の中から調理器具を持ち出し野外で料理を始めた。
それは、レパートリーこそ少ないものの祭りなどにある出店や屋台などを彷彿とさせた。
その中で星奈が一番驚いた光景は、白い髪の小さな子供達が外で駆け回り、ジャレあっている姿だ。
第一層でこんなものを見てしまったら、周囲の大人達が躍起になって停めているだろう。
だがそれを黙認している。
それなら星奈がとめるべきなのか、と思いとどまっていると予想していた最悪の事態が勃発した。
喧嘩だ。
言い争いを始める子供達。
だがそれを見た大人達はまだ動こうとはしない。そんなことよりも、星奈を警戒し建物に篭っていた時間を、必死で取り戻そうと動いているようだ。
気が気でないと感じながらも星奈は動かない。用心深く子供達の喧嘩を見張っていると、さらに喧嘩はエスカレートした。
一人の女の子が男の子に張り手を入れたのだ。
だが、ここで星奈は混乱する。張り手を入れた女の子も、叩かれた男の子もそのまま会話を続けている。
その光景は<あり得ない>事だった。
[承諾なく人に暴力を加えた者はたとえ親族であろうと強制的にブラックリスト入り]
という世界の法則を無視している。
星奈が状況が掴めないままあたふたしていると、横を歩いていた羽柴がイタズラに成功した子供のような笑顔を浮かべ、星奈の疑問に答えた。
「面白い光景だろう?<神に見捨てられた地>とはよく言ったものだよ。この地ではブラックリストなど存在しない」
「ありえない……何かの冗談ですよね? 」
「冗談ならあの子達は今頃お互いに干渉できなくなっているだろう?あたしら支援者は何故こんな事が起こりえるのか、研究を進めているが一向に分からないのさ。あたしの解釈だが、ここより外が存在しないのに、どうやってブラックリストに入れるのか?っていう所にあるんだと思う」
突拍子も無いように思える話だが、目の前の真実は受け入れざるをえないようだ。
星奈は何度か考えた事がある。ブラックリストが存在しない世界はどんなものなのか?と。
人々がお互いを憎み合い暴力が横行するのか?
はたまた盗みや詐欺などの犯罪が多くなるのか?
どれも違う。
人々の表情は過酷な環境で疲れてはいるものの、その瞳には力強い光が宿っている。
自分のいた第一層では、ここまで明るい人を見たことがない。
ブラックリストに入れられないよう、常に気を使う必要も無いので、心に余裕が出来ているのだろう。
(いつかこんな世界が広がったらいいなぁ)
感動を胸に、帰路に着こうとしたところ、藤堂院に呼ばれ、長の家に向かった。
「お嬢さん、夜も遅くなってきたし今日はうちに泊まって行くと良い。最果ての夜は寒いからなぁ」
「そんな、悪いですよ〜。それこそお金を渡してからじゃ無いと……」
「若いもんが、気にしなさんな。それともこんな歳じゃが男と一つ屋根の下は嫌かいのぉ?」
「ん?そんな事は無いですよ? 」
「儂もお嬢さんみたいな可愛い子が横に居ると嬉しいもんじゃぞ?」
「?ありがとうございます」
二人は噛み合わない会話を数分続けお互いが妥協した結果、宿代の代わりに星奈が念の為に持って来ていたスナック菓子を渡すという事で話を付け、その日の夜は好意に甘えて一晩宿を貸してもらう事にした。
最果ての地の夜は老人の言う通り本当に寒かった。
昼間の時間とは違い、外は完全な闇に閉ざされ、一歩外に出れば自分が何処にいるのかさえわからなくなるほど暗い。
彼の言う通りここに泊まって良かったと心底思えた。
長の家には二人分の布団が用意されていた。聞くところによると高校生位のお孫さんがいるらしい。これはその子の物だとか。
星奈は申し訳ないと感じてはいたが、あまりの寒さによって遠慮する事など出来ない。黙って布団に潜り込んだ。
布団の中に入っても寒かったので、予備で置かれていた毛布も使わせて貰った。
老人の計らいでお互いが部屋の隅になる様に布団を敷き、少しだけ会話をしてから眠りについた。
ーー
次の日、目覚めた星奈は、周囲がまだ暗い事からまだ朝になっていないのか、ともう一度眠りに着こうとしたが、携帯を見てそれをやめた。
飛行機での長旅や長時間の移動の為疲れていたのだろう。
目覚めた時間は昼過ぎとなっていた。
慌てて飛び起き、帰りの準備を始めると、部屋の隅で横になっていた老人が声を掛けてきた。
「……知らない土地でこんな時間まで寝れるとは……お嬢さん、大物になれるよ」
顔を真っ赤にし、急いで帰りの準備を始めた。お世話になった事にお礼をし、徒歩で帰宅しようとした時、またも呼び止められた。
「ちょっと待ちなさい、集落の物を一人案内で付けよう。道が分からなくなる事もあるからのぉ」
「ありがとう御座います。距離がかなりありますもんね。皆さんの都合は大丈夫ですか?」
「パトロールついでになるから大丈夫じゃろう。お嬢さん、ニューレストに対しての考え方が決まったらまたおいで」
老人は重い体を起こし、建物の外まで見送ってくれた。
帰る前に羽柴の電話番号を教えられ、次来る時は電話をするように言われた。おそらくその時も迎えをよこしてくれるのだろう。
老人に呼ばれた集落の女性と共に門に向かうと、到着と同時に門がひらいた。
そんな仕組みになっているのかと感心していたが、門の向こう側から歩いてきた男の子を見て、それが違った事を知った。
「ーーーーもしかして爺ちゃんから言われて迎えに来たんですか?ん?その人は?」
そこに居たのは自分と同じ位の年頃に見える男の子だ。
羨ましいほど綺麗な白髪と綺麗な瞳。手入れはしていないのだろうが、その白髪は毛先まで綺麗に整っていた。星奈はあまりの美しさに目を取られ、いつまでも見ていたいと感じた。
お互いが軽く自己紹介を済ませた後、彼の名前から昨晩お世話になった老人の親族であると分かった。
だが一緒に住んでいるお孫さんは自分より最低でも四つは年下のはず。
星奈は確認してみる事にした。
「もしかして影矢くんて藤堂院さんのお孫さん?」
「そうですけど?何か?」
何処か素っ気ないような反応であるが、何処となく感じる力強い口調は星奈にとって心地良いものだ。
そして、彼が肯定した事で自分と同じ位の年齢に見えるのに、四つ以上も年が離れているという驚愕の事実が判明した。
自分や周りの人達がぬくぬくと生活をしてきた中、彼は今までの人生をこの過酷な状況の中で生き延びてきたのだ、と改めて実感した。
軽く挨拶を交わした後に、星奈は入れ替わりで層の中に入った。
(さっきの子、綺麗な髪だったなぁ。顔立ちも綺麗だったし……そういえば集落に居た子達って、皆髪の毛が白かったような……?羽柴さんは違ったし、遺伝みたいなものなのかな)
空港まで向かうバスの中で星奈はゆったりとした表情で、遠くを見つめ色んな考えに耽っていた。
ふと携帯電話を眺めてみると星奈に電話が入っていた。
それは航空会社からのもの。
星奈は予約していた飛行機の時間に間に合わなかったのだ。
今日帰らなければ明日もまた仕事がある。金額をケチって平日にワザワザ飛行機の予約を取ったのに、これでは元も子もない。
金額の事よりも、休むには上司である北条に連絡を取らないといけない事の方が星奈にとっては嫌だった。
バスから降りた星奈は、空港近くで北条に連絡を取り、謝罪をした。
次の出勤は明後日となるが、星奈にとって、とても憂鬱な日になりそうだ。




