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ブラックリスト  作者:
3/23

層移動

仕事を始めて二日目、昨日早めに寝たこともあり、今朝は朝早くから起きて支度をすることが出来た。

流石に二度も連続で遅刻する事など許されるはずもなく、通常の出勤時間より早めに出勤した。


着くのが早過ぎたのか、相談窓口に行っても誰も居ない。

そこで、先日挨拶が出来なかった報道課の先輩の元へ向かった。

相談窓口の面々と出勤時間が同じにも関わらず、報道課では皆忙しなく動き回っていた。

他の区域にあるBLCとの連携や、他の層との連携によって知り得た情報の整理で忙しいのだ。


喧騒に包まれる現場に立ち入る事は、星奈にとっては戦場に丸裸で向かう事と同じ感覚だった。

その為、遠目に雪菜を見つけ、彼女と目が合うのを待ち、彼女に来てもらう作戦を取った。


勿論彼女も忙しなく動き回っているうちの一人である。真剣に何かの資料を見ていたが、星奈の視線に気づいた様子で近寄って来た。

忙しそうではあったものの邪魔をした星奈に怒る素振りを見せず、彼女は微笑んだ。その仕草は先輩というより、むしろ後輩というのが正しい位可愛らしいものだ。

星奈の身長が157センチ程度に対し、雪菜は150センチ未満といったところか。

背伸びをしたとしても星奈の身長には届かない。顔立ちが幼く見えることも後輩に見えてしまう原因だろう。


「久しぶり。昨日はごめんね、忙しくてまともに挨拶出来なかったから。相談窓口に配属だっけ?」


「久しぶりです〜。そうなんですよ!楽できると思っていたのに超忙しいです」


「ーー報道課にくる?楽しいよ」


雪菜は相談窓口が過酷と言った星奈に、喝を入れたかったのだろう。それは見事に成功した。


「遠慮しときます。勘弁してください」


機会があれば食事でも行こうと約束を交わし、雪菜と別れた星奈は時間もまだ残っていた為、職員用の総合的な休憩所へと向かった。

昨日は遅刻して来ることが出来なかったが「BLCに入社した者なら一回は行くべき」という雪菜の言葉から休憩所には来てみたかったのだ。


その中は小洒落た喫茶店に近く、無駄に凝った作りになっている。朝のティータイムや昼の憩いの時間にこの場を使う女性従業員は多いのだ。層民が見たら税金の無駄使いと言われるのは間違いないだろう。

だが、これも一応は理由あってのもの。勤務中に外食や買い物などに行くと、いわれもない言葉を向けられたり、ブラックリストに登録をされない程度の嫌がらせを受ける、などが横行していた事があった為に作られたものだ。

それだけではない。個人情報の観点もある。

休憩時間に外に出たのを良いことに外部に情報を漏らす者も居るのだ。

余程の緊急時でもない限り外に出る事を禁止する、という意味も込めて作られているのは言うまでもない。


そんな内情はつゆ知らず、星奈がこの休憩所を利用するのは純粋に楽しむ為だ。ただ休むだけなら各課に設置されている休憩室で休めばいいのだが、この場の雰囲気というものを感じたかったのだ。

休憩所には既に何名かの職員が居て、各々自分のお気に入りの紅茶やコーヒーを片手に持っている。

星奈もレモンティーを頼み、自分の座れそうな席を探した。

最初に探したのは相談窓口の面々だが、あまり話す機会が無かった対馬しかいなかったので、この日は敢えて一人で座れそうな席に着いた。


その行動は対馬からしたら嫌なものだったかもしれないが、気安く話掛けるのもどうなのかと思った結果だ。


勤務時間迄にまだ数十分はある。

星奈は報道課に行った時と真逆で、静かな雰囲気のこの場所を楽しみ、ゆっくり過ごす予定だったが、他の職員に声を掛けられた。


「君、相談窓口の新人だよね?僕たち機械整備課の職員なんだよ。僕は岡田、こっちは柴田って言うんだ。よろしくね」


岡田と名乗った男性は背丈は小さいものの、両腕の隆起した筋肉を始め、非常にガッチリとした体型をしていた。機械整備課の仕事は非常に肉体に負担を掛けるものなのだろう。

続く柴田と紹介された男性もガッチリとした体型だが此方は背が高い。体格の良さはあるが暑苦しさは感じさせず、その風貌は清潔感が漂っている。紳士的な格好良さがこの男性からは感じられた。


どちらも星奈から見れば好印象ではあるものの、そのまま返答して良いものか考えた。機械整備課に入る事は禁止という規約もあるのだから、関わりを持つべきなのか疑問が生じたのだ。


だが、そんな疑問も一瞬だけだ。ここで返答をしないのも相手に失礼だと思い至り、星奈は考える事を止めた。


「石橋星奈です。よろしくお願いします!」


「僕たちにはそんなにかしこまらなくていいよ。機械整備課と一緒に仕事をする事なんて無いしね」


「彼の言う通りですよ。私達は孤独な課ですからね……自分が疑われない様に関わりを持とうともしない人も居ますからね」


「そんな人も居るんですね〜。ちなみに、話すくらいなら問題は無いんですよね?」


星奈は普段は適当に考えていても、昨日の今日で問題を起こしたくなかった。それを知ってか知らずか、二人は即座に肯定して見せた。


「勿論問題無いよ。僕らの職場に入って来なければ問題にはならないんだ。だから……おっと、もうこんな時間だね。また話そうね!」


岡田の言う通り勤務時間が始まりそうだった。遅刻しない様に早くから来たのに、休憩し過ぎたなんて言ったらまた対馬辺りに大笑いされかねない。

星奈は急いで相談窓口へと向かい、仕事の準備を始めた。


朝から出勤出来た事もあり、朝ならではの仕事を教えられた。基本BLC内の掃除は全て先日遠目に見た少年、津雲が行っているのだが、一人で掃除している以上細かいところまでは行き届いていない事もある。

その為、朝の空いた時間を利用して、皆で軽く掃除を行っているのだ。


役職のある武田や北条は朝の会議に出席し、居ない事が多い。朝の時間は女性のみが相談窓口に座っている。

この日の予定は、午前中は昨日と同様に他の職員と共に相談窓口に座り相談を受ける事。昼の休憩後は予備知識やBLC内の規約についての講義を北条から受ける事になっている。


本来であれば研修を先に行うべきなのだが、人数不足というものは新人にも厳しい問題だ。


星奈は昨日の対話で、なんとなくではあるが基本的な流れを掴めていた為、特に問題も起こさず応対を進める事ができた。


だがそれも、昼の休憩前に現れた50代程の男性に当たるまでだ。

相談窓口に来た時から他の人と明らかに違う雰囲気で、辺りをキョロキョロと見てまわり落ち着きが無い素振りを見せていた。その人物を初めは避けようとしたのだが、対馬も一宮も応対中の為仕方なく自分で対応した。

星奈は新人という事が分かるように首に研修中の札を掛けている。相手も多少は気を遣ってくれるだろうと甘い考えを抱いていた。


「今日はどうされたのですか?」


本日数度繰り返したその言葉を、慣れた口調で言い放つと、男は懇願する様に話し出した。


「なぁ、俺の層移動を取り消してくれよ!悪気は無かったんだ。本当に出来心だったんだ。頼むから……まだ小さい子供も居るんだ。後生だからなんとかしてくれ!頼む」


机越しに頭を何度も下げるその男性の剣幕に星奈は度肝を抜かれた。彼の言葉から察するに、彼は何かをしてしまい第一層からの追放が決まったという事なのだろう。

僅か2日目で、しかも最初の研修すら終わっていない段階で対応できる相手でも、ましてや対応していい相手でも無い。


星奈はその男性に一度謝罪して席を外した。

横で相談を受けていた一宮に、話を一時中断して貰いその男性の事を告げた。

すると接客モードであった彼女の表情は即座に険しいものへと変わった。一宮は机の下に隠してあった押すな!と書かれ、蓋がされてあるボタンを押した。


ボタンを押すと同時に警報が鳴り響き、数秒も経たないうちに機械整備課の二人よりも屈強な警備員が到着した。


「この人を外に出してください!」


その台詞は相談員としてはありえないものだった。星奈が入社の際に言われた「相談員になったら失礼の無いように」というものとは真逆なものだ。

だが、警備員の人達もその言葉を注意する事なく指定された男性に躙り寄る。

男性は力任せに警備員の手を振り払い、近くにあった椅子を振り回し始めた。だがその抵抗もあえなく終わり、何処からともなく現れた数人の警備員によって押さえつけられた。

男性は連行されながらも涙ながらに懇願を続けた。


当然周囲の人々もこれには驚いていたが、一宮は特に説明もせず、お騒がせしましたと頭を下げただけだ。

疑問を持ったのは相談に来ていた人々だけでは無い。星奈も何が何やら理解する事が出来なかった。


「後でしっかりと研修するだろうけど、次ああいう人が来たらあなたもこのボタンを押すのよ」


「ーー分かりました」


その言葉だけで納得する事など出来るわけがないのだが、数分もすれば昼の休憩時間になり説明してくれるだろうと考え、平常心をなんとか維持し残りの相談者の対応に着いた。


ーー


昼の休憩前に北条と武田も戻ってきて、相談窓口横の小さな休憩室で集まり、ご飯を食べようとしていたが、会議後で疲れている事など御構い無しに一宮が北条に怒鳴り声を上げた。


「ちょっと北条!あんた層移動者の対応に着いてなんで教えてなかったの?」


「……まだ教えてないですが、まさか出たんですか?」


「えぇ、ついさっき来てたわよ。私が苦情処理とかしてたらどうする気よ?」


「ーー忙しさにかまけてたらいけないな。早急に研修を始めないといけませんね」


先程の様な状況を作ってしまった事で、一宮の言う事ももっともな事だろうが、決して北条だけが悪いわけではない。その事を一宮も理解している為、急ぎ研修を行なうと言う彼の言葉だけで満足したようだ。


二人が言い争いをした事で一時の沈黙が流れた。星奈はこのタイミングを利用して先程の疑問をぶつけた。


「質問していいですか?層移動が決まった人に対してはいつもあんな感じなんですか?」


誰もこの事には触れて欲しくない様子で、皆一様に目線を逸らし口籠った。誰も言わないのなら、と今回汚れ役を買って出たのは対馬だ。


「私が答えましょうか。あなたの言う通りよ。層移動者に情けや同情は無意味よ。話すだけ無駄なの」


「えっと……心のケアとかは必要無いんですか?それとあの人の層移動の理由の報告とか……」


「必要無い。昔はやってた時期もあるらしいけど、全て無駄なの。決定は変えられないし一週間もすればその人と会う事は無くなるのだから」


流石にやり過ぎでは?と感じるがここで反論するべきでは無いのだろう。それがここの規約であり、ただの新人が意を唱えた所で意味は無い。

だがそうだとしても星奈は我慢ならなかった。


「ーーあの人が何をしたかだけでも聞いちゃいけないんですか?」


「俺が教えようか。層移動が、決まっている人の中で今日来れるとしたら男性か女性か……一人づついる。どっちだった?」


武田が星奈の疑問に答えた。この中で一番役職も高く、他の課との連携を主に行っている彼ならば予想が着くのだろう。


「50代くらいのおじさんでした」


「なら話しは早い。二十年前、そいつは職場内でセクハラを行い会社からブラックリストに入れられた。その後、反省していたかと思えば最近また同じ事をしでかしたそうだ。反省の色無しとして層移動が決まった」


第一層とはそういう場所だと噂話しで聞いていた星奈も、実際に見聞きするとその恐ろしさに実感が湧く。

層移動の条件とは


〈二つの会社からブラックリストに登録された者〉


〈十人以上にブラックリストに登録された者〉


〈層に対して不利益を与えた者〉


星奈の様に普通に暮らしていれば殆どの場合で大丈夫だろう。

だが人の生は長い。躓く事はあるだろう。魔がさす事だってたまにはあるだろう。心身ともに疲れ酒に溺れる事だってあるだろう。

だがその時に何かをしでかしてしまったら、仕事や家や車が、そして大切な家族とも離れて暮らさなくてはならない。

最高の治安の裏にはそういった我慢の連続と犠牲者が存在しているのだ。


星奈は少し悔しい想いを胸に抱いた。だがそれはここにいる皆も同じ事なのだろう。

だからこそ、その事は話したく無いし、ボタンを押してしまった自分が罪悪感で押し潰されそうになり、上司にも声を荒げてしまうのだろう。

それが分かっている上司も怒りを露わにしたからといって押さえつける事はしない。


星奈は改めてこの場所がどのような職場なのか分かった気がした。




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