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ブラックリスト  作者:
21/23

ニューレスト

ブラックリスト21[ニューレスト]


遠い遠い昔の話。

それは世界にブラックリスト制度が無かった時のお話。

人々は世界の頂点に立っていた。

森を焼き、山を開き、海を汚し、他の生物を根絶やしにする。

かと思えば些細なことで同族同士で争いを始め、地を焦がす。生物らしからぬ行動を取り続け、子が親を殺し、親が子を殺す。繁栄し過ぎた人間達には負の連鎖が続いていた。

それを見兼ねた神が言った。


「この世界はお前達の物ではない。大罪を犯せし者達よ、世界の果てに消え行け」


神は世界の中心を決め、中心地に槍を落とした。その槍は世界を見通し、大罪を犯す者達を世界の果てへ飛ばすという役割を持っていた。

それだけで世界の半分以上の人間は居なくなった。

強欲にまみれた者、色欲に溺れた者、怠惰を極めた者、暴食の限りをつくした者、嫉妬に狂った者、憤怒が過ぎた者、傲慢な態度を取り続けた者。

その全てに当て嵌まらない者など全体の1割にも満たなかったのだ。


だが、それだけだった。誰もが一度は思った事があるだろう。世界が平和であります様に、と。

大罪を犯す者達は消え、世界には一時的に平和が訪れた。

それに満足した神は、まともや傍観者に戻った。いや、正確には放ったらかしにしたのだ。

人々は中心地に集まり、神の刺した槍の研究を始めた。

自分達をニューレストと呼び、神の代行が少しでも勤められれば世界はより良いものに出来るだろうと信じていた。

そして自分達に付ける枷を増やした。こういう人は問答無用で最果てへ、こういう人と関わりたくないのなら関わらない様に仕組みを作れば良い、と。

世界に幾つものルールを作り、階級を作り、最果てを作った。

「ブラックリスト」

神が作った法則などではなかったのだ。大昔の人間が細かく作りあげた法則だ。

世界はずっと平和に流れていくと誰もが思った。


しかし、人間とはつくづく強欲な生き物だ。

自分達の欲を抑えきれず、もともとあったシステムを変更し、大罪を犯せるようにした。

ニューレスト達は堕落の道を辿り、自分達の責務を怠け、強欲の限りを尽くしだす。ある者は金に溺れ、ある者は色情魔と化し、すべての者が傲慢な態度を取り続けた。


怒った神はまたしても神の裁きを執行しようと動いたが、時既に遅し。

神は人々に裁きを与えたのではない。神の攻撃を防ぐ為の盾を与えただけだった。

そこで何人もの神が逃げ出した。

この世界はもはやどうする事も出来ない、と。


誰もが見放した世界を救おうと動いた者は二人だけ。

一人はただの付き添いに、もう一人は心の底から愛した人間を救うために。


「付喪神」は自分を愛した人間を裏切れなかった。


ーー


津雲から壮大な昔話を聞き終わった。

津雲の話を聞いても、今を生きる星奈にはお伽話を聞かされているように感じた。

だが、これは実際にあった話なのだろう。少し前に考えた事があったではないか。ブラックリストがない世界はどんなものなのか、と。答えは昔話の通りなのだろう。

検討の材料として頭に入れ、星奈は物思いに耽った。


その後、空飛ぶバスに乗っていた三人は、一時間と掛からずに目的地に到着した。空を飛べた事で普通の車よりも何倍も速度が出せていたのだ。

外に出て改めて感じるのはブレインの巨大さ。遠目から見ても視認出来る。近づいた今となっては頂上が見えない程だ。

昔神様が地に刺したというだけあって、その存在感は圧倒的だった。


到着地の周辺は高級感漂う家ばかり。全ての家にプールが付いているのは勿論の事、建物に金色の装飾品や巨大な噴水がある家まである。

どの家も星奈の住むアパート程度なら軽く隠してしまえるほどの大きさだ。


部屋着のまま家から出てきた星奈は、自分の格好が場違いな気がした。

せめて正装くらいはしてくるべきだった、と。

他の二人も似たり寄ったりな服装をしているのがせめてもの救いだろうか。


星奈が萎縮していると津雲が笑顔で話しかけてきた。


「星奈さん、確かに人類の今後を左右する選択をしなければならないのは辛いことだと思います。ですが、あなたなら大丈夫だと僕達神が言っているのです。自信を持ってください!」


津雲君、そっちじゃない!という思いは津雲には届かなかったようだ。だが、周りの豪華さに圧倒されている時間などないのだ。選択の時は刻一刻と迫っている。


津雲に案内されて豪華な家の門をくぐり、家の中に入るとそこは見た事もないような装飾品ばかり。高そうな絵画や調度品、柔らか過ぎる絨毯、天井には蝋燭のシャンデリアまで備わっている。

改めて正装をするべきだったと後悔の念に駆られた。


惚けた表情を浮かべ、その場から動けなくなっていると、奥の扉から腰を曲げ杖を突きながら歩く老婆が出てきた。


「津雲君おかえり。今日もお掃除頑張ってきたかい?」


「うん!それよりお婆ちゃん、紹介するね。この人達はーー」


「言わなくていいよ。今から世界を救いに行くんだろう?とうとうこの日が来てしまったんだね」


この老婆こそが津雲の言っていたニューレストの仲間だ。二人の会話を聞いていると仲間というよりも家族という言葉の方がピンと来る気がした。


「……そうだよ。お婆ちゃん今迄ありがとうございました」


津雲は決意し、頭を下げた。横顔だけでは分からなかったが、どこか悲しそうで、泣いているようにも見えた。


「いいよいいよ。津雲君がいてくれなかったらあたしゃ今頃最果て行きだったからね。このババの最後の仕事をしないとね」


老婆はそう言うと家の中にあった暖炉に火を着けた。

その横のソファーに腰掛け星奈に目線を合わせ、じっと見つめた。星奈は挙動不審になりながらも老婆の優しい目を見つめ返す。

何か感じ取ったのか、老婆は笑顔を浮かべて星奈を対面の椅子に座らせるよう促した。


「さて、お嬢さん。先にお名前を聞いてもいいかね?」


「はい。石橋星奈です」


「星奈ちゃん、その様子だとまだ迷っているようだね?まだ少しだけ時間がある。このババの話を聞いてくれるかい?」


一瞬で星奈の迷いを察知し、それでも柔らかい口調で話しかけてくる老婆に星奈は驚きを隠せなかった。

星奈が首を縦に振ると、責めるでもなく説得するでもなくゆっくりとした口調で昔話を聞かせてくれた。


「あたしゃね、ニューレストになってからそろそろ六十年になる。その頃からずっとニューレストとして生きてきた。外の世界で生きてきたならわかるじゃろう? ニューレストはね、娯楽の限りを尽くしておる。だが、ニューレストの中にも勿論いい奴はおるんじゃよ。真面目に仕事に取り組み、世界を良いものに変えようとする者達が実際にいたんじゃよ。そ奴らは現在どこにいると思う?」


以前影矢から聞いた話を思い出し、星奈が回答した。


「……最果てですか?」


「その通り。六十年前まではそんな事は無かったんじゃ。聞いた事があるかもしれんが、今のニューレストのトップ、法善寺善次郎という男が全てを変えてしまった。あのバカタレはニューレストこそ神であり、世界の人々は神のいいなりになるべきだとかほざきだしたんじゃ。あたしも最初は賛同してしまったよ。ニューレストに反発する者は最果て行きじゃったし、何より自分達の暮らしがより贅沢になるからのぉ」


「そんな!それじゃあ他の人達はどうなるんですか!?ここに来る前に見ましたよ。ガラス張りで常に誰かから監視されながらずっと仕事をして、あんなのーー」


老婆は感情を表に出した星奈を目線のみで制し、話を続けた。


「お嬢さん、その考えはごもっともじゃ。中心地に暮らしていた人々を奴隷のように扱い、他の層から誰も入れないようにした。そうする事で自分達のやりたいように至福を凝らしてきたのさ。影嗣のように反発したら、あたしまで最果てに飛ばされるのが怖かった。津雲君に会ってからあたしは恥じたよ。心の底からね。津雲君に出逢わなかったらこの歳までニューレストとして生きたことを恥じる事も無かっただろうがね。それどころか間違っていることにも気付かなかっただろうよ。何故だと思う?」


老婆から不意に投げかけられた質問を考えてみた。


「……周りがそうしているからですか?」


「正解じゃ。集団心理とは本当に恐ろしい。周りに合わせようと、周りと同じであろうとするんじゃよ。津雲君に言われなければあたしは自分が間違っているなんて疑いもしなかった。今は協力しているがねーー」


老婆は津雲の方を見てニッコリと微笑んだ。


「さて、ババの長話に付き合ってくれてありがとう。そろそろ時間もいい頃合いじゃて」


老婆が暖炉の方を指差した。その先には暖炉の下に積もった灰がなくなり、階段状の道が出現していた。


「驚いたかい?三十年じゃ。ブレインまで気付かれずに侵入するにはこれ位しなければならない。毎日毎日掘り進めてやっと開通したんじゃ。地下洞窟じゃよ」


「……お婆ちゃん、ありがとう」


津雲は今一度深く頭を下げて老婆に感謝の意を示した。老婆はシワシワの手を津雲の頭にのせて、何も言わなくて良いとだけ言った。

老婆の手をよく見ると指紋が無くなり、皮膚が分厚くなっている。本当に一人で毎日穴を掘り進めていた結果なのだと見て取れた。

星奈はこの人物の覚悟の強さを感じ取り、津雲に習って頭を下げた。


「さぁ、気付かれないうちに早く行きなさい。法善寺にバレないようにしたいんじゃろう?最後にお嬢さん、一つだけ助言じゃよ。思うようにやってみなさいな。津雲君に選ばれたのはお嬢さんなんじゃから」


老婆の瞳には薄く涙が溜まっていた。星奈は堪らなくなって穴に向かって走り出した。

先程まで火が灯っていた事など御構い無しに駆ける。暗い洞窟状に掘られたこの道は所々にランプがかけられ、作業用のスコップなどが置かれている。足場に気をつけながら一歩また一歩と進む。

長く続く洞窟の中、星奈は老婆の言葉を思い出しながら決意を固めていった。



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