相談窓口
相談窓口は他の課に比べ明らかに人数が少なかった。女性が二人、男性が北条を含めて二人という構成だ。
相談窓口に到着した時間は星奈が遅刻したことによって、丁度昼休憩を取る時間だった。
その為、皆で休憩室に集まり、一人づつ北条に紹介された。
最初に向かったのは上座に置かれた席に座る体格の良い40代ほどの男性の元。星奈が配属された相談窓口のトップに当たる人物だ。
武田玄徳という名前を北条から紹介された後、遅刻したことについて星奈が謝罪を行うと豪快に笑い飛ばされた。
「初日から遅刻するとは恐れ入るね。将来有望な新人じゃないか! こんな事をした奴は初めて見たぞ」
笑って許してしまう上司の態度に、横に座っていた女性が反論の声を上げた。
皺一つないスーツを着て、キリッとつり上がった瞳から、仕事の出来そうな雰囲気が彼女から滲み出る。
「武田さん、ちゃんと怒ってくださいよ! 新人を甘やかすと後が大変なんですからね!?」
その意見は正論だろう。武田は遅刻してきた星奈を怒る事はせず、ただただ豪快に笑い、遅刻を許したのだから。
反論した女性の名は一宮桜。年齢は女性という事もあり伏せてはいるが、顔立ちから、恐らく30代前半といった所だろう。
左手の薬指に指輪をはめていない事から、彼女が婚期を逃した事が見て取れた。
「遅刻した事は本当にごめんなさい! 夢があまりにも面白かったので、ついつい寝てしまいした!」
休憩室の中に笑いが溢れた。豪快に笑い出す武田もそうだが、北条も笑いを堪えている素振りを見せた。一宮は不快な表情を見せていたがそれ以上何も口に出さないところを見ると諦めてくれたのだろう。
そして、一番笑っていたのは今迄会話に加わっていなかった女性だ。お腹を抱え笑い転げていた彼女は一通り笑い終わると、少し暗い雰囲気に戻り自己紹介を始めた。
「あなた面白いわね。私は面白い人大好きよ。あ、私の名前は対馬市來。よろしくね」
対馬と軽く握手を交わし終え、これで全員の自己紹介が終わった。
今迄はこの四人で相談窓口の仕事をこなして来たのだが、武田や北条が他の課との連携の為受付に座れない事も多く、明らかに人員不足となっていた。
この現状は中心地に住むニューレスト達が、「相談窓口程度なら人が少なくても問題無い」と言い続けた事が原因だった。だが、近年は相談件数も増え、やっとの事で今年は星奈を加えた五人体制へと切り替わった。
相談窓口の基本的な仕事はその名前の通り層民の相談を受ける事。ブラックリスト申請を迷っている人や、家族にブラックリストに入れられてしまい困っている人、恋人と別れたからブラックリストに入れたい人、などが相談に来る。
その一つ一つをしっかりと聞き、申請するべきなのかを話し合い、もし急を要する場合は他の課との連携により早期解決を行うというものだ。
それに加え、BLCに対する苦情などもこの相談窓口に押し寄せてくる事が多い。
タチの悪い層民に当たったとしても自分達のブラックリストには入れてはいけない、という規約がある為、精神的にも肉体的にも重労働となる。
その所為か、他の課に比べて個性の強い人のみが残っている。そうでなければやっていけないのだ。
星奈は研修中のみでありながら、早速受付に座ることになった。
一度接客を行い、適性を図ろうというのだ。
最初の相談者は典型的なもので、彼氏と別れたからブラックリストに登録したい、という内容もの。
相談窓口の入り口にも書いているのだが、こういったケースの場合は登録する事はできない。
ブラックリストに登録するには細かな制約がある。相手が自分に対して不利益な行為、または侮辱的な行為を行っていないにも関わらず登録する事はできないのだ。
星奈は相談者に対して真意に向かい合い、諭すようにその規約を語った。
「気持ちは分かります。私もムカつく彼氏とかいたらBL登録したいですもん!でもね、それが出来ないのがこの世界でしょう?その人があなたを馬鹿にしたとかならまた話は違うけど……そうじゃないんでしょう?」
「はい……ただ街中でばったり出くわしたりするのが気まずくて……」
星奈は相談者の肩に手を乗せ、明るい笑顔で励ました。
「いい?街中で会ったときにそいつの事を見返してあげなさい!こんなに綺麗になったのよ?って言ってやるの!」
モジモジとしていた相談者も星奈の力強い言葉に納得したのか、笑顔を作りお辞儀をして帰って行った。
初めの相談者が典型的なケースという事もあり、特に揉める事もなく相談は終わり、影からその様子を見ていた一宮から賞賛の声が上がった。
「あなた凄いわね。あそこ迄出来るようになるのは時間がかかるものなのよ?」
星奈は彼女の賛辞の言葉を素直に受け止め、顔を紅く染め鼻をかいた。
「学生時代から相談事をよく聞いてたんでそれが活かせたんだと思います。あ、次の人が来ましたね。行ってきます!」
「待って、その人はーー」
一宮の言葉を聞かず星奈は入ってきた一人の男性に駆け寄り、元気よく挨拶をして出迎えた。
その男性の相談は特殊なものだ。
とある店で、メーカー製品の機械を購入したが直ぐに壊れた為そのメーカー製品が見えないようにブラックリスト登録したいというものだ。
この男性は何度も相談窓口に足を運び、他の相談員からも説得されているのだが、余程そのメーカーが嫌いになったそうだ。
このようなケースは極めて特殊なものだ。ブラックリスト制度の絶対条件の中に「ブラックリストに登録する事が出来るのは個人のみ」というものがある。
会社単位でブラックリスト登録する事は出来ないのだ。
この男性に不利益を与えたとして、その会社の社長や会長なら登録する事はできる。だが、それだけでは納得出来ないという。
もう二度とそのメーカーと関わりたくないという思いを抱いていた。
端から見たらこの男性に声をかけてしまった星奈はミスを犯したように見えるだろう。だが星奈は決して逃げず、その問題解決の為対話を始めた。
まずはオーソドックスな方法で諭して見る事から始める。世界の法律だから無理なのだ、と。勿論以前にも他の相談員が試したであろう方法がこの男性に通じるはずもない。
次に提案したものは諦めるのではなく、責任者のみをブラックリスト登録するという事。
根本的な解決にはならないが彼の気が晴れるだろうと考えての事だ。
だがこの提案も却下される。
「だから何度も言っているだろう!あのメーカーと二度と関わりたくないんだ!だからブラックリストに入れさせてくれ!」
彼の怒りもピークに達してきた頃、星奈は閃いた。
「関わりたくないなら、単純に関わらなければ良いのでは?」
「……君は何を言っているんだ?」
突拍子も無いように思える星奈の提案に男は呆気にとられ、一時怒りを忘れているようだ。
「いやいや、だってそのメーカーが嫌いなんですよね?それならそのメーカー製品を買わなければ良いだけじゃないですか?」
正論だった。この世界にはブラックリスト制度がある。だがそれだけだ。世界の人々はこの制度に頼る傾向にあるが、どんなものでも依存して良いものでもない。
先程の女性といい、この男性といい、ブラックリストに甘えているだけなのだ。
早い話が「ブラックリストに甘えるな」というものだった。
正論をぶつけられた男性も、これには何の反論も出来ない。怒りの形相を浮かべてはいるものの、暴力に訴えかけたりはしない。
そんな事をすれば規約なんて関係なく即時層移動が決定するのだから。
一連の流れは隣で相談を受け続けていた仕事仲間達にも聞こえていたようで、後ほどまたもや盛大に賞賛された。
「あの人もう五回目だったから他の課に回って貰おうかと思ってたのよ。本当にやるわね」
「今日の遅刻分の仕事は出来たってだけだろ? あんなのも対処できない一宮が悪い。そんなんだからいつまで経っても結婚がーーー」
「それ以上言ったらブラックリストに入れるわよ?」
北条はニタニタと笑い一宮をおちょくっていたが、今にもブラックリスト申請書を取り出そうとする彼女の仕草から本気だと察した。相談員がブラックリストに入れられた場合、仕事を辞めないといけないという規則がある。そのせいで北条の煽り文句はとても歯切れの悪い結果となった。
星奈は彼女に対して結婚の話題は振るべきではないと肝に命じた。
ーー
その日の相談時間も終わり、少し残業をした後、帰る準備を始めた星奈を一宮が止めた。
「何してるの?まだ帰れないわよ?」
「え?もう勤務時間終わりましたし、北条さんに言われていた時間も過ぎましたよ?」
相談員の仕事はBLCの中でも早い時間に切り上げられる。星奈が相談員になった理由の一つに早い時間に帰れるというものがあったのだが、それは完全に間違いだった。
「説明会で北条が言ってたと思うのだけど?相談時間後にその日来た人達の傾向と要件なんかを記載する時間があるのよ」
「それも終わりましたよ?」
その言葉に驚いた一宮が星奈の報告書を流し読んだ。
「あんたねぇ……こんなので良いわけないでしょ!何これ?本当に大学出たばかりなの?」
星奈の報告書は非常に簡素なものだった。
例として初めに対応した女性の報告書は「彼氏と別れたから相談に来た、解決済」と記載していた。
何がダメなのかと一宮の書いていた報告書を横目に見ると、そこには信じられない量の文言が事細かに書かれていた。
カップルの喧嘩理由や別れた理由、さらに何故ブラックリストに入れたいのか、どのような感情の変化があったのかなど。
星奈は相談員がここまで厳しい仕事だとは思っていなかった。
結局一宮に教えられながら、何とか一日の締めくくりであるこの作業を終わらせた星奈は、肉体的にーー特に普段使わない頭がーー疲労しきっていた。
だが相談員の仕事はそれだけではない。
他の課に比べ人員も少ないことから次の日の準備も欠かせない。
待合スペースの用紙の補充やウォーターサーバーのコップの補充など様々な準備を行う。
今迄当番制で行っていた作業だが、星奈の加入により新人だという理由から全て星奈の担当となった。
結局家に帰れた時間は想像していた時間より二時間後の話だ。
星奈は軽くシャワーを浴び、コンビニで買ったオニギリを食べ終わると、そのままベッドに横になり眠りに着いた。
彼女にとって初の仕事は、特に最後の業務がそれだけ過酷だったのだ。




