小玉津雲
作戦決行日から数日が経った。相談窓口と機械整備課は一時の間停職となっている。
柴田達レジスタンスの面々は大半が機械整備課の所属で、その大多数が最果て行きとなったせいでまともに仕事ができる状況では無くなったのだ。
それは相談窓口も同じ事。もともとたったの五人しかいなかった相談窓口の内二人が居なくなったのだ。
三人で仕事を回すなど出来ない、と武田が上に掛け合っている所らしい。
北条達は最果てに飛ばされてしまった。
その事実は重く、星奈達の胸にのしかかる。北の集落のおかげで安全だけは確保出来たが、二人は一層に戻る事は二度と出来ない。
それも、今後の影矢達の活躍次第となる。
現在彼等が何を行っているか知る由も無い星奈には、ただただもどかしさだけが募っていく。
二人に当時の状況を確認する事が出来たのは、上司として部下の話を聞きに行くという名目があった武田だけ。星奈は武田から聞き伝えの話を聞いた。
当時B班は予定通り行動を進め、中心地への侵入を測っていた。作戦と違ったのは、門の前に柴田達レジスタンスが集まり、何かを待っていたようだ。
おそらく、その何かとは星奈の伝えていた嘘の情報。「中心地で暴動が起きる」という情報のみを信じ、その時をただひたすら待ち続けていたのだろう。
影矢達が侵入出来たのは顔が知られていなかった為、柴田達の前を素通り出来たからだ。
北条達は違う。作戦失敗後の事も頭に入れて顔が知られないように行動してしまったのだ。門の前に長時間、大所帯で固まっていればそれだけで疑わしい。
柴田達レジスタンスはそれが分かっていなかったのだろう。
柴田は星奈から見ても決して頭の良い部類の人間ではない。いくら技術が他の派閥より高くてもそれを活かせる司令塔が彼等には居なかったのだ。
柴田達に見つからないようにした所為でB班は膠着状態を続け、気づいた時には最早遅かった、という事だ。
星奈は自分を責めた。
柴田に付いた嘘が違うものだったなら、もう少し上手く言えなかったのか、作戦の概要を聞き出せば上手く立ち回れていたのではないか、と。
いくら自分を責めた所で二人は戻ってこない。武田や対馬からも星奈の所為ではない、と慰められた。
武田から話を聞いてから、自宅待機という指示を出された星奈は、茫然自失の状態でベッドに横になり天井を眺め続けた。
ご飯も喉を通らず、風呂にも入る気が起きず、思考だけが巡り続ける。
浮かぶものは後悔ばかり。あの時どうすればよかった、あれをしていたらよかった、今となってはどうする事も出来ない。
(自分らしくないなぁ……)
そう思えるまで眠りにつく事も出来なかった。
今からやるべき事を、今からでも出来る事を考える方がよっぽど自分らしい。
星奈は自分の悲観的な感情を気合いで抑え込み、前向きな姿勢で考え出した。
ベッドから跳ね起き、汗まみれの身体を綺麗にしたら次はご飯だ。
ここ数日分、何も食べていなかった反動で星奈の身体は栄養を欲している。
冷蔵庫の中の腐っていない食材で自炊し、不得意な料理を作り食卓に並べる。
お腹が一杯になったら眠くなる。子供の様な行動だが、これで良いのだ。否定的な考えからは何も生まれはしない。自責の念に駆られるのは全てが終わった後で良い。皆に不甲斐ない自分を笑ってもらえば良いのだから。
星奈は心を無にし眠りについた。
それから何時間経っただろう。突如携帯の着信音鳴り響き、夢から引き戻された。寝たのが何時なのかさえ記憶にない星奈は、まだ疲れが癒えていない身体をもぞもぞと動かし着信の相手を確認した。
番号は非通知設定。一番可能性があるのは影矢達からの連絡だ。
緊張感と期待を胸に抱いた。全てが終わったのかもしれない、と。
星奈は寝起きとは思えないほど元気よく電話に出た。
「もしもし!?影矢くん?」
「……違います。小玉津雲です。折り入って話したい事がありますので、今から言う場所に出てきてください」
「え?なんで君が私の番号を知っているの?」
「詳しくは後でお話しします。時間がありませんので来るか来ないかだけ教えてください」
津雲の口調は坦々としていて、影矢の様な威圧感が込められていた。その言葉からただ事ではないと悟った星奈は、了承の意を示すと共に、身支度を早急に済ませ、待ち合わせ場所へ向かった。
津雲からの呼び出しは藁にも縋りたい星奈からすれば、天から降ろされた蜘蛛の糸と同じものだ。
場所は影矢達の利用していた廃ビル。
何故津雲がこの場所を知っているのか、何故こんな状況で星奈を呼び出したのか、分からない事だらけだ。例え津雲がニューレスト側の人間で、星奈が騙されているのだとしても行動するしかないのだ。
ただ前だけを向いて。
廃ビルの一階フロア、中央入り口から入ってすぐの所。津雲の横には予想だにしていなかった人物、対馬がいた。
最近星奈の周りはありえない事の連続だ。岡田が死んだ事、柴田がレジスタンスであった事、相談窓口の皆が影矢に協力していた事、羽柴が最果て行きでは無かった事、雪菜も世界を変えようとしていた事、そして北条、一宮の二人が最果てへ飛ばされてしまった事。
その経験が、星奈を冷静にさせた。
「……以前僕から話した事を覚えていますか?」
冷静になった頭は星奈の脳とは思えない働きで簡単に答えを導き出す。
「中心地に入るチャンスってやつ?」
「その通りです。今がその時です」
星奈は続く言葉を待った。いくら頭の回転が速くなっても足りない情報の中で答えを導き出すのは至難の技だ。
星奈が答えない事で、津雲はそっぽを向きひとりでに語り始めた。
「僕は警告してたんですがね……皆さんにメモを置いたり、対馬をスパイに入れて歯止めを利かせていたり、正直あなたの行動だけは予測出来ませんでしたよ。いくら言っても話しかけて来るし、警告は無視するしで散々悩まされました」
津雲の口調は年配の男性が子供に説教を垂れている様だ。同じ程度の年齢である影矢もここまで愚痴をこぼす事はないだろう。
「……君は何者なの?」
「あぁ、言ってませんでしたね。この世界を作った神ですよ」
ひょうひょうと言って退ける津雲の言葉に星奈は怒りしか覚えない。
「……真剣に聞いているんだけど?」
「星奈ちゃん、事実よ。私も津雲も神様の一人。不甲斐ない神様だけどね」
「対馬さんまで……私の事を馬鹿にしているんですか?」
「信じろって言われて信じられるわけないと思うけど、事実なのよ。試しにほらーー」
対馬はそう言うと津雲の頬を力一杯つねった。その行為は暴力に値するため普通なら即座にブラックリストに入れられるだろう。
だが二人はそうはならない。
最果ての地で見た事がある事象だがここは一層だ。こんな事<ありえない>。
星奈の冷静に回っていた頭は即座にパンクした。必死で理解しようと考えても何も分からないのだ。
ショートしかけた星奈の頭が送った信号は、何も考えないというものだ。
「対馬痛い!なんでいつもそんな事をするかなぁ」
「こうでもしないと信じて貰えないと思って……アレ?星奈ちゃん、ついてこれてる?」
マヌケな顔で突っ立っている星奈に気付き、心配した対馬が声をかけてきた。
「あ、はい。大丈夫……です」
「いや、大丈夫じゃないよね?これから中心地に行くのに」
「は?」
星奈は驚きを隠しもせず、間の抜けた声を上げた。
「あれ?津雲から言ってなかったっけ?星奈ちゃんが中心地に連れて行く一人に選ばれたって」
「いやいやいやいやなんの事ですか!?え?はい?」
冷静に話を続ける対馬に唖然とする他ない。
だが、そんな中、星奈には一筋の希望が見えた。
「中心地へ連れて行く」対馬は確かにそう言ったのだ。中心地へ行き影矢達と合流する事が出来れば、自分でも何かの力になれるのではと思い付いた。
「対馬、あなたが話すと伝わりませんよ。時間がないので細かい所は省きます。今から僕達と一緒に中心地へ来てください。現在中心地では本当に暴動が発生しています。率直に言いますとあなた無しには僕達の目的は達成出来ません」
津雲は懇願するように星奈に語った。その表情はまるで子犬のようで、断るのが悪い事であるような錯覚さえ起こす。
そんな素振りを見せずとも星奈の答えは既に決まっている。
「分かった。何をしたらいいの?」
心地良いまでの即答に、津雲は見るからに嬉しそうな表情に変わった。
「ありがとうございます!詳しい話は内部に潜入してからにしましょう。今は何より時間がないので」
津雲はそういうと手ぶらのまま中心地へ向かって歩き始めた。
「ちょっと待って! 何も準備しないの?」
星奈の問いにキョトンとした表情を浮かべる二人に続けて質問を繰り返した。
影矢達が様々な準備を整えて向かった中心地へ行くと言うのに何も準備しない事が不思議でならなかった。
津雲は繰り返し言われた質問の意図をようやく汲み取れた様子で、星奈に説明を始めた。
「あぁ、僕の立場知ってますよね?中心地の人間が連れ立っていたら門を超えるのは簡単なんですよ?」
「嘘でしょ? それなら……影矢くん達がしていた事がまるで……」
星奈は歯切れ悪く言葉を綴った。影矢が今までしてきた苦労はなんだったのかと考えると心が痛んだ。
「だからさっきも言ったじゃないですか。警告はしたって。言葉では警告してませんが、皆さんにはメモを残していますよ。星奈さんにも1枚置きましたよね?」
メモと言われて思い浮かんだのは二枚だ。初めて最果ての地へ行った次の出勤日に置かれていた警告のメモ。そしてもう一つが脅迫にも似たメモ。星奈はメモを置いたのは二枚とも柴田なのでは、と確信していたにも関わらず、またしても真事実である。
先程彼等が神様であると言われてから驚愕の連続だ。
「ーーーー待って、津雲君が置いたのって一枚だけ?」
「そうですけど? あなたが突然最果て旅行なんてするから警告したんです」
「なるほどね。やっと誰が置いたのか分かったわ」
「そんな事よりも急ぎましょう。行動したのは北条さんと一宮さんよ。私は停めたんだけどね……」
対馬の表情が一瞬だけ崩れ、哀しいものに変わったが、直ぐにいつもの表情に戻した。
それを見ていた星奈は、彼女の言葉の中に自分が感じていた罪悪感を感じ取り、これ以上反論の声を上げなかった。




