レジスタンス
羽柴のお陰で影矢に対する疑惑は晴れた。だが、それならば誰が岡田を殺害したのか、という疑問が残る。
影矢から犯人探しは止めたほうがいいと言われているが、それでも探したいという欲求は止まらない。
機械整備課の人達に話を聞き、殺された情報を調べ、殺される前後の時間、休憩室周りの監視データさえ見れば犯人を見つける事が出来るかもしれない。
そうは言っても、ただのBLCの新人社員である星奈では探しようがない。
それ以上調べようがなかった星奈は犯人探しを諦め、影矢に頼まれた情報収集に専念しようと決めた。
岡田が居ない以上他の人から情報を得るしかない。しかし、現状は厳しいものだ。機械整備課には警察の目も入り、容易に探りを入れる事は出来ない。
星奈はどうにか接触出来ないものか考えながら仕事に臨んだ。
そんな折、いつものように津雲とお喋りをした後、相談窓口に向かった星奈は違和感を感じた。
前日、仕事を終えた時と置いてあるペン立ての位置が違ったのだ。
以前もこのような事があった。最初に最果ての地に行った時もこのような違和感を感じた。
恐る恐るペン立てを持ち上げてみると、そこにはメモ紙が一枚、挟むように置かれていた。
メモ紙に書かれていた内容は一行だけ。
「最果ての地の者と手を切れ。さもなくば岡田と同じ運命を辿る」
メモの意味が理解出来た星奈は、蛇に睨まれた蛙のごとく動けなくなっていた。
何故影矢達との関係がバレてしまったのか。もしかしたら影矢達との電話が聞かれていたのではないか。さらに、岡田との会話も聞かれていた可能性がある。
おそらくこのメモを残したのは、以前メモを置いた人物と同じだ。
推測でしかないが、文書から察するにメモを置いた人物こそが岡田を殺害した犯人なのだろう。
そして、このまま影矢達ファーゼストと繋がりを持つ事によって、星奈の命すら危うくなるという事。
その日、星奈は少しの物音にも敏感に反応した。相談に来る人々を疑い、相談窓口の面々すらも疑い、疑心暗鬼に陥っていた。
休憩時間になっても落ち着けるわけがない。
普段話しをする一宮とも距離を置き、隅の方で食事を済ませた。
午後の相談も終わり、いつものように資料のまとめを行っていた頃、北条からお叱りの言葉が飛んだ。
「星奈!今日のあの対応は何だ?体調管理も仕事のうちって知らないのか?……はぁ。体調悪いのか?」
「あんた怒るのか心配するのかどっちかにしなさいよ。私も思ってたけど、星奈、朝からおかしいわよ。何かあったの?」
二人に心配され、星奈は吐露したい気持ちに駆られた。
だが、この二人を巻き込むわけにはいかない。
星奈は営業スマイルを作り、二人に安心感を与えようと試みた。
「ちょっと熱っぽいだけなので大丈夫ですよ〜!」
二人は懸念そうな表情を浮かべるも、それ以上追求しようとはしなかった。
「明日キツかったら直ぐに電話をする事。風邪とかなら絶対に休めよ?相談者にも迷惑が掛かるからな」
「あんたはなんでそんなに捻くれてるのよ? 普通に心配なら心配って言いなよ。星奈、キツかったら明日は休んでいいからね。仕事は私達で何とかするから」
「ーーありがとうございます。本当に皆さんお優しいですよね」
その後、資料作成を一宮に手伝ってもらい、もう一つの仕事であるプロジェクトチームの元へと向かった。
岡田が亡くなり、欠員が出てしまった為、機械整備課より新たに一人増援が送られる事になったのだ。
星奈が部屋に入ると、そこにいたのは二人だけ。層民課の青年と雪菜先輩のみだ。
増員になる人物は少し遅れてくるとの事だ。
空いた時間を利用して雪菜がヒソヒソ話しをしてきた。
「……星奈ちゃんも事情聴取されたの?」
「そうですよ。雪菜先輩も何ですね」
「うん、大した事は聞かれなかったけど、犯人はまだ見つかっていないみたいだね」
星奈は、心臓を掴まれた様な感覚に襲われた。
分かってはいた事だが、犯人がメモを置いた人物だと連想している今、捕まっていないというだけで恐怖心が強まる。
その後雪菜と少し密談をしていると、機械整備課からの応援が到着した。
作業着自体は岡田達が来ていたものと同じものだが、この人物が着るだけでスーツのような着こなしに見える。手振り一つ取っても全てが紳士的な振る舞いの彼の名は、柴田だ。
以前岡田と共に星奈に話しかけて来た事もあり、ある程度見知った顔である。
「お待たせして申し訳ありません。岡田が亡くなり、課の中がバタバタとしておりまして……私、柴田と申します。以後お見知り置きを」
柴田の登場で、もう一度自己紹介を行った。
彼の年齢は32歳という事で、この中では一番の年長者だ。
機械整備課の中では役職も付いているらしく、ここに来たのはお詫びも兼ねてという事だった。
元々岡田が担当する予定だったものを、そのまま柴田が引き継ぐ形で会議を終えた。
影矢達に協力している以上、星奈は彼に接触を図るべきなのだろう。だが、朝方のメモの事が頭に浮かび、話しかける事が出来ない。
彼に接触する事でまたもや死人がでるのではないか、と考えてしまうのだ。
だが、そんな星奈の考えを知ってか知らずか柴田から話しかけて来た。
「石橋星奈さん、少しだけお話し出来ませんか?」
「はい?」
「場所を移動しましょう。私の車でドライブでも如何ですか?」
紳士的な態度とは裏腹に、彼は岡田が死んだ直後でありながらデートに誘ってきたのだ。
同僚が死んだばかりだと言うのに口説きに来るなど言語道断だ。
星奈は憤怒し、キッパリと断った。
「折角ですけど!お断りします!」
「警戒するのは当然でしょう。ここで話すべきではないのです。藤堂院に関してのお話しなので……」
勘の悪い星奈も藤堂院の名前を出された事で、革命活動についての事だと閃いた。
「ーー詳しく聞かせて貰えますか?」
柴田について行き、彼の車でドライブを始めた。何処に向かうでも無く、その辺の道をただただ進んだ。
「ーーそれで、どんな話なんですか?」
「先に言っておきますが、この車の中では録音も録画もされないように細工をしています。それを踏まえた上で言います。岡田を殺したのは藤堂院の率いる最果て北部の者達だ」
柴田の話は信じられないものだ。確かに星奈も先日までは影矢が犯人だと疑っていたが、アリバイがハッキリとしている事で彼の容疑は晴れた。
「彼には殺せないはずよ。影矢くんから直接アリバイを聞いたわ!」
「彼には、ですよね?彼の手の者が岡田を殺したのは事実です」
「そうまで言うなら、何か証拠があるんですか?」
「あります。私も以前は彼等の元で協力者として働いておりました。そこで聞いたのですよ。藤堂院の孫が危険な思想を抱き、独自で行動している事を」
「……それは……そうですけど……」
柴田の言う通り、影矢の考え方は危険だ。目的の為にひたすら真っ直ぐ突き進み、邪魔をする者は全て排除するという考えには星奈も賛同していない。
「あなたも知っているのなら分かるはずです。それだけではない。岡田が殺害された当日、うちの課の者が不審な人影を目撃しております。私達は二十四時間勤務ですので、殺害された夜中もBLCにいましたから」
柴田の話はどれも信憑性があった。だが、それだけでは信じられない。いや、信じたくなかった。
「そんな……でも、動悸がありませんよね?」
「動機は……あなたが一番よく分かっていると思いますが?」
星奈は俯き、黙り込んだ。自分自信も考えた事がある。星奈に情報提供をした岡田は、もしかしたら影矢達の不利になり得るのでは、と。
つまり柴田が言いたい事は、その事が動機となり殺害に至ったという事だろう。
「柴田さん、あなたは何者ですか?」
運転中の柴田の横顔には薄く笑みが浮かんでいた。
「そこで本題です。私は……いえ、我々は正規のレジスタンス軍です。映像管理課の一部の者とも繋がり、革命を考えております」
「それは影矢くん達と同じって事ですか?」
「全く持って違います。私達はブレインの破壊を目的とはしておりません。ニューレスト達を潜り抜け、ブレインの改変を望んでおります。そこで、貴女には私達の協力者になって貰いたいのです」
「最果てのーー影矢くん達を裏切れって事ですか?」
「その通りです。貴女が彼等に協力しているという事は貴女も世界を変えたいと望んでいるのでしょう?しかし、彼等と共に行けば破滅しか待ち受けていません。例えブレインの破壊が成し得たとしても、世界は混乱し、やがて人類は滅亡の一途を辿るでしょう」
「そんな事はーー」
「無いとは言い切れませんよね?最果て北部の集落では現在暴動が起きていませんが、それは人数も少なく、差別化がきちんとされているからに過ぎません。ブレインを破壊し、層の移動が自由に出来てしまえば皆が中心地という最高の環境を求めるのは当然では無いでしょうか?」
柴田の熱弁を受け、星奈は感じるものがある。彼の言う通りなのだ。現在、層の移動が自由に出来るものたちによって、暴動が起きていないのは一重にブレインのおかげと言える。
ブレインを破壊する事によって、ブラックリスト制度自体が無くなってしまった世界では、人々は混乱し、破滅の一途を辿る事になるだろう。
「ーー柴田さん達は私に何を望むんですか?」
星奈がそう言うと、柴田は紳士らしく柔らかい笑顔で笑った。
「特に何も望みはしませんよ。知っていますか?我々の中には貴女のファンが大勢居るので、士気向上の為というのが目的です。各言う私も貴女のファンですよ」
「はぁ……」
(この人気持ち悪い)
星奈は柴田には見えないように苦笑いを作った。最初に出会った時は彼に好印象を持っていたが、今までの言動により彼の評価は地の底に沈んでいった。
柴田の言葉で論破されてはいるものの、実の所、未だに影矢が犯人だとは信じられない。
勘でしか無いが、柴田の雰囲気は何処と無く怪しい気がしたのだ。
そこで星奈は、この場は協力を約束し、後日羽柴に連絡を取り、再度確認してみる事を決めた。




