抜け道
最果てへの出張から帰ってきた星奈は、持ち帰った資料をまとめ、キャンペーンの準備を進めた。
層移動についての項目は出張前に完成し残りは最果ての資料のみとなった。
此方も星奈の持ち帰った資料のおかげで難なく進み、BLCでは「簡単!BLとは?」キャンペーンが始まった。
武田の力により、他の課との連携を取ったおかげで、予期していなかった成果が出た。当初予定していた二つの項目とは別に、ブラックリスト申請にあたっての注意事項や、報道の意味と重要度などにも着手し、より大きな取り組みとなっていく。
このキャンペーンが始まり、数ヶ月が経過した頃、相談件数やブラックリスト申請件数が徐々に減って来た為、キャンペーン項目が増え、より分かりやすいものに変わっていった。
以外と知られていないブラックリスト申請の条件や、最近増えた法則などを纏め、パンフレットにして配布したり、BLCの休日を利用して層民の方々への理解を深めて貰おうと勉強会を開いたり、という取り組みに発展してきた。
ここまで大きく発展してしまうと、相談窓口の面々のみでは対処しきれなくなる。
その為、新たにキャンペーン用の特別チームが結成される方針となった。
メリットに感じた各課より一人づつ人員を出し合い、休日の勉強会やパンフレットの更新作業を行うチームだ。
相談窓口からは誰を出すのか検討する為に緊急会議が開かれた。
会議といってもチームに参加出来そうななのは女性陣だけなので、三人で行う話し合いに近い。
一番年上という事で一宮が会議の司会を務めた。
「まず皆に聞きたいんだけど、ここまで大きな取り組みになると思った?」
星奈も対馬も首を大きく横に振り、否定した。こんな事態になると誰なら予想出来ただろうか。自分達の仕事の量を減らす為、差し当たって相談件数を減らす為の取り組みが、今では他の支部まで真似を始める程大きなものに変わってしまった。
星奈もこれには驚きを隠せない。自分が最果てに行きたかっただけで、適当に考えた企画がこんな事になるなんて思いもしなかった。
「ーー相談件数は確かに減った気がするけど、人員を減らされたら元も子もない気がするのよね」
一宮は今も増える一方である仕事量を思い出し、大きくため息を吐いた。
つられて星奈もため息を吐く。
現在、最果て出張から三ヶ月は経とうとしているが、仕事の忙しさから協力者らしい事は出来ていない。
機械整備課の二人とは出勤の時に会う事もあったが、時間に追われまともに会話もできなかった。
さらに、今回設立される特別チームに配属となろうものなら、時間を作る事など完全に出来無くなってしまう。
「一宮さん、普通に考えて星奈ちゃんが行くべきだと思いますよ?キャンペーンの立案者ですから」
対馬の冷静な判断は正しかった。
星奈は二人から顔を逸らし、聞こえていないフリを始めた。
(うわーやっぱり言われた。なんて言って切り抜けようかなぁ……)
頭をフル回転させ、何とか逃れる術を探すが無情にも時間は待ってくれない。
「そうね。私もそう思うわ。今回の生け贄は星奈ちゃんで決まりね」
「待って下さいよ!私も……その……忙しいですから!」
歯切れの悪い星奈の言い分が通るわけもなく、直ぐに却下されてしまった。
「ーー皆忙しいわよ。この中で一番新人なんだから先輩の言う事を聞きなさい」
星奈はそれ以上反論出来ず、仕方なく引き受けた。
だが、結果として星奈にとってこのチームに参加するのは自分にとっての追い風となる。
BLCの空いていた部屋を使いチームの顔合わせに向かうと、そこには見知った顔があった。
「星奈ちゃん!久しぶりじゃない。貴女もここに送られたのね。お互い頑張りましょう」
雪菜は小さい体をぴょこぴょこ動かし、星奈に駆け寄ってきた。
「雪菜先輩もなんですね〜。頑張りましょう! それと岡田さんもよろしくお願いします」
「うちの課で一番若いのが僕だからね。知り合いが来ていて良かったよ!」
報道課の雪菜先輩、機械整備課の岡田、この両名に加え、層民課から若い男性職員が一人来ていた。
星奈が入って来た事で人数も揃いお互いが自己紹介を始めた。
自己紹介を済ませて分かった事だが、ここに集まった面々は、課の中で一番の若手職員という事実だ。誰でも出来る面倒くさい作業を押し付けられるのは何処の課も一番の若手という事だろう。
四人いる事から休日の勉強会は一週間毎の当番制にし、パンフレットの更新はその週の当番になっていない他の三人が行うという方針を決めた。
ここで星奈は不思議に思った事がある。何故機械整備課の人間がここに来ているのか、だ。
その他の事務課や映像管理課から人が来ていないの理由はよく分かる。課にとって全くメリットが無いためである。
機械整備課も同じ事だ。
疑問に感じた星奈は、顔合わせが終わり、解散後岡田を呼び止めた。
「岡田さん、機械整備課って何かメリットがあったんですか?」
岡田は、明らかに聞いて欲しく無さそうな表情を見せた。だが、少し照れた様子で話してくれた。
「ーーここだけの話何だけど……機械整備課に君のファンが何人か居るんだよ。このキャンペーンは君と関われるいい機会だって事なんだよ。まぁ名上はそんな事言えないから、他の課との関わりを持ついい機会なんて格好つけてるけど」
「ーーそうなんですね〜あはは〜」
星奈はドン引きした。それなら直接話し掛けてくればいいではないか、と。ブラックリスト制度の所為で世の中草食系男子しかいない事を再認識させられた。
彼らの行動は理解し難いものではあったが、星奈からすればいい餌だ。岡田を通して録音、録画の目が入らない箇所が本当にあるのかを聞き出してみようと決めた。
「それでさ、もし良かったら何だけど……今度うちの課の人間と合コンしない?」
「ん〜。先に色々聞いてみたい事があるんですけどーー少し前に噂で聞いたのですが、休憩所は録音も録画もされてないんですか?」
岡田の表情が厳しいものへと変わった。機密事項に関わる事をおいそれと話す訳にはいかないだろう。だが、星奈との合コンの為だと難なく話し始めた。
「そうだよ。上の人の計らいで昔そんな取り決めが出来たらしいよ。他に街の中にもあってーーこれ以上は……本当は禁則事項何だよ?」
「え〜そこまで聞いたなら聞いてみたいですよ」
甘えるように話す星奈に、岡田はメロメロの様子だった。その後、街にある幾つかのポイントを聞き出す事に成功した。
「それでさ、合コンの話なんだけど、どうかな?」
またしても遊びの誘いだが、これに対する断り文句は既に考えてある。
「最近、仕事が忙しくて暫くは難しいと思います。残業ばっかりでまともに帰れない事が多いですから」
「そうだったんだ。じゃあさ、個人的に星奈ちゃんの連絡先を聞いておいていい? 仕事終わりとか愚痴でも聞くよ!」
星奈もこの提案には驚いた。集団ナンパしかできないかと思いきや個人的なお誘い、しかも連絡先交換からなのは好印象だ。
岡田の見た目は完全にタイプ外ではあるが、性格の方は良いような気がした。
なので、友達として岡田との関係を作っておいても良いか、と思い至り彼に連絡先を渡した。
その夜、岡田から聞き出した抜け道に行き、星奈は羽柴に連絡を取った。
「もしもし?星奈さん、協力してもらう事にお礼を言ってませんでしたので、先に言わせてください。ありがとうございます」
電話に出たのは影矢だ。
先程岡田から仕入れてきたばかりの情報を影矢に渡すと、改めて感謝を告げられた。
影矢に渡した物は仕入れて来たもののうちの一部だ。BLCの周りにあるビル街のいくつかの区画や、中心地に入る為の門の近くなどを含めた計10箇所程。
星奈はそれ以外にも聞いていたのだが、一回で覚えられなかったので、無かったことにしたのだ。
「これで支援者や協力者の方を勧誘できる場所が増えました。それに、俺たちが行動を起こす時の集合場所にも使えそうですね」
「そうなの?集合するだけならどこでも良い気がするのだけど」
電話の向こう側でため息が聞こえた気がした。
「録音、録画以外にも抜き打ちで監視モードに切り替えている箇所もあるみたいなんですよ。大人数で集まっている箇所は音声だけは聞かれていたりしますので、それだけで計画が破綻する事もあります。取り敢えず、ありがとうございました」
「なるほど……影矢くんって頭良いのね、先に私も言っておきたい事があるんだけど、私は協力はするけど影矢くんの考え方には全部は賛成できないの。だから、影矢くんの行動が可笑しかったら協力をやめることもあるわ」
「ーー構いませんよ。暫くの間は殺しもしませんし、隠密行動ばかりですよ。やむ終えない場合は仕方ないですけどね……その間だけでも協力して貰えれば十分です。それでは長電話も危ないのでこれで」
影矢との連絡も終わり、星奈は帰宅した。
次の日、BLCに出勤すると入り口から騒がしい様子だった。
喧騒の元になっている場所は各課に繋がる通路の脇道、休憩所から起こっていた。
星奈は人混みを掻き分け中心部に向かった。
そこにいたのは警察官と各課のトップ達、それと機械整備課の作業服を来た数人だ。
何があったのか、警察と話している武田に声をかける事は難しいので、星奈は周囲に知り合いがいないか見渡した。
丁度目が合ったのは対馬だ。彼女は毎朝休憩所でコーヒーを飲む習慣がある為、この騒動の原因も知っているだろう。
星奈は周囲の人の足を踏まない様に慎重になりながら、彼女に近寄った。
「対馬さん。何があったんですか?」
「全部は分からないのだけど、殺しがあったみたいよ」
殺しと聞いて最初に頭に浮かんだのは影矢の顔だ。やむ終えない場合というものが発生したならば、彼は本当に行動を起こすだろう。
「ーー犯人はもう分かっているんですか?」
「前に言ったわよね?休憩所は録音も録画もされていないってーー。簡単に言うわね。ここで犯罪が起きたとしても何があったのか分からないのよ」
「でも、暴力を振るった人は無条件にブラックリスト入りですよね?」
「そこが分からないのよ。どうやったのか、ブラックリストのシステムが作動していないらしいの。だからこんな大事になっているの」
それはあり得ないことだった。例えば間接的に物で殴った場合もブラックリストのシステムが作動する。それどころか、たまたま投げたボールに人が当たってしまい、怪我でもしたらそれだけでシステムが作動する。
スポーツなどの試合の場合はお互いが承諾済みの為問題は無いが、今回の事件もその類なのかもしれない。
だが、それだと疑問が残る。殺された者は承諾して殺されたという事になってしまうのだ。
星奈は自分が考えても仕方の無いことだと思い至り、まずは確認すべきことがあった。
「ーー殺されたのは誰かわかりますか?」
対馬は至って冷静な表情だが、若干の曇りを見せた。
「機械整備課の岡田って人よ」




