協力者
星奈の提案したキャンペーンは世間の皆に、ブラックリスト制度をより深く知ってもらおうという意気込みから、<簡単!BLとは?>という名目で可決された。
名前はその場のノリで武田が適当に考えたという事もあり、適当さが滲み出ているが、プロジェクト名など世に触れる事もないだろう。
律儀にこのプロジェクト名を口に出す者など居なかったのは、言うまでもない事だ。
そして、皆が何日も残業を行った結果、一月もしないうちに星奈は最果ての地への切符を手にした。
出発前、忘れないよう羽柴に連絡を取り、二日目の朝から向かうと告げた。
あくまで仕事で来たという事もあり、ホテルや飛行機の時間などは変更するのは難しい。
スケジュールはかなりハードなものだ。
前日の夜のうちに飛行機で四層へ向かい、初日は四層の門周辺の状況と地形や温度の差を記録し、環境の過酷さをまとめる。
この作業は簡単に終わる。ただ写真を撮り、四層、最果ての温度を測る。最後に門の守衛さんに話しを聞くだけだ。
二日目の予定は集落の現状を確認し、写真に収め、できる事なら集落にいる人々の話しを聞き、録画して帰るという内容だ。
以前集落に訪れた星奈であればこの内容も難なくクリア出来そうだが、集落の長である藤堂院をブラックリストに登録してしまった今となっては、難易度は跳ね上がっている。
孫の影矢や、羽柴を介して藤堂院本人に謝り、許して貰えたならその後人々と話しをする予定だ。
一日目は予定通り進み、お土産屋を回る時間を作れた。
二日目、星奈は朝早くから最果ての集落についた。午前中で雨が降っているわけでも無いのに最果ての地は暗い。だが、それも集落に着くまでの話だ。
先日来た時とは違い、辺りの人々は活気に満ちた雰囲気で動き回っている。
先に羽柴に連絡を取った事で星奈に警戒を抱くものは居ない。
子供達は楽しそうに駆け回り、じゃれ合ったりボール遊びをしたりしている。
大人達の行動は様々だ。僅かな水を桶に溜め、昔ながらの方法で洗濯をしている者、木材を使い新しい家屋を作る者など様々だ。
どれも最果ての過酷な状況下の中行うにはキツイ作業だろう。
だが、人々の表情は明るい。まるでこの辺り一帯のみ光が差しているのでは、と錯覚を起こしてしまいそうだった。
星奈はすれ違った人々に挨拶を交わし、長の住む小さな建物へと向かった。
建物の扉をノックし、中からの返答を待つ。数秒も経たないうちに影矢の声が聞こえ、中に入るよう促された。
建物の中の家具の配置が以前と違う。部屋の隅にあった布団が無くなり、一人分の毛布も消えている。
見た所一人分の荷物だけが置かれている様子だった。これは何もおかしな事では無い。
星奈はクラスメイトをブラックリストに入れた経験がある。その時もこの様な状況だった。
一人分の机、椅子、荷物など、本人に関わるものは全て見えなくなり、干渉する事すら出来なくなる。そこには何も存在していないかの様に見えるのだ。
それこそがブラックリストの真に怖いところだ。確かにそこに物や人が存在しているにもかかわらず、何も見えず何も聞こえない。
周囲の人々から見たら不可解な現象だが、触れようとしても身体が通り抜けてしまうのだ。
星奈はこの状況になっているとわかっていた為、深々と頭をさげて影矢に謝罪した。
「影矢くん、ごめんなさい。藤堂院さんを私のブラックリストに入れてしまいました!だから、間接的に謝罪をしたいんだけど……お願いできるかな?」
これを聞いた影矢は引きつったように苦笑いを浮かべているが、それは当然の事だろう。星奈が自分の父をブラックリストに入れたと話している上に、その仲介をしろと言うのだ。
影矢からしたら、星奈に対して不快で仕方ないだろう。
何とか藤堂院に謝りたい星奈は、もう一度影矢にお願いしてみた。
「影矢くん、本当に申し訳ないんだけど、何とかお願いします!」
「ーー祖父は……もう居ませんよ」
「えっ?」
星奈は、影矢の発した言葉の意味が理解できず間抜けな声を上げた。
影矢は苦笑いを止め、真面目な表情を浮かべ話しを続けた。
「祖父は先日亡くなりましたので、今は俺が祖父の代わりに長をしてます。何か用事がありましたら俺が聞きます」
その表情は16歳とは到底思えない程の威厳があった。身振り手振りは勿論のこと、その声色も集落のトップとして相応しいものだ。
武田などの会社の上司とは抱えているものの重さが違うのだ。星奈は影矢の風格に、気圧されそうになりながらも何とか会話を続ける。
「えっと……先ずはお悔やみ申し上げます。まさかそんな事になってるとは思っていなかったのでーー」
「いえ、羽柴さんが伝え忘れたと言っていたのでそれは分かっていました。ブラックリストに入れているとまでは考えてませんでしたが」
影矢の表情は一切動いていないのだが、完全に怒っているのだと理解できる。
「本当にごめんなさい! 仕事の上司に言われて仕方なくーーっていうのは言い訳ですよね。本当にごめんなさい」
もう一度頭を下げる星奈の態度を見て、影矢の表情が少しだけ柔らかいものに変わった。
「そうだったんですね。貴女の職業は知っています。仕事を無くす事にならなくて良かったと思いますよ」
「分かってくれてありがとう!」
「いえいえ、それでここに来たご用件は?」
自分が来た目的を思い出し、仕事を始めた。
「あのね、今回は仕事で来たって言うのと、藤堂院さんに相談したい事があったんだけど……」
「ーーあ! もしかしてニューレストがイカれているって気付きました? 」
その言葉を発した影矢はとても無邪気なもので、先程までの威厳ある態度が無理をして作っていたのだと分かった。
(この子、平然とそんな言葉が出てくるって凄いわね。今は影矢君が長って言っていたし、言っちゃおうかな)
「イカれてるっていうかね、色々と思うところが出てきて……私が今の制度に耐え切れなくなっちゃって、どうしたら良いのかなって」
「そんなの簡単ですよ。ニューレストのトップを消せば良いんです」
「え?どういう事?」
「あれ?分かりませんか?ブラックリスト制度を管理しているブレインごと壊してしまえば良いんです」
それは驚愕と呼ぶにふさわしい言葉だった。最果ての地にいる人々はニューレストに対し、何かしらの不満を持っているのは分かっていた。
だが、影矢の言葉はそれ以上のものを感じる。
憎しみという言葉すら生温い程の物だ。星奈からするとそんな危険な思想に同意する事など出来ない。
何があって彼がここまで言い切れるのか聞いてみる事にした。
「影矢くん、あなたはブラックリスト制度の廃止がしたいっていうこと?」
「ん〜半分位は正解ですかね? 他の人はそれだけの目的で動いているみたいですよ。ブラックリスト制度が無くなればまた1層に戻れる人もいますので。ですが、俺はニューレストも一緒に消すべきだと思っていますから」
星奈は唖然とする他なかった。
彼の言葉が正しいのなら、この集落の人々は明るく振舞っているだけで、皆が神様に喧嘩を売るテロリストという事になる。
「ーーニューレストの中には良い人も居るかも知れないのよ?」
「分かっていますよ。俺の祖父がそうでしたから。なのでトップに立つ人間だけは絶対にヤッて、それ以外は選別します」
「ーー君、狂っているわよ」
星奈は自分の口を手で押さえた。だが、吐いた唾は飲み込めない。ついつい口に出た言葉だったが、星奈は心底後悔した。影矢が怒っている素振りを取っていないのが唯一の救いだろう。
それどころか彼の表情は歳相応の明るいものとなっていた。
「あはは! お爺ちゃんにも言われたことがあります。そんなに変かな? まぁ、俺の考えに賛同してくれとは言いませんよ。俺たちの求めているのは協力者ですから」
「どういう事? 」
「今も何人か居るんですけど、BLCの情報やらニューレストの情報やらを探ってくれる人が必要なんです。僕らファーゼストだと疑われて出来ませんからね。貴女は今の制度に疑問があるんでしょう? それならうってつけだと思いますけど」
影矢の言葉は正しいのかも知れない。彼自身の思考は恐ろしいものだが、最終的な行動以外は正しい行為な気がした。
星奈は疑問を浮かべるだけで何もしないというのはもう嫌だった。
世界を変えたいという思いは同じだろう。
それに、彼の言う通り直接行動しない分、気持ちとしては非常に楽なものだ。
だが、そう簡単に決められる事でもない。
そこで星奈は、一度保留としまた改めて羽柴の携帯に連絡すると告げた。
「俺も直ぐに決断しろとは言いませんよ。もし協力して貰えるのなら機械整備課?でしたっけ?その人達に接触してもらって監視の穴を聞き出して貰いたかったんですが……」
「監視の穴って……そんなのあるの!? 」
「そんな事も知らなかったんですか? BLCの各支部にある休憩所は全部監視外っていうのも分かりませんか?」
自分より年下の影矢に馬鹿にされた気がして星奈はムキになって答えた。
「それ位は知ってるわよ!私も馬鹿じゃないの」
顔を真っ赤に腫らし、膨れる星奈の表情に、影矢から笑いが溢れた。
彼の笑顔は今まで見せていたモノとは違い、とても無邪気なものだった。おそらく彼の素直な感情が溢れ出したのだろう。
彼からしたら素を出してしまった自分が嫌だったのか、不服そうな素振りを見せ、なかった事にした。
「それよりも、仕事で来たんですよね?そっちの用事は済まさなくて良いんですか? 」
星奈も思い出したように自分の持つ、携帯電話の時計を確認した。
長く話していたが、聞き込みの時間位なら何とかなりそうだ。
これ以上私用に時間を使うわけにもいかず、星奈は仕事に専念し始めた。
目的の通り建物や風景の撮影をしたが、影矢の要望で人々だけは映さないようにした。
その後、羽柴のような元層出身者の人、そしてこの集落で産まれた人とそれぞれ対談し色々な話しを聞いた。
彼等と話すうちに星奈は、幾つか知らなかったことがあった。
層から飛ばされて来たものは基本的に諦めという感情がある。自分自身で行った行為により飛ばされたのだから仕方のない事だと、理解しているのだ。
残してきた家族が心配という感情と共に、罪悪感も抱いている事が分かった。
そして、層移動とは全く違い、最果てに飛ばされるというのは文字通り「飛ばされ」るのだ。
普通に暮らしていても気付いたらこの地へ来ていたのだという。
その後は最果ての門より先に入れないのだそうだ。ブラックリストに人を登録した場合と同じく<見えない>のだそうだ。
つまり、諦めるしかないのだ。
この集落で産まれた人々に共通しているものは、皆が皆ニューレストを恨んでいるというものだ。
この過酷な環境下に人々を飛ばしておいて、自分達はのうのうと暮らしているのが我慢ならないのだそうだ。
そして、自分の親族をこの地へ飛ばした結果、自分自身がこの劣悪な環境の中生きていくしかないという状況が嫌で嫌で仕方ないのだ。
後者の場合だと、四層や三層辺りに仕事に出て集落の人々の支援を行い、その後帰って来なくなる者が多いという。
前者の場合は、影矢とまではいかないがブラックリスト制度自体の廃止を望み、行動している者が多いようだ。
この集落で産まれた人々の考え方は影矢の指示により記載しない。仕事には活かせないが、それでもこの事を聞かせたのには影矢なりの考えがあったのだろう。
星奈は仕事を手早く済ませ、飛行機の時間に間に合うように集落を出た。
今回帰りの案内をしてくれたのは羽柴だ。
数ヶ月の間この地に住んでいた事で道は覚えてきた、という事だった。
羽柴に案内され門の内側まで送ってもらい星奈は最果てを後にした。
羽柴と話しをしたところ、彼も元々協力者であった事を知らされた。
まだ協力を約束していない星奈に詳しく言う事は出来ないが、星奈と接触したのもその過程で行ったものらしい。
羽柴と別れ、飛行機で一層に向かう途中星奈は影矢に協力するべきなのか考えた。
もしかしたら羽柴の様に、自分も最果てに住むことになるかもしれない。それでも世界の為になるのかもしれない、と。
様々な考察を巡らせたが、ふと思いついた。
<自分は考えるのが苦手なのだから感じるままに動けばいい>と。
飛行機を降りた星奈は羽柴に連絡を取った。




