BLC
全二十三話分、10万文字程のものです。2日に一度5話の投稿予定です。
ブラックリスト1[BLC]
地球は丸い。今でこそ知らない人が居ないが昔の人々はどう考えていただろうか。それは世界は平面で最果てまで行くと落ちるというものだ。
物理学の観点から考えてそんな事はあり得ない。
もしそんな世界が存在するならば昼と夜の概念や、季節の概念がない世界となるのであろうか?
答えは違う。我々の常識とは我々の世界でしか通用し得ないのだから。
この世界は平面である。昔の人々が考えた様に最果ては存在する。星に裏側などはなく、落ちてしまえば何処までも落ち続ける世界。しかし昼と夜の概念も、季節の概念もある。
にも関わらずこの世界が保てているのはのは、一重に神様の存在が大きく関わっている。
学者達はいうだろう。神は不干渉である、と。神は傍観者である、と。だがこの世界の神は違う。生物の誕生だけではなく世界に大きな規則を作った。
「ブラックリスト」
絶対の法で人々が平和に暮らすための規則である。それを犯すものは最果ての地へと追いやられる。更にはその仕組みすらも神々が管理しているとされる。
強制的に絶対的な法則。
[相手の承諾無しに暴行を加えた場合]
[盗みや詐欺を行った場合]
[その他、他人に不利益を与えた場合]
以上の何れかに当てはまる場合、有無を言わさずにブラックリストに登録される。
例えば第1層に暮らす一人の会社員の男性に当てはめてみよう。
彼は今月、女性社員に暴言を吐き、更にはセクハラを迫ろうとした。当然、女性社員からブラックリストに入れられるのだが、ブラックリストに入れられるとどうなるのか。
答えは簡単だ。
お互いに接触不可能となった。触れることはおろか話しかけることも、目視する事すらも不可能となったのだ。
その為、間接的に接触するしかない。だが、関節な行為も度が過ぎた場合は他のものにもブラックリストに入れられてしまう。
このケースでなにより重要なのは<個人に対して>しかブラックリストに入れることは出来ないという点。つまり、会社員の男性に着眼点を置いているという点だ。
これらの法則は神様が作った法則。
高い所から物を落とすと落下する。火は燃える。人は水の中では呼吸が出来ない。
それらと同じだ。
この世界の人々はそう信じて生きている。
事実としてそれに意を唱えるものなど居ない。
誰もがそう思っていた。
ーー
大学を卒業後、ブラックリスト管理委員会(通称BLC)に見事就職する事が出来た石橋星奈二十二歳もそういった一般常識は身につけている。
彼女の住むこの区域は第一層と呼ばれ、四層ある世界のうち一番治安の良い区域である。数字が若い順に世界の中心に、逆に高い数字になるほど世界の最果てに近くなる。外側に行くほど環境や気候が悪くなっていく。
その為、誰もが第一層に憧れる。
彼女の家族は元々第一層に住んでいた為、管理委員会に就職するのはそこまで難しい事では無い。
管理委員会は現代で言う警察や、公務員の様な立場にあるため、常に人手が足りないのが現状なのだ。
しかし、第一層以外の地域のものがこの仕事に就く事は困難を極める。治安の悪い地域に住むものに管理を任せるわけにはいかないのだ。
ではこの階層の違いは何なのか。そこの階層主からブラックリストに入れられたかどうかによって変わる。
余程の事が無ければ、元いた階層に戻る事が出来ない。
その上、第一層と他の階層ではいろいろな面で待遇が違う。
税金、治安、自然の環境。様々な事柄が中心地である第一層のほうが優遇されている。
では、星奈の場合はどうなのか。誰からもブラックリストには入れられず、健全そのものの生活を送ってきた。
ブラックリスト制度を素直に受け入れ、報道されていた人を親に言われてブラックリストに入れた事もある。
何不自由無い生活を送ってきた彼女にも、平和過ぎる生活のせいか欠点がある。
大学を何とか卒業し、管理委員会にギリギリ就職できたといえばよく分かるだろう。
周囲と比べて勉強が出来ないのだ。ようは馬鹿なのだ。
ーー
就職先も決まり一人暮らしを始めた星奈は初の出勤日を迎えた。
本来であれば日が昇りきる前に目覚め、身支度を行うべきなのだが、今は太陽が真上に来ている。完全に遅刻だ。
しかし、星奈は未だに布団の中で眠りについている。
その容姿は当然化粧をしていないものの、とても綺麗な顔立ちで、寝ている仕草すらも可愛らしく思える程だ。
昨晩の寝相の所為か、栗色の髪の毛はボサボサで、だらしなく乱れきっている。
彼女はゆっくりと身体を起こし背筋を伸ばす。徐々に覚醒していく頭は、自然と掛け時計の方に視線を向けた。
時間は正午過ぎ。星奈は自分の状況を飲み込むとすぐさま立ち上がり身支度を済ませた。
仕事用のスーツに着替え、朝ご飯は食べず、急ぎ様に仕事場へと向かった。
BLCの待合室に着くと、美形な顔立ちにふちのないメガネをかけている男性が腰掛けていた。ピシッと伸びた背筋、シワひとつないカッターシャツ。その容姿から、仕事の出来る人といった印象だ。
この顔が鬼の様な形相を浮かべて居なければ、星奈は一目惚れしていたかもしれない。
「石橋さん、初日からこんな時間に出勤とは、どういうことですか!?」
「本当に申し訳ございませんでした。朝から大金持ちになって豪遊し、中心地に住める夢を見てまして……」
「君は仕事を何だと思っているんだ! これだから顔だけで選ばれる奴らは……まぁいい。とりあえずついてきなさい」
星奈は新人ということもあり、ある程度仕事が分かるようになるまでの間彼が教育係りとして付いて回る予定だ。
彼の名前は北条薫。面接の時から事あるごとにお世話になってきたのだが、今回、彼は完全に怒っていたる。
当たり前だろう。どこの世界のどこの職場であろうと仕事の時間に遅れるなどありえないのだから。
絶対に暫く説教を受けると考えていた聖奈だが、それは間違いだった。彼も自分の仕事を割いて新人である星奈の教育を担っているのだ。暇な訳がない。
遅刻した事については異例ではあるが、初日から残業をさせるという罰で片がついた。
今回の採用は星奈の一人だけなので、集団で教えられるということはない。
その為、出勤後直ぐに会社の中を一通り案内された。
一言でBLCといっても幾重にも部署が分かれている。
大まかに分けて層民課、映像管理課、報道課、機械整備課、事務課、相談窓口、そして総合管理課などがある。
新人の星奈が配属となる部署は、ブラックリスト申請を迷っている人の相談を受ける相談窓口である。
第一層の治安の良さから、相談だけで終わるケースが多い為、一番忙しい部署だと言える。接客業に近いため、先の北条の言っていた通り容姿で選ばれる事が多いのだ。
他にも総合的な事務課などもあるが、今回北条に案内される予定はない。
面接の時に一度行った事がある為その時間を省いたのだ。
最初に訪れたのは最も重要な層民課だ。一人の層民として星奈も来たことがあるが、職員として中から見た場合の景色は全く違うものだ。
忙しく動いているのは表向きだけで、裏ではゆったりとくつろいでいる者たちが何人もいる。
その中の一人の男性が此方に気づいた様子で近寄って来た。無遠慮に星奈の身体を舐め回す様に見た後にゲラゲラと下品な笑いを浮かべて話し出した。
「お前が新しい新人か?初日から遅刻とかすごい度胸じゃないか?どれ、俺様が直々に指導をーー」
いやらしい目つきで星奈の肩に手を伸ばそうとしたその時、北条が二人の間に割って入った。
「もう既にうちの上からお叱りを受けてますので。指導は必要ありません」
北条のその言葉に怯んだ素振りを見せ、舌打ちをしてから元いた場所に戻って行った。
層民課は区役所や市役所の様に人が入り乱れ、様々な手続きを行っている。
結婚届けや引越し届けなどに加え、一番重要なブラックリスト登録申請が主な仕事となっている。
次の映像管理課へと向かう途中星奈は先程のお礼をした。
「先程は助けていただきありがとうございました!私、どうしたらいいかわからなくて……」
「構いませんよ。ああいう腐った輩が多いから我々BLCが変な目で見られるのです。次に向かう課も原因かもしれませんが……。それと、何かされそうになったら私に言いなさい」
無表情ではあるものの彼からは優しさを感じ取ることが出来た。勿論何かあれば自身のブラックリストに入れれば済む話なのだが、入れずに済むならそれに越したことは無い。
(この人大真面目なんだろうな〜私と正反対かも)
自分の怠けた性格とは真逆で真面目な彼に尊敬の眼差しを向けつつ、次の課へと到着した。
映像管理課ではブラックリスト登録申請書に記載されている場所と時間を確認し、膨大な録音、録画データと照らし合わせ、事実かどうかを確認している。
先程と同様ここも暇そうだった。第一層の治安の良さから仕事量も少ないのだろう。
層民課との違いは部外者が一切立ち入れないという点だ。
データの照会も一人一人しか行えない様に個別のスペースを設けている。これは個人情報漏洩防止という観点から作られた仕組みだ。
職員が勝手にデータを見ようものならば、退職どころか一気に最果ての地へ飛ばされる可能性だってある。
全世界、余すことなく録音、録画とはこういった細かい制約があってこそ出来ることなのだ。
層民課とは違い、案内されたのは場所と中がどんな感じになっているか、というだけで紹介が終わったのも制約があるからだろう。
次に向かったのは報道課。
ブラックリスト登録申請が受理され、その理由が他の人にも悪影響を及ぼすとされた場合や、暴力や盗みなどの犯罪を行った者はインターネットやテレビを通じて常に報道され続ける。
ここではその報道データの管理や重要度などの会議を行っている。
この課には星奈の大学の先輩、雪菜がいるのだが、忙しなく動いている彼女は手を軽く振るだけですぐ様自分の仕事へと戻って行った。
この課はテレビ局の様な雰囲気で先程見てきた二つの課とは違いとても忙しそうだ。
「ーー私ってここに飛ばされたりしませんよね?」
あまりに忙しそうなその雰囲気から、星奈は自分には出来るわけがないと確信した。
だが、仕事とはそんなに甘いものでもない。
北条は眉間に皺を寄せ星奈を睨みつけた。
「お前がダラけてたらここに飛ばしてやるよ」
(この人絶対性格悪いダメ人間だ!)
次の課に向かう途中星奈は自分の上司にあたる北条に見えない様に舌を出した。
幸い彼にはバレ無かったが、近くで掃除をしていた少年にその仕草を目撃されてしまった。
星奈達は外部からの進入が絶対に許されない職員用の通路を使い、各課を回っている。にも関わらずその場で掃除を行う少年に、警戒心を抱いた星奈は北条に彼の素性を聞いてみた。
「あぁ、あの子は小玉津雲君だ。小さい頃からここで掃除係をしている。中心地に住んでいるニューレストの方々のお子さんとかで、お手伝いに来ているそうだ」
「へぇーそうなんですね。16歳くらいなのに凄いですねー。ニューレストの人達って働かなくていいのかと思ってました」
ニューレストとは第一層より更に内側、中心地に住む人々の名称である。
中心地にはブラックリストのシステム管理をするブレインと呼ばれる機械が鎮座している。
ブレインは超重要機器の為、誰彼構わず中心地に入ることは許されない。入ろうとしただけで最果てに飛ばされることだってあり得るのだ。
そして、星奈の言う通りニューレストは働かなくても支障はない程裕福な暮らしをしている。
世界の中心地。その生活は王族や貴族のように優雅な環境の中にあるという。
神の作った設備らしく、ブレインが壊れることなどありえない為、彼らの仕事は侵入者がいないかをチェックするだけだ。少なくとも星奈はそう思っている。
「お前の言う通りあの子は特殊だろうな。以前聞いたときは社会勉強と言っていたが……あの子に負けないように見習えよ」
軽く説教も受けつつ次に着いたのは自分の配属となった相談窓口だ。
事務課は無いにしても他の課はどうなのかと疑問に感じ、北条に尋ねてみることにした。
「機械整備課は立ち入り禁止だ。法律で習わなかったのか?昔テロリストが侵入したことがあったからな」
「なるほどー。噂程度だと思ってました。じゃあ総合管理課はなんで行かないんですか?」
北条は頭を抱え完全に呆れた素振りをみせた。
「あのな、総合管理課は層から排除する人物を正当なのかどうか判断する場所だぞ?お前みたいな新米が行けるわけ無いだろ」
個人情報の次にーーいやそれ以上に大事なのは層への侵入権だ。これが無ければこの第一層には入れない。そのため、故意に追い出そうとする輩が出てくることを見越して総合管理課では厳重な管理を行っているのだ。
星奈は話半分に聞き、自分の職場である相談窓口の面々と顔合わせを始めた。




