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「(うへぇ…)」
「(これ、今分かる情報の全てじゃない? 後半は置いといて。)」
「(まあ、これくらいしか分からないからな…。でもどうする? 出だしからボロを出せと言っているんだが。)」
「(うーん。前半は白紙で出そっか。(4)は『はい』にするとして、後半の(5)と(6)は何書こっか。)」
上井さんはあっさりと凄いことを言った。
俺のような小心者に『白紙で出す』というのは恐怖の対象でしかない。しかも名前まで書かないというのは、絶望でしかない。
「(そうだな…世界地図とかは欲しいな。現在地分からないし。)」
「(そうだね。じゃ、それ書いて提出だ〜。)」
というと上井さんは尻尾で器用にプリントをキャッチして、俺の手の上に乗せた。えっ、俺が出すの?
真下の上井さんを見ると、「当然でしょ?」とばかりに首を傾げられた。えぇ。やだよ〜。
「皆さん書けましたか?……………良さそうですね。では、ペアのどちらかが直接先生のところに提出して下さい。」
ガタガタガタッと皆が動き出した。
最初に出した人を見ると、どうやら裏を向けて重ねるらしい。これなら大丈夫そうだ。
俺はスッと合間を縫って重ねて、至って普通に席に戻った。うん。大丈夫のはず。
タンタンッと安芸先生が整え、封筒に入れた。何かテストの答案の回収みたいだな。そんな封筒、使わなくてもいいのに。
「では、あなた達も積もる話はあるでしょう。20分取りますので、暴れるのと遊ぶのは禁止ですが、情報交換などの会話は許します。他学年には行けませんが、他クラスになら行っても構いません。20分経ったら強制的に元の場所に戻されます。では、また来週。」
スタスタスタスタ………ガララッ、バタン。
先生が出て行くまで、皆は呆然と見送っていた。が、扉が閉まると、防波堤が決壊したように騒ぎ出した。
他クラスに走って行く者もいれば、普通に喋る人。
確かに積もる話があれば、20分はむしろ短いのだろうが、今の俺達には要らない時間だった。
「(トイレにでも行く?)」
「(どこぞのボッチみたいだけど、仕方ないね。根掘り葉掘り聞かれるよりはマシだからね。)」
上井さんの了承も得て、俺達はひっそりと扉から出た。幸い、引き止められるようなことはなかったので、比較的スムーズにトイレに着いた。…そういえば、俺は女子トイレに入れば良いのか?
ぺしぺしぺしぺし、と上井さんが右(女子トイレ)を示す。う〜分かったよ。入れば良いんだろ?
俺は鍵が掛かっていない個室トイレに迷わず入り、便座に腰を下ろした。…………あぁ、暇だ。
「………キヒッ」
「ッッッ!」
隣の個室から気味の悪い声が聞こえた。一体どうしたのだと言うのか。俺はそういうホラーに免疫は無いからやめてほしいんだけど。
「この力さえ、この力さえあれば……あいつを殺せる……クヒッ」
ガクガクガクガクガクガク………!
怖い怖い何言ってんのこの人。声は女だけど、中身はそうとも限らないが、いやいやそんなことはどうでも良くてこんなことを考える奴が怖い。大方虐められていた奴だろうが、そんな呪詛のような口調でそんなこと言わないでよ。この力って、どんな力なの? 呪いなの? そうなの?
それから、ひたすら俺は隣からの呪詛を聞き流して、体を震わせていた。元の中学だったら気持ち悪いの一言で済ませれたけど、この場合、それは意味を成さない。気持ち悪いではなく、恐ろしい、なのだ。
「(な、なあ。もうここ出ない?)」
「(うん。そうしよ。まだ根掘り葉掘り聞かれた方がマシだよ。)」
ゆっくりと音を立てずに解錠し、ゆぅぅっっくりと扉を開く。足音も何もかもを出さずに、忍者のように俺達はトイレを出た。
廊下はとても賑やかで、俺達は蛇行するような足取りで人を避けながら教室へ向かう。
教室に着き、時計を見るとまだ5分しか経っていなかった。あり得ない。
特にすることも無かったので、さっきの席に座ってポケーっとする。
……そういやここ、神殿とか言ってたけど、どこなんだろう。窓の景色は学校そのものだけど、やはり転生したのだろうか、埃やシミ、ヒビなどの汚れや損傷が一切ない。よくよく見れば床の木が少し違うし、カーテンの肌触りが高級品の感じがする。
続いて俺は、これからのことを考え始めた。
あー、あのダークエルフの村からどうしよう。村に住むのも良いんだけど、折角異世界来たんだから色んなところを回りたいな。ゲームみたいに仲間とか増やしたい。
「なぁ。お前誰とも喋らないのか?」
「え?」
振り向くと、あのキングメタルスライムとゴーレムが居た。ペアなのか?
「あーいや。別に責めてる訳じゃ無いんだが、その、なんだ。ショック受けてるんじゃねぇかって思ってな。余計な世話だと分かってるんだが。」
「ごめんなさいね。こいつったら1度そう思うと話し掛けないと気が済まない人だから。……ってああ。人じゃなくてスライムね。」
「……まぁ。そういうことだ。」
……まさか、同級生からそんな気遣いをされるとはな。
気遣われるなら、不自由そうな体に転生したあんただろうに。
俺は口を開きーーーっと、女言葉だったな。
「お気遣いありがとうございます。ですが私は大丈夫ですよ。私、こんな姿ですからあまり名前を言いたく無いんです。だからボロが出ないようにわざと喋っていないんです。」
俺は簡潔に理由を述べ、微笑んだ。
いやぁ。自分から話しかけないとは言っても、誰か話し掛けてくれるんじゃないかと思ってしまうのはよくあるだろ? 俺も正直そう考えたりしてたから、この気遣いはとても嬉しい。
「………」
キングメタルスライムが目を見開いた。そういう発想は無かった的な反応だろうか。
「…そ、うか。なら、しょうがねぇな。何か相談があればいつでも聞くぜ。まあ答えれるかどうかは別だがな。」
キングメタルスライムは、颯爽と……とは言えないが、気持ち格好良く背を向けて去っていった。そして扉を、ヌポンッ!、と抜けて廊下に消えて行った。ああやって扉を通ってたんだ。驚き。
「優しい人だったね…」
「そうだな。あいつは、ああいう奴だ。」
恐らく、あいつは高川 優斗だろう。あいつは色んな奴を気遣える優しい奴だからな。
なんか、ああいう奴を見てると、名前を隠してることが少し恥ずかしくなる。けど、そんなことで名前をバラしたりしたら、何が起こるか分からない。
「亜人差別………か…」
嫌だなぁ。そういうの。
でも、それは俺が亜人側だから言えることなのだろうか。
「どしたの、いきなり。」
「いや……何かシビアな世界に来たなぁって思って。」
俺はぐでぇっと机に突っ伏す。おお! 胸が押し潰される感覚がある! 素晴らしいっ!
「まあ、私達が甘い所に居ただけで、地球だっでシビアな所はシビアなんだよ?」
「そうか…」
確かに、そうだな。
難民とか、色々あるもんな。ただ、俺たちが知らないってだけで。
キーンコーンカーンコーン…
チャイムが鳴る。
そして、最後の余韻が響き終わった瞬間、俺の意識は途切れた。