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「猿……と言いますと?」
一応、詳しい情報を聞いておく。
まあ、多分知らなくても勝てるだろうけど、自意識過剰で死んだらヤダよね。
【死因:自意識過剰による戦死】とかね。
「デカイ猿でな。体高……3〜5mはあるな。あと腕が4本ある。」
「腕が4本ですか…」
うへぇ。それって上手くバランス取れるの? それに腕回しにくくない?
「しかも腕が伸びる。最大10mだ。正直気持ち悪い。だがその腕のせいで近接戦闘が難しくてなぁ。」
高さ5mで、腕が4本あって、しかも伸びる。気持ち悪い要素満載だな。これ以上は流石に無理だぜ。見ただけで嘔吐しそう。
「極め付けは、約10匹で群れて行動することだ。もう一手間掛けるなら、全部顔が同じでしかもブサイクで体臭が運動した後の足の裏の百倍臭い。全部実体験だ。」
「「すみません、無理です。」」
俺は分かりやすく顔を覆って。上井さんは尻尾で鼻を隠した。
「ああいやっ、嘘だ。ああ冗談だとも。信じてくれ。というか、彼奴らを追っ払ってくれ! この通り!」
村長はベンチの上で土下座した。
その奇行をなんだなんだと見る目が俺に刺さる。
「分かりましたからっ、その土下座はやめて下さいっ、周りからの目が痛いですっ!」
慌てて言い繕うと、村長が「本当かっ!?」と顔を上げた。あうっ、健全な中学生には厳しいキャニオン(敢えてグランドは付けない)が目に飛び込んできた。目に良くて健全な中学生に悪影響なんて矛盾しているよね!
「ええ。それと…その、む、胸がですね…」
目線を逸らしてからちゃんと伝える。谷間に猫挟んでる奴が何言っとるんだと自分に突っ込みたくなったが、それはそれ、これはこれだ。
「ん? ああ、君は初心だな。女同士だというのにそこまで顔を赤くするなんて。」
確かに年齢的に見ればまだ子供だけどっ、俺は男だ!
…と言いたいが、口が思うように動かないし、言ったところで何になる。面倒な種を自分から撒くような行為に等しい。
っていうか上井さん。いつまでも鼻を塞いで首を横に振ってないでフォローしてよ! どれだけ運動した後の足の裏の臭いの百倍の臭いが嫌なの!? なに、もしかして俺が臭いの!? ねえそうなの!?
「う…そ、それは兎も角ですね、その荒らされてる畑っていうのはどこなんですか?」
俺は話を強引に戻した。あれ以上話を続けたらボロが出る気がしたのだ。面倒な事はなるべく避けたい。
「そうだな。彼奴が出るのは大抵夜だから、今の内に案内しておこう。」
おもむろに立ち上がると、村長は俺に手を伸ばした。顔がニヤけている。からかっているのだろう。
「1人で立てますって。」
俺は平静を装い立ち上がった。多分顔は赤くない。
「むぅ。ここは照れるかと思ったが。」
「そこまで俺は乙女じゃありませんよ!」
突っ込むと、村長は不思議そうに首を傾げた。何だろう。今何か言ったか? 乙女じゃないのは事実だろ?
………あっ。
「もう。秀太くんったらもう少し女の子らしい口調に直せば良いのに。ねぇ村長さん?」
「…ああ。そうだな。私は少し口調が男っぽいが、一人称が『俺』の女は初めてだよ。しかし女が乙女である必要は無いと私は思ってるのでな。まあ口調を変えたらより魅力的になるとは思うが。」
上井さんナイスアシスト。お陰でオウンゴールは免れたぜ。
……え? 上井さん。その目は何? え、本気で言ってるの? やめてよそんなことしたら俺変態じゃん。
「良いんです。俺はこのままでいくんです。そんなことはさておき畑に行きましょう。」
多分口調変えたら俺の中の何かが変わってしまう気がする。それだけは避けないと。
その畑は結構な荒れ具合だった。作物が乱雑に食べ捨てられたり、足跡が物凄いある。足跡の来た方向からすると、どうやら魔王城とこの村を結ぶ線の延長線上から来たらしい。少し遠くに葉の色が紫の森があるから、そこに生息しているのだろう。
「あそこの森に猿が棲んでるんですよね?」
「ああそうだ。」
「じゃあそこに行って倒せば良いじゃないですか。」
子供の理論だが、これも一つの手なのだ。
「それが10匹だったら出来たんだが、奴らは100匹ほど居てな。それでも減った方なんだが…」
100匹………そこの森は相当臭いだろうな。
体育の剣道の防具でたまに物凄く汗臭いのがあるけど、それを超えるのだろうか。竹刀振るのは楽しいんだけどね、あれ、臭いが手とかに残るんだよ。
「…ボス猿が居てな。村一番のアイフは、ギリギリ優勢だったところに現れた奴のせいで撤退するしか無かったそうだ。それで、森に攻撃を仕掛けるのは中止することになった。」
…話を聞くと、どうやら殲滅するに越したことはないが手段がない、という感じか。まあ俺たちがやっても良いだろうけど、流石に100匹だとやられそうだし、追っ払うだけで良いならそこまでする必要は無い。出来れば戦いたくないからね。
「そうですか。そう言えば、そのアイフさんって、遠出してるって言ってましたけど、何をしに行ってるんです?」
「食糧確保が主だな。」
村長はそう答えた。
やはり、この畑だけでは足りないか。
「アイフはアイテムボックスが使えるから、相当量入れても移動に支障はないんだ。あの森を迂回してしばらく行くと大きな都市があるから、そこで魔物を売って、その金で食糧を買うんだ。」
「なら、その都市に移住すれば良いんじゃないの?」
上井さんがさも当然のように聞いた。俺も同感だ。
しかし村長はおかしな事を聞いたとばかりに笑った。意味が分からない。
上井さんが軽く睨むと、村長は笑いを収めて真剣な顔になった。
「この世界は亜人差別が大きくてな。我々ダークエルフもその例に外れない。だからこうやってひっそりと村を作って暮らしているんだ。多分魔人も同じ扱いだろうな。猫又は…最悪魔物と同類と誤認される。君達も人間の都市に行くなら気をつけた方が良い。特にシュータ。君の青い肌は魔人の中でも上位に多い。これを知ってる者は少ないが、実力者にいきなり襲われるかもしれないからな。」
「そ、そうだったんですか。すみません。何も知らないのに…」
「すみません…」
まさかそんな、シビアな事情があっただなんて。地球でもそういう差別はあっただろうけど、実際に目の当たりにしてみると心が痛む。
「今やこの魔大陸の人口人間が半数以上だからな。時間の流れは怖いよ。昔は亜人しかいなかっていうのに。」
そう言う村長はどこか遠い目をしていた。もしかしたらその時間を見てきたのかもしれない。
村長は振り払うように首を振った。そして俺に向き直る。
「そんな顔をしないでくれ。…そうだな。畑は案内したから、次は村を案内しようか。まだ君達は村に馴染めていないからね。」
そういうと村長は歩き出した。
「異世界でも現実は現実なんだね…」
「…そうだな。」
ここへ来て初めて、自分が浮き足立ってたと思い知った。
そして夜までじっくりと村を案内された。
そして。
「猿が来ましたぁ!」