プロローグ
「……あ?」
「質問があるなら挙手を。」
今、俺は苛ついている。
「俺は今、誰が寛司を虐めたのかと聞いたんです。先生の意見なんて聞いてない。」
それはこの教師にでもあるし、自分にでもある。
「ですからさっき言ったはずです。後ろばかり見るのではなく、前を見なさいと。」
でも、
「論点をずらすな! あんたがその詭弁で納得しててもなぁ、俺はそれじゃ納得できねぇっつってんだ!」
こういう奴は許せない。事実を知ってるってのに、何も言わない奴が。
「…あなた1人が納得したところで何になるのです。」
今、何故こういうことになったか。
「……あぁ?」
それは、俺の親友である寛司が、何者かによって虐められていたことが分かったからである。
「それに、加害者の名前を上げて、どうなるのです。あなたは、どうしたいのです。」
俺は寛司から相談を受けて、真っ先に先生に報告した。
「洗いざらい吐き出させてやる。理由によっちゃ、痛い目にも遭ってもらう。」
先生は真っ先に調査した。そして、大体のことは分かったとさっき言った。
「それです。それが、いけないのです。」
そして俺は、誰が寛司を虐めたのかを聞いた。
「はぁ? 犯人を見つけて事情を聞くのがいけないだぁ?」
そして今に至る。
「犯人である人物はとは、私と寛司くんとで話を付けます。部外者であるあなたが知っては、犯人である人物が露見するのは明白だ。そうなっては、犯人である人物の居場所が、ここから無くなってしまう。」
「ふざけるんじゃねぇ! 人を虐めるような奴に居場所があってたまるか! 悪いのは犯人だろうが! それくらい甘んじて受けろよ!」
「そうはいかない。犯人である人物はきちんと反省している。更生の為にも、居場所は必要だ。」
「あんたは………先生は、何でそこまで、犯人を庇う?」
一旦深呼吸して、冷静になる。
「叱るべき生徒は叱り、反省した生徒には平穏な学校生活を送らせる。私にとっての先生とは、そういうものだからです。」
「寛司の気持ちは……?」
一瞬、先生の顔が歪んだ。
「寛司の気持ちは、どうなるんだよ…? 確かに、犯人は反省すりゃいい話だ。だけど、寛司の心の傷はどうなるんだよ…? あんたは、寛司に、何をするつもりなんだ…?」
心の傷は、深ければ深いほど癒しにくい。
そんなことくらい、先生は分かっているはずだ。
「カウンセリングなどを行うなどして…」
「寛司のことはっ、二の次だって言うのか!? 犯人なんてゴミクズよりも寛司を気遣うべきじゃないのか!?」
「ゴミクズなどではない!」
「「「「「「「っっっ!」」」」」」」
俺や、今まで静観していたクラスメイト全員が息を飲んだ。
この先生は、今までで1度も怒鳴ったことはないと噂の先生だった。
故に、体が先生を恐怖する。
「寛司くんのことは考えなければならない! しかし! 寛司くんはついさっき保健室で眠りについて、話が聞けない状況にある! 寛司くんは犯人のことを話すだけで体が震える程心が弱っていたんだ! なら、犯人と相対した時の為にも、犯人には十分以上に反省してもらわなければならないのだ!」
先生は俯いて、両手を机に叩きつける。
「不用意に犯人の名前を流して何になる! 犯人の居場所が無くなり、優しい寛司くんならばまず間違いなくそれを気まずく思うだろう! 他人の口は止められないが、私の口なら閉じられるのだ! 事実を隠すことで得られる平穏があるんだ!」
それを言われたらもうどうしようもない。
けど。けど。
間違ってる。こんなの。
だって、そんなの、蓋の上に立ってるようなものじゃないか。
事実を封した蓋の上に、立ってるだけじゃないか。
そんなのは本物の平穏なんかじゃない。
俺はそう思った。
だから口にした。
「そんなの平穏じゃねぇ! 偽物だ! あんたの言うのはただ取り繕っただけだ!」
「ああそうだとも! 私は私に出来ることをやっている、それがそれしかなかった、ただそれだけだ!」
「寛司はそんなの望んじゃいねぇ!」
「なら君が本当の平穏を作ればいい。君は寛司くんの親友なんだろう? なら、君が動け。」
俺は言葉に詰まった。
そうなのだ。言ってしまえば、それまでだ。
先生がいうカウンセリングも。平穏も。
先生に押し付けるんじゃなくて、俺がやればいい。
でも、俺は多分出来ないだろう。
何故ならば、俺は寛司の親友だが、寛司のことに全く気付けていないからだ。
「そ…れは…」
「自分に出来ないことを他人に押し付けるなんて奢がましい。」
ピシャリ、と先生は断言した。
完全に論点がずれているし、ツッコミ所もあったが、今の俺には反論できなかった。
先生がいなくなって、クラスは騒ぎ出す。
やれ先生が怖かっただの、やれ犯人は誰だろうだの。
「秀太くん………大丈夫…?」
「……ぁぁ。」
挙句、隣の席の上井 翠さんに心配される始末だ。
「お、おい鈴木。お前よくあそこまで先生に反論できたな…」
微妙なフォローをしてくれたのは友達の夕山 恭平だ。
「あぁ………くそッ。」
俺は頭を掻き毟った。
思い通りにいかない。分かり切ってることだけど、実感すると嫌になる。
それから色々と話しかけられたが、耳から耳に流れていった。
その日は、寛司はずっと寝ていたので、俺は1人で帰ることにした。
翌々日。
学校に行くと、寛司の姿があった。
「か、寛司っ!」
「………」
「だ、大丈夫だったか…?」
恐る恐る問う。
しかしこの問いが間違いだったと、俺はすぐに知ることになった。
「なんだよ…」
「えっ?」
「昨日、あいつが何つったか分かるか? 『ごめんなさい。2度とこんな真似はしません。本当に申し訳ありませんでした。』だぞ?」
普段の寛司からはあり得ない口調と声音だった。
しかも、昨日先生が言っていたような怯えは全くない。むしろ怒っているようだ。
ごくりと、固唾を飲む。
「しかもその後先生が『出来れば許してやって欲しい。』なんて抜かしやがったんだ。」
ざわざわと、登校してきたクラスメイトが入ってくる。
「なぁ。秀太。これっておかしいよなぁ?」
「……あぁ……うん。」
「だよなだよな! そうだよな、やっぱお前は親友だわ秀太。」
寛司が手を伸ばしてきた。
俺は悩む前にそれを掴み、上下に振った。
…多分今、一瞬でも戸惑ったらヤバかった気がする。
「こんな学校。クソ食らえだ。あんな教師が居る学校なんて、廃校になれば良いんだ。」
それは違う。と言いかけてやめた。
今の寛司は自分の意見が否定されると爆発しそうに見えたからだ。その微妙な間を補完するように、チャイムが学校に響き渡る。
「あーあ。こんな世界とはおさらばして、異世界にでも行きてぇなぁ。」
……今日の寛司は明らかにおかしい。
やはりショックが大きかったのだろうか。目は胡乱げだし、言動がそもそもおかしい。異世界だなんて、ほとんど口にしてなかったのにーーー
ズドォォオオオン!
床が、地盤から揺れたかのように振動した。
続いて、体に違和感が生じた。
生まれ変わるかのような、そんな感覚。
そして、
「キターーー」
という寛司の声を最後に、俺の意識は飛ばされた。
「………な、にが…」
という女声によって、俺の意識は覚醒していった。
目を開けると、目の前に青い肌をした手があった。
「うおっ!」
女の驚く声を合図に、反射するようにその手が離れた。なんだ? 何がどうなってる?
その手の人物を探るべく、視線をスライドさせていく。
手首、腕、肩………えっ嘘?
「これ……俺か…?」
目の前に手をかざす。そしてグーパーを繰り返す。
綺麗な青い肌の手が、俺の意思通りに動いている。髪を引っ張ると、赤い髪が掴まれていた。
何度か引っ張る。頭皮に引っ張られる感覚があることから、自分の髪だと断言出来る。
「あ〜。」
声を出す。と、聞きなれない女の声が聞こえた。
発生源は、勿論俺だった。
不意に、鳩尾あたりが痒くなったので、手を伸ばすと、ある柔らかい物質に手が当たった。
今までで経験したことのない感覚だった。
視線を下ろすと………大きかった。
左上に、『役職:魔王』と表示されている。
え、色々と状況が飲み込めないんだけど………まさかの………まさか?