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Tri ALLs -トライアル-  作者: 木偶 坊
第一章 それぞれの立ち位置:佐井本編
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異世界の鬼

「……なんだこれ」


少女のおでこに生えた二本の角を見て一言。


「…………」


フードの端を引っ張り、おでこを隠す。

俺は何も見なかった。



何はともあれ、人? が倒れているのは事実だ。

やるべきことは一つだろう。


バイクグローブを外し少女の首に手を当てる。

温かい人の熱と共に、ドクン、ドクンと脈打つ血管の感触が俺に伝わった。

生きている。


耳を少女の口元に近づけ、胸元を見る。

吐いた息が俺の耳をくすぐり、呼吸に合わせて彼女の胸元が上下しているのが確認できた。

呼吸がある。


目立った外傷も無く、疲れが溜まって倒れただけのようだ。

応急手当の必要は無く、とりあえずは大丈夫だ。


さて。

この子どうしようか。


冷や汗で濡れた顔を一筋の風がさらりと撫でる。

風はそのまま少女の被っているフードに収まり、フードは落下傘のように膨らむ。

膨らんだことで隠していた二本の現実がまた、俺の目に入った。



鬼が出るか蛇が出るか。



そんな諺がある。

俺の目の前にいる二本の角が生えた少女はどう見たって鬼のそれだ。


目覚めたら俺に喰らい付くことも有り得る。

いっそのこと見捨ててしまうか?


そんな考えが一瞬脳裏をよぎったが、彼女はおでこのそれ以外は人間の子供と同じだと。

俺は何の為に彼女の元まで近づき、生死の確認までしたのかと。

こんな世界だからか。

こんな状況だからか。

ある意味やけになっていた俺の良心がそれを振り払った。


「…………よいしょっ、と」


俺は俺のリュックと少女の背嚢を胸に掛けて彼女を背負う。



鬼が出るか蛇が出るか。



この世界では蛇みたいな最悪な生物がいた。

蛇しか見ていないこの世界では鬼みたいなのが仏に見えることは確かだ。

少なくとも、人の形をしているし。


蛇が駄目なら鬼に運命を委ねるしかない。

願わくば、この鬼に人の言葉と俺の良心が分かってくれる事を。






「別にここまで運んで来なくても、こっちから行けばいいのに」


俺が少女を運ぶや否や、セローが俺に言った。


「あ」


そう言えばそうか。


「で、この子生きてるの?」


「死んでればここまで運んでこない」


俺は少女を降ろし、中身を抜いた俺のリュックを枕代わりにして、セローの影に寝かせる。


「あ、この子角生えてる」


まるで「この子顔にほくろついてる」と言うように、大して驚きもせずにセローは言った。


「あまり驚かないな」


「自分が喋れることに比べたらね」


「……それもそうか」


「どうするつもり?」


「取りあえず起こしてみるか」


ゆさゆさと少女を揺さぶる。

反応は無い。


「起きないわね、ほんとに大丈夫なのこの子?」


「脈も呼吸も正常だ。熱も無いし、汗もかいていない。この気温じゃ熱中症という訳じゃ無いだろう」


「多分、疲れが溜まっていただけだと思う。無理に起こすのも良くないし、しばらく寝かせておこう」


「あの「芋虫」が来たらどうするの?」


「さあな、来ないように祈るしかないだろ」


俺はセローのエンジンを切り、少女の近くに座った。



――――――――



何時間経っただろうか。

辺りはすっかり闇に覆われ、空には星と月が輝いていた。

輝く星月が暗い闇夜を僅かに照らし、俺を少しばかり安心させる。

夜風が鼻に入ってくる。

澄んだ空気だ。

日本で見た星空よりも遥かに多くの星が見えるのはここが地球じゃないからという訳だけではなさそうだ。


……月が二つもあるのはここが地球じゃないせいだろうな。


星の海に輝く二つの月を見る。

見ている内に段々と、二つの月は三つになっていき、四つになっていく。

そして目の前が真っ暗になったかと思うと、舟を漕ぎながら頭が沈んでいった。

気付くと地面を向いていた俺は慌てるように前を向く。


「ねえ、大地」


セローが俺を呼ぶ。


「ど、どうかしたか?」


俺は眠りかけていたことを取り繕うように声の調子を高くするが、雑な繕いはすぐにバレてしまった。


「少し眠ったら?」


「だけど」


「疲れてるんでしょ? 何かあったら大声で呼ぶわよ」


「お前は寝なくていいのか?」


「バイクが眠ると思う?」


「……ありがとな、少し寝る」


「おやすみ」


「ああ、おやすみ」


プロテクターを外し地面に寝転がる。

寝転がると、栓を抜いたかのように疲れがどっと溢れて来て、身体が一気にだるくなる。

地面は固く寝心地は悪いが、この様子ならすぐに眠れそうだ。


俺は瞼を閉じる。





―――――――――




朝日が眩しい。

朝まで眠っていたが、俺が起きた時少女はまだ眠っていた。

プロテクターを付け、準備体操をすると腹の虫が唸る。


「それにしても、腹が減った」


昨日の朝飯から何も食べていないことを思い出す。

いい加減、何か食べないと体がもたないな。


「リュックの中に何か食べる物は無かったの?」


セローが尋ねる。


「口に入れるようなものはお茶しか入ってない」


「じゃなくて、あの子のリュック」


少女の背嚢に目が行く。

重い背嚢には旅に必要な多くの道具が揃っているのだろう。

当然、食料も。


「いや、流石にそれは……」


まずいだろ、と。

俺は言いかけるが、言葉に詰まる。

非常事態じゃない限り、他人の荷物を漁るのは非常識だと思っていたが。

もしかしなくても今は非常事態だ。

許されるのではないか?


そんな事を考え、少女の背嚢に手が伸びるが、いやいや駄目だ、と思いとどまる。

行き場を失った手は少女の肩へと伸び、身体を揺さぶる。

これで起きなかったら、その時は仕方がない。

彼女の背嚢を漁ろう。


「おい、起きろ。朝だぞ」


「…………ん?」


起きた。

やっと起きた。

意外にあっさりと起きた。


むくりと体を起こすと被っていたフードが脱げて、二本の角と寝起きでボサボサになった髪が露わになる。


「……お前らは誰だ?」


こちらをじろりと見て一言。

目が赤い。

白目じゃなくて、黒目の色が。

赤い目のせいか、おでこに生えた角のせいか、見た目とは裏腹に落ち着いた物腰のせいか、彼女には妙な威圧感があった。


「……俺は佐井本大地、こいつはセロー」


やや緊張した心持ちで俺は自分とセローの名前を言う。


「よろしくね」


セローの言葉には緊張の色は無かった。


「お前はこの近くで倒れていたんだ」


「……そうか、礼を言うぞ」


そう言って肩まで掛かるボサボサの黒髪を手で梳きながら、キョロキョロと辺りを見回す。

どうやら自分の背嚢を探していたようで、見つけると自分の手元まで近づけた。


……とりあえずいきなり噛みつかれる心配は無くなったと、俺は安堵する。


「お茶があるけど、喉乾いてないか?」


俺は足元に置いてあった銀色の水筒を掴む。

キャップがコップになっている魔法瓶で、お茶をコップに注ぐと水筒の中で僅かに残っていた氷がカラコロと音を立てる。


「もらおう」


コップを受け取ると少女はしばらくお茶の匂いを嗅いでいたが、何か合点がいったような顔をするとゴクゴクと飲み始めた。


「なあ」


お茶を飲み干し、ふうと溜息をつく少女に俺は話を切り出す。


「何だ?」


「ここは何処で、君は誰だ?」


「わしの名はラナフィ。旅人をしておる」


ほれ、とラナフィは俺にコップを返す。

自分の事を「わし」と呼ぶ女の子は初めて見たが、彼女の落ち着いた物腰を見ると異様に似合っているように感じた。


「ここは『魔大陸』の『レーヴ平地』だが、お前らは何も知らずにこの地にやってきたというのか?」


「ま……たいりく?」


俺は水筒にコップを締める手を止める。


「何それ」


セローが呟く。


「その様子じゃ何も知らんようだな」


ラナフィはポリポリと頭を掻く。


「俺たちは気が付くとこの世界に居たんだ」


「……異世界から転移してきたとでも?」


赤い両目を細めて訝しげに俺を見る。


「転移? ……多分、そうだと思う」


「転移魔法くらいは知っておろう?」


「魔法とかあんのかよ!!?」


魔法。

さらっと言われた爆弾発言に俺は驚く。


「……ふむ」


俺の反応を見て、ラナフィは思案する。


「なあ、一からこの世界の事を教えてくれないか? ほんとに何も分からないんだ」


「良かろう、ところでサイモト……だったか?」


背嚢を開き、何やらごそごそと漁り始めるラナフィ。


「ああ、何だ?」


「もう飯は食ったか?」


「昨日の朝から何も食べてない」


「そうか、ならば飯にしよう。この世界の話をしながらな……ほら、干し肉だ」


ラナフィは自分の背嚢から赤みがかったクリーム色の物体を取り出す。

本人が干し肉と言うからにはこれは干し肉なのだろうが、手渡された時には目を疑った。

これは肉なのか?

それ以前に食えるのか? と。

五ミリくらいの厚さで三十センチくらいの細長い帯状の物体は固く、爪で引っ掻くとカリカリという音を立てた。

肉特有の筋や繊維があり、辛うじてこれは肉だと認識できるが、


「ありがとう……これ何の肉だ?」


少なくとも牛や豚、鶏の肉ではないことは確かだ。

率直な疑問をラナフィにぶつける。


「聞かずともよいではないか。食いたくないのか?」


「いや、食べるけどさ……」


いただきます、と恐る恐る一口。

とにかく固い、そして味が薄い。

何というか、淡白な味だ。

得体の知れない謎肉だが、何も食べずに過ごすよりはマシ……なのかもしれない。




―――――――――



謎肉を食べながら、ラナフィから話を聞いた。


・この世界は『グロフ・ロード』と呼ばれる異世界らしい。

・この世界には『魔法』と『練武』と呼ばれる超能力の概念がある。

・『魔法』は呪文を唱えたり魔方陣を書いたりして発動するらしく、まるでRPGゲームに出てくる魔法にそっくりだった。

・『練武』はオーラのようなものを纏って身体能力を強化するものらしく、少年マンガとかに出てきそうな特殊能力みたいだった。

・『グロフ・ロード』はひと繋がりの大陸だが、人が多く住む東側の『人大陸』と『魔物』が多く住む西側の『魔大陸』に分かれている。

・『魔物』には、知性があり人語を解する『魔人』とそれ以外の『魔獣』に分かれる。

・ラナフィは『魔人』の中の「亜人」という種類に分類され、「芋虫」(『ワーム』と呼ぶらしい)は『魔獣』に分類される。

・『レーヴ平地』は『魔大陸』の北側にある平地で、ここからもう少し行くと街があるそうだ。


……ここまで壮大な世界だと、困惑とかを通り越して何だかわくわくしてきた。



「そこのお前、セローとかいう名前の」


ラナフィはくるりと後ろを向き、セローを指差す。


「私?」


突然話し相手を切り替えられ、セローは少し驚いたような声を出した。


「そうだ。お前はゴーレムか?」


「ゴーレム? 私はバイクよ」


セローは否定する。


「バイク?」


「乗り物だよ、俺の世界の」


俺がそう言うと、ラナフィはこちらに向き直る。


「そのバイクというのは喋るのか?」


「喋らないんだ。だけど、こっちに来てからセローは喋るようになったし、動くのに必要な燃料もここに来てから必要なくなった」


「ふーむ」


ラナフィは再び思案する。


しばらく話をしたのだが、この娘相当賢い。

物腰も落ち着いていて、まるで大人みたいだ。

見た目十歳くらいなのに。


もしかするとファンタジー世界でありがちな「見た目は子供、中身は仙人」みたいなやつなのかもしれない。

実年齢が気になるところだ。


「ラナフィ」


「何だ?」


「ずっと気になってたんだけど、今何歳?」


「わしがラナフィとしてこの世に生を受けてから、十年が経つな」


「十歳かよ……」


俺は愕然とする。

見たまんまだった。

聡すぎだろこの娘。


――――――――――


「で、お前らはこれからどうするつもりなんだ?」


ラナフィが思考を巡らせて数分。

思い立ったように彼女は俺たちに話を切り出す。


「どうするも何も、俺は元の世界に戻りたいんだよ。親も心配するだろうし、帰還の旅だろうな」


「ならばその旅、わしが案内してやろうか?」


「帰り方を知っているのか!?」


「大方の見当はついておる」


自信有りげにラナフィは答える。


「是非ともお願いします!!」


せめて誰かいる街まで案内してくれ。

そう言おうと思っていた俺にとっては願っても無い話だった。

両手を合わせ、頭を下げてラナフィに頼み込む。


「ただし、条件がある」


「何だ?」


頭を上げるとラナフィは何だか嬉しそうな表情をしていた。

そしてセローを指差し、言った。


「そのセローとかいうのはお前らの世界の乗り物らしいな?」


「乗りたいのか?」


俺がそう言うとラナフィは唇の端をにやりと吊り上げ、


「分かっておるではないか!」


テンション高めにそう言った。

あ、何だかんだ言ってこの娘子供だ。



それにしてもオフロードバイクに乗りたいとは、分かっておるではないか。



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