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Tri ALLs -トライアル-  作者: 木偶 坊
第一章 それぞれの立ち位置:佐井本編
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オフロードバイクは燃費が良い

赤茶色の大地をより一層赤く染めながら、太陽が沈んでゆく。

夕日が綺麗だ。

どうやらこの世界にも日の出と日の入りがあるらしい。

太陽が東から西に沈むのかどうかは定かではないが。


「どうするのこれから?」


地面に座り込んだ俺に、バイクが問う。


「どうもこうも、ガソリンが完全に無くなったらもうお終いだろうな」


見渡す限りの地平線。

ガソリンスタンドなど、有る筈も無く。

タンクはからっ欠。

もって十数分だろう。


「私が動かなくなったら、大地は私を捨てるの?」


バイクは悲しげに俺に言う。


「捨てるわけないだろ。干からびるまで押してやる」


即答だった。

それが途方も無く無茶なことは分かっている。

オフロードバイクは軽いとはいえ、重量は100㎏を軽く超える。

リュックにお茶の入った水筒があるが、それだけで何kmもつだろうか。


干からびるのが先か。

力尽きるのが先か。

飢えるのが先か。


それとも「芋虫」に食われるのが先か。


例えどうなったとしても、俺は。


「そう、良かった」


バイクが安堵の声を出す。


「と言うかさっき大地って」


俺はふと、バイクが俺の名前を呼んだことに疑問を覚えた。


「何? 名前合ってるよね?」


「合ってるが、何で知ってるんだ? 教えてないだろ?」


「知ってるわよ、自分の持ち主の名前くらい」


そういうものなのか。

何か、感慨深いな。


「……そうか、それなら俺もお前を名前で呼ばなきゃな。まんまだけど、セローはどうだ?」


「ほんとにそのまんまじゃない」


セローは笑った。





「よし、休憩終わり」


立ち上がり、尻に付いた土を払う。

バイクに跨り、セルを回す。

聞き慣れたエンジンの音が調子良く響く。

この音も、聞き納めだ。

ガソリンの最後の一滴まで使い切ろう。



「大地」


セローが俺の名を呼ぶ。


「何だセロー」


「あんなこと言っておいてなんだけど」


「あんなこと?」


「私が動かなくなったら、って話」


「おう」


「私、もうガソリン無いんだよね」


ガソリンが無い。

そんな事は承知の上だ。


「? それが?」


何やら俺とセローでは理解の齟齬があるらしく、セローはウーンと唸る。


「いや、だからさ」


「うん」



「ほんとならもう動かない筈なんだよ、私」



「…………え?」


「一時間くらい前にはもうガソリンは無かったの」


一時間前。

丁度俺たちが「芋虫」から逃げていた頃だ。

その時には既にガソリンは尽きていた。

と、するとだ。


「え、ちょっと待ってちょっと待って」


「何?」


「お前何で動いてんの!?」


今セローが出しているこの調子の良いアイドリングの音は何だという話になる。


「……気合い?」


「気合いでバイクが動くかぁ!!」


バイクはガソリンで動くんだ!

そんなアホな話があってたまるか!


「動かないも何も、実際気合いで動いてるんだし」


「え、何それ怖いほんと怖い」


オフロードバイクは燃費が良い!

気合いで走るこの「SEROW250」は尚の事!

何とガソリンを使いません!

勿論、二酸化炭素排出量も全くのゼロ!

環境にも当然優しいです!さすが国産車!

お求めの方はお近くのバイク店か、またはYAMAHA正規販売店「YSP」まで!




ふざけるな。

冗談じゃない。




「ほら早く発進して」


バイクが急かす。

ギアを一速に入れ、クラッチを繋げるとさも当然のようにバイクが動き出す。


「うわ動いてるよほんと何これもう意味分かんない」


頭が痛くなってきた。




―――――――



「大地!ちょっとストップ!」


バイクで移動を再開して三十分くらい経った時だった。

バイクがいきなりそんなことを言い出した。


「何だ? また何かあったのか? もうたくさんだ」


俺はうんざりだった。

これ以上訳の分からないことが立て続けに起こると頭がどうにかなりそうだ。


「左の方に人影っぽいのが見えたの!だからストップ!」


人影。

その言葉に俺は反応する。

バイクを停めて、ギアをニュートラルに入れる。


「左?」


「ほ、ほらあそこ!」


何処だよ。

指も指せないのにあそことか言われても。

俺の両眼はしばらく動き回っていた。


「あー……ああ!?」


しかし俺の両眼は一点に定まった。

左斜め前、20メートル程先で風に揺らめくボロ衣。

ゴミかと一瞬思ったが、そのボロ布からは明らかにズボンを穿いた人間の足が飛び出していた。

よく見れば背嚢のようなものも身に着けている。


やっと、人に会える。

そう思ったがただ一つ、気がかりなことがあった。


あの人が「うつ伏せ」になっていることだ。


乾燥した大地。

どこを向いても赤茶色。

二時間ほどバイクで移動したが、水のあるところは一つも無かった。



嫌な予感しかしない。

だがしかし、手遅れじゃない可能性も無きにしも非ず。


「ちょっと待ってろ!」


セローにそう言ってヘルメットを脱ぎ、バイクから降りる。

そしてその人の元へ全速力で駆け寄る。

着いて早々俺は驚く。


小さい。


恐らく小学生くらいの年齢の子供だ。

フードが付いたカーキ色の外套は裾や袖の部分がぼろぼろにほつれ、風ではためいている。

俺が先程ボロ布と見間違ったのはどうやらこれのようだ。

フードを被っており頭部の様子が見えないが、この子が無事であることを祈って俺は大声をあげる。


「おい大丈夫か!? 聞こえるか!?」


反応は無い。


仕方が無い。

この子を、「裏返す」か。

まずはこの子の状態を見る必要がある。

せめて、まともな状態でいてほしいが。


年期の入った薄茶色の背嚢をこの子から外す。

極力身体の方は、特に頭部は、見ないように。

バイクのグローブ越しに力無き腕の感触が伝わり、手が震える。


「……重いな」


荷物が詰まった背嚢は、この背丈の子供には重すぎるのではないのかと思う程、重かった。

この荷を背負い、乾燥した大地を延々と踏みしめたであろうこの子は、一体何を思ったのだろうか。


そしてこの子を裏返す。


「……ッ!」


……つもりだったが、中々勇気が出ない。

最悪のパターンだったら、トラウマ必至だ。


「ええい、くそ!」


深呼吸を一つ。

目を瞑り、一気にその子を裏返す。


「…………」


薄目を開けて顔の方を見る。

目に入ったのは想像よりもずっと綺麗な肌。

カサカサに乾いているわけではなく。

グズグズに腐っているわけでもなく。

血色の良い、生きている人間のそれと同じだった。


「……!?」


一先ず安心した俺は、しっかりと目を開けてこの子の顔を見る。

そして一先ずの安心は一気に彼方へと吹っ飛んだ。


できもの一つない肌。

長い睫に高い鼻。

適度に厚みを持った唇。

十年経てば間違いなく美人と言われるであろう、整った女の子の顔。

そして、彼女のおでこにかかる黒髪を三つに分けるように、



にょっきりと。



二本の角が生えていた。



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