一方その頃
「無い!無い無い無い無い無ーーーーーい!!!」
とあるビジネスホテルのエントランスで大声が響く。
何だ何だと周りにいた人が振り返る中、声の主である栗色の髪の女性、デューラは顔に焦りの表情を浮かべて身体のあちこちに手を当てている。
ただ事ではない様子に一緒に観光していた数人がその女性の元へと近づく。
「何だ、デューラ? 一体何が無いってんだ?」
ガタイの良い男、フィゴールが自身の金髪頭をデューラに近づけて尋ねる。
「残念だけど、貴女の胸は後にも先にも無いままなのよ?」
妖艶な女性、フレーヴィスが冗談めかしてデューラに向かって言う。
彼女の身体の動きに合わせて、綺麗な長い黒髪と放漫な胸が揺れる。
その様子を目の当たりにしたデューラは眉をピクリと動かす。
「財布が無いの!私の!あと胸の話は関係無いから!」
「財布が無いだって? 落としたのか?」
少し驚いたフィゴールは自分の服の胸ポケットに手を当てて「俺のはあるな」と呟く。
「盗られたのかもしれないわね、ほら、貴女って鈍臭いから」
「鈍臭いって何!? フレーヴィス、さっきから私に喧嘩売ってんの!?」
顔を赤くして青筋を立てたデューラはフレーヴィスに詰め寄る。
「二人とも、喧嘩したら色々面倒なことになるんだ、止めないか」
二人の間に割って入り制止したのは、まだ幼さを残す中性的な子供、ドゥだった。
「それに折角ここへバカンスしに来たというのに、そんな空気じゃ楽しめないだろ?」
「……そうね」
「分かったわ。デューラ、な か よ く しましょ?」
「このッ……」
ドゥの言葉に平静を取り戻すデューラであったが、フレーヴィスの煽りに彼女は顔を再び真っ赤にする。
「フレーヴィス、私は止めろと言ってるんだ」
「ごめんなさい、一々反応が可愛いから、ついからかっちゃうのよ。もうしないわ、「帰るまで」は」
そう言ってにやにやと笑みを浮かべるフレーヴィスをデューラは睨んでいたが、何かに気が付き顔を真っ青にする。
「デューラ、失くした分の金は私が工面しよう……デューラ?」
「お待たせ、部屋の鍵持ってきたよ」
四人の元に帽子をかぶった青年、トートがホテルの部屋の鍵をフロントから取ってきた。
「おう、ありがとなトート」
「……さっきから何の騒ぎ?」
フロントの方まで聞こえてきたよと、トートはデューラの方を見る。
「デューラの奴が財布を無くしたらしい」
「ありゃりゃ、災難だねそれ」
「あーーーーーーー!」
再びエントランスに大声が響いた。
「今度は何だってんだ?」
喧しい奴だな、とフィゴールは眉を顰める。
「僕たち絶対迷惑な客になってるよコレ」
トートはデューラを見る顔を呆れ顔に変えた。
「マズい!『帰還の術式』財布の中だ!!私の『素力炉』もその中に置いてきたんだった!!」
「ちょ、それマズいなんてもんじゃないわよ!? 誰かがそれ触ったらどうするつもり!?」
「それじゃあ俺らどうやって『グロフ・ロード』に帰んだよ!?」
「ちょちょちょ!? 三人とも!? それは部屋入ってから喋ろうね!?」
デューラの一言はフレーヴィス、フィゴール、トートの三人を驚愕の表情に変えた。
「トートの言う通りだ。さっさと部屋に入るぞ」
ただ一人、ドゥは平然とした顔で喋っていた。
彼らは人間ではない。
幸運の女神、デューラ。
生命の神、フィゴール。
慈愛の女神、フレーヴィス。
叡智の神、トート。
そして世界神ドゥ。
彼らはこの世界とは異なる世界『グロフ・ロード』の神々だった。
これでプロローグは完結です。次回からしばらく佐井本編になります。