佐井本 プロローグ
バイクが好きだ。
だから俺は、バイクに乗ることに決めたのだ。
俺の親、特に母は高校生の自分がバイクに乗ることを快く思わなかったが、説得に説得を重ねることで何とか了承をもらった。
親を説得して、バイトして。
親を説得して、免許取って。
親を説得して、バイクを買って。
ようやく手に入ったこのオフロードバイクは
俺の宝物であり
俺の青春であり
俺の相棒だ。
「それじゃあ、行ってくる」
ヘルメットとプロテクターで身を固めた俺はバイクに跨る。
背にしているリュックには免許の入った財布と、お茶が入った水筒、タオル、そして幾つかのミニパイロン。
「ガソリンは……帰る時で良いか」
燃料の警告灯が付いていた。
タンクキャップを外しガソリンの残量を確認する。
残り少ないが、練習をする分には十分足りるだろう。
燃料コックを捻りリザーブタンクに切り替える。
セルを回しエンジンを掛ける。
トコトコと小気味良いエンジンの音が響く。
「発進!」
免許もバイクも、まだ手にしてから日が浅い。
今の俺に必要なのは、練習と、迷惑にならない場所だ。
目的地にたどり着く。
近所の河川敷公園だ。
ベンチ以外に何もなく、近くに広くて遊具がたくさんある公園があるため、
そっちの方に人が向かってしまいここには誰もいない。
しかしバイクの練習をするには十分すぎる広さがあり、加えて特に注意書きも無いため俺にとっては最高の場所だ。
持ってきたミニパイロンを地面に置き、簡単なコースを作る。
よしやるかと思った矢先、誰かが公園に入ってきた。
俺の父親より少し歳上の男の人で、片手にコンビニ弁当の入った袋を持っていた。
どことなく疲れているような様子の彼は俺を見て
「バイクか……」
と呟いた。
「すいません、バイクの練習をしようかと思ってたところで。
ご迷惑のようでしたらすぐ帰りますんで仰ってください」
暗い表情をしていたのでひょっとすると迷惑しているのではと思い、エンジンを切って謝罪する。
初老の男性は一瞬虚を突かれたような表情をしたがすぐに応えた。
「いや、気にしないさ……免許、取り立てか?」
「はい、二か月くらい前に」
「そうか……かっこいいバイクだな」
「ありがとうございます!」
かっこいいバイク、と言われて思わずテンションが上がってしまう。
オフロードタイプのバイクはあまり一般受けしないのだ。
言わばかっこよさが「分かる人には分かる」バイクであり、彼もどうやら「分かる」人らしい。
対して「分からない」人には魅力が一切伝わらない。
友人に「チャリかよ」と笑われた時にはぶん殴ってやろうかと思った。
また、よく言われることなのだがこういったオフロードバイクを見て「モトクロスバイク」というのは間違いだ。
オフロードバイクにもいろいろ種類がある。
デュアルパーパスとか、トライアルとか。
モトクロスバイクもその種類の内の一つで、そもそもモトクロッサーは公道で走れない。
因みに俺の愛車「SEROW250」は公道使用可能なデュアルパーパスタイプで、トレール(山道)車に細分類される。
1985年から続くロングセラーバイクだ。
一人語りが過ぎたので、そろそろバイクの練習を始めるとしよう。
ミニパイロンを目印に、スラローム、八の字を走る。
地面に真っ直ぐな線を二本書き、一本橋に見立ててゆっくり走る。
教習所で初めてバイクに乗ったときは何度もこけたが、今となっては慣れたものだ。
しばらく練習しているとまた河川敷公園に人がやってきた。
二十代前半の若い男性で、コンビニ弁当を食べている初老の男性の向かい側のベンチに座った。
彼にもバイクの練習をしている事を伝えよう。
そう思った俺はバイクのエンジンを切り、歩いて彼の元へと向かう。
「あの」
「ん? 何か僕に用かな?」
「バイクの練習してるんですけど、ご迷惑のようでしたらすぐ帰りますんで言ってください」
「いいよいいよ、気にしないから。練習頑張ってね」
笑顔で俺に言った。
愛想のいい人だ。
「ありがとうございます」
礼を言って、俺は再び練習に戻る。
途中、中年の男性が公園に入って来たが先程の若い男性と何やら親しげに話した後、すぐに帰った。
それから少し経ってからの事だった。
突然目の前が眩しくなり、急に意識が途切れたのは。
※分からない人の為に一応簡単な説明を。
・モトクロスバイク…競技専用車両。モトクロッサーとも言う。軽量化の為バッテリーが無く、ライトやウインカー、警笛が無いため公道では走れない。
・トライアル…競技専用車両。非常に軽く設計されている。座席すら無いものもある。もちろん公道走行不可。
・デュアルパーパス…公道使用可能なオフロードバイクは基本的にこれに分類される。
・トレール…山道や獣道を走ることを視野に入れたバイク。