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幕末陰 語り

夢幻華〜幕末陰聞 山南語り〜

作者: 猛士

幕末陰聞シリーズ。もう一人の主人公「陰陽師 山南啓助」登場です。

 道行く人々が身を縮こまらせ、足早に通り過ぎていく。


 師走である。

 新しい歳神様(としがみさま)を迎えるために、誰もが忙しなく家路に向かう。


 だが、わたしは新しい歳神様を迎えることは出来ない。

 なぜならば、わたしは間も無くここで殺されるのだから――


 何度目だろう。


 あの日から、毎日毎日……永遠と続く、気が遠くなるほどの毎日。

 昼と夕闇の交錯するこの黄昏の刻――

 陰と陽の入れ替わる混沌の刻――

 そう、そっと鬼と妖の忍び寄る逢魔ヶ刻……

 この刻になると、わたしは殺されるのだ。

 毎日…毎日…気が遠くなるほどの毎日……


 


 江戸に幕府が開かれてから二百有余年。

 ゆったりと刻の流れていた京の都にも、黒船来航の煽りが出てきた。

 やれ「攘夷」だ――

 やれ「勤皇」だ――

 などと、むさ苦しい田舎侍たちがはやし立て、天子さまを担ぎ出そうと躍起になった。

 そして彼らは、自分たちの意にそぐわない人間を、国に仇なすと断じ「天誅」と称して斬り捨てた。

 でもその中で、本当に天下に仇をなしていた人は、何人いたのだろう?

 もしかしたら、ひとりもいなかったのではないのだろうか。

 誰もが皆、この国の事を憂いて日々、奔走していたのだろう。

 だとしたら、それの何処が悪いのだろうか。

 分からない――分からない事が、罪なのだろうか。

 わたしは、お稽古の帰り道――天誅!――と叫ぶ男に、斬り殺された。


 その男の狙いは、わたしの遥か後ろを歩いていた、お侍だった。

 だが、狙われていた男は逃げ去り、わたしだけが殺された。

 なにも悪い事なんてしてないのに――


 その日から――毎日……毎日……毎日……


 毎日決まったこの刻に、わたしは殺される。



 ほら今日も刀を振りかざした男が――


 ――男が走ってきた!


 嫌だ。

 怖い。

 恐い。


 あのギラリと光る刃が、お気に入りの振袖を裂き肉を斬り裂き骨を断ち……

 

 痛い熱い痛い熱い痛い熱い……


 なんども何度も繰り返す、刹那の永遠――

 未来が見えるのに、逃げられない。

 斬られるのが分かっているのに、逃げられない。

 わたしは今日もまた、あの辻を歩くしかないのだ。


 誰も助けてくれない。

 道行く人々は誰も気がつかない。

 わたしだけしか知らない。

 わたしは誰にも気づかれることもなく、毎日毎日毎日…毎日、斬り殺されるのだ。


 ほら、刀を振りかざした男が近づいてくる。

 諦めて、今日も覚悟を決める。

 恐怖に、熱に、痛みに……孤独に耐えるために。

 今日もまた理不尽に……誰にも気づかれることも無く――わたしは殺されるのだ。


 わたしには歳神様はもう来ない。

 永遠に続くこの瞬間を、無限に繰り返すしかないのだ。


 だが、今日は違った。


師走なのに、春風がそよいだ……


 前から歩いてきた、春風の様なお侍。

 浅黄色のダンダラの羽織姿のお侍が、わたしに微笑みかけたのだ。

 お侍は懐から白い紙を取り出した。

 白刃を振りかざし迫り来る男に、その白い紙をかざした。


「路傍土 白蝋金 陰微陽極…」


 するとどうだろう。

 男はお侍のかざした白い紙に、たちまち吸い込まれていく。


 春風の様なお侍が微笑んだ。


 助かった?

 今日は斬られなくて――済むの?


 侍が近づいてくる。


「もっと早くに、気がついてあげられれば良かったのだが」


 侍が指を絡ませ、印を組む。

 その口から、優しい呪がもれる……


 あぁ……軽くなっていく。

 自分を縛りつけていた枷が外れ、解き放たれていくのを感じる。


「――急々如律令」


 ぁあ…自分が希薄になって――師走の空に溶けていく……

 これで……いつかまた……新しい歳神様に会えることもあるかもしれない。


 あぁ――苦しみもなく、わたしの存在が希薄に……


 ありがとう……






 道行く人々は足早に過ぎ去っていく。


 家路を急ぐ人の流れから外れ、山南啓助は腰を屈めた。

 石畳の隙間に、桜の飾り細工が覗いていた。

 山南は汚れてあせた簪を拾いあげると、そっと埃を祓った。


 さぁ、帰ろうと、山南啓助が微笑んだ。



と言うわけでもう一人の主人公「山南啓助」の登場です。

言わずと知れた、新撰組の総長。新撰組の中では個人的に大好きなんですが、アクの強い新撰組の主メンバーにあって、かなり地味なこのお方(笑)細かな来歴不明な事もあって、なかなかミステリアス(本当かよ?)な存在。思い切って陰陽師として登場です。

本当はもっと派手に登場させたかったのですが、一時間ほどの即興で、プロローグ的にアップしました。

ほんの紹介程度ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ずっと前に読了していたのですが、あらためて。 山南さん登場編。のちの連作に続くプロローグとしてはこのあとの作品への期待が高まる役者ぶりに◎ ただ、なぜ時間が繰り返されるのかの解釈(説明に非ず…
2015/06/19 16:39 退会済み
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