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地獄の前域

 ここは、地獄の前域。

 地獄の門の内側ではあるが、まだ地獄ではない。煉獄でもなければ、天国などであるはずもない。あの世でも、この世でもない。そんな領域だった。

 木や草は生えておらず、地面には所々に小石が転がっている。視界を遮るものが何も無い簡素な平原が、遠く広がっていた。

 そこでは、うめき声や泣き声、激しい悲鳴が星のない空にこだましている。生者であれば聞いただけで落涙するほどに、悲惨な音だ。ぞっとする奇声、罵りの言葉、怒声、叫声、嘆きが様々な言語で発せられていた。

 ここにいるのは、恥もなく誉れもなく生を送った悲しい魂たち。天国にも煉獄にも、地獄にすら入ることを許されない。死んでいるのでも、生きているのでもない。ただ、空しくそこにあるだけの存在であった。彼らは、真っ裸で虻や蜂の大群にその体を刺されている。幾筋もの血がその顔を伝い、涙と交じり合って滴り落ちる。その足元では、その血を吸い集めようと蛆虫たちが気味悪く蠢いていた。

 その魂たちに混じって、天使の姿も見える。それは、神に逆らうわけでも仕えるわけでもなく、ただ自分のために存在した天使たち。彼らは、天に戻ることも、地獄に堕ちることもできない。惨めな姿を見せるだけだった。

「ここは、変わってないね」

 生者には耐え難い光景であったが、レヴィアタンにとってそれは懐かしく感じることのできるものとなっていた。約100年ぶりの光景を眺めていると、その前を一旒いちりゅうの旗が通っていった。それは、止まることを我慢できないかの様な凄まじい速さで走り巡っていく。その後には、おびただしい数の魂の列が長々と続いていた。そんな列を引き連れた旗は、一つではなく、視界に入るだけでも10は優に超えていた。

「なんか、すごい数増えた?」

「増えたね~。人間そのものが爆発的に増えたし、働かなくても生かしてくれるような国もあるからね。ここは、どんどん増えるばかりだよ」

「どうするの」

「どうもしないよ。私たちの管轄じゃないし。天使たちが何とかするんじゃない?」

 空虚な魂の一団を横に見ながら、歩く。道など示されておらず目印もない平原を、レヴィアタンたち四人は迷いなく進んでいった。


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