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第九圏・第一の円

 地獄の最下層は、『コキュートス』とも呼ばれている。それは、この第九圏を覆うほどに巨大な湖の名であるが、元はギリシア神話に登場する「悲嘆の川」のものである。

 悲嘆の名を与えられた湖であるが、そこには流動する水は一滴もない。すべてが凍り、固められている。その氷は分厚く、例え、町一つ大の巨大な岩山が落ちてこようとも、少しのひび割れも起きないと思わせるほどだった。

 レヴィアタン、ベヘモス、ジズの三人は、その氷の上に立っていた。三人の影は、一回りか二回りほど大きくなっている。いつの間にか着用していた防寒着のために、体が膨らんで見えていた。

「いや~。ベルフェゴール様様だね」

 顔までを眼だし帽とゴーグルに包み、表には皮膚の1mmも出していないレヴィアタンが言った。

「本当ですね。前回までは、生身のまま我慢して突っ切っていましたから」

「べも~」

 同じく全身を防寒装備に包んだ、ジズとベヘモスがいた。

 もちろん、この防寒装備はベルフェゴールが用意していた物である。レヴィアタンの物だけでなく、しっかりと三人分がポシェットに入れられていた。

 もこもことした姿は、若干の動き辛さはあったものの、襲い来る寒さのことを考えれば比べられるはずもない。人間であれば、生身では5分と経たずに凍え死んでしまうような寒さである。レヴィアタンたちであっても、生身でいることは避けるべきであった。

 寒さ対策万全の三人は、第九圏の中央部を目指して進む。凍てつく風を、正面から受けながらの道のりだった。

 まず足を踏み入れたのは、『第一の円:カイーナ』と呼ばれる部分。

 第九圏に落とされる罪人たちは裏切りの罪を犯した者たちであるが、ここ第一の円にいるのは、肉親への裏切りを行った者たちである。皆、首から上だけを湖面の上に出して、寒さに歯をカチカチと鳴らしている。その顔は俯き、氷の上に涙を落としていた。

 落ちた涙が氷柱を作るその下では、罪人たちの体が氷漬けになっている。首から真っ直ぐに下へ、直立したままの姿が足の爪先まで、はっきりと見ることができた。

 その分厚さにもかかわらず、ガラスのように透き通り、その様は尋常を超えている。それが、コキュートスの氷である。その曇りのなさは、視界が届きさえすれば、厚い氷を通り越して湖の底まで見ることができるほどだった。

 そんな氷の上を進んでいく三人。

 あまりの透明度に、まるで空中を歩いているかのような錯覚に陥る。しかし、その感覚は、すぐに元通りになる。なぜなら、罪人たちの頭が、そこかしこに生えているからだ。

 無数の頭が生える中。歩ける程度には残る隙間に足を置き、レヴィアタンたちは中央部分へと向かった。


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