表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

ヴァルプルギスの夜

 ヘクセンタンツは、周囲を背の高い壁に囲まれた、一見すると要塞のような町である。ぐるりと一周する壁に、門は一つだけ。それだけが、外界と町とを繋いでいた。

 その門は、中々の大きさである。車二台が余裕で行き交うことができるほどに幅広く、高さも息苦しさを感じさせない。奥行は五メートルほどであり、それは町を囲む壁の厚さでもあった。巨大な門扉も付いていたが、昼間は開いていることが普通である。黒く鈍い金属光沢を見せる扉は、特に装飾を施されているわけでもなく、ただ内と外とを隔てるための物だった。

 重厚な壁に唯一開いた穴を抜けると、また空が見える。そして、その先にもう一つ壁があった。町自体は、もう一つの壁の中にある。つまり、ヘクセンタンツは、周囲を二重の壁に囲まれた町ということだ。内側の壁には、入り口が四つ、東西南北に面して門がある。これは、外側の壁は防衛力、内側の壁は生活移動のし易さを重視した結果の構造だった。

 その壁と壁に挟まれた空間、そこは駐車場として使われていた。町の中は、ほとんどが建設当時のままであり、道などは石畳で出来ている。頻繁に車が通ることで道が傷むのを避けるために、町の中を走ることができる車両には重量制限があった。そのため、多くの車、自動車だけでなく馬車も町の中に入ることは出来ない。その不便さを何とか解消しようとして、住人たちは自分の利用する門の近くに車を駐車しているのだった。

 町の中は、東西南北の門に合わせるように大きく四つに区分けされている。建設当時、魔女狩りから逃げて来た者たちは、出身地ごとに小さな共同体を作っていた。それぞれが己の故郷の景色を再現しようとした結果、ある区では木組みの家に白い漆喰の壁、ある区では屋根も壁も薄い石の瓦で覆われているなど、異なる街並みが隣接する町となった。

 その四つの区が集合する場所。町の中央部にはマルクト広場があり、それを中心として同心円状の輪を描くようにいくつかの道が敷かれている。さらに、それらの輪を繋ぐようにして中央部から外壁へと太い道が何本も伸びており、線と輪が交わるところは大小の広場となっていた。その様子は、空から町を眺めれば、一つの大きな車輪のように見えるだろう。この道の描く図が、町を守る結界の魔法陣である。そして、その道の地下には水が流れており、その流れが魔法陣の発動と結界を常に維持する原動力となっていた。

 また、その水の流れを利用して、各所の広場には噴水が作られている。そのほとんどが、小さな池の真ん中に一本の水柱が立つ簡素なものだったが、中央広場にある噴水は彫像があしらわれ華やかな姿をしていた。豊かに水を湛える池の中央には四人の女性の像が立ち、一人一つの杯を持って誇らしげに掲げている。それぞれの杯からは水が湧き出で、池へと流れ落ちていく。その小気味よい水音は、町民に憩いの場を提供していた。


 四月三十日、ヴァルプルギスの夜。

 ヘクセンタンツには、ヨーロッパ中から魔女と魔術師が集まっていた。その中には、ここ何十年か、祭りには参加していない大長老と呼ばれるような人物たちも見られる。皆、レヴィアタンの召還に立ち会おうと、老骨に鞭打って町を訪れていた。大長老と呼ばれるような人たちである。齢100歳を越えている人ばかりで、お付き役からは訪問を反対する意見も多かったようだ。しかし、こればかりは譲れぬと、お付きが折れるまで頑なだったという。どうしても許可を得られなかった一人の長老などは、夜中に屋敷の窓からこっそりと抜け出して来たそうで「久方ぶりに家出少年の気持ちを味わった」と、他の長老たちと笑っていた。

 お付きとの交渉が最も大事になったのは、皆から大ばば様と呼ばれている魔女だったろう。御年200歳を越える老魔女なのだが、自分の暮らす村の天候を操り、自分を置いて祭りに参加しようとする一行が出発できないようにしていたのだ。

 いつまでも晴れない悪天候に誰かが言った。

「これは、大ばば様の仕業ではないのか」

 そこで大ばば様の元へ行き、一緒に連れて行くことを約束すると途端に雲一つない晴天へと変わった。魔術を使っていることを感じさせずにこれほどの現象を引き起こす、その実力に微塵の衰えも生じていないことを知らしめる結果となった。


 ヘクセンタンツの雰囲気は、日常とは一変していた。商店街の店舗などは、引っ切り無しに訪れる客の対応に忙しくしている。混雑は、そこだけではない。商店街から離れた、普段は人々の行き交う量も少ない街路にまで露店が並び、軽食や土産物が売られている。町中の道が人で溢れ、ごった返していた。

 祭りの参加者は、例年の十倍以上にも達していた。その多さは、町長が普段は招待状を送らない組織にも送ったという理由もあるだろう。しかし、参加、不参加は自由なのだ。それにもかかわらず、これほどまでに人が集まるということは、いかに魔術師と魔女たちがレヴィアタンの存在を重要視しているのかが分かるだろう。

「これほどとは」

 庁舎の自室から中央広場を眺めて、町長が言った。

 中央のマルクト広場は、例年でも人で埋め尽くされるのだが、今年はそこから伸びる道々も多くの人で埋め尽くされている様子が見える。いつもは代表者のみが出席するような組織も団員全員が家族連れで参加しているようで、予想を超える事態となっていた。

「地上は自由が利かないので、警備係りには浮遊魔法の使用を許可しています」

「それは構わないが、警備だけに限定するように。住民たちは大丈夫だろうが、客人たちには魔法の使用が禁止であることをしっかりと伝えてな」

「はい」

 町長の言葉を受けて秘書が部屋を後にしようとすると、扉がノックされた。

「どうぞ」

 町長の許しを受けて入って来たのは、受付担当者に案内された二人の老人だった。いずれも60代後半くらいの見た目をした男性で、丈の長いローブに身を包んでいる。町長は、二人をにこやかに迎え入れ、挨拶をした。

「お二人とも、よく御越し下さいました。お疲れでしょう。まあ、お座りください」

「遠慮なく」

「今日は、お招き頂きありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」

 一人は軽く会釈をし、もう一人は深々と腰を折り曲げ礼をすると、来客用のソファーに腰を下ろした。

 言葉少なく軽く会釈をした老爺は、黒のローブに身を包んでいた。こちらは、『魔術結社・愚者の集い』の総長である。この団体は、「一般人に魔術の存在をばらしてはならない」という規則があるのみで、他は個々人の理性と責任に任されている。自由意思を尊重する魔術師の団体である。

 もう一人の礼儀正しい初老の男性は、『四大元素十字団』の団長である。白色のローブを着こなし、身のこなしからは気品が感じられる。こちらは、人知れず世の人々を救ったとされる薔薇十字団の思想を受け継いでおり、規律も厳しかった。そのため、人の法に触れる行いでも罰せられない『愚者の集い』との関係は、あまり良いものではなかった。

 そんな二つの団体ではあるが、さすがに今日という日に諍い事を起こすことはしない。なぜならば、この日に争い事を起こすことはレヴィアタンを侮辱することと同義と捉えられるからである。そうなれば、他の団体からの制裁は必至だった。魔女狩り全盛期の頃に比べれば、レヴィアタンに対する信仰に近い感情も薄れており、若い世代の中にはこの祭りに物見遊山で参加している者も少なくない。しかしながら、迫害や戦乱を数多く経験した長老や大長老たちにとっては、彼女の存在は今でも大きなものであり、彼女に対する侮辱は決して許されるものではなかった。

 二人の長は、目の前に置かれたカップに口を付け、長旅の疲れを少しばかり癒す。半分ほどを飲み終えると、愚者の集いの総長が聞いた。

「今日は、何か手伝うことはあるのか」

「いいえ、我々だけで大丈夫です。儀式の方も発動してしまえば、あとは自動ですから」

「そうか。それは、残念だ。レヴィアタンの召還に協力したとあれば、孫たちへ自慢できたものを」

「そうですね。大変、残念です」

「まあ、観光に来たと思って、祭りを楽しんでください。そうだ、大長老たちとはお会いになりましたか? 今日は、総会でもめったにお会いできない方々が、大勢いらっしゃっていますよ」

「そうだな。大ばば様には、さっき挨拶をさせて頂いたが」

「私は、今着いたばかりで」

「それでは、三人で一緒に行きませんか? 私も、まだ挨拶に伺えていないので」

 三人は、連れ立って長老たちが待つ部屋に向かった。廊下を歩く三人の様子は、まるで憧れのヒーローに会いに行く少年たちのようだった。


 深夜0時の少し前。

 各所の広場では篝火が焚かれ、赤々と人々を照らし出している。祭りの盛り上がりも最高潮に達していた。

 しばらくして、0時を知らせる鐘の音が町に響き渡る。すると、庁舎前に作られていたステージに、町長と一人の少女、一羽の鳥、一匹の獣が姿を現した。町の各所にも映像が届けられ、全員がその姿を見ることができた。

 群衆のほとんどが、その姿にピンと来ていない。何かの余興が始まるのかと思っている者もいた。しかし、観客の一人が少女に向かって「レヴィアタ~ン」と叫んだことで、その少女がレヴィアタンだということが知れ渡る。その瞬間、大きな歓声が沸き起こった。

 町長は、ある程度、歓声が収まるのを待ち、隣にいるレヴィアタンを紹介する。そして、彼女に挨拶をしてくれるようにお願いをした。

 それを受けて、レヴィアタンは一歩前に進み出る。

「今日は、来てくれてありがとう」

 軽くお辞儀をするレヴィアタン。それに合わせて、ジズとベヘモスもお辞儀をする。

 一拍置いて、再びの巨大な歓声に町全体が揺れた。

「じいばあ達も、よく来てくれた。大ばばも、100年前と変わってなくて懐かしかったぞ」

 ステージ横の特別席に座る長老たちが、うんうんと頷いている。大ばば様も、「ひょひょっ」と笑っていた。

「ちなみに。じいばあたちの中で、あたしが戻ってくるまでここにいる人は?」

 そう言って、レヴィアタンが長老たちの座る方を見ると、全員揃ってニカッと歯を出して笑い、サムズアップした。

「おおっ、嬉しいぞ。くれぐれも無理しないで、あたしが戻るまで死なないようにね」

「ふぉふぉ。当たり前じゃて」

「そうじゃぁ。今日まで生きて、明日明後日に死ぬバカはおらんて」

「例え死んでも、レヴィアタンと一緒に地獄から帰ってくるわいな」

 レヴィアタンの言葉を受けて、長老たちは次々に軽口を発した。それを見て、レヴィアタンもにかりと笑う。

「よし。その言葉、信じるからね。じゃあ、行ってくるから。皆も、今日は本当にありがとう」

 レヴィアタンは観衆に向かって大きく手を振る。振り終わると、ぴょんとステージから飛び降り、広場中央の噴水に近づいていった。

 それに合わせ、町長が呪文を詠唱し始める。


「我らがヘクセンタンツよ

 汝が守護者たるレヴィアタンが地獄行きを所望する

 今こそ、封じられし門を開く時」


 町長の詠唱に合わせ、中央広場の噴水が水の放出を止め、ズズズッと地を這うように動き始める。噴水は、ケーキを四等分するように四つに分かれ、外へと移動していく。一つの円形だった噴水は形を広げ、その外周を線で結べば元の大きさの二倍ほどの面積となる円を形作った所で止まる。


「其は空、其は火、其は土、其は水

 世の理を持って、世の理に干渉す

 四大に求めるは、変化と安定」


 四つに分かれた噴水は、それぞれに四人の女性の像が一つずつ乗っていた。その女性たちが持つ杯の上に淡い光が灯る。それぞれの光が収縮するとそこには四つの結晶が浮かんでいた。それは、西洋魔術師にとって基礎であると共に、最も重要な要素である四大元素を表すもの。すなわち、緑の結晶は空、赤の結晶は火、茶色の結晶は土、青の結晶は水である。


「全ての根源たるマナよ

 四大の元素が導き、汝の姿を変える

 其は地獄への扉」


 四大元素の結晶が輝き始めると、一つの噴水だった四つの物から光が放たれ地面を走り出す。その光が町中を走り回ると、道そのものも淡い光を放ち始める。すべての道を廻り光が戻ってくると、ヘクセンタンツの町に巨大な魔法陣が描かれていた。


「扉に向かうは、三名の者

 一人はレヴィアタン、一人はベヘモス、一人はジズ

 この者たちが、汝を潜るものなり」


 町を廻り戻ってきた光が、今度は魔法円を描き始める。そこは、広場の中心であり、ヘクセンタンツの中心。噴水が位置していた場所であり、四大の結晶に囲まれた場所。

 魔法円は完成し、大地を揺らした。


「レヴィアタンは戻り

 また、戻る

 その扉、閉じることなく待ち続けよ」


 完成した魔法円の中に、レヴィアタン、ベヘモス、ジズが入る。

「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 手を振りつつの言葉を残し、彼女たちの姿は見えなくなった。



「さて、どのくらいで帰ってくるかのう」

 レヴィアタンたちを見送り終えた長老たちは、わくわくドキドキ感を隠せないでいた。

 その前を、魔術師と魔女たちが歩いて行く。皆、町の出口に向かっていた。祭りの最大のイベントを終えたのだから、あとは帰るのが当然だ。

 その集団を横目に、長老たちは談笑していた。

「若い奴らは、もう帰るのかの」

「送り出しにしか興味が無いんじゃろ」

「勿体ないのう。帰ってきてからが本番だというに」

「四大のとこの坊主も帰ると挨拶に来たからのう。団長がそうなんじゃから、皆帰るじゃろ」

「何で、帰るんじゃ?」

「仕事があるそうじゃ。何日も、休んでいられないんじゃと」

「残るのは、儂らのような老いぼれだけかね。勿体ないのう」

「よいよい。年寄りの話しを聞かん奴は、損をすればええんじゃ」

 長老たちは皆、「ふぉふぉ」と笑いながら、帰る群衆を眺めていた。


 四大の結晶は光を絶えず、道は輝き続ける。

 ヘクセンタンツは淡い光に包まれながら、レヴィアタンの帰りを待つのだった。



 一方、地獄に降り立ったレヴィアタンたちは、巨大な門に行く手を遮られていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ