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第八圏・第二の嚢

文章内に、{ }で囲まれたセリフがありますが、それは声がくぐもっているのだと思ってください。

 第二の堤で、まず感じるのはひどい汚臭だ。鼻を突く臭いが、次の嚢から立ち上ってきている。それに加えて、魂たちの息苦しそうな呻き声も漏れ聞こえていたが、第二の嚢は第一の嚢よりも幅が狭く深くなっていたため、底の様子は見えなかった。

 レヴィアタン、ベヘモス、ジズの三人は、吐き気を催すほどの臭いに耐えられず、次の橋を渡るのをためらっていた。

「ここ嫌い」

 レヴィアタンは、鼻をつまんで話していた。ベヘモスとジズも、両手で鼻の穴を塞いでいる。

「でも、進まないわけにはいきませんよ」

「わかってるけどさぁ。あ~、ポシェットに鼻栓とか入ってないかな~」

 そう言って、レヴィアタンがポシェットの中をまさぐってみる。すると、何かを掴んだ。思ったよりも大きな感触のする物を引き出してみると、光沢のあるビニールのような、ゴムのような物が出てきた。

「何これ?」

 レヴィアタンの身長ほどもあるそれは、人間の四肢のような物がついている。レヴィアタンが広げ見ていると、ジズが言った。

「それ、化学防護服じゃないですか?」

「え?」

「ほら、ここファスナーになってますから。中に入れますよ」

 ジズに手伝ってもらいながら装着したそれは、頭の先から爪の先まで全身を密封するタイプの防護服だった。自給式呼吸器まで付けたレヴィアタンが言う。

{ここまで、大げさでなくても。ガスマスクとかでよかったのに}

 顔を覆われているため、レヴィアタンの声がくぐもっている。

「たぶん、体にも臭いが付かないように、ベルフェゴール様が用意してくれたのだと思いますよ。だから、そんなこと言わないで」

 レヴィアタンがしっかりと着用しているかを確認すると、ジズもポシェットに手を入れてみる。

「私たちにもあるんでしょうか」

 引き出した手には、防護服があった。ジズ用に作られたと思われる形をしている。

「と、言うことは――」

 再度、手を入れると、今度はベヘモス用の防護服を取り出すことが出来た。

 三人は、それぞれの化学防護服に身を包み、第二の嚢を渡る橋へと向かう。先程までの汚臭は、一切感じられなかった。

 第二の嚢に架かる橋の頂きに来ると、三人は下を覗きこむ。嚢の中は、人間の糞尿で満たされ、裸の魂たちが漬けられていた。浮き沈みを繰り返す彼らの鼻息は荒く、なぜか自分の手で自分の身を叩き鳴らしていた。

 レヴィアタンたちが魂たちの様子を眺めている一方、魂たちの方もレヴィアタンたちの姿を見ていた。恐れを含んだ奇異の目を向けている。それもそのはずである。化学防護服に身を包んだ三人の姿は、普通の生物にはとても見えない。魂たちは、悪魔の仲間が通りがけざまに何か悪事を働くのではないかと恐れているのだった。

{ここにいるのは、阿諛追従あゆついしょうの過ぎた者たちですね}

 浮き沈みを繰り返す罪人を観察しながら、ジズが言った。

{阿諛追従って、何だっけ?}

{相手に気に入られようと、媚びへつらう事。よくお世辞を言う人です}

{お世辞を言うのは罪なんだ}

{それが過ぎれば、ですね。第四圏でも、お金を貯め過ぎる人と逆に使い過ぎる人が罰せられていましたけど。何でも、『過ぎる』のはよくない。ほどほどが良い、ということなのでしょう}

 三人は、第二の橋を渡り終え、第三の堤に到着する。汚臭から解放されたことに喜び、防護服を脱いで外の空気を吸う。緑豊かな野原で満喫できるような、新鮮な空気とはいかなかったが、少しばかりは清々しい気分となった。

 三人は、防護服をポシェットへしまうと、堤の縁に立ち第三の嚢を覗いた。そこからは、罪人たちの苦悶の声は聞こえず、代わりに無数の火が揺らめいているのが見えた。


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