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ヘクセンタンツ

 レヴィアタンの暮らす町『ヘクセンタンツ』。ドイツ語で『魔女の踊り』という意味を持つこの町は、ドイツ中北部に位置するハルツ山地、その最高峰であるブロッケン山の麓にあった。

 その山は、なだらかで山頂まで鉄道が通じ、蒸気機関車やマウンテンバイクでも登ることが出来る。山頂には博物館があり、そこには動植物やブロッケン山の説明の他に、旧東ドイツ領に属していた頃の資料も展示されている。観光地として、知られた場所である。

 そんな山の麓にありながら、一般人には存在が知られていない隠された町。それが、ヘクセンタンツだった。

 実は、ヘクセンタンツで暮らす住民たちの多くは、魔術師である。呪術や占いを生業とする者たちを魔術師と呼ぶこともあるが、彼らとは異なる。火を生じ、風を起こし、水を操り、土を動かす、物語で描かれるような魔法使いたち。この町は、そんな彼らによって作られた町だった。


 始まりは、魔女の暮らす小さな集落であった。昔からブロッケン山の山頂では、4月30日の夜に魔女たちが集まる祭りがある。これは『ヴァルプルギスの夜』と呼ばれ、集まった魔女たちが飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをして春の到来を祝うというものだ。その祭りを管理するために、山麓の森には数人の魔女たちが暮らし、小さな集落を作っていた。その集落の人口は、多少の増減はあったものの、長年、両の手で数え切れるほどの人しかいなかった。それが、15世紀頃から急激な増加をしていくことになる。原因は、魔女狩りだった。

 15~17世紀の魔女狩りが盛んだったころだ。裁判によって無罪を勝ち取ることも無かったわけではないが、法的手続きを経ずに私刑によって処罰されていく人も多かった。しかも、そのほとんどが、魔術とは何の関係もない普通の人間である。集団ヒステリーにも近いそれは、一度でも魔の者という烙印を押されてしまえば、どんな弁明も制裁を回避することはできなかった。

 その光景を目にした本物の魔術師たちは危機感を抱き、普通の人以上に普通の人であろうと細心の注意を払って生きるようになる。しかし、それでも日々の恐怖心を拭いきることは出来ない。例え魔術師の正体がばれなくても、誰かの気に障る様なことをしたら魔の者として訴えられるかもしれないからだ。自然と魔術師たちは、人の目の届かない場所で隠れて暮らすようになる。そして、仲間が仲間を呼び、いつの間にか、ブロッケン山の隠れ里に集まるようになっていた。

 増え続ける一方の住人に、どんどん森は切り開かれていく。鬱蒼と茂る木々に隠されていた集落は、年々規模が大きくなり、その存在を主張するようになっていった。

 この事態に、闇雲に土地を広げるよりは計画的に町をつくる方が良いのではないかという考えが出され、多くの住民の賛同を受け実行に移されることになる。どういった町を作るのか、数日間の話し合いが行われた結果、町全体を結界で覆い世間の目から隠すのがよいということになった。そして、どうせ結界を張るのならば、様々な効力を持たせようということで、次のような効力を持つ結界を張ることになった。


 一つ、外からは、町そのものが見えないようにする。

 一つ、町の住人以外が、森に入らないようにする。

 一つ、仮に、森に迷い込んだとしても、町を認識させない。

 一つ、戦乱に巻き込まれた場合を考え、町自体に防衛能力を持たせる。


 これらの効力を持つ結界を張ることはそれほど難しいことではない。しかし、それほど大きくないとはいえ、一つの町を包み込むほどの結界を人の力で維持し続けることは難しい。そこで、どうせ一から作るのだからと、町自体が魔法陣となり、結界を作動し続けるような形にした。

 そして、もう一つ。いくら町全体を結界で覆い隠しても、それは絶対ではない。もしも、何らかの理由で結界が消えた時、たまたま誰かに町を発見され、それが基で魔女狩りの群衆に襲われたら……。そのような恐怖心を拭い去ることはできず、町を守護する役目を担うことができる強大な力を持つ者も望まれた。

 その望みが、当時、悪魔としての認識も広がっていたレヴィアタンの召喚へと繋がることになる。旧約聖書にも知られていた強靭さ、攻撃能力の高さで町を守ってもらおうとしたのだ。さらには、自分たちが滅ぼされるならば、相手も道連れにしてやろうという考えもあった。レヴィアタンの召喚は、町の建設が始まる前に行われることになる。巨大な魔法陣を描き、集落で暮らしていた300人以上の魔術師全員が召喚儀式に参加した。

 そして、召喚は見事に成功したのであった。


 レヴィアタンたち三人は、広場を渡り町庁舎へと入った。

 マルクト広場に面する町庁舎は、二つの尖塔を持っている。同じドイツ国内のヴェルニゲローデの町庁舎と良く似ていた。それも当然である。各地の建物様式を取り入れたからだ。魔女狩りで逃げて来たとはいえ、やはり慣れ親しんだ景色というものは心に安らぎをもたらす効果があった。

「町長、いる?」

「はい、おりますよ」

 パソコンで作業をしていた女性が呼びかけに答えようと受付台に顔を向けるが、そこに人の姿は無い。ただ、台の縁に小さな手が捕まっているのが見えていた。

 女性から見えない台の下では、レヴィアタンが顔を出そうと必死に懸垂状態で頑張っていた。町庁舎の受付台は今のレヴィアタンには相当に高いようで、ジャンプして縁に手を掛けたもののそこからどうにもならず、ぷるぷると震えている。見かねたジズが服を掴み引っ張り上げ、浮いた足の下には、すかさずベヘモスが入り込み踏み台となった。

「二人とも、ありがと」

 ようやく、台の上に顔を出すことが出来たレヴィアタンは、二人のお付きにお礼を言った。そして、今度はしっかりと女性と向き合うことができた。

「今から町長に会えるかな」

「はい。少々、お待ちください」

 そう言うと、女性は受話器を取り内線を入れる。連絡の定型文句の後に「レヴィアタン様がお見えです」と伝えると、女性が受話器を降ろすのとほぼ同時に、階段を駆け下りて来るけたたましい音がした。

「よく御越し下さいました。レヴィアタン」

 レヴィアタンたちの後ろから声がする。振り向くと、初老の男性が肩で息をしながら気をつけの姿勢で立っていた。彼が、この町の町長だった。長身細身の体躯に、しわが浅く刻まれた顔が柔和な表情を浮かべている。

「ここでは何ですから、町長室へ」

 そう自室へ来るように促すと、町長と三人は上の階にある町長室へと向かった。もちろん、この町長も魔術師である。この時、転移の魔術を使えば一瞬であるが、町中での魔術使用は極力控えることが住民の努力目標とされていた。これは、

《魔法は便利ではあるが、万能ではない。使えなくなった時を考え、常に備えよ》

 という先人からの教えと、魔法が制御できなくなった時のことも考えて決められたことだった。少しの火を起こすような簡単な魔法なら使用しても構わないとされるが、高度な制御が必要なもの、大規模なもの、新作魔法などの使用には役所の許可が必要とされる。さらに、新しく作られた魔法は、安全が確認されるまで町の外にある研究施設以外での使用が禁止されていた。

 町長室に入ると、暖かいミルクティーとお菓子が三人分、ベヘモスとジズの分も用意されていた。三人は来客用のソファーに腰掛けると、一口飲んでのどを潤す。ベヘモスは前足で、ジズは翼を使って器用にカップを口に運んでいた。

「それで、今日はどういったご用件でしょうか」

 一息ついた様子を見て、町長が尋ねる。レヴィアタンは、そうだったという感じでもしゃもしゃ動かしていた口を止め、ミルクティーで流し込んでから用件を伝えた。

「そろそろ地獄に戻る時期みたいで、その報告に来たの」

「おお!? そうですか。そろそろかと思っておりましたが、私の代でとは。光栄です」

 町長は「失礼します」と言ってレヴィアタンたちの前から立つと、執務机に向かいファイルを手に取る。

「いつ頃がいいとか、希望はありますか?」

「早い分には、いつでもいいよ。明日とかでも。でも、半年先とかは困るかなあ。じい様たちは、今月末が調度いいって言ってたけど」

「そうですね。今月はちょうど大祭ですから、その時に盛大に送り出しましょう」

「何かあったっけ?」

「お忘れですか? 4月30日は、ヴァルプルギスの夜ですよ」

 ヴァルプルギスの夜とは、4月30日から5月1日に掛けて中欧や北欧の各地で行われる祭りである。魔術師の言う『ヴァルプルギスの夜』とは異なるが、一般にも知られているものだ。古くは春の祭りであり、かがり火を焚き春の到来を祝う。ドイツ国内においては魔女の伝説と交わり、ブロッケン山に魔女たちが集まり自分たちの信仰する神々との祭りを行いながら、春の到来を待つ夜と云われている。

 ここ、ヘクセンタンツの町が出来てからは、祭りの舞台はブロッケン山の山頂から町へと移されている。ヴァルプルギスの夜がその名の由来でもある町が、今は祭りの舞台となっているのだった。

「ああ、忘れてた。そっかそっか。なら、その日でいいかな。二人は、どう思う?」

 レヴィアタンが、隣に座ってカップを啜っていたジズとベヘモスを見ると、

「問題ありません」

「べもっ」

 と、二人から返ってきた。

 同意を得たレヴィアタンは「じゃあ、それで」と町長に伝える。

「わかりました。では、召還の準備などはすべてこちらで行いますので、お三人はご自分の支度だけ行っておいて下さい」

「ん。それじゃあ、お願いします」

 レヴィアタンとベヘモスとジズの三人は立ち上がると、町長にしっかりと一礼をしてからその場を後にした。


 扉の外までレヴィアタンたちを見送った町長は、部屋に戻ると執務机に向かう。その顔には、少しの緊張感と、それ以上の高揚感が満ちていた。

「さて、招待状を出さなければ」

 町長はそう言うと、執務机の引き出しから便箋を取り出す。そして、いそいそとペンを走らせていった。


 《レヴィアタン、地獄に帰る》

 この一報は、それから二日と経たない内に、ヨーロッパ中のウィッチクラフト、魔術結社、魔術師団に伝えられ、大ニュースとして魔術師界隈を賑わすことになった。


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