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第七圏・第一の環

 次の第七圏は、三つの環状の帯で構成されており、ここに落とされる魂は暴力の罪を犯した者たちである。その暴力を振るった相手は三者あり、相手に応じてそれぞれの環状地に振り分けられていた。その相手とは、『神』、『自分自身』、『隣人(他人)』の三つである。

 最も外側にある第一の環状地には、『隣人に対する暴力者』が落とされる。これは、相手に対してだけでなく、その所有物に対しての暴力も含まれる。人を殺した者、人を傷つけた者、その所有物を破壊した者、放火・焼失させた者、恐喝・強奪した略奪者が、それぞれ異なる群に分けられ責苦を受けている。

 その内側の第二の環状地には、『自分自身に対する暴力者』が落とされる。こちらも、己の肉体だけでなく、所有物に対しての暴力も対象となる。つまり、自らを傷つけ命を断つ者、自分の財産を破壊したり博打で失った者である。

 最も内側にある第三の環状地には、『神に対する暴力者』が落とされる。心の中で神を否定する者、言葉で冒涜する者。また、自然の業を蔑みその恵みを蔑ろにする者、つまり同性愛者や高利貸しである。


 ベルフェゴールと別れた一行は、第七圏へと向かう坂道を下っていく。ここから先、案内役の悪魔はおらず、自分たちだけで進まなくてはならなかった。

 肌にまとわりつくような臭気を伴った風に、鼻をつまみながら進むと底の様子が見えてくる。道の先には、赤黒く色づいた川が流れていた。その流れは、上から見るとよくわかる。川は環状に弧を描き、第七圏の地を取り巻いていた。

 第一の環に下り立つレヴィアタン、ベヘモス、ジズの三人。その前を、半人半馬のケンタウロスが駆けていく。周りを見回すと、いくつものケンタウロスの群れが隊列を成し、川沿いを巡っているのが見える。そのいずれの手にも弓矢が携えられ、川に向かって射かけられていた。

 川べりから向こう岸を見やると、駆けるケンタウロスたちが指で摘まめそうなほどに小さく見える。目指すはその先であるが、これほどに幅の広い流れを歩いて渡るのは難しそうだった。

 この赤黒く色づいた川の名を『血の川=プレゲトーン』といった。ぐつぐつと煮えたぎる川の中では、罪人たちが茹でられている。彼らは、それぞれの罪に応じた深さに沈められており、定められた以上に水面から身体を出すことは禁じられていた。もしも、それを破ったならば、容赦なくケンタウロスの射かける矢が浴びせられるのだった。

 三人が川の浅い所を探して歩いていると、前方から近づいてくる一団があった。そこで、レヴィアタンたちはダンテに倣い、ケンタウロスの背に乗せてもらって川を渡ることにする。

 ケンタウロスの一団は、三人の前で止まり弓矢を構えた。普通ではありえない訪問者に、警戒をしているのだ。その場を緊張感が包む中、先頭の一人がレヴィアタンに向かって荒々しい声を上げた。

「おまえら、何者だ!? 何をしに、ここへ来た!?」

「何をしにって……。元に戻りに来たんだけど」

「ふざけてるのか!」

「え~っ!? 素直に答えてあげたのに、どうしたらいいの」

 レヴィアタンは、隣で眼光鋭くケンタウロスたちを牽制しているジズを見る。それを受け、ジズは視線はそのままに、声を張り上げた。

「ケイローンは、いるか。あなたが、我々を見ればわかるだろう」

「私を呼ぶのは誰だ」

 一団の後方から、進み出てくる影があった。レヴィアタンたちの前に立った姿は、他のケンタウロスよりも一回りほど大きい。それが『ケイローン』だった。

 賢明な彼ならば、自分たちを見れば状況を把握できると、ジズは考えたのだ。そして、その考えは正解だった。

 幼女と獣と鳥。その三人組の姿を見ると即座に状況を把握し、ケイローンは恭しく頭を下げた。その姿を見た他のケンタウロスたちも、慌てて頭を下げる。ケイローンは彼らを束ねる存在でもあった。

「レヴィアタン、ベヘモスにジズも、お久しぶりです。今回の地獄めぐりの旅は、如何ですかな」

「いろいろ変わってて前よりかは飽きないけど、面倒くさいよね。歩かなくちゃ、いけないし」

「ハハハッ。そこは、仕方がありませんな。急いでしまっては、体への負担が大きいでしょうし。まあ、リハビリ期間と考えて頂くしかないかと」

「うん。わかってる」

 話が一段落したところで、ジズがレヴィアタンを翼でつつく。用件を伝えろという合図だった。

「ところで、プレゲトーンを渡りたいからさ。誰かの背中を貸してほしいんだけど」

「そうでしたね。それならば、やはり『ネッソス』が適任でしょう」

 名前を呼ばれたケンタウロスは、列から前に出たが少しばつの悪い顔をしていた。先程、レヴィアタンを罵倒したのが、ネッソスその人だったからだ。ちなみに、ケイローンがネッソスを適任と言ったのは、ダンテの神曲でもネッソスが案内役を任されていたからだった。

 レヴィアタンたちは、三人ともネッソスの馬の背に乗せられ、出発した。ケンタウロスの一団に別れを告げ、川沿いを進む一行。目指すは、浅瀬となっている場所だった。

 ネッソス一人ならば、川の深さに関係なくその身を茹でられながらでも渡ることはできる。しかし、レヴィアタンたちを背中に乗せている以上は、そういうことはできない。

 しばらくすると、蹄が地面を打つ音に混じって、苦しみ呻く声が聞こえてくる。その声のする方、進行方向に視線を向けるとプレゲトーンの中にいくつもの飛び石が浮かんでいるのが見えた。近づいていくと、飛び石がゆらゆらと動いているのが分かる。それは、飛び石などではない。目の所までを川に沈められ、顔を見せることを禁じられた魂たちの頭だった。元々は様々な髪の色をしていたであろう頭たちは、川の水を被り赤黒く色づけられている。それがより石の様であり、よく見なければ人の頭とは思えなくさせていた。

 ネッソスが、その頭がどういった者たちかを説明してくれた。

「あいつらは、僭主たちだ。正当な理由はなく、正統なる血筋でもない。法に則った手続きも行わず、己の利のみで動き、力を持って君主の座を簒奪した者たち。自ら犯した、血も涙もない行為が、彼らを沈めている」

 進行方向に向けて少しずつ川底は浅くなっているようで、進むたびに罪人たちの顔が見えてくる。目、鼻、口と順々に水面より上がり、血の川から喉元まで顔を出している者たちが見えた。

「あそこで顔を覗かせている奴は、一人の人間の命を奪った者だ」

 さらに先へ進むと、今度は胸まで出している人々がいた。

「ここくらいからは、命を奪わないまでも人を傷つけた者や略奪した者となるだろうか」

 こうしてだんだんと浅くなっていったプレゲトーンは、ついに罪人たちの足元を茹でるだけとなる。底に沈んでいた石が、所々顔を見せるくらいに浅くなっていた。

 蹄を濡らしながら、滑らないようにゆっくりと川を渡っていくネッソス。それでも足場の悪さに揺れる背中の上では、レヴィアタンたちも右に左に体を揺らしていた。

 血の川=プレゲトーンを渡り終え、レヴィアタン、ベヘモス、ジズの三人を背中から降ろすと、ネッソスは言った。

「さっきは悪かった。気を付けてな」

「うん。ありがとう」

 レヴィアタンたちは、浅瀬を戻っていくネッソスに手を振る。彼が対岸にたどり着くのを見届けると、三人は振り向き川を背にした。

 その先にあるのは、鬱蒼と茂る森。これが、第二の環だった。


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