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ただいま、リメイク中でございます。

話は、もう完結しているのでご安心下さい。

㊟誤字の指摘、ご感想(糞、神、つまんねぇ…など何でもいいです)は随時受付中でございます。物凄い励みになりますので、ぜひとも送ってください。

     第二章


     第一節


 薄暗い病棟の廊下を一人歩きながら、そういえば―――と、今更のように気がついたことがあった。 

 今の俺の姿は、果たして生きている人にも見えるモノなのだろうか。

 幽霊、生き霊、浮遊霊―――。テンプレなファンタジーのお話ならば、俺の姿は生者には映らず、また昼間には活動することが出来ない。 

 昼間に移動できないというのは、出来れば勘弁していただきたいモノだが。しかし壁抜けとか飛んでみたりだとか、こんな状態になったからこそ、試してみたいことそれなりにあったりする。

 ああそれに、巡回の人とかが今の俺を見ることが出来れば、ソレはもしかして最高のシチュエーションなのでは無いのだろうか。

 夏の暑い日、薄暗い病棟、ぬらりと艶めいた、どこか質量の感じられる濃い暗闇――――。一介の幽霊としては、これではしゃげなければ嘘だろう。そんな強迫観念にも似たうずきを感じる。

 意外と俺は余裕があるらしい。胸で拍動し続ける覚悟とは裏腹に、頭はどこまでも冷静だ。

 やけっぱちなのとはまた違うだろう。開き直っていると、そんな表現の方が正しい気がする。

 何にせよ―――と、じめじめとした生前と全く変わらぬ不快な暑さに目を細めながら思う。

 俺はいったいこれからどうしようというのだろう。

 いや、俺はこれからをどうしたいのか。

 考えておかなければならないことだろう。

 悔いの無い死後を送りたいのであれば。

 ・・・・・・悔いを晴らす、生前(いま)でありたいのであれば。 緩いスロープを描く階段を下り、掌にうっすらとにじむ汗をぬぐう。

 一階に降り立つと、かすかな明かりが視界の端に届いた。真白い、人工的な明かり。

 それにかすかな安心感を得てしまうのは、やはり死んでからも変わらないことらしい。

 何となく、そちらの方へ足を運んでみる。

 おそらくは、ナースステーション。

 人が居るはず・・・・・・だとは思うのだが、どうなのだろう。 そんな大きな病院でもないようだし、そういった制度が無いというのも、また十分にあり得るはずだ。

 いざナースステーションの中をのぞいてみると、やはり人が居たらしい。

 中年の男性が一人、20代後半ぐらいの女性が一人。 黙々と、パソコンに何かのデータを打ち込んでいる。

 カルテか何かだろうか。

 何となく隠れながら聞き耳を立てると、微かに話し声が聞こえた。

「・・・・・・にしても、103号室の掛井さん。若い身空で可哀想なもんだよなあ。まだ10代だろう?」

「ええ、16才だったはずです。あんなにかわいい彼女も居たのに。脳腫瘍・・・・・・、仕方の無いことだとはいえ、ねぇ」

「よくあることではあるんだろうがなぁ」

「でも、稀なことでもあります。私たちはこういう職業ですから、慣れてきてしまってることではあるんですけど、やはり当の本人からしたら何億分の一もの理不尽だと思います」

 ――――――ああ、俺のことだ。

 同情的なその台詞とは裏腹の、悲しいほどに他人事な彼らの態度。

 その矛盾とも言えない、今の俺とはどこまでも剥離した現実的な会話は、俺が世界から外れた存在なのだと思い出させる。

 胸の動揺は・・・・・・ない。

 ただ、思い知らされただけだ。

 ただ、それだけの話。

 そっと、俺はナースステーションから背を向け、足音を立てないようにして歩き出す。

 今は、振り返るようなときで無いから。

 どうしたいのかを知るためにも、歩き続けなければならない。


      第二節


 病院を出ると、外気はシンと背筋の凍るような静寂に包まれる。街は未だ眠っており、日が出るのもまだ当分先のことだろう。

 街道の方へと歩いて行くと、遠く、道路の中をまばらに走る車の列が見えた。

 そのヘッドライトの明かりも、昼の喧噪の中で無ければどこかもの悲しい。

 ―――とりあえず、街の方へ出ようか。

 未だに、ここが元々すんでいた街とどの程度の位置関係にあるのかもわかっていない。

 せめて駅の方へ出て、ここがどこら辺にあるのか確かめなければ。

 そんなことをぼんやりと考えながら、黙々と歩を進める。

 しばらく―三十分ほど歩いただろうか―坂道を下っていくと、オフィス街へと出た。

 こぢんまりとした、けれどきれいに清掃された街だ。

開発された地方都市といった風情だろうか。 

 しかし、なるほど―――と、胸の中で少しの納得をする。

 遠目にはわからなかったが、俺はおそらくこの街を知っている。

 通学途中に通る駅の一つだ、ここは。家からの距離もそれなりにある。あくまで、電車での話ではあったので正確な距離感は掴めないが、徒歩で行くとなるとそれなり以上の距離があるのでは無いだろうか。

 おそらくは、半日以上は掛かるだろう。

 それでも、俺が消えるまでは余裕のある話であるのだけど。

 ああ、思ったより大変そうだな―――なんて、そんな事は思っても仕方のない事だ。簡単にいくだなんて、それこそあり得ないことなのだから。

 むしろ、どんな道を行けば良いのかわかっているだけ大分ましではないか。

 夜は未だに明ける気配もなく、煌々と輝く月が街をただ静かに睥睨していた。


      第三節


 街を歩き続けて二時間は経ったろうか。幽霊の体というのは便利なモノで、普通ならばとうに限界となっているはずの疲労を、俺は毛ほども感じずにいた。

 ただ、精神的な痛痒は生前と変わらず訪れる。

 俺は、この当て所もない一人旅に少々飽きを感じ始めていた。最も、そんな事を言っている場合でもないというのも、また分かっていることでもあるのだが。

 眠気ではなく、暇から来る欠伸をかみ殺しながら黙々と歩を進める。

 そんな折―――ふと、耳に微かな喧噪が届いたような気がした。

 眠った街には似つかわしくない騒音。

 これが昼間のことであれば、気にもせずに通り過ぎたことだろう。しかし、深夜というこの時間のみにおいては、紛れもなく俺の気を引く『異常』であった。

 耳を頼りに、ざわめきの大きくなっていく方へと進んでいく。音の源は、大きな道路からは一歩外れた住宅街へと続いているようであった。

 街路をのぞき込むと、そこは閑静なベッドタウンといった風情であった。その住宅達は、夜の暗闇の上からでもその大きさが窺える。 

 しかし今この瞬間において、この街は優雅な箱庭などではなく、死者を弔う陰鬱な影と化していた。

 一台の黒塗りのリムジンを頼りに、周りを老若男女様々な人々が囲っている。しかしてその様子は、俺の脳裏にあるデジャブを起こしていた。

 ―――――――コマ送りの劇画のような曖昧な映像。その火花のような一瞬の中では、走り去る霊柩車を人々が沈痛な雰囲気で送り出している。影絵のように顔が隠れており、その表情をうかがい知ることは出来ない。その、一瞬の停滞を打ち破るようにして泣き叫びながらこちらへと走り出す一人の少女。ああ、せっかく綺麗な喪服なのに。そんな靴で走ったら、こけて転んでしまう。車はスピードを増し、少女はますます引き離される。思うことはただ一つ。もうちょっと、もっと彼女と一緒にいたいのに。……彼の胸に後悔だけを残し、一瞬の夢は覚めていった。

 一瞬の夢が覚めると、そこは変わらず陰鬱な街そのままであった。

 だが、その光景は先ほどの夢とひどく被る。まるで、見せつけられでもしているような感覚。

 俺は、引き寄せられるようにして霊柩車へと足を寄せていく。

 慟哭する、家族の姿が見えた。

 ぼぅ、とどこか焦点の合わさらない瞳で霊柩車を見つめている。

 それもまた、どこかで見た風景だ。

 胸が軋む。頭の中に、脳裏に焼き付けるようにしてその弔いを眺める。

 生きていた頃ならば、そのまま他人事として通りすぎ、一刻の後には忘れ去るようなものだ。

 今はただ、何よりも近いリアルでしかない。

 ・・・・・・車が、軽いエンジン音を響かせ始めた。

 どうやら、出発するらしい。

 各人、遺骨に向かい最後の言葉をかけ始める。

『さようなら』だとか『ありがとう』だとか。

 それに対して、気のせいだろうか答えるような声があるような気がする。

 いや、気のせいではないだろう。

 微かな声で、しかししっかりとした声が聞こえる。

 ただ、『お幸せに』と。

 多分、それは生きている人には聞こえない声で。

 それでも、ただ願いが届いているのなら。

 ―――ふと、気づいたことがあった。

 ああ、これが本来あるべき別れの形なのかと。

 亡くなった方が、どんな人なのかは俺は知らない。

 どんな歳で、どんな性格で、どんな――死に方をしたのか。

 ただ、それは彼―または彼女にとって、何の脈絡もなく、突然降って湧いたようなモノなどではなかったのではないだろうか。

 せめて、残される者にとって置いてけぼりにされたというわけではなく、託されたと思わされる程度には。

 だから、遺族たちはきちんと悲しめる。

 死をかみしめ、たとえ後ろ向きであろうとも、ちゃんと前へと向いていけるのか。

 ・・・・・・彼女は、どうだったろうか。

 俺の死を、理解していてくれていただろうか。

 そんなことは、なかっただろう。

 彼女は―――彩華は、突然おいて行かれる理不尽に苦しんでいただろう。

 泣き叫んで、いたのだ。

 だから多分、俺が悔いを残しているのならそこなのだ。 俺自身の苦しみよりも、彼女の苦しみを取り除いてあげたかったと願う。

 死者にとって、自分の存在なんてものは、苦し紛れで曖昧なものでしかないのだから。確かなものは、生に縋れるのは、残していった者たちだけ。

 残されていった人たちが、死者を過去の存在としてではなく、現在のものとして苦しむような羽目になるのなら、それほど理不尽なものもないだろう。

 だから―――何とかしてあげたいと願う。

 もしかしたら、俺に出来ることなどないのかもしれない。

 この身は一介の亡霊。

 特別なものなどではけしてない。

 だけど―――それでも、そんな台詞で諦めて、この足を止めることだけは決してならないのだと。

 今はただ、そう思うことしか出来ない。

 ふと、水平線の彼方を臨んでみると。そこには、新しい日の訪れを告げる、淡い太陽の光が昇っていた。


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