1話:旅立ちの時…
「――まだ歩くの?」
隣で不機嫌そうに呟く声が聞こえる。その声を発した主を見て大きく溜息をついた。そ
の声には答えず、黙って月の澄んだ明るい夜空の下を歩き続ける。何キロか先に見える明
かりが、イースト国の端の街『アシュビッフィ街』への入り口だろう……。
旅を始めてもう二年か、そう考えてふと故郷を思い浮かべる。故郷と言っても、血の臭
いも混ざった悪臭が漂う薄暗いスラム街である。生まれてすぐに棄てられたのか、気がつ
いたらそこに立っていた。空腹を満たすためにゴミの中から食べられそうなものを掻き集
め、イラついた大人達から暴行を受ける日々が当たり前であった。両親が誰であるのか、
知ろうと考えたことはない。知ったとこで、どうにもならないからである。棄てたことに
復讐する気も、生んでくれたことに感謝する気も、全くない。ただ、古ぼけた記憶の中で、
誰かの泣き声だけが気になっていた。赤ん坊の声に聞こえるが、それが自分の泣き声なの
か、もしくは、自分の兄弟の鳴き声なのか……。ひたすら、その答えを求めて考えていた。
だが、当然わかるわけがなかった……。
そんな日々に終止符が打たれたのは、二年前――旅立ちを決意した日だった。
二年前、十二月――。
僕には生まれつき、特別な能力があった。それは、怪我している人や、病に侵されてい
る人々を救う、治癒の能力である。だが、それとは逆に、治癒するのではなく、その痛み
を重くすることもできた。そんなわけで、僕は好かれていたり、嫌われていたりした。僕
を嫌う人々のほとんどは、街に住む大人達だった。
今日も、スラム街の隅で、僕は一人うずくまっていた。その汚れた小さな体には、無数
の傷がつけられている。その傷からは、まだ、赤黒い血が流れていた。つい先程まで、イ
ラついた大人達から暴行を受けていたのだった。頭の中で、その大人達が吐いていった言
葉が、妙に焼きついて離れない。生きる価値は無い――。こんな所で暮らしていればよく
言われる言葉であるが、僕はその度に悩んでいたのだった。それでは自分は何のために生
まれてきたのだろうか……。だが、その悩みの答えがどう考えても解らない事を、僕はす
でに知っていた。それでも、答えを見つけようと無駄な努力ばかりしていた。
数時間そのまま考えて、ようやく立ち上がる。そして、傷ついた足を引きずりながら、
ゆっくりと歩き出した。すぐそこの路地を抜ければ、大きな広場がある。中央のドラム缶
と、積み上げられた土管の他には何も無い無人の広場である。僕はいつも、そこで暮らし
ていた。
薄暗く狭い路地を歩いて間もなく、広場にたどり着く。そして、雨が降っていることに
気づき、積み上げられた土管の中へともぐりこんだ。そこから、中央のドラム缶に視線を
向ける。ドラム缶の上には、一匹の三毛猫が座っていた。このスラム街にも猫は何匹かい
るが、この三毛猫は初めて見る。迷い猫だろうか……。目を細めて、その猫の様子を窺う。
その視線に気づいたのか、三毛猫が弾みをつけてドラム缶から不格好に飛び降りた。黄色
がかった緑色の眸を向け、慎重に窺いながら寄ってくる。平然にしているが、後ろ左足を
引きずっているようである。
「――怪我、痛そうだね」
目の前で立ち止まった三毛猫を抱き上げて、土管の中へと入れる。そして、答えるはず
も無い猫に問いかけた。猫はその手から逃れようと、必死になってもがいていたが、僕は
放そうとはしなかった。
「骨折しているみたいだ。君はタフなんだね。かなり痛かったでしょ?」
そう言って、三毛猫をゆっくりと座らせる。そして、不思議そうに見上げる猫の目の前
で、両手を重ねて瞳を閉じた。
「ちょっとだけ我慢してね」
そのまま、大きく息を吐く。吐ききると同時に、その重ねた両手から、眩しい緑色の光
が射した。その光が、三毛猫の後ろ左足を覆っていく。三毛猫は、黙ってそれを見つめて
いた。やがて、その光は消え、僕はゆっくりと目を開いた。そして、三毛猫に小さく笑い
かける。
「もう痛くないよ。歩いてごらん」
三毛猫はスッと立ち上がり、今度は小馬鹿にするような顔で見上げてきた。
「まずは、自分の怪我を治したらどう?」
どこからか、小生意気な子供の声が聞こえてくる。誰だろう、と辺りを見回してみるが、
人の居る気配は全くない。広場には、僕とこの猫しか居ないようである。空耳だったのだ
ろうか……。
「そのうち、大量出血で死ぬかもよ?」
再び、どこからか声が聞こえてくる。まさか――。僕は、恐る恐る三毛猫を見た。三毛
猫は不機嫌そうに、大きく尻尾を振っている。僕の視線に気がつくと、小さく鼻で笑って
見せた。
「何、その顔?三毛猫が喋るなんて可笑しいって言いたいの?生憎、それは聞き飽きたよ。
毎回言われているからね。三毛猫が喋るなんて、ロマンチックじゃないじゃん!……って
さ」
三毛猫がすねた表情で、口をパクパクと動かしている。ということは、この三毛猫が喋
ったということか――。
「今、君が喋ったの?」
すかさず、三毛猫に問いかける。
「そうだよ。三毛猫で悪かったね」
三毛猫は無愛想にそう答えたが、僕は、興味津々にその猫を抱き上げた。当たり前だが、
喋る猫を見たのは生まれて初めてのことである。喋ったら面白そう、と考えてはいたもの
の、喋るわけが無いと否定し続けてきた。
「喋る猫なんて、始めてみたよ。信じらんない……」
目を輝かせてそう言う僕に、三毛猫は不思議そうに顔をしかめて僕を見た。
「何言ってんだい?猫が喋るなんて当たり前のことだろう??」
今度は、僕が顔をしかめる。
「まさか。このスラム街には、喋る猫なんて一匹もいないよ」
「それこそ、信じられないね!喋らない猫こそ滅多に見ないよ。――君も能力者なんだか
ら、それくらい知ってるでしょ?」
能力者――。僕を嫌う大人達が、僕のことをそう呼んでいた。おそらく、特別な能力を
持って生まれてきた者のことを、そう呼ぶのだろう。でも、僕は、その呼び名を嫌ってい
た。能力者という呼び名は、人殺しの意味でもあったから……。
「僕は、能力者なんかじゃないよ……」
大きく首を振って否定する。
「何言ってるんだい?君はさっき、能力を使っていたじゃないか」
「あれは……」
思わず身を引いて下を向く。
「なるほど――嫌いなの?」
その様子に気づいたのか、三毛猫が、僕の顔を覗き込む。
「え――っ?」
「能力者、嫌いなの?」
三毛猫の言葉に、拳を握って黙り込む。能力者が罪の無い人を殺している姿は、何度も
この目で見てきている。それまで、この能力は誰かを救うためにあるのだと信じていた。
だから、この能力が、人を殺すためにあるのだと知った時は、地獄を見たような感じであ
った。
「……僕は、この能力を人殺しになんか使いたくない。せっかく、治癒の能力を授かった
んだから、傷ついている多くの人を救いたい」
真っすぐ真剣な眸で、まるで自分に言い聞かせるように強く言う。三毛猫はそれを聞き、
目を細めて僕を窺ってきた。
「治癒の能力は、使い方を変えれば、人を殺すことだって出来る。――君は、どんな事が
起きても、人を殺さないと誓えるの?」
「誓える。僕は、人殺しなんかしない。争うことだけが、解決法じゃないから」
「――本当に?」
三毛猫の黄色がかった緑色の眸が、僕を見据える。やがて、小さく溜息をついて、ゆっ
くりと土管の外へと出た。いつのまにか、雨は止んでいるようである。
「……君はきっと、生きる価値があるよ。――その能力で人を救いたいのなら、僕につい
てきな」
「え――?」
「僕が、もっとその能力を鍛えてあげる。そうすれば、沢山の人が救えるはずだよ」
三毛猫が立ち止まり、驚いている僕を振り返って見た。小生意気な顔つきだが、黄色が
かった緑色の眸は、真っすぐだった。その眸が、僕に問いかける。
「――どうする?」
このスラム街から出れば、もっと苦しむだけではないだろうか。目の前で、何人もの命
が奪われていく。そして、僕もまた、人殺し扱いされるのではないだろうか……。
「風の噂で聞いたんだ。セントラル国のスラム街に、治癒の能力を持った子供がいるって
さ。僕は、興味があったんだ。僕が……いや、世界中が求めていた力だから」
多くの人が、僕を求めている。僕は、傷ついてもいい。一人でも、その命が救えるのな
ら。今までも、そう生きてきた。だから――。
「もちろん、行くに決まってるよ。――僕は、世界中の人を救うために生まれてきたのだ
から――」
* * *
「――ノエル?」
ふと、自分を呼ぶ声に慌てて我に帰る。振り向いて見ると、何メートルか先の方に、黄
色がかった緑色の眸をした三毛猫が、しかめ面をして座っていた。慌てて引き返し、三毛
猫の前に立つ。
「何ボ〜っとしちゃってんの?ここだよ、今日泊まる宿」
「あぁ、ごめん。ありがとう、ミケ」
そう言って、三毛猫のミケが目の前の古い宿屋に入っていく。その宿屋を、ノエルはじ
っくりと見上げた。屋根や壁は苔むしていて、所々が剥がれ落ちている。まるで、廃墟化
した建物だ。しかし、金が無いから仕方がない――と、そう深く溜め息をついてから、ノ
エルはゆっくりと宿屋の中へと入った。
宿屋の中は外見と違って、それほど古くはなさそうである。床のホコリや、家具のサビ
なども、ほとんど目立つものはない。おそらく、こまめに掃除をしているのだろう。ロビ
ーの中央奥にある受付を見ると、そこには、髭を生やした大きな男が立っていた。その男
のもとへ行き、部屋の鍵を預かる。その際に、男はミケを怪しそうに覗き込んでいた。
男から預かった鍵で、二階にある部屋の戸を開く。一番にミケが部屋の中へ入っていき、
続けてノエルが入り、戸を静かに閉めた。部屋の中もロビーと同じく、こまめに掃除がし
てあるようである。また、広くもなく狭くもない。人間二人では充分な広さである。ただ、
人間一人に猫一匹では、少し広いように感じられた。とりあえず、荷物を置き、
座り込んで一息つく。
「――明日はどうするの?」
三枚重ねの座布団の上にまるまって、ミケが尋ねる。そのミケを横目で見て、ノエルが
答えた。
「街の見学に行きたいから、ミケは休んでいて良いよ」
「了解。――おやすみ」
「おやすみ」
再び一息ついて、部屋の中を改めて見回す。ベランダがあることに気づき、ノエルは静
かに窓を開けてベランダに出た。明らかに部屋の中とは違う雰囲気。冷たい風は、新鮮で
ある。空を見上げると、いくつかの小さな星が目に入ったが、然程美しいわけではない。
深く溜息をついて、ネオンが輝いているわけでもない真っ暗な街中を見下ろした。ここに
も『平和』という文字はないのだろうか……。
旅を始めて二年。今まで沢山の所を訪れたが、どこでも戦争は起きていた。ある所では、
その戦争に巻き込まれてしまったこともある。治癒の能力を使っても、目の前で沢山の人
が死んでいき、仲良くなった友でさえも失ったことがあった。そのせいで、ノエルは心に
深い傷を負っていた。だが逆に、戦争を終わらせよう、という気持ちも湧いてくるのであ
った。
「――あなた、旅人さん?」
突然、隣で少女のような声がする。慌ててその声がした方を見ると、すぐ隣に金髪の少
女が、笑顔でノエルを見つめて立っていた。そして、ついでに、このベランダがどの部屋
とも繋がっていることに気がついた。
「あたし、アリス。――あなたの名前は?」
「……ノエルです」
アリスが手を差し出し、お互いに握手を交わす。ノエルは、改めてアリスを見た。長い
金髪に、まるで人形のような顔立ちをして、手足は細く色白である。その笑顔には、とて
も愛敬があり、思わずつられて笑顔になってしまうほどである。
「出身はどちら?」
「セントラル国のスラム街です。僕、棄てられたらしくて……」
そう言って、ノエルは後悔した。今までの旅の中でも、同じように答えてしまい、相手
に気を使わせてしまったことがあった。窺うように、アリスの顔を見る。
「そう。それはお気の毒ね。――アシュビッフィへは初めて?」
アリスは一瞬驚いた表情を見せたが、笑顔に戻してそう問い返した。その反応に、ノエ
ルも一瞬驚いて目を見開く。それから、黙って大きく頷いて見せた。
「それなら、明日あたしが案内してあげる」
ノエルの答えに、アリスが嬉しそうに笑顔でそう言う。
「それは助かります。ありがとうございます、アリスさん」
「どういたしまして」
小さく御礼するノエルに、アリスが笑顔で答える。それから、ベランダの手すりに両手
をかけると、振り向くようにノエルを見た。そして、三メートル程下の地面へと、勢いよ
く跳び降りる。アリスは、何事もなかったかのような表情で、軽やかに着地して見せた。
「アリスさん――!」
思わず息を呑んで、ベランダからアリスを見下ろす。そんなノエルに、アリスは得意げ
に笑って見せた。
「じゃぁ、また明日ね――」
* * *
朝、十時頃――、街中の商人達が一斉に活動を始め出す。晴天で気温も程良く、まさに、
仕事日和である。
部屋の戸が、ドンドンと鈍い音を鳴らす。アリスが来たのだろうか。読んでいた本を閉
じ、ぐっすりと眠っているミケを起こさないように、静かにその戸を開く。そこには、笑
顔で立っているアリスがいた。
受付の男に部屋の鍵を預け、二人で街へと出る。深夜の街中とは違い、とても明るい雰
囲気である。人々にも愛想があり、旅人であるノエルを見かけると、明るい笑顔で話しか
けてきた。気がつくと、ノエルもこの街に和んでしまっていた。
街中の広場に出ると人々は一層賑わい、雑貨や食物を売っている露天商の店がずらりと
並んでいた。よく見ると、ノエルの見たことのない珍しい食物も売られていた。その一つ
一つをじっくりと見ていくと、やがて、片隅にある小さな店の前でノエルは足を止めた。
美しく透き通った丸い何かが、ノエルを惹きつける。その横でアリスは、何故かクスクス
と笑っていた。
「――お兄さん。これが珍しいのかね?」
露天商の老人が、アリスと同様に、可笑しそうに笑って問いかける。ようやく、アリス
が自分を見て笑っているのだと気づき、ノエルは恥ずかしそうに赤面した。その顔を見て、
アリスが益々苦しそうに笑ってみせる。
「それは――、やめといたほうがいいわ」
ノエルの袖を掴んで、アリスが歩き出す。それから、ノエルの耳元で付け足すように囁
いた。
「見た目は綺麗なんだけどね、味は不味いことで有名なの――」
賑わう広場を抜けると、まるで別世界のように、まるっきり人気のない町並みへと出た。
しばらく歩いていくと、ふと、案内をするアリスの足が立ち止まった。その見つめる目線
の先には、白く小さな教会がある。どうしたのだろうか――。アリスの顔を覗き見る。ア
リスは何故か、懐かしそうな表情をしていた。
「――小さい時、ここに住んでいたの」
町並みを歩き出しながら、ようやく、アリスが口を開く。
「正確には、隠れてた――かな」
隠れていたとはどういうことだろう、と首を傾げてアリスを見る。アリスは、小さく笑
っていたが、どこか哀しそうでもある。
「ノエル君は『虹の大陸』に行ったことある?」
アリスが振り返って問いかける。その表情には、すでに笑顔は消えていた。ノエルは、
大きく首を横に振って見せた。――でも、聞き覚えならある。
「それなら、この戦争の始まりは知ってる?」
再び、大きく首を横に振る。今度は、全くって程に知らなかった。
「――この戦争は、虹の大陸にある『空白街』から始まったのよ」
一息ついて、アリスが切り出す。
「そこに、特殊な能力を持った二人の少年がいたの。成長していくにつれて、二人は自分
の能力を試してみたいと思うようになった。でも、“狂った政治を立て直し、助けを求めて
いる人を救う”という意見と、“狂った世の中自体を滅ぼそう”という考えに分かれてしま
った。――こうして、前者は『神』と後者は『魔王』と呼ばれ、次第に世の中も二つに分
かれ、戦争を繰り広げるようになってしまったの。最初は、能力なんて持ってない人が多
かったから、武器を使って戦っていたのだけど、そのうち両方が、人々に能力を授けるよ
うになっていったの。そしたら、能力者が神側と魔王側にわかれて、お互いに憎しみをぶ
つけ合うようになってしまったのよ」
戦争がどうして始まったかなんて、考えたことすらなかった。だが、何故彼等は争って
想いを伝え合うのだろうか。
アリスは話しを続ける。
「でも――、一部だけ……どちら側にもつかない者達が居たの。今はもう、二つに別れて
しまったのだけど」
そこまで言って、一息つく。
「――それは、兵器として科学者が発明した、極めて人工的な存在」
「人工的な……存在?」
顔をしかめて、アリスの次の言葉を待つ。だが、アリスは下を向いて、なかなか口を開
かなかった。長いこと沈黙が続き、5分ぐらい経ってから、アリスはようやく、ゆっくりと
口を開いた。
「――あたしも、その一人」
驚いて大きく息を呑む。そして、信じられないとでもいうように、大きく首を横に振り、
目の前で哀しい眸をしているアリスを見た。
「あたしは、兵器である自分が……人を殺せる自分が、すごく怖かったの。何度も何度も、
本気で死のうと思ったわ。でも、それさえも怖くて出来なかった。――だから、あの教会
に隠れたの。戦争から、逃げてたの!」
アリスの目から涙がこぼれ落ちる。
「どうして……」
それにつられるように、ノエルの目からも、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「どうして、戦争はそこまで苦しめるんですか?どうして?」
ノエルは複雑な気持ちだった。何よりも、その現実にショックを受けていた。兵器とし
て人の手で造られ、戦争で人を殺さなくてはいけない。きっとアリスは、普通の人間とし
て生まれたかったはずだ。
「……ごめん。なんか暗い話になっちゃったね。――どっかでお茶しようか。この近くに、
良いお店あるからさ」
沈黙が続いたまま、アリスの後を歩いて間もなく、アンティークな喫茶店にたどり着い
た。入り口の横にある看板に、『ルージュ』と大きく書いてある。おそらく、それがこの店
の名前だろう。アリスが、ゆっくりと店の戸を開くと、カウンターで葉巻を加えた若い女
が、ノエル達をすぐに出迎えてくれた。アリスと二人でカウンターの席に座ると、若い女
は後ろの棚からティーカップを二つ取り出した。
「――アンタ達、未成年だろ?紅茶でいいかい?」
若い女は、アリスとノエルが頷くのを確認すると、フルーツの香りがほんわりと広がる
温かい紅茶を、ノエル達の目の前でティーカップに注いだ。
「コイツが、アリスの言ってた奴か?」
紅茶の入ったティーカップをカウンターに置いて、ノエルを親指で指す。アリスは、笑
顔で大きく頷いて見せた。それを見て、若い女がまじまじとノエルを覗き込む。
「なかなかいい男だね。――あたしは、エフィー。アリスの保護者だよ」
「あ、どうも。ノエルです」
エフィーが手を差し出したのに気づき、お互いに握手を交わす。保護者ということは、
アリスが人工的な存在であることは知っているのだろうか、そう考えてエフィーを複雑な
表情で見つめ返した。
「――旅してるんだって?」
「え――っ?あ、はい」
思わず、聞きそびれそうになる。慌てるように、ノエルは答えた。
「ごめんなぁ、こんな街で。――あたしが小さい時は、まだここは戦地じゃなかったんだ
けどさ。今では、毎日のように戦争が起きてるよ。あたしの息子なんて、戦争慣れしちま
ってやがる」
エフィーが、カウンターに頬杖をついて深く溜息をつく。そして、何か思いつめた表情
を見せた。
「息子さん、いらっしゃるんですか?」
すかさずノエルが問いかける。そのノエルに、エフィーは弱々しく笑いかけた。
「まぁね。最近は反抗期で、母親扱いしてくれないけど……」
再びエフィーが深く溜息をつく。
「あ、でも、きっと、色々とエフィーさんに感謝していると思いますよ」
「ありがとう。まぁ、感謝されるようなことは、いっぱいしてきたからね。感謝してくれ
ないと困るよなぁ」
エフィーが体勢を立て直し、葉巻の火を灰皿に押し当てて消してみせる。それから、ノ
エルとアリスの目の前に、紅茶の入ったティーポットを丁重に置いた。
「好きに飲みな。あたしは、ちょっと奥行ってるからさ。――じゃぁね、旅人さん」
そう言って、後ろ向きに大きく手を振りながら、エフィーは店の奥へとゆっくりと消え
ていった。
「優しい人だね、エフィーさんって――」




