プロローグ
その戦争は 何故 始まったのだろうか
何故 殺しあわなければならないのだろうか
何故 この運命はこんなにも皮肉なのだろうか
あの美しい笑顔は 何処へ消えたのだろうか――
某所――。
風が哀しげに唸り声を鳴り響かせる。暗闇の中で、影が大きく動き出した。別の影は、ただじっと動く影を見つめている。
「――お前は間違っている」
それは、美しく優しい女性の声である。
「世界を滅ぼしたところで、お前は何を手に入れられるか。いや――そこには、何も無い。お前が今思っている“幸せ”とは、紛い物にすぎんのだよ」
そう影に言い聞かせ、女性が、その影の傍へと歩み寄った。そして、優しく影の手を取り、それを頬にそっと当てる。非常に――冷たいものを感じる。女性の眸から、一筋の涙が零れ落ちた。
「お前は、これ程までに冷たくなってしまったのか」
その言葉に、影が小刻みに動く。
「皮肉なものよ。――私は知っている。お前の手は、あんなにも温かかったろう。お前は忘れてしまったのか?」
影に問いかけるように呟き、その手を放す。ゆっくりと後ろへと退いた女性は、影の形相を見つめ強く目を瞑った。それは――、もはや人ではない。
「……すまないな。私が悪いのだ」
女性は、大きく息を吐いた。
「お前が、リオンを怨む気持ちは解っている。私はお前にとって、憎き命なのだからな。――だが、怨むなら私を怨め。私もリオンを愛したのだ」
咄嗟に、影が女性へと飛び掛った。だが、影は女性の目の前で崩れ落ちる。その影を、女性は哀しみ溢れた眸で見下ろした。
「今のお前では、私を殺れぬ。お前の力は、徐々に封印され始めているのだ。――時期に、お前は無力となり眠りにつく」
女性が、再び大きく息を吐く。
「お前の為なのだ。わかってくれ――」
冷たい風が辺りを包み込む。その唸り声は、まるで女性の心の涙のようにも聞こえる。女性は、振り返り影に背を向けると、ゆっくりと歩き始めた。
「お別れだ――」
立ち止まり、影を振り向く。
「――今、私の腹の中には二人の赤子が眠っている。そのうちの一人は、エラゴの血を持って生まれてくるであろう。そして――、悪魔という異名を持つ」
風が一段と不気味に唸り声を轟かせる。女性の美しく長い髪が、大きく揺れる。女性は、一息ついて静かに目を瞑った。
「母上から聞いたのだ。彼を産み落とすことにより、私の体は弱まり、いずれ命を落とすだろう――と。だが、私はこの子達を愛している。だから、産むことを決意した。堕ちるところまで堕ちてみせようではないか」
女性の眸が、陽に当たり煌びやかに輝く。
「――この子達は、別々となり遠くへと飛ばされる。悪魔の子は自然の魔の道へと向かい、もう一人は神の道へと進むだろう。だが――いつか、出会う日が来る筈だ。私は、二人が幸せになることを願おう。そしてお前も、本当の“幸せ”を見つけ出してくれると良い」
再び、ゆっくりと歩き始める。そして、高くある窓の向こう側の空を見上げ、語りかけるように口を開いた。
「――頼んだぞ、神。あの神話のように、この空に人々を結ぶ“虹の橋”を架けてくれ。私は、お前を信じ愛しているのだ」
その空に虹の橋が架かる時
その世界は真実の愛を手に入れる――
こちらでも連載開始しました。
初めまして、宜しくお願い致します。
この作品は完結までとても長くなるのですが、最後までお付き合いしてくださると嬉しいです。感想等がありましたら、是非聞かせてください。