日 課
舞台はアメリカの日常風景です。
アメリカの学校は、スクールバスでの通学または親の送迎という形がとられています。小さな町になると、公立の学校が保育園から高校までが一箇所に集合的に並んで建てられていたりします。
そんな地域の日常からはみ出た…日常のお話しになります。
「ああ、時間が過ぎるのってどうしてこう早いんだろう」
そういって、急いで車に乗り込んでエンジンをかけた。
車の中の時計を確認すると、午後二時。
家から子どもの学校までは混んでいなければ車で二十分。
「さてと、今日も快適なドライブだ!」
私は鼻歌を歌いながら、今日は学校で何をしたのかしら?とか、もうそろそろ娘の誕生日だからプレゼントをそろそろ用意しなくちゃ……などと考えていた。
この時間のドライブは、隠れているポリスカーに注意しないとスピード違反で捕まるなんていうことがある。そうこう考えていたら、あっという間に学校の近くの道路にきていた。
左側には高校と中学の建物が並んでいる。
「娘もいつかここに通うのね……」
娘がティーンエイジになって、女らしい服をまとっている姿を想像した。
私は、行き止まりの道路の手前を左折して小学校の敷地に入った。
小学校のドライブウェーは、子どもの送り迎えするための場所があり、お迎えの時間の時は三十分前くらいから二列に並ぶことになる。
私は今日も三十分前にドライブウェーにきて、車を停車させた。
あとは三時になるまで、車内で軽く読書をする。
子ども達の弾む声が遠くから近づいてくる。
「あ、学校終わったね」
ぴょんぴょんと小さな子ども達が待合所にやってきた。
最初に来るのは幼稚園クラス。
「かわいいなぁ、まだあんなに小さい。娘も最初はあんなだったっけ……」
私の頭の中で、小さく力いっぱい走ってくる娘の姿を思い出した。
五分後になると、全部の学年がお迎えの車の待合所に走ってくる。
学校の校長や学校カウンセラー、ボランティアの人が、お迎えの車と子どもがマッチングするように、上手にさばいていく。
子どもとお迎えの車がマッチすると、順番に並んだ列は少しずつ前に進む。
私が先頭になった。
子ども達がみんな建物からでているはずなのに、娘がなかなか来ない。
私の車の後ろはまだ長い列が連なっている。
困ったもので、先頭である私の車に娘が来ないことには、私の車も動けない。
私の車の横にいた校長が窓を叩いた。
「あ、シドニーさん……悪いけど車を駐車スペースに移動してくれるかな?」
私はしぶしぶ、「はい、すみません」といって列から外れた駐車スペースに移動した。
私は建物から降りてくる階段をずっと見つめる。
一体、娘はいつになったら降りてくるんだろう。
二列に並んでいたお迎えの車は、もう一台も残っていない。
私は、心配で泣きそうになっている。
コンコンと校長が再び車の窓をノックした。
「シドニーさん、もう今日はみんな車に乗りましたよ。あなたももう家に帰りなさい」
私は少しずつ我に戻ってくる。
そして眼からは、涙がぽろぽろと頬を伝い落ちる。
あの時、娘は一年生だった。
どんなに私が娘の学校のお迎えの時間を楽しみにしていたか。
校舎から続く階段を転ばないように下りる姿、車に向かって手を振る娘。
彼女はあの日、二列に並ぶ車の外側に並んでいた。
娘は私の車を見つけると、一目散に走ってきた。
内側に並んでいた車の先頭を横切った瞬間、車は発進した。
私の目の前で、娘は空中に舞い上がり地面に倒れた。
子ども達を待つ車の列、親の車を待つ子ども達、教師たちの悲鳴がところどころ響いた。
私は狂ったように娘の名前を叫び続けた。
そうだ……、彼女の動く姿は、もう私の頭の中にしか残っていない。
私は大きなため息をついて、静かにエンジンを発進させて家に帰る。
空っぽになった心と共に。
「彼女にも困ったもんですね……」学校カウンセラーのジャニスが言った。
「彼女の気持ちは痛いほどわかるんだけどね。もう娘さんが亡くなってから二年になるんだから……前に進んでほしいとは思うんだがね……」と校長はゆっくりと眼を伏せた。
校長は、明日もシドニーがお迎えの列に並ぶのを知っている。
なぜなら、それは彼女の日課だったのだから。