転生するので、パラメータ〈文才〉に極振りして大物小説家を目指します。
『それでは、お好きなようにパラメータへ割り振ってください』
椅子に腰かけた細身の男は、それだけ言うと、机の上に置かれた書類へと目を戻した。
――俺は、死んでしまった。
歩きながらスマホでポチポチと文字を打っていた俺は、目の前の信号が赤に変わっていることに気づかなかったのだ。けたたましいクラクションの音が耳に飛び込んできたときには、すでに手遅れ。最後に見たのは、視界いっぱいに迫る大型トラックのフロント部分だった。
そして、次に目を開けたとき、俺は真っ白な世界にいた。ここはおそらく天国か。それとも、天国と地獄のどちらへ向かうかを決めるための中間地点なのだろうか。
「パラメータ?」
『ええ。転生するにあたって、ボーナスポイントが付与されます』
はあ、ボーナスポイント……。
無言のままでいると、男は少し面倒くさそうに付け加えた。
『あなたは勝ち上がったでしょう? それのご褒美みたいなものです』
ああ、さっきの。
死後、俺たち――おそらく、俺と同じく死んだ者たちは大広間のような場所に集められ、全員参加のじゃんけん大会が始まった。何が何だかさっぱりわからないまま、俺は順調に勝ち進んだのだ。惜しくも最後の一戦で敗れてしまったが。
「えー、つまり俺は能力を底上げした状態で転生できると?」
『おっしゃる通りです』
止まったはずの心臓が高鳴った。
俺は、小さい頃から空想に耽るのが好きだった。授業中も、眠りにつく前の静かな時間も、頭の中ではいつだって無数の物語が生まれていた。友人と呼べる友人のいない俺にとって、それはとても大事なことだった。
高校生になると、ネット上の小説投稿サイトにアカウントを作り、頭の中で膨らませてきた物語を、ひとつずつ文字にしていった。世界の設定を練り、登場人物の台詞を考え、続きを想像しながらスマホに打ち込む時間は、何にも代えがたいものだった。
投稿ボタンを押す瞬間、いつも少しだけ期待していた。もしかしたら、ランキングに載って大人気作品になるかもしれない。もしかしたら、有名な作家の目に留まって、大絶賛されるかもしれない。
でも、現実は甘くなかった。いくら作品を投稿したところで、閲覧数はまったく伸びない。感想が届くこともなければ、評価されることもない。青春を代償に書き上げた物語たちは、広大な電脳世界の片隅にひっそりと埋もれていった。社会人になって、三十路になっても、それは変わらなかった。
俺には、才能がなかった。
「えーと……〈文才〉っていうパラメータある?」
『ございます』
「それ、できるだけ上げたいんだけど……」
『十五ポイント上げられますが』
十五ポイント。
「それって、どれくらいすごいの?」
『あくまで参考ですが、あなたが亡くなられる直前を数値化すると、百七十四でした』
聞いたところで、いまいちピンと来ない。だが、十五という値は大したものではない。そんな気がした。
「……他のを削ってまわすことは?」
『ある程度は可能ですが、お勧めしません』
男は、ふう、と短い溜息をついて続けた。
『単純に、ボーナスポイントを生きるために必要なパラメータにまわした方が良いと思いますが。体力とか』
そんなことを言われても、俺の気持ちは少しも動かなかった。
俺は、才能が欲しかった。誰かの心に深く刻まれるような文章を書ける才能が。頭の中に浮かんだ情景や、胸の奥に渦巻く感情を、寸分違わず言葉に変えられる才能が。
どれだけ素晴らしい物語を思い描いたところで、それを形にできなければ意味がない。頭の中では鮮明に広がっている景色も、いざ文字に起こそうとすれば、途端に色褪せてしまう。
伝えたいことはある。書きたいものだってある。それなのに、いざ筆を執ると、並ぶ言葉はどれも陳腐で、思い描いていたものとは程遠い。
考えれば考えるほど、自分の無力さばかりが浮き彫りになっていく。
だから、俺は才能が欲しかった。
「⋯⋯想像力と感受性を除いて、他を削る。それで、〈文才〉が百ポイント高くなるように調整してくれ」
口下手な自分から、驚くほどスラスラと言葉が出た。男は一度だけ俺を見たが、またすぐに書類へ目を落とした。
『かしこまりました。手続きは以上で完了です。あちらの扉にお進みください』
男は肯定も否定もしなかった。最後まで事務的な態度を崩さず、奥に見える扉を指し示した。
俺は、光の漏れる扉に向かって歩を進めた。
――大文豪になってやる。誰に何と言われようと、絶対に諦めない。必ず自分の言葉で、大勢の心を揺さぶる物語を書き上げてみせる。どれだけ時間がかかろうと、どれだけ苦しい思いをしようと構わない。
たとえ、次の俺がこの夢を覚えていなくても。きっと、いつかどこかで、同じように物語を愛し、夢を追いかけてくれるはずだ。
俺はやる。絶対にやり遂げてみせる!
◇
『先輩、お疲れッス。そっちもラスト人間だったんスね』
背の低い女が、ダラダラとした足取りで現れた。
『お疲れ』
『マジお疲れッスよ。転生できるっつってんのに、生き返らせろって延々ゴネまくるのがいて』
顔を顰めながら肩をぐるぐると回すと、その身体が薄れ、やがて眩い光となった。
『それでまた、人間のカッコって肩が凝る? から嫌なんスよねえ。あ、先輩のトコには何か面白いヤツ来ました?』
『別に。いつも通りだ』
男もまた、そう言い終わると光へと姿を変えた。
『⋯⋯他を削ってまで、〈文才〉に百ポイント振った者がいたな』
『そりゃあ、えらく極端な。生まれ変わったら才能に気づくかも分からないのに。まあ、本人が納得してたならいいんじゃないッスか?』
白い世界は無に帰し、二つの光がゆっくりと天へ昇っていく。
『連続で人間になるヤツは確かに増えましたけど、識字率の高いところでしょ? 恵まれてるッスね』
その言葉に、男はさして興味もなさそうに訂正した。
『いや、人間じゃないが』
――――――――――――――――――――
「初めて見た。これが……」
男の目の前には、無数の蛍が舞っていた。
闇夜に浮かぶ淡い光は、ひとつひとつ瞬いては、ゆるやかに流れていく。まるで夜の帳に、星々が迷い込んできたかのようだった。
「なんて綺麗なんだ……。おおっ、インスピレーションが!」
男は鞄から大学ノートを取り出すと、湧き上がるイメージを逃すまいと、夢中でボールペンを走らせた。
「⋯⋯ふふっ。見に来た甲斐があったなあ」
男は満足そうな顔で呟いた。




