自己肯定感カンスト令嬢は、友人のモラハラ婚約者も無自覚に撃退する
「自己肯定感カンスト令嬢は、モラハラ気味の婚約者を無自覚に矯正する」の続編です。
読んでない方はそちらから読んでいただくとよりお楽しみいただけます。
公爵家の末っ子長女であるマーガレットは、それはそれは愛されて育った。
特に年の離れた三人の兄たちからは、それはそれは可愛がられていた。
マーガレットが好きなおやつがでれば競って差し出され、どこへ行くにも「俺のお姫様」と常に優しく抱き上げられていた。そんな溺愛を浴び続けて育った彼女の自己肯定感は、すでに天を衝くほどに高くなり、マーガレットにとって「自分が世界で一番可愛くて素晴らしい」というのは、砂糖が甘いのと同じくらい当たり前の事実であった。
そんな彼女の婚約者であるリカルドは、かつてはプライドが高く、素直になれず暴言を吐くモラハラ予備軍のような少年だった。しかし、そんな王子の暴言に対し、マーガレットは一切傷つくことなく、「王族なのに審美眼がないなんてお可哀想!」と本気で憐れんだ。
何を言っても「可哀そうな人」扱いで同情される斜め上の対応に、王子はすっかり毒気を抜かれ、今や彼女のシスコン兄にも劣らない「世話焼きな激甘婚約者」へと見事なクラスチェンジを遂げている。
そして現在、王立学園の高等部に通うマーガレットは、今日もまた圧倒的な自信と慈愛(という名の無自覚な暴力)をもって、一人の迷える子羊を救済しようとしていた。
「――ですから、私が悪いのです。ユージーン様の仰る通り、わたくしには華がありませんから。華やかなあの方たちのように、立派な彼の隣に立てるような価値がなく……。」
学園に設けられた豪奢なサロン。
マーガレットの向かいのソファに座る伯爵令嬢のクロエは、暗い顔を俯け、今にも消え入りそうな声で話していた。
マーガレットは知らないが、実は彼女の婚約者である侯爵家次男のユージーンは、絵に描いたようなモラハラ男であった。
将来は家のコネで近衛騎士団への入団が確約されている彼は、見目も良くまあまあ腕っぷしも立つが、女の価値を「自分を引き立てるアクセサリーになるかどうか」でしか測れない、極めて底の浅い男だった。
クロエはマーガレットのようなパッと目を惹く華やかさこそないが、亜麻色の髪を清楚にまとめ、誰に対しても細やかな気遣いができる、奥ゆかしくも可憐な令嬢である。彼女の淹れるお茶は誰の心も解きほぐし、彼女の施す刺繍はため息が出るほど繊細で美しい。
そんな彼女が淹れてくれるお茶は、マーガレットも大のお気に入りであった。
しかし、外見の派手さばかりを求めるユージーンには、そんなクロエの内面的な価値など欠片も理解できなかった。
『俺のような優秀な男の隣に立つなら、もっと派手に着飾って周囲の目を惹け』『お前のように地味でつまらない女、俺が情けでもらってやるのだから感謝しろ』と、事あるごとに彼女の人格を否定し、貶め続けていたのである。
長年にわたる言葉の暴力は、真面目で心優しいクロエの心を確実に蝕んでいた。彼女はすっかり視野が狭くなり、「自分は価値のない人間なのだ」と本気で思い込むようになってしまっていたのだ。
そんなクロエの悲痛な言葉を聞いたマーガレットは、信じられないものを見るように目を丸くした。そして、バンッとテーブルに両手をのせ、力強く立ち上がった。
「クロエ様、貴女はいったい何をおっしゃっているの!?」
「え……マーガレット様?」
「あなたはこんなに素晴らしくて完璧なわたくしの友人なのよ。そんな貴女に価値がないなんてこと、あるわけないですわ!」
マーガレットは、クロエの両手をきゅっと握りしめ、自信に満ちた太陽のような笑顔を向けた。
「わたくし、貴女がわたくしを思って淹れてくれる温かいお茶の味が大好きなんですの。マーガレット・お墨付き・パーフェクトティーよ!それにいつもわたくしのお話を笑顔で聞いてくれる優しさも。 そんな貴女の『価値』が分からないなんて、ユージーン様はなんてお可哀そうなんでしょう!」
マーガレットの辞書に、「相手をわざと傷つけるための悪意」という概念は存在しない。
自分の思う「価値」を見抜けない者は、すべて「可哀想な人(あるいは被害者)」に変換されるのである。
「本当にお可哀想なユージーン様! キラキラと光る物にしか価値がないと思い込んで、本質を見抜く目が全く養われていらっしゃらないのね! 大丈夫よクロエ、わたくしがユージーン様に『真の価値』というものをお教えして、彼の審美眼を養う手助けをして差し上げるわ!」
一人で勝手に納得し、燃え上がるような使命感に駆られているマーガレット。
たまたま通りかかった婚約者・リカルドは、幼い頃に向けられていた「可哀そう」の言葉を久々に聞いて、しばし、自分の子ども時代を顧みて沈んでいた。
そうやって反省している間にすっかり声をかけるタイミングを失い、これからの騒動を予感して深く長いタメ息をついた。
(また何やら、盛大にやらかしそうだ……)
リカルドは額に手を当てたが、同時に脳裏では冷静に計算を巡らせてもいた。
侯爵家次男のユージーン。そこそこ腕が立つという噂は聞くが、彼が近衛騎士団に内定しているのは、彼の能力以上に「侯爵家」という『血筋』と『コネ』によるものが大きい。
立場の弱い女性を権力で虐げるような見栄っ張りの男が、己を律し、人を守るためであるはずの騎士に相応しいはずがない。ましてや王族の盾たる近衛になど。
(ちょうどいい。この機会を利用して、血筋だけで選ばれた一部の腐った騎士どもを叩き直すきっかけにさせてもらうか。彼女が俺の隣に立つ前に、不穏分子は排除せねば。)
リカルドの唇の端が、ほんの少しだけ邪悪に吊り上がった。
――――黒い思惑がほんのり漂いつつも、表面上は何事もなく日々はすぎていった。
そんなある日数日後の学園の裏庭。
木々の間から木漏れ日が落ちる静かな場所で、クロエは一人、声を殺して泣いていた。
先ほど通りがかった廊下で、ユージーンと鉢合わせてしまったのだ。彼はクロエの顔を見るなり、隣に侍らせていたけばけばしいほどに派手な令嬢を見せつけ、嘲笑った。
『おいクロエ。相変わらず貧相な顔をしているな。俺がいくら言ってやっても、お前は少しも着飾ろうとしない。つまらない話ばかりで、俺を引き立てる努力すらできない無能な女め。結婚したところでお前のような地味な女、愛されるなんて思うなよ。』
浮気相手からもあざ笑うかのような視線を向けられるが、言い返すこともできない惨めさ。
マーガレットの励ましで少しだけ上を向いていたクロエの心は、再び真っ暗な泥水の中に沈み込んでしまった。
(やっぱり、私はダメな人間なのだわ……。ユージーン様の仰る通り、令嬢としての価値もない……)
「――どうしました? 可憐なご令嬢がこんなところで泣いていては、いくら学園の中とはいえ危ないですよ。」
不意に、頭上から穏やかな声が降ってきた。
驚いて顔を上げると、そこにはスラッと背の高い青年が立っていた。陽光を受けて輝く銀糸の髪に、宝石のように澄んだ青い瞳。鍛え上げられた逞しい肉体を、王宮騎士団の豪奢な制服に包んでいる。
彼は公爵家の次男にして、マーガレットの二番目の兄・ルーカスであった。
若くして近衛騎士として活躍する彼は、社交界の令嬢たちから絶大な人気を誇る美丈夫である。ただ、彼にはいくつか難点があった。
妹であるマーガレットが絡むと見境がなくなる「超・重度のシスコン」であること。他人の恋心にはまったく気づかない「鈍感」であることだ。
妹さえ絡まなければ、誰に対しても礼儀正しくスマートな「紳士」なのだが、彼女が絡むと途端に暴走する「残念な紳士」としても一部で有名であった。
「ル、ルーカス様……っ!? なぜ、こちらに……」
クロエは慌てて涙を拭い、居住まいを正そうとした。ルーカスは心配そうに美しい眉を寄せ、クロエの前に片膝をついて視線を合わせた。
「本日は非番でして。我が天使たるマーガレットの様子が気になって、つい学園の塀を飛び越えて来てしまったのです。万が一怪しまれたときの為に、殿下の護衛としてと言い訳ができるよう念のため近衛の服は着ておりますが。……それより、貴女はマーガレットの友人のクロエ嬢ですね。なぜ泣いているのですか? 誰かに嫌なことでも言われましたか? もしそうなら、マーガレットの友人を煩わすなど言語道断です。私が今すぐその者のところに赴いて、お話し合いをしてきましょう。安心してください、峰打ちにしておきますから。」
「い、いえっ! 大丈夫です!ちょっとした行き違いですから。」
爽やかな笑顔で剣の柄に手をかけどこかへ向かおうとするルーカスを、クロエは慌てて引き止めた。
しかし、マーガレットと同じ真摯で真っ直ぐな青い瞳に見つめられ、クロエの口からポツポツと本音がこぼれてしまった。
「少し、落ち込んでしまって。私……本当に、価値のない人間なのです。地味で、つまらなくて、何の取り柄もないような……どうしようもない……。」
自嘲気味に笑うクロエの言葉を聞いた瞬間、ルーカスは目を丸くし、次いで「ハハっ!」と明るく、朗らかな声を上げて笑った。
「ル、ルーカス様……?」
「いや、失礼。あまりにもあり得ない冗談を言うものだから、つい。何を馬鹿なことを言っているのですか、クロエ嬢。」
ルーカスは爽やかな笑顔のまま、きっぱりと断言した。
「あの完璧で天使なマーガレットのご友人である貴女に、価値がないわけがないでしょう。」
「え……?」
「我が世界一可愛く素晴らしい妹はその審美眼も本物です。そのマーガレットが『誰よりも細やかな気遣いでき、優しい心を持った素晴らしい友人』といつも自慢している貴女が、つまらない人間であるはずがない。」
ルーカスは、泣きはらしたクロエの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「人は見た目の華やかさだけで価値が決まるものではありません。マーガレットを優しく見守ってくれる貴女の心遣いや、その奥ゆかしさこそが、何物にも代えがたい貴女の『価値』です。もしそれに異を唱え、貴女の心を傷つける者がいるなら、私が貴女の良さを相手が納得するまで語って見せましょう。」
それは、奇しくも先日マーガレットから掛けられた言葉と全く同じ理屈であった。
どこまでも公爵家らしい、自信に満ち溢れた慰め方。ところどころシスコンの片鱗が漏れてはいたが。
しかし、上辺だけでなく、自分の「内面」をこれほどまでに真っ直ぐ肯定してくれた言葉に、クロエは張り詰めていた糸がふっと緩むのを感じた。
「……ふふっ」
「ん? どうしました?」
「いえ……マーガレット様も全く同じことを仰っていたので。さすがご兄妹ですね。」
クロエが小さく吹き出すと、ルーカスはきょとんとした後、パッと嬉しそうに顔を輝かせた。
「そうですか? あの天使と同じ思考回路だなんて、兄としてこれ以上の誉れはありませんね! ……ああ、やはり貴女は、泣き顔よりもそうやって笑った方がずっと可愛いらしいですよ。」
「えっ……!?」
ルーカスは優しい笑顔を向けながら、懐から取り出したハンカチを差し出し、彼女の頬に残る涙を拭った。
長い指先がかすかに頬に触れ、ハンカチからはふわりと爽やかな石鹸の匂いが漂う。
彼は生来の無自覚な人たらしの才能を遺憾なく発揮していたが、当の本人は、クロエが顔を林檎のように真っ赤にして硬直していることなど微塵も気づいていない。
「もう遅いですから、ご自宅まで送りますよ。大切な妹の友人を、一人で帰すわけにはいきませんからね。さあ。お手をどうぞ、お嬢様。」
ルーカスが逞しくエスコートの手を差し出す。
クロエはその大きく温かい手を取りながら、かつてないほどに胸が高鳴るのを感じていた。モラハラ婚約者に虐げられ、冷え切っていた彼女の世界に、温かく明るい春の風が吹き込んだ瞬間であった。
その夜。
クロエを送り届けたルーカスから「彼女が自分の内面を卑下して泣いていた。」と報告を受けたマーガレットは、憤慨して立ち上がった。
「まあ! ユージーン様がそこまで残念な方だったなんて。 可哀想なクロエ……早く彼に『真の価値』を教える機会を設けてあげなくては!」
マーガレットは燃え上がり、数日後に王宮で開かれる夜会を、その「教育(という名の公開処刑)」の舞台に選んだ。
そして、夜会当日。
華やかな音楽と貴族たちの歓談の声が響く大広間。
会場の隅では、ユージーンがギラギラと派手な装飾のドレスを着た浮気相手の女性をエスコートしながら、一人で立っているクロエを見下ろして嘲笑っていた。
「おいクロエ。お前のその地味なドレスは何度見ても貧相だな。俺の隣には、こうして俺を引き立ててくれる華やかな女が相応しい。お前のように中身しかないような古臭い女は、せいぜいそこで壁の花でもこなしているんだな。」
周囲の貴族たちが、ユージーンの恥知らずな態度に眉をひそめながらも、侯爵家の権力を恐れて遠巻きに同情の視線を向けることしかできない中。
堂々たる足取りで、マーガレットが群衆を割って進み出た。リカルドはそんなマーガレットをエスコートしながら、自然に彼女を支えるように下がった。
「ごきげんよう、ユージーン様! お噂は伺っておりますわ。今日こそ、貴方に真の価値というものをお教えして差し上げますわ!」
「は……? マーガレット嬢? 何のことです?」
突然の乱入にポカンとするユージーンの前に立ち、マーガレットは本気で悲痛な表情を浮かべて彼の手を両手で包み込んだ。
「強がらなくてもよろしくてよ! ギラギラと光を反射するだけの安価なガラス玉しか目に入らず、クロエのような『極上のアンティーク』の価値がわからないなんて……!」
「は……? ガラス玉……アンティーク……?」
自分(と、隣にいる派手な令嬢)を遠回しにガラス玉呼ばわりされ、目を白黒させるユージーン。
しかし、マーガレットは慈母のような笑みを浮かべて畳み掛けた。
「クロエの美しさは、幼い頃からの教養によって磨き抜かれ、裏打ちされた本物の品格と美しさです。それが分からないということは……貴方の育った侯爵家は『なりきん』だったのですね!」
「な、成金だと……!?」
「ええ! わたくし最近この言葉を教えてもらいましたの。本物の価値を見抜く『審美眼』というのは、幼い頃から一流の品に触れることでしか養われませんわ。……もしかして、侯爵家では本物に触れる機会がなかったのではなくて? 見た目が派手なだけの安っぽいイミテーションばかりに囲まれて育ったから、本物の見分けがつかなくなってしまったのね……っ!」
「なっ……!?」
「ああ、なんとお可哀想なユージーン様! ご自身のせいではありませんわ、すべてはそんな劣悪な環境で貴方を育てた侯爵家の教育のせいです! 大丈夫ですわ、わたくしの実家である公爵家から、一流の審美眼を持つ家庭教師を派遣して差し上げます! 一から『本物』を学ぶのです! リカルド様! 早く彼を隔離して、再教育の準備を!」
大広間が、水を打ったように静まり返った。
公爵令嬢による、ユージーン個人どころか『侯爵家のメンツと血筋』まで巻き込んだ、大勢の貴族たちの前での完全なる公開処刑である。
「え……侯爵家って、実は偽物ばかり飾ってるの?」「だからあんな派手な外見だけの娼婦をエスコートして……本物が分からないのね」「なんて恥ずかしい……」というヒソヒソ声が、軽蔑の眼差しと共に波紋となって広がっていく。
「ふ、ふざけるな!!」
見栄とプライド、そして実家の名誉まで粉々にされたユージーンは顔を真っ赤にして激昂し、マーガレットの手を乱暴に振り払った。
「俺は次期近衛騎士だぞ! 侯爵家である俺の見る目に、公爵家だか知らないが、たかが女風情が意見するなど――」
「そこまでだ、ユージーン。」
激昂し、マーガレットを睨みつけたユージーンの前に、氷のように冷ややかな瞳をしたリカルドが静かに進み出た。その身から放たれる絶対的な王族の覇気に、ユージーンは思わず息を呑んで後ずさる。
「人の本質を見ようともせず、立場の弱い女性を権力で貶め、自らの過ちすら認めようとしない男。そのような見栄っ張りな男に、王族を護る騎士の資格はない。それに、よくもマーガレットの手を振り払ってくれたな。彼女の美しい手に傷でもつけたらどうしてくれる。彼女は私の婚約者だぞ。そんな本来守るべき相手を傷つけるような人間をそばに置くわけにはいかない。」
「で、殿下……!? そ、れは……」
「お前の近衛配属の話は、たった今、白紙にさせてもらう。」
リカルドの冷酷な宣告に、ユージーンの顔からスッと血の気が引いた。
「騎士道も理解できぬ者は、王都の空気には合わないだろう。辺境の警備隊にでも行き、己の内面を一から磨き直すことだな。――連れて行け。」
王子の命令により、待機していた騎士達がユージーンの両脇を固める。
腕を掴まれ、ようやく事の重大さを理解したユージーンは、青ざめた顔で周囲を見回した。そして、静かに立っているクロエを見つけると、血走った目で叫んだ。
「お、おいクロエ! お前からも殿下に何か言え! これはただの痴話喧嘩だと、お前から説得しろ!」
追い詰められてなお、彼の態度はどこまでも上から目線であった。
「俺が近衛騎士の座を失えば、お前だって困るだろうが! お前みたいな地味でつまらない女、俺以外に誰がもらってやるって言うんだ! 俺が情けをかけてやってるんだから、さっさと殿下に許しを乞え!」
そのあまりにも自己中心的で醜い絶叫に、周囲の貴族たちはドン引きして息を呑んだ。
これまでのクロエであれば、彼の怒声に萎縮し、言いなりになってしまっていたかもしれない。しかし――今の彼女は違う。
クロエはしっかりと顔を上げ、衛兵に引きずられようとしているユージーンを、かつてなく透き通った瞳で見据えた。
「……お断りいたします。」
凛とした通る声が、広間に響き渡った。
「なっ……! お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!? 俺に見捨てられたら、お前なんかに価値は――」
「いいえ。私の価値は、貴方が決めるものではありません。」
クロエは一歩も引かずに言い放った。
「私には、表面的な派手さに惑わされず、私の内面を『極上のアンティーク』だと肯定してくれる、完璧で素晴らしい友人がいます。そして、泣いていたわたくしを優しく励ましてくださった方も。」
ユージーンは信じられないものを見るように目を見開いた。いつも自分の後ろで怯えていたはずの地味な女が、いつの間にか、誰よりも気高く美しい令嬢の顔をして立っていたのだ。
「真の価値を見抜く目を持たないあなたに、わたくしの隣を歩く資格はありません。――わたくしは、ユージーン様との婚約を破棄いたします。」
優しく完璧な親友と、彼女のシスコンだが紳士な兄のおかげで、クロエはついに自信を取り戻したのだ。
「そ、んな……! お、お待ちください!殿下ぁぁっ!! クロエ! 待て、俺が間違って――!」
見苦しく泣き喚き、今さら後悔の言葉を口にするユージーンだったが、もう遅い。彼は無様な声を引きずりながら、会場の外へと退場させられていった。浮気相手の娼婦も、周りの貴族たちの冷たい視線に耐え切れず、こそこそと会場を去っていった。
外見ばかりを気にしていたモラハラ男の、完全なる社会的敗北であった。
「まあ! 素晴らしいわクロエ! 貴女もようやくご自分の価値に気づかれましたのね!それでこそわたくしの友人ですわ。そして今度こそ審美眼をもった婚約者を見つけましょう。」
マーガレットはパッと花が咲いたように微笑み、クロエの手を取って喜んだ。
「ねえ、クロエ。誰か気になる方はいらっしゃらないの? 貴女の美しい心根を、ちゃんと分かってくださる方を、わたくしが全力で探して差し上げるわ!」
「えっ? い、いえ……そんな、気になる方だなんて……私はまだ……婚約破棄の手続きもこれからですし。」
口では慌てて否定しながらも、クロエの視線は無意識のうちにチラッと一点に向けられた。
そこには、王子の護衛という名目で鋭い眼光を光らせている(実際は愛する妹マーガレットのそばにいて王子の邪魔をしたいだけ)のルーカスの姿があった。
目が合うと、ルーカスはクロエに向けて、太陽のように明るい笑顔で小さくガッツポーズをして見せた。クロエの顔が一瞬で朱に染まる。
その、ほんのわずかな視線の動きと感情の揺れを――リカルドは見逃さなかった。
(……なるほど。)
リカルドの口角が、誰にも気づかれないようにニヤリと吊り上がる。
このシスコンの義兄(予定)のルーカスは、事あるごとにリカルドのを邪魔してくる上に、力技で突撃してくるため非常に厄介な、リカルドにとってマーガレットと甘い時間を過ごすうえで目下最大の障壁であった。
もし、このシスコン兄がクロエに夢中になってくれれば……マーガレットの周りにそびえ立つ鬱陶しい壁が一つ消え、マーガレットとの平和な時間が近づく。といっても障壁はまだいくつも残ってはいるが。
リカルドは一歩前に出ると、普段マーガレット以外には見せない輝くばかりの満面の笑みを浮かべて宣言した。
「クロエ嬢。君の新しい婚約者探し、この俺も全面的に協力させてもらおう。」
「えっ!? で、殿下……?」
突然の王子の申し出に戸惑うクロエ。
「ああ、遠慮はいらない。君のその奥ゆかしく美しい心根を正しく理解できる、心優しく、とびきり強くて、そして『身近にいる』素晴らしい男を、俺が責任を持って紹介すると約束しよう。なに、簡単なことだ。」
「まあ!リカルド様が手伝ってくださるなら百人力ですわ。クロエ、安心してわたくし達にお任せくださいませ。」
外見至上主義のモラハラ男は一掃され、友人は自信を取り戻し、王子は邪魔な義兄を合法的に片付けるための「完璧な計画」を手に入れた。
そして、今日もマーガレットの自己肯定感は天高くカンストしており、彼女の歩く道には、圧倒的なハッピーエンドしか存在しないのであった。
ちなみにリカルドはユージーンがマーガレットに手を握られた事をしっかり根に持っている。この後めちゃくちゃマーガレットの手を拭うし、ユージーンの手はいずれどこかで踏みつけてやろうと思ってる。




