お嬢様、今日も修羅場ごっこで継母に虐められています。
「ねえ、知ってる。」
「もちろん。旦那様が真実の愛のお相手を連れてくるんでしょ。」
「お子さんもいるらしいわよ。お嬢様と同い年の。」
「え~。とうとう、この家が修羅の家になるのー。」
「貴方、三文小説の読み過ぎよ。」
「巷で流行ってる小説のようになるのよ。」
「ちょっと、ワクワクね。」
「でも、どっちに付くの。」
「どっちって。」
「何、すっとぼけてるのよ。正妻の娘か愛人の娘かよ。」
「でも、その愛人が正妻になるんでしょ。」
「そうだけど、正当な跡取りはここに居るお嬢様よ。」
「もしかして、修羅場が見学できるのかしら。」
「良く考えないと、自分の首を絞めるわね。」
「面白くなりそうね。」
盗み聞きは、はしたないけど、いいこと聞いたわ。
お父様の大事なお話ってこのことね。
私は姉になるのかしら?それとも妹?
お義母様になる方は、どんな方かしら?
それにしても、あの者たちのおしゃべりは何なのかしら?
修羅の家って?
流行ってる小説って?
何が起こるの?
「お嬢様。お茶のお時間です。」
丁度いいわ。彼女に聞いてみましょ。お茶を飲みながら、
「ねえ、あなたは私の専属の侍女よね。」
「お嬢様。その口調は、また何かとんでもないことを考えついたのですね。」
「何よ、いつも問題を起こしているみたいじゃあないの。失礼よ。」
「はいはい。申し訳ございません。それで、なんでございますか。」
「我が家が、修羅の家になるのはどうして?」
こんなことを言っているのは、私がお仕えする唯一の伯爵家のお嬢様です。
小さい時からお世話をしておりますが、このお嬢様、ちょっとぶっ飛んだところがございます。思い込みが激しいのです。
今もこの質問です。どこで何を聞いてきたのかわかりませんが、一波乱ありそうです。旦那様に報告です
でも、その前に
「お嬢様。当家が修羅の家になることはございません。」
すぐさま旦那様にご報告です。
旦那様、顔を真っ青にしてオロオロしだしました。
「あの子がそんなことを……。」
旦那様はうろたえすぎです。なんせこの男、奥様がお亡くなりになってから、一層お嬢さまを激愛しています。
親族中があれでは親子双方のためにならない、と縁談をすすめられたのですが、旦那様断固拒否。ならと、そのお相手をお嬢様の教育係として送り込んでくるのです。その方はお嬢様と同じ八歳の娘さんがいらっしゃるようです。娘さんはお嬢様の遊び相手です。お勉強も一緒にお受けになるようです。
そんなことも噂を助長することになったのでしょう。
さらに、お相手のかたは旦那様の幼馴染だったとか。
嫁ぎ先で夫に先立たれ後妻だったこともあり、先妻の嫡男様が家を継いだら、折り合いが悪くなり、実家にお戻りになったんだそうです。事情をお聞きした旦那様は、無下に断れず当家で雇うことになったのです。
「なんで修羅場になるんだ。」
頭を抱えていらっしゃいます。今、執事さんも交えて3人で会議です。家政婦長は別にいますが、お嬢様のことは一切合切、私に任されております。なので3人で会議です。
「旦那様。お嬢様には何とご説明したのですか。」
「今日、話すことになっている。」
「では執事さん。使用人にはなんと。」
「まだ何も言っていません。ただ家政婦長には、ご親族のご紹介のかたが当家にご逗留するから、部屋を整えるようにとは言いました。」
「そのお部屋は」
「家政婦長に任せました。」
「旦那様。縁談の事の顛末は、家政婦長はご存知ですよね。」
「さあ。執事は言ったか。」
「知っているはずです。でも、改めて教えていません。あえて言うことではないと思いまして。」
「家政婦長を呼べ」
「旦那様。何か御用ですか。」
「部屋の確認だ。用意は整ったのか。」
「はい当家では、一番良いお部屋を準備しました。」
そして、3人して”これだ”。
「なぜ一番いい部屋なのだ。」
「えっご親族のご紹介ですし、いずれ奥様になるお方ですよね。」
ここにもいました。野郎ではありませんが、早とちり野郎です。
「誰に聞いた。」
「このあいだ親族の方々がいらっしゃった時、くれぐれもよろしく頼むとおっしゃってました。」
旦那様はお怒りです。お嬢様以外のことは有能な方なので、その親族の方の行く末が多少心配ではあります。が、事実をお聞きした家政婦長は、真っ青です。まさか、私は聞きます
「家政婦長。まさかメイドたちに話してはいませんよね。」
「あの~。部屋の用意をさせた者に、いずれ奥様になる方ですから、くれぐれも粗相のないようにと指示しました、」
3人で天を仰ぎます。
「申し訳ございません。すぐに違うお部屋を用意いたします。」
「もう遅いようです。お嬢様はどこかで何をお聞きしたのかわかりませんが、当家が修羅場になるなるとおっしゃっています。」
「修羅場……。」
「旦那様。メイドたちには、新しい奥様と娘さんのことは広まっているでしょう。ですが、問題なのはメイドたちではございません。」
「我が娘ながら、思い込みが激しいからな。あの子は修羅場の内容を言っていたか。」
「いいえ。すぐにこちらにご報告にまいりましたのでわかりません。」
「あの~。さっきお嬢様に聞かれました。巷ではやってる小説って、と」
「何と答えた。」
「図書館にたしか一冊あったはずですよと。」
「旦那様まずいです。お嬢様は八歳にしては読み書きが達者です。大人用の本も読めます。」
「急いでその本を回収しろ。」
遅かったようです。その本はお嬢様のお部屋にありました。そして、一人でブツブツ呟いています。
「私は、物置に引っ越しね。」
「あと、ドレスとか髪飾りを取られるのね。」
「メイドや下働きの仕事をさせられるのね。」
「エー、冷たい水を掛けられるの。今は、暖かいから良かったわ。」
「お嬢様。誰もお嬢様にそんなことは命令しませし、水もかけません。」
私も、ついついつぶやいてしまいます。
「旦那様。お嬢様にわかるように、ちゃんと噛み砕いてご説明してください。でないと……。」
いつも近くでお世話をしている私にさえ、想像できません。その日、旦那様は仕事が手につかないご様子で、お嬢様にひっついて説明していました。
でも、あまりに下手なご説明です。
「新しいお客様が長く逗留するけど、気にしないで、いつもどうりの生活でいいからね」
事情を存じている私でさえ、何の説明?と思うぐらいです。どうなることやら。
メイドたちには改めて家政婦長から話をしたようです。しかし、一部のメイドは鵜呑みにせず、
「そうは言ってもねえ。」
「親族の押しなんでしょう。」
などと、何かを期待している様子です。そんなに、お嬢様の不幸が楽しみなのでしょうか。
私と家政婦長、執事できちんとリストを作りました。お嬢様は次期伯爵です。次期当主の不幸を望むなどもってのほかです。そんな使用人は要りません。
とうとうやって来ました。噂の母子です。旦那様は玄関に現れません。当然です。立場をわからせるためです。主に当家の使用人たちにですが。
執事さんのご案内で旦那様の執務室へ。
しかし、このお嬢様、八歳にしては幼いようです。
「お母様。すごいお屋敷ですね。ここが私の家になるんですか。」
まるで自分の家のように話します。お母様の方は
「住むところになりますが、あなたの家ではなく伯爵さまのおうちです。」
間違ってはいないのですが、すっきりしない会話です。メイドたちでさえ
「やっぱり奥様よ。」
なんてつぶやいています。
それよりお嬢様です。昨日から私に隠れて何かやっているようなのです。頼まれたメイドに聞くと、
「お嬢様のいらないものを物置にしまいたいから、とお掃除を頼まれました。」
まさか小説のように、物置が自分の部屋だと思い用意させた。でも小説は後妻や義姉や義妹の命令で移るものだから、自分からはいかないはず。
「お嬢様。いらないものでしたら私が運びますね。何を運びますか。」
「ここを掃除する時の道具を運んでおいて。あと子供用のメイド服とかあればそれもね。」
やっぱり物置事案です。一応言われたものは置いときました。メイド服はそれっぽい上質なドレスを置きました。ついでに簡易ベッドも置いときました。ふかふかの布団も一緒です。もちろん箒と雑巾は新品です。
旦那様にもご報告済みです。ため息を突かれましたが、
「娘の好きにさせよう。そのうち諦めるだろう。」
諦めませんでした。
しょっぱなから旦那様の執務室へ。メイド服っぽいドレスに着替え、箒と雑巾を持ち突入しました。例の母子が旦那様にご挨拶している最中にです。
「お父様。私は物置に移ります。お父様の真実の愛の結晶の妹に、私の部屋を使ってもらってください。」
「そんな格好で何をするんだ。それに真実の愛の結晶は君だよ。」
「決まってます。下働きです。私は新しいお義母様や妹に嫌われたくありません。お父様、嘘つきは嫌われますよ。では失礼します。」
私はお嬢様の後に付いて行きます。こうなっては聞く耳を持たない方です。飽きるまで付き合います。
しかし、とんでもない方が現われたのです。お嬢様称の妹です。
「お嬢様。面白そう。どんな遊びですか。」
この子もとんでもないようです。
「お姉様と呼んでくれないのですか。」
「お姉様って呼んでいいのですか。」
「もちろん。」
2人でどんどん話が進んでいます。とどめは
「じゃあ、私はお姉様をイジメなくてはならないの。」
「そうよ」
「どうやって?」
「そうね~。どうやるのかしら。メイドに聞いてみましょう。」
とんでもないです。
ととうとう拳骨が飛びます。
「2人とも座りなさい。」
お嬢様とお嬢様もどきのお二人はお説教されています。
お嬢様はポカーン。もどきは大人しく、嵐が過ぎるのを待っているようです。慣れていると思いました。お説教に疲れたのか一息しているところへ。
「お義母様。」
そういうって跳びついたのはお嬢様です。ほとんど母親を知らないお嬢様にとっては、母親に叱られているようでうれしかったようですが、一同ポカーン。
まあ、結論は分かりますよね。お嬢様のなつきように親戚中に説得され、旦那様が折れてご結婚。新しい奥様は、我が子と分け隔てなく、毎日お説教です。
ご姉妹は仲良く、今日も修羅場ごっこをしています。
時々、物置にこもり、何かしております。もちろん、お嬢様のお部屋は、今まで通りです。
旦那様は
「仲がいいのは良いことだ。娘にも、きちんと説教してくれる母親もできたし。よかった。よかった。私は娘に説教なんて出来ないからね。」
おひとり奥様だけがご苦労をしょい込んだようです。
「面倒な娘が2人になったわ。」
でも、私もお嬢様に説教が出来る人が現れ、ホッとしております。
読んで頂いてありがとうございます。




