貸したものは返して貰います
「いっ、いったたた」
ここは何処だっけ?
身体がギシギシと音を立てそうなくらい痛くて上手く動けない。
いやこの痛さ、動かそうとすると気絶してしまうかもしれない。上手く動けない方が今はいいのかもな。
それに。
「ホントにホントの真っ暗だな。自分の手さえ見えないよ。」
辛うじて動かしてみた手をどうにか見ようと試みたけど、何も見えない。
どうしたものか。
暫し考えていると、思いの外近くで人の呻き声がした。
「どなたか、どなたかいらっしゃるのでしょうか。」
声の感じからすると、うら若い女性のようだ。彼女もまた身動きできないほど身体が痛いのだろうか。
「はい、ここに1人いるのですが、どうやら怪我をしているようでさっぱり動けないのです。」
ビクッとした気配が伝わってきたが、人がいることへの安心感もあったのだろう。自分の状況を説明してくれる。
「ああ良かった。1人ではなかったようで。お怪我の具合は悪そうなのですか?生憎真っ暗で何も見えないのです。」
「ええ。私も何も見えなくて、身体を動かそうとすると激痛が走るので動けずにおりました。」
「そうなのですね。私は特に怪我はしていないようです。…声でなんとなくの場所は分かります。わたくし、そちらに参りますね。」
彼女が近寄ってきてくれた。
「そうですね、ぱっと見た感じ血などは出ていないようです。お身体を触ってみても良いですか?」
遠慮がちに手が伸びてきた。頭、肩、手と軽く触れられる。
「何処か痛いところはありましたか?」
「耐えられないような痛みはないでっ!うっ!うああ!」
その手が足に伸びた時激痛が走った。
「どうやら足に大きなお怪我があるようですね。ただ見る限り折れてはいないようなので、打撲かしら…。」
思いの外力強い手で上半身を起こしてくれた。
「ありがとうございます。少し楽になりました。」
「少し痛いかもしれませんが我慢できますか。壁際まで移動して少しもたれて過ごせるようにしましょう。そのお怪我なら少し身体を起こした方が楽に過ごせるでしょうから。」
激痛が走ったが、確かに壁にもたれる事で先ほどより随分体勢が楽になった気がする。
「それにしても一体ここは何処なんだろう。…何か心当たりはありますか?」
彼女に聞いてみるが、彼女にも心当たりがないらしく
「いえ、わたくしは自室で眠りについた所までしか記憶がないのです。…何故こんなところに。」
「そうだったんですね。おれ…わたしもあまり記憶がないのです。ところで、お名前をお聞きしても良いですか。わたしはタッキィミ・ソイルです。」
「ソイル…ということはソイル男爵家の方ですか?わたくしはタルティーヌ・マルシュと申します。」
「マルシュということは、伯爵家の?ご家族もさぞご心配をされているでしょうね。」
「ええ、あなた様も。どうにか連絡を取る手段はないかしら。」
※※※※※※
「わたくし、壁を調べてみますね。しばらくこちらでお休みになっていて。」
彼女がそろりそろりと歩き出す気配がした。
そこまで大きな空間ではないらしい。すぐに一周して戻ってきたようだ。
「ドアがあったのですが、ノブを回しても開きませんでした。鍵穴が高い位置にあったので、中からは開けられないよう用心しているのかもしれませんね。」
彼女が一周して得た情報を共有してくれる。
彼女の話を聞いていて、なんだか重要なことを見逃しているような気がした。…いや、この怪我だらけの身体だ。感覚が鈍っているだけかもしれない。
それにしてもマルシュ伯爵令嬢が一緒だとは。遠目にしかみたことはないがなかなかの美人だったはずだ。ここから出られた暁には良いご縁として繋ぎたいものだな。
この状況だというのに、つい普段の癖で女を値踏みしてしまう。
「それにしても、いったい何故わたくしたち2人だけがこのような目に遭っているのかしら。もし、もしこのまま長い間出られなかったら…」
そうか、そうだ今は2人きりなのだ。ならば。
安心させる言葉を吐き
唯一の味方と思い込ませ
自分の思い通りに操る
身体は痛いが、この女を。この女をここから出た後も自由に使えるように依存させてしまおう。
「タルティーヌ嬢、大丈夫ですよ。きっとあなたのご家族も私の家族も必死に探してくれているはずです。貴族が2人も消えたんだ、王宮に届け出ればそれこそ虱潰しに探してくれるはずですよ。」
「そう…でしょう、か。」
「不安に思われるのは当然です。だって何も見えない真っ暗なのですから。……うら若き未婚女性にこのような事を申し上げるのは少し躊躇いたしますが。」
真っ暗だから表情なんて分からない。そうたかを括ってニヤリと嫌な笑いを浮かべながら。声はあくまでも紳士的に。
「私のそばに来ませんか。お互いの体温を感じる事で少しは不安も紛れると思うのです。」
そうだ。一歩、あと一歩。少しずつ近寄って来い。
そして俺が触れられる距離までくれば。
・-・・・ -・・- -・--- -・・・
・-・・・ --- ・・--
ガタン!すごい音がして人がなだれ込んできた。
ちっ、もう少し強めに掛けたかったが時間切れか。
「はい、確かに何かの術を掛けようとしていました。」
「タルティーヌ嬢?何をおっしゃっているんですか?やっと人が来てくれたんですよ!おい!そんなことよりも!」
何故灯りを点けないんだ!
何故か大量の人が来たというのに明るくならないのだ。
「ああ、ソイル男爵。まだ状況をはっきり理解されていないのですね。」
「貴様は誰だ!ああっもう全く!何故暗いままなのだ!そうだ、タルティーヌ嬢大丈夫ですか?まだ彼らが何者かよく見えないのですから私のそばにいた方がいい。」
そうすればもう少し強く暗示が掛けられる!
「いいえ、ソイル男爵。わたくしには皆様が誰かよくわかっておりますからお気遣いなく。それに…」
彼女の言葉で私は絶望に染まった。
「わたくしには最初から見えておりましたから。だって。窓からは燦々とお日様が注ぎ込んでおりますもの。見えていないのは貴方の…」
眼球が無いからですわ。
ふふっと可愛らしく笑うがそれさえも。この状況でその柔らかい笑い声を奏でていることに恐怖した。
彼女が駆け出す音が聞こえた。
「ゲイル様!まさかこんな子供騙しの作戦が成功するなんて思ってもみませんでしたわ!」
「タルティーヌ、よくやってくれた。これで!姉上の仇が取れる!」
ゲイル?姉上?そこまで聞いてやっと気が付いた。
アグバージェ侯爵家の次女。嫡男ゲイルの一つ上の姉。
カーベナーゴ。……俺がこの術を使って金を巻き上げた後自死に追い込んだ女。
「ソイル男爵、もう諦めろ。全て把握しているから。」
「何のことだ!俺が何をしたと?!俺は、俺は…!眼が見えなくなっているんだぞ!被害者じゃないか!」
「まあ!被害者ですって。面白いことを仰るのね。」
彼女の声がすぐそばで聞こえる。彼女の術はまだ嵌りきっていない。だが身体さえ触れれば、俺の意のままに喋らせることくらいはできるはず。
「タルティーヌ嬢。タルティーヌ。こちらへおいで。さあ私が被害者だと、皆に伝えるのだ。」
彼女の身体にそっと触れながら軽くさすったり突いたりしてみる。
「ねえ、ゲイル様。ソイル男爵って本当に面白い方ね。だって。」
「私の名前を呼びながらゲイル様の事を撫でさすってるんですもの。」
「ゲイル殿、彼はどうやら相手の名を呼びながら体に触れる事で暗示にかけることができるようです。」
「ふむ、姉上が昨日仰っていたことと同じだな。」
姉上?ゲイルの姉ということは…
「まさかっ!あの女!カーベナーゴは自ら死んだのだろう?自分で滅多刺しにして!」
※※※※※※
「カーベナーゴ、君は本当に良くやってくれたよ。でも、もう何も利用価値が無くなっただろう?個人資産だってほぼゼロだし、人脈ももうお前なしでも維持していけるからな。だから。」
死んでくれるか?
・-・-・ ・-・-- ・・ ・・・- --- -・--・ ・-・・
ああでも。死ぬ間際に俺のことを何か話しても困るな。狂って自分を傷つけて、その時に致命傷を負ったということにするか。
「それなら狂人の自死にしか見えないからな。」
まず、自分で自分の眼球を抉り出させた。
その後、足を滅多刺しにした後ナイフを腹に突き立てるように指示した。
これで助かるなんてことはまずないだろう。
俺は彼女を放って去った。
※※※※※※
「ああ、瀕死の状態で私が発見したのだ。その時点でまだ決定的な証拠は無かったから貴様を捕まえることはできなかったがな。」
ほら見ろ!証拠なんてない。なのに報復でこんな事をするなんて!
「証拠もない事で報復するなんて、司法に携わる侯爵家として恥ずかしくないのか!」
「ソイル男爵。貴方のその術はすごいものね。二つとない素晴らしい神からのギフトだわ。けどね。」
「わたくしも持っているのです、神からのギフト。」
「そして俺も持っているんだ。」
「貴方は自分の力をとんでもなく特別なものだと思っていたみたいだけど、そうでもないのよ。」
「それに私も持っているの。」
そ、その声は。
「カーベナーゴっ…」
「私はね、弟のギフトのお陰で助かったの。」
「でも傷が酷すぎてね、私が持つ癒しの力だけでは及ばず一時期は危なかったんだ。その時に…」
「わたくしがお力を貸しましたの。わたくしの力は誰かの後押しをする事。なので、ゲイル様の癒しの力を増幅させる事で協力したのです。」
「本当に2人には感謝してもしきれないわ。ありがとう。」
でもね、と話が続く。
「癒しの力だけでは戻せないところもあったの。何か分かる?」
「もったいつけるな!さっさと言えばよかろう!」
「じゃあ。それはね、眼球と脚の腱、それに肝臓。命を失わずに済んだけど物理的に傷が付いたものは直せなかったのよ。でね、私のギフトの出番。」
ああ、この先は聞きたくない。耳を塞ぎたいが体がうまく動かない。
「私のギフトはね。"貸したものを返してもらう"ってものなのよ。今までは人と比べてショボいと思ってたのにね。」
ふふふ。
「まさか、眼も脚の腱も肝臓も。貴方が身を削って返してくれるなんてね。ありがとう!」
※※※※※※
「彼がか?」
「はい。眼球がなく、脚の腱もないので逃亡の恐れなし、と聞いております。」
資料をめくってさらに質問が飛ぶ。
「肝臓もないのか?」
「はい、なので当初はすぐに死ぬだろうと思われていたのですが。」
「いやあ、この男の才は利用価値が大きいからな、死なせぬよう肝臓は親族より分け与えたのだ。」
俺は結局死ぬ事を許されなかった。いや、正確にいうと処刑は執行されている。だが秘密裏に生かされ…
「いやあ、声と手が一本あれば術が使えるのですからな、便利なギフトだ。」
俺は今、望んでも叶わないような場所で働いている。王家の、いや王直属の部下だ。信頼も厚い。はっ信頼?わかっている。そんないいものではない。ただの…
「まあ食事に睡眠、肝臓のメンテナンスはありますが、便利な道具ですよ。」
そう、道具だ。特別な手当が少々めんどくさいが性能は良いただの道具。
「おい、飯の時間だぞ。とっとと食っちまえ、午後からはまた仕事だからな。」
王家の暗部に関わる仕事。もう外に出ることの叶わない俺にはうってつけの仕事だ。漏洩なんて絶対やらかさないからな。
栄養価しか考慮していない味気ない食事を口にしながら考える。
どうすればこの地獄から抜け出せるのだろう、と。
答えはひとつしかないと分かっていながらずるずると今日も先延ばしにすると決めた。




