ご当主に冷遇された後、溺愛された奥様は・・・お亡くなりになられました。
こんな、こんなつもりじゃ……なかった、んだ……
こんなことになるなんて、思ってなかった。
俺は、彼女を愛していた。
愛していたんだ。
最初は確かに……彼女の悪い噂を真に受けて、彼女に酷い態度を取ってしまった。
そんな俺の酷い態度に触発された使用人達も、彼女の世話を放棄したりして――――一時期彼女は衰弱状態にまでなってしまった。
ぼろぼろで、酷く衰弱した彼女に慌てて医者を呼んで診察させた。そしたら、あと数日でも遅かったら彼女は栄養失調で死んでいてもおかしくないと言われ、頭が真っ白になった。
「殺すつもりで使用人達に虐待をさせていたのですか?」
と、聞かれて……違うっ!! そんなこと、俺は望んでなかったんだっ! と、声を大にして否定したかったけど。医者の冷ややかな視線に射貫かれ、小さく否定することしかできなかった。
けど、彼女の噂が事実とは異なることに気付いてから……俺は彼女への態度を改めた。
本当は、彼女を見たときに一目惚れをしてしまって……けれど、彼女の噂が酷いものだったから。男遊びが激しくて、父親世代の男達に可愛がられているとか、そんな話を聞いていたし。
それで、彼女の見目がいいからと、絶対に誘惑されて堪るかと。一層頑なになった覚えはある。
だが、彼女の噂は全て彼女を陥れるために意図的に流された嘘だった。父親世代……というか、彼女は老紳士や老婦人方に評判がよかっただけだった。それを、男好きだと恣意的に歪められた噂だった。
本当の彼女は、心優しくてとても素敵な女性で……
俺の見る目の無さで、彼女を酷く傷付けてしまった。許されることではないが、ベッドから起き上がれなくなった彼女に愛していると伝えた。償いとして、俺にできることをなんでもすると約束した。
だが、彼女は目を伏せてなにも要らないと、酷く無欲なことを言った。俺は、そんな奥ゆかしい彼女のことが益々愛おしくなって――――
これまで、彼女を虐待していた使用人達を全て解雇した。
同時に、彼らを貴族婦人に危害を加えた者達として、衛兵に突き出した。屋敷の使用人を新しく入れ替えるのに少々苦労したが、こんなことで彼女への償いになるとは思っていない。けれど、少しでも彼女の過ごし易い環境を調えるために努めた。
使用人達を大量に解雇し、更には衛兵に捕らえさせたうちの評判はかなり落ちたが、彼女のためにやったことなのでなに一つ後悔はしていない。
貴族婦人への加害行為で平民の使用人は、縛り首が確定。貴族籍の残っている使用人は、彼女への慰謝料支払いのために強制労働所へ送られることとなった。
彼らは彼女の命を危うくしたのだから、当然の報いだろう。
うちの家門に泥を塗った、あんな連中を信用していた自分が恥ずかしい。
新しい使用人達には、俺のことを怖がってぎこちない態度を取られているが……仕方ない。身分社会とは、そういうものだ。それを弁えず、彼女を酷い目に遭わせた前の使用人連中が悪い。
俺は、彼女に使用人連中の沙汰を伝え、誠心誠意償って許しを請うた。
彼女は、俯いてなにも言わなかったけど。俺の誠意はちゃんと伝わったはず。
俺は、毎日彼女の見舞いをした。様子を見て、彼女を喜ばせようと必死だった。すまなかったと伝え、使用人達のしたことを謝罪した。
俺がここまでできたのは、彼女を愛しているからだ。
無表情だった彼女の顔に、困ったような笑顔が浮かんだときには、俺はようやく彼女に俺の愛が伝わって……許してもらえたのだと思った。
彼女が、医者は女医がいいというから、貴族女性を専門に診ているという女医を雇った。
その女医は一応貴族籍があるらしく……しかも、治癒魔術と医術を組み合わせて患者を診るらしく、腕がいいと評判だそうだ。更には、相当な後ろ盾があって、高位貴族の女性患者が沢山いるとのこと。
後ろ盾を笠に着て、彼女のことで俺にズケズケと耳の痛いことを言う煩わしい女で、しかもこの俺を差し置いて、彼女へ薬の容れられる指輪を俺に許可無く贈りやがった。
頭に来て、指輪を外すようにと彼女へ言ったら、酷く怯えられてしまった。それもこれも、あの女医のせいだ。
そのことに強く抗議したところ、状態のかなり悪い患者には、いつでも携帯できるように薬の容れられる指輪を身に着けさせているとのこと。ネックレスだと、チェーンが切れてロケット(薬の容器)を無くしたら意味が無い、と。故に無くす可能性の低い指輪を薬の容器にしている、と。もし彼女の身を案じているなら、重症患者の薬を取り上げるような真似をするのはやめろ、と。慇懃な口調で淡々と告げられた。
その女医の言い分にも、俺は我慢した。
彼女のためだから。彼女の回復が優先だから、と。心底嫌だったが、我慢してやった。
俺の贈ったアクセサリーを、彼女は一切身に着けてくれないのに。あの女医の贈った指輪は片時も離さず、ずっと細い指に光っていることへ強く嫉妬を覚えながら。
彼女は、発見した当初の痩けた頬、ガサガサの肌、痩せ細って骨が浮いていた酷い状態から段々脱して――――
以前の、俺が一目惚れした頃に少しずつ戻って来ていた。
俺は彼女に毎日愛を伝え、彼女のために心を砕いて、彼女が喜ぶことをしようと努力して、それで、段々彼女も俺に笑顔を見せるようになって来ていた。
だから、俺は……そろそろ、いいかと思ったんだ。彼女の体調が悪いからと、ずっとずっと我慢していた。彼女が、俺と話すより女医と話す時間の方が長いことにも我慢していた。彼女が、女医と話すときに俺に向ける笑顔とは別の笑みを向けることにも我慢していた。
我慢して我慢して、我慢して、我慢して……彼女の体調がよくなって来ているなら、もう大丈夫なんだと思ったんだよっ!!
なのに、なのにっ、なのにっ!?!?
なんでこうなったっ!?
俺の、なにがいけなかったんだっ!?
俺はただ、彼女……と、愛し合いたかっただけ。な、のに……?
夜、彼女の部屋へ行った。愛し合うために。だって、身体だって栄養失調で倒れてガリガリだった頃より、ふっくらして、柔らかそうだったんだ。
あんなに、折れそうな程に細かったけど……ちゃんと自分で立って歩いて、屋敷の中を散歩できるくらい回復していたんだ。
なのにっ、な……の、に……なんで? なんで? なんで?
なんで、こんなことになっているんだ?
昨夜、彼女は困ったような顔をしたけど、俺のことを受け入れてくれただろう?
彼女の身体は柔らかくて、甘くていい匂いがして……それで、俺達は愛し合った。
愛し合った、だけ。な、のに……
夜更けに、ふと寒さに目を覚ましたら――――
俺の隣に眠っているはずの彼女が、冷たくなっていた。苦痛に歪んだ表情で、見開いた瞳で、胸を搔き毟った格好で、白い胸元には幾筋もの引っ掻き傷があって、鼻や口から血を流して、冷たくなっていた。
俺は、冷たく、硬くなった彼女を抱き締めて眠っていたらしい。
「あ、あ……ああああああぁァァァーーーっ!?!?!?」
絶叫している俺を、執事が何事かと見に来て――――
それからの記憶は、曖昧だ。混濁している。
だって、昨日まで彼女は俺に困ったような笑顔を向けていたんだ。彼女の身体は、柔らかくて温かかったんだ。なのに、苦痛に歪んで鼻や口から血の流れていた顔が目に焼き付いて離れない。
「ご当主に冷遇された後、溺愛された奥様は・・・お亡くなりになられました」
「?」
「さて、ご当主。奥方の死因だが、どうします? 強姦致死、暴行致死、虐待致死。どれがいいですか?」
ぞっとする程に冷ややかな女医の声で、俺は意識が浮上させられた。
「え? あ……な、にを……?」
なぜかひりつくように痛む喉で、掠れた声が出た。
「ですから、奥方が亡くなった死因をどうしますか? と、聞いているのですが。まあ、奥方があのような亡くなり方をしてショックではあると思いますけど。でも、わたしはご当主にキツく忠告したはずです。奥方の身を案じるなら、閨事はあと数年は控えるように、と。それを守らなかったのでしょう?」
「そ、れは……」
「虐待に因る栄養失調と衰弱。年単位での回復が必要だと、ご当主にもちゃんとお伝えしたはずですが? 聞いてなかったとは言わせません」
確かに、強く言われて……俺は、女医の言葉を大袈裟だ、と……思っ、て?
「そして、治癒魔術も行使して回復に務めてはいますが、奥方が以前のような健康さを取り戻せるのかは不明。更に言えば、子が生せなくなってしまっている可能性についても、確りお伝えしたはずですが? 子が望めるか判らない奥方へ慰謝料を支払い、離縁をされては如何ですか? ともお聞きしましたよね?」
子を生し、家の存続と繁栄に務めるのは貴族家当主の義務。
家の存続と繁栄を考えるのであれば、彼女と離縁するのが正しいのだろう……だが、身体の弱くなった彼女を放り出すのは無責任じゃないのか? それに、なにより俺は彼女を愛していた。だから、俺は……
「俺……は、彼女、を……愛、して……」
かさついた俺の声を、
「ハッ、愛? 笑わせないでください」
女医は心底から侮蔑するような眼差しで切り捨て、鼻で嗤った。
「奥方の身体を考えず、無体を働いたその口が愛を語るのですか? 数年すら我慢できず、自身の性欲を満たすために彼女を殺しておいて?」
「ち、違うっ!? 俺は、彼女を愛してるんだっ!! 愛してる相手と……女と、触れ合いたいと、愛し合いたいと思ってなにが悪いっ!!」
「そうですか。それで? 奥方の死因はどうされます? 強姦致死、暴行致死、虐待致死」
「俺は、ただ……彼女、と……ぅ、うっぐぅ……」
涙が込み上げて来る。息がしづらい。
「ああ、ご当主は奥方のお顔を見られましたか? あれは、衰弱して弱っている内臓や循環器系統に強い負荷が掛かり、その負荷に耐え切れずに心臓付近の血管が破れたのでしょうね。健康な人間でも、閨事中は血圧、脈拍などが急上昇するというのに。まだ健康と言えるレベルまで回復していない奥方には、毒となったようです。相当の痛みだったのでしょう」
女医の冷ややかで鋭い氷のような言葉が、俺の心をズタズタに切り裂いて抉る。
「まあ、外聞が悪いので。妥当なところでは、病死でしょうか?」
「ぁ……ああ、俺は悪くない……俺は悪くない……俺は、悪くない……」
だって、彼女を愛しているんだ。彼女を愛しただけだ。
なのに、なのに、なんでこんなことに……?
呆然自失している間に、いつの間にか彼女の葬式が終わっていた。
俺は、彼女を……愛、していた……だけ。なの、に……?
『そうですか。それで? 奥方の死因はどうされます? 強姦致死、暴行致死、虐待致死』
女医の、侮蔑に満ちた冷ややかで鋭い声が脳裏に木霊する。
強姦? 暴行? 虐待?
俺は、俺は……お、れは……
おれ、が……?
かのじょ、を……?
鼻と口から血を流し、苦痛に歪んだ彼女の見開いた瞳が、目蓋に焼き付いて離れない。
彼女と過ごして来た時間が、彼女の表情が全て最期の貌へと塗り替えられて――――
「あ、あ……あがアああああ゛ぁ゛ァァァーーーっ!?!?!?」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
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うん? なぜ、君を雇うか、かい?
そうだね。ほら? 病人は、病人がしてほしいことや不便に思うことをよくわかっているんじゃないかと思ってね?
そうじゃない? 君を助けた理由? 相当な手間が掛かったんじゃないか、と?
いや、別に? 大した手間ではないさ。
偽装死体は、どう入手したか?
わたしは、趣味で錬金術や人形制作も嗜んでいてね。アレは、豚の死体を錬金術や治癒魔術などでそれらしくガワだけ加工したモノだよ。人間の死体を用意するより、断然安上がりだ。
まあ、表情は割と不細工にしたのでモデルとなった女性には、少々悪い気はしているがね? ほら、見るに耐えない顔にしておいた方が、偽装が気付かれ難いんだよ。
うん? 気にしてない? それはよかった。
ああ、独り善がりで自己陶酔の気持ち悪い、自分が加害者だという自覚の全く無いクソ野郎とお別れできて清々している?
それは重畳。
指輪を返す? いや、それは護身用に持っていて構わないよ。なんせ、それは幻覚剤と麻酔を調合した針が仕込まれている逸品だからね。効果はバッチリだったろう?
どこぞの、病人に無体を働こうとした外道を一刺しで意識混濁させ、都合のいい夢を見せていたみたいだからね? その指輪。うちで保護した女性には、そのままあげているんだ。ああ、でも一定数針を使用したら教えてくれ。針の取り替えが必要だからね。
うん。いい返事だ。
さて、君はこれからどうしたい? お嬢さん?
貴族夫人という立場は綺麗サッパリ無くなったワケだが?
まあ、これまでどこぞの外道のせいでできなかったことを楽しむといい。
うん? 他の女性達?
そうだねぇ……他国へ亡命した人や、娼館の裏方として働く人、薬師になった人もいたし、看護師になった人もいるし、家庭教師をしている人もいるし、修道女になった人……ああ、新しい環境で、新しい恋をして、今度こそ幸せな結婚生活を送っている人もいるね。
ふふっ、まあこれからは好きに生きたらいいさ。
え? わたしが、特殊な……逃がし屋兼、女医をしている理由が知りたい?
そうだね……わたしの姉がね、嫁ぎ先で冷遇されて殺されたから。優しい人だったのに……死因は餓死だった。そんな、姉みたいに苦しい思いをしている女性を少しでも減らせればと思ってね。
ちなみに、わたしの後ろ盾は姉の友人だった高貴な女性だよ。彼女も相当怒っていてね?
彼女が噂を集めて、わたしを疑わしい家に紹介してくれるんだ。
なにもなければ、わたしは普通の女医さ。
まあ、苦しんでいる人がいれば……その家から死人と、解放された人が出て行くだけだよ。
その家がどうなるか? さあ? 高貴な女性の不興を買った家は、斜陽になって行くんじゃないかな? 踏み留まれるかは、当主の才覚次第と言ったところだろう。
ははっ、あの当主は駄目だろうから、近々適性のある親族に交代させられるのではないか?
死人には、もう関係無いことだと思うけどね。
さあ、そろそろお喋りはおしまい。君はもう寝なさい。まだ本調子じゃないだろう?
うん、はい。おやすみなさい。もう、怯えることはないからね?
よい夢を……
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
なんかこう、自己陶酔と自己憐憫をくどくど宣う、おまいう? なクソ野郎がざまぁされる感じの話でした。(((*≧艸≦)ププッ
これ、最初はクソ野郎視点と女医視点どっちで書こうか迷って、途中で分けるこんな感じになりました。(*ノω・*)テヘ
ぶっちゃけ、冷遇から溺愛する系で、相手の回復を待たずに手ぇ出すの早い奴を見ると……栄養失調や衰弱を甘く見て無理させると死んじゃうからっ!! って、常々思っていたので。
なにが愛してるだ? 貴様も加害者だろうがクソがっ、殺す気かっ!?( º言º )
そんな思いを籠めて♡
あと、冷遇→溺愛の冷遇原因に恋する的なやつ。あれって、実は吊り橋効果とストックホルム症候群の合わせ技なんじゃないですかねー?(´・ω・`)?
冷遇原因→会うとドキドキ&命の危機→冷遇原因に嫌われたら、更に冷遇されるかも?→冷遇原因に嫌われないようにしよう→あれ? わたし、この人のこと好きなのかも?→トゥンク(心臓バッコンバッコン!)→勘違い発生……みたいな?
ストックホルム症候群は、犯罪被害者が加害者の機嫌を損ねないような言動をしているうち、段々と自分(被害者)は加害者のことを好きだから(好きになったから)、加害者に嫌われたくないのでは? という風な、ある種の自分の心身を守るための自己防衛反応だと言われてるやつですね。( ̄~ ̄;)
冷遇から溺愛系で冷遇原因に恋するヒロインは、優しくされたからすぐに絆されるチョロインというより、生存本能と暴力や虐待、死への恐怖から目を逸らすための心理的な防衛反応の一環……という風に穿って見ると、結構闇が深いです。ラブストーリーが一転、サイコホラーみが匂って来るぜ。(*`艸´)
おまけ。
女医「どこぞの元当主は、平民落ちすると大変だろうねぇ? 先だって絞首台にたくさんぶら下がった者の縁者達には、さぞかし恨まれているだろうから。いつまで生きてられることやら……?」( ◜◡◝ )
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。
ブックマーク、評価、いいねをありがとうございます♪(ノ≧∀≦)ノ
使用人の言い分『とある貴族夫人に対する加害者の供述~そんなつもりじゃなかったんですっ!?~』書きました。宜しければどうぞ。胸クソです。




