だから私は毒を喰む
自傷行為にも似た表現があります。苦手な方はご注意ください。
ちくり、と心が痛む。
衣食住は満たされている。
少しだけ、優先順位が低いだけ。
「あのね、お母様、今度のピアノの発表会の日程が決まったの」
「あらそうなの?ああ、マリアベルの発表会がもうすぐだから後でね」
お母様はお姉様のバイオリンの発表会の準備の確認に行ってしまった。
同じ日にある私のピアノの発表会には来てくださらないのだわ。
……同じ日にあると把握もしていない。だからどちらに参加するか悩む事もない。
私の話を聞いてくださらないから。
「お父様、先生からお話があるようでして」
「私は忙しい、カルロスの家庭教師から話を聞かねば」
お父様は弟の先生のお話は聞いてくださるけれど、私の先生のお話は聞いてくださらない。
もう、私が周辺諸国の言葉を覚えたことを、お父様はご存じない。
ドレスを仕立てるときは、「私とお揃いにしましょう」と姉の好みで仕立てられる。
ふわふわ可愛らしい姉と、硬質な雰囲気の私では似合うドレスが違うのに。
フリルよりもシンプルなリボンが、フレアなスカートよりもタイトなデザインが私には似合うと思う。
ピンクよりも、モスグリーンが好きなのに。
食卓は皆で囲む。
今日はお姉様のお好きなローストビーフ。
私はこのソースがあまり好きではないけれど、お姉様がたっぷりかけるから私の分にもたっぷりかけられる。お肉よりも、白身魚が好きなのに。
一昨日はカルロスが好きなモンブラン。
私は栗があまり好きではないけれど、カルロスが美味しそうに食べるから私の分も渡した。
モンブランよりも、チョコレートタルトが好きなのに。
……私の好きな食事はここでは出てこない。
執事を通して料理長に聞かれたこともない。
きっと食が進まない私を料理長は嫌っているでしょうけれど、残していないのだから許して欲しい。
お姉様や弟のようにおかわりをしていないだけ。
お誕生日でさえ、「ローストビーフが美味しいわよね」「モンブランがいいんじゃない?」の言葉で、私の意見は聞いてもらえなかった。
婚約者であるあの方は、「女の子はこれが好きでしょ」と、私に似合わない髪飾りを贈ってくださる。
姉の金の髪によく似合いそうな髪飾りは、くすんだ金髪の私には似合わない。
弟の明るい緑の瞳は、茶色い瞳の私とは違う輝きをしている。
ただ話を聞いて貰えなくて、ただ好きな物が食べられなくて、ただ似合わないドレスが仕立てられて、私の意見はどこにもないだけ。
年々苦しくなって、息をするのも辛くなる。
でも、食事も出てくる、伯爵家に相応しい質のドレスも買ってもらえる、住む部屋もちゃんとある。
―好きなものを聞かれたこともない、ドレスも、姉が五着買ったら私は一着。お部屋も、姉や弟に比べて物が少ない。
婚約者も、家に来てもお姉様とだけ話す。私の存在は見えないらしい。
小さい頃は理由もわからなかった。
でも、十三歳になる頃には理解した。
私には、姉のように輝く髪も、弟のように煌めく瞳もないからだ、と。
婚約者に対してはその理由はよく納得できたが、同時に家族には『それだけで?』と疑問を抱き続けた。
そんな時、唐突に、お祖母様にはあまり会えないことに気付いた。
両親は厳しいお祖母様をあまり好きではないから。
…私、お祖母様に似ているわ。
そう言うことなのね、と納得した。
同時に、激しい怒りに肚の中が熱くなった。
そんな下らない理由なら、捨てる罪悪感など湧きもしない。
小さい頃から書いている日記に、怒りを隠し悲しみだけを綴っていく。
―蔑ろにしたなら、蔑ろにされてみればいい。
厳しいと有名な家庭教師を血の滲むような努力の末に実力で黙らせた。
お茶会では、似合わないドレスを嘲笑う令嬢達に悲しげに、『私のドレスは、ついでの仕立てですから』と呟いて、好奇心を満たす事実をばら撒いた。
憤慨してくれた令嬢達のお宅に招かれた時のお菓子に感動してみせ、『好きな物を聞かれたことはございません』と事実のみを語る。
婚約者との交流はその時には完全に途切れていた。
面倒だけれど私が交流を保とうとした証に、お茶会のお誘いだけは毎月手紙を出し続け、それは当然のように毎回断られ続けた。
お姉様が私を優越感に満ちた目で見てから出掛けていく理由にも、もう何とも思わない。
私に興味のない家族は、私の交友関係など知らず、貴族の間で噂されていることに気付かない。
その間にお祖母様に手紙を出す。
執事は信用できない、交流のある方に恥を忍んで頼んだ。
厳しいけれど差別をしないお祖母様のことは好きだった。
お祖母様は[体調が思わしくなく、目が行き届かず申し訳ない]とお返事をくださった。
タウンハウスが嫌ならいらっしゃい、と領地で暮らす許可をくださった所で、私は庭の片隅に生えたハーブを口に含んだ。
十三歳で怒りを燃え上がらせた日から、一年経っていた。
◆◆◆
その日伯爵家は大騒ぎだった。
領地にいる筈の現当主の母君が急に訪ねてきた時、次女が痙攣を起こして医者が呼ばれていた。
祖母のイザベラは次女の部屋に行き、必要最低限の物しかない部屋を睨み付けた。
長女の部屋には華やかな鏡台やジュエリーボックスがある事を知っていた。
イザベラが贈ったのだから。
次女に贈った筈のジュエリーボックスも、小さいけれど品のある絵画も何も無い。
次女から御礼の手紙もなかったため、礼儀を知らない娘と思っていた。
だが、久し振りに届いた手紙を読み、礼儀知らずとはとても思えなかった。
家にいるのが辛い、と書かれていた孫娘の訴えに早速領地で暮らす準備を終えて迎えにきたら、と、イザベラは頭を抱えた。
贈り物は最初から次女に渡っていなかったのでは、と顔色を悪くしている息子とその嫁を見て予測をした。
その予想は間違ってはいないだろう。
直接届くように手配した、モスグリーンの絹のリボンへの御礼はとても丁寧だった。
体調を崩しがちで、足が遠のいていたことが悔やまれる。
痙攣している孫娘の手を握り、イザベラは回復を祈った。
そこで、違和感に気付いた。
「この子の専属侍女はどこにいるの!?」
部屋を出入りしていた侍女は長女の専属と答えたが、次女の専属については口を噤んだ。
執事を呼びつけ専属侍女の居場所を問い詰めれば、執事も顔色を悪くし専属侍女はついたことがないと答えた。
「…何故、こんな愚かなことを……」
誰も何も言わずに沈黙だけが部屋を支配していた。
無骨なデスクに置かれた質素なノートに気付いたイザベラは震える指先で表紙を開いた。
[今日はドレスを仕立てていただいた。
また、お姉様の好みで決めたドレスだった。
私には似合わないと思う。お茶会に行く度に皮肉を言われるのが少し辛い。
でもせっかく仕立てていただいたのだから文句を言うのははしたない。
せめて一着はモスグリーンのドレスを仕立てていただきたいけれど…。]
[今日はお誕生日だった。
お姉様とカルロスはお食事のリクエストができるらしい。
私のお誕生日なのにお姉様とカルロスが食べたいものをリクエストしていた。
私はローストビーフもモンブランもあまり好まないけれど、出された食事に意見を言ったらお食事を抜かれてしまったからもう言えない。
…お姉様もカルロスも食べられないものを言っていたけれど、なぜ私は許されないのかしら。]
[お姉様が素敵なジュエリーボックスを見せに来た。
私のお誕生日に近い日に届いたからお祖母様が私に、と期待したけれど違うみたい。
お祖母様から贈り物をいただいたことがない。
私は、お祖母様にも嫌われているのかしら。
お手紙を出しても、ご迷惑じゃないかしら。
お忙しいとは聞いているけれどお祖母様にお会いしたい。嫌われていても、努力を褒めてくださる公平な方だから、家庭教師の課題で満点をとったことを褒めてくださるかもしれない。]
[婚約者のあの方にお茶会を断られた。
もう何ヶ月もお会いしていない。
なのにお姉様はあの方とお会いしているみたい。
ご親切な方が教えて下さる内容はとても信じられなかった。
お姉様は今の婚約者ではなくあの方とご結婚をするのかしら。
その覚悟がなければあんなことしないわよね。
でも結婚までは、と教わったのに。
私の常識が間違っているのかしら。]
「婚約者…。隣の伯爵家の…あちらから我が伯爵家の財産を当てにした婚約を持ち掛けてきたくせに…。
それにマリアベル…。貴族令嬢の自覚も矜持もないみたいね…。妹の婚約者を寝取るなんて」
夫である伯爵を支え、時には夫に代わり領地運営を引き受けていたイザベラは怒りに震えていた。
社交シーズンを終えても領地に戻ってこない息子一家に思うところはあったが、若い内の人脈作りも必要かと煩く言わなかった。自分自身、口煩い自覚はあったために少し距離があった方がいいと思っていたことが、まだ幼い孫娘を追い詰める結果になっていたとは…。
「いいわ、全員玄関ホールに集めなさい。
今すぐに!」
「か、かしこまりました…!」
震える声で執事が動き出す。
彼女はほぼ引退しているとは言え、未だ先代と共に領地を運営している。
先々代で災害があった領地の立て直しのため長年奔走しているその人望は無視できないものがあり、社交界での影響力もそれなりに残っている。
イザベラは有力な侯爵家から前当主の伯爵に嫁いだが、彼女が有名なのは苛烈な性格からだった。
その苛烈さは結婚をしてからは鳴りを潜め、直接目の当たりにした者はタウンハウスにはいなかった。
その日までは―。
♦♦♦
「さて、皆には仕事を中断して集まって貰って悪かったわね。
まず、料理長。貴方は私達の好みを知っているかしら」
最初に名指しされた料理長はすらすらと答えていく。
「勿論です。私は先代から厨房を預かる身。
大旦那様はラムチョップが、大奥様はキッパー、旦那様はビーフ・ウェリントン、奥様はケジェリー、マリアベル様はローストビーフ、カルロス様はモンブランがお好きです」
「ええそうね。もう一人、私には孫娘がいるのだけれど貴方は知っていて?」
「え、ええ、もちろん。二の姫様は……マリアベル様と同じくローストビーフがお好きです」
料理長は額に汗を浮かべながら答えた。
「……話にならないわね。名前すらも覚えていないのでしょう。
エステラはね、フィッシュパイが好きなのよ。
どうやらマリアベルが好きではないから一度しか出ていないそうだけれどね」
長年伯爵家に仕えていた料理長は言葉を失った。
誕生日は把握している。
いつもそれぞれの誕生日はリクエストがあれば教えて欲しいと執事に頼んでいたが、次女―エステラのリクエストはマリアベルと同じだった。
執事を見ると執事は真っ青な顔で唇を固く引き結んでいた。
「それでルーカス、貴方はきちんと皆のリクエストを平等に聞いていたのよね?」
祖母は冷たい瞳でルーカスと呼んだ執事を見据えた。
「私は、―お食事のリクエストは皆さまの専属侍女に確認をしておりました」
「専属侍女、ええそうね。現当主のエドモントにも、伯爵夫人のカミラにも、マリアベルにもカルロスにもいる専属侍女には聞けるわね。
でも、エステラにはいない専属侍女にどうやってリクエストを聞くのかしら。
貴方にそんなご立派な冗談が言えるとは思わなかったわ。
伯爵家に忠実に仕えてきた堅物の貴方にもそんなユーモアがあったのね」
笑顔も浮かべずにイザベラは痛烈にルーカスを責める。
「エドモント、貴方はエステラの成績を知っている?」
唐突に問われたエドモントは反応が遅れた。
「いえ、家庭教師に褒められた、と言ってましたが精々詩作を褒められたくらいでしょう」
「あの子はね、周辺諸国の言葉は全て話せるのよ。十四歳よ。たった十四歳の子が、五か国語を話せるまでにどれほど努力をしたか。
届いたお手紙の、それぞれの国の言葉で書かれた詩作は全て見事な出来栄えだったわ。
王妃様のサロンで披露しても、胸を張っていられるはずよ」
「そんな…」
エドモントは思わず外国語を話すことができないカルロスを見た。
十一歳とは言え、その頃にはもうエドモントは一番取引のある国の言葉は話せていた。
「この国から出なきゃいいだろ、いらないよ」
まるで自覚のない長男の態度にエドモントは絶句した。
「カミラ、エステラのピアノの腕前は知っている?」
「いえ、家庭教師の主催のサロンでの発表なので嗜み程度では…」
イザベラは深い溜息を吐いた。
「家庭教師主催のサロンで披露したのはマリアベルのバイオリンだけよ。
可もなく不可もなくと聞いているわ。
エステラは、公爵夫人のサロンでのお披露目だったのよ。
お茶会で知り合った侯爵令嬢のお誘いで参加したそうよ。
貴女も知っているでしょう。音楽を愛する公爵夫人は同時に若い才能を愛すると。
エステラは公爵夫人と交流を深めているそうよ」
「エステラが…?」
カミラも真っ青な顔で立ち尽くしている。
「ええ、貴女はマリアベルの発表には付き添ったけど、公爵夫人のサロンには参加しなかったそうね。
お誘いくださった侯爵令嬢のご母堂が付き添ってくださったそうよ。貴女は何をしていたのかしら」
公爵夫人のサロンは中々参加できるものではない。
みすみすそんな機会を逃したなんて…、とカミラはエステラを責めたい気分だったが、続くイザベラの言葉にはっとした。
「エステラが貴女に発表会の相談をしたとき、マリアベルのバイオリンの発表会がある、と話も聞かなかったようね。
たまたま同じ日にあったようだけど、家庭教師の主催ならば丁寧に詫びれば済む話でしょう。
公爵夫人のサロンを断ったと貴女は社交界で時の人よ。
よかったわね、社交界で有名になるのが貴女の夢でしょう」
「そんな意味では…」
あの日何か言いかけていたエステラだったが、エステラの話をまともに聞いたことがない、という事実に両親は青ざめた。
エステラが一年かけて公爵夫人と交流を重ねた結果、発表会に母親がいなかった理由も公爵夫人は既に知っていた。
「それとマリアベル。貴女も今は有名なのよ?
領地にいる私の耳にも届いているのよ。
自由恋愛主義の革新的なご令嬢ですね、って」
イザベラは、エステラの日記を見るまでは知らなかったにもかかわらず、あえて「自由恋愛主義の令嬢」と鎌をかけた。
マリアベルも真っ青になり首を振っている。
「マリアベルの婚約は貴女有責で破棄ですもの。慰謝料はマリアベルの持参金から工面します。
―エステラとあの伯爵家との婚約は別に必須ではなかったわ。
あちらが必死に頼み込むから結ばれただけのこと。
エステラの持参金を当てにしていたのでしょうけどね。
そのエステラをぞんざいに扱ってまで手にしたご縁ですもの、きっと持参金も伯爵家の後ろ盾もないマリアベルでも大切にしてもらえるわ。
すぐに結婚の申し込みをするから荷造りをするように。
それから、私がエステラ宛てに贈ったジュエリーボックスや絵画を持ち出すことは許しません。
即刻、エステラに返却するように」
マリアベルと婚約関係にあった別の伯爵家には丁寧な詫び状を認め、マリアベル有責での婚約破棄を申し出る事をイザベラは決めていた。
慰謝料はマリアベルの持参金で払えばいい。
マリアベルは持参金も後ろ盾もなく、婚家でどのような扱いになるか。
今まで贈ったジュエリーボックスや仕立てられているドレスを処分すれば何とかなるでしょう、とイザベラは冷静に考えている。
マリアベルも十七歳だ。分別のつかない歳でもない、とイザベラは判断していた。
しかし、マリアベルは本気でエステラの婚約者と結婚する気などなかった。
ただエステラよりも優先されることが面白かっただけで―。
なのにもう有名になっているならば、貴族のままでいるにはこのままエステラの婚約者だった男と結婚するしかない。
修道院など考えたくもない。
実家の伯爵家よりも財政は厳しいと聞いている。後ろ盾のないマリアベルに何の価値があるのか。
マリアベルは己が領地経営には向いていないと分かっていた。
だからこそ、これから待ち受けるであろう生活に恐れおののいた。
「カルロス、貴方は即刻伯爵領で私の教育を受けて貰います。
その歳で二か国語も話せないなんて、伯爵家を継ぐ気があるなら恥だと思いなさい。
伯爵家から籍を抜くつもりであればタウンハウスに残ることは許可します。
成人と共に除籍する書類を作ります。どちらかすぐ選びなさい」
カルロスはそれまで物事に真剣に取り組んだことがあまりなかった。
しかし今回痙攣する姉の姿を目の当たりにし、料理長や執事の言い分に目を丸くするしかなかった。
それを可笑しいと思うが、言葉にしようとするとどうしていいか分からない。
カルロス自身、両親から離れての教育の受け直しが必要なのだろうと漠然と思った。
実際、伯爵家を継ぐ気なら、とイザベラが言っているのだから、今が真剣になる時なのだろう、と考えて伯爵領での再教育を選んだ。
「エステラも回復したら即刻領地に連れ帰ります。
それから、カルロスが成人したら伯爵家の代替わりを行うのでそのつもりで。
残り七年、辞めたい使用人は辞めて結構。紹介状はカミラが書くように。
エステラの世話を放棄した、と侍女には全て書かないといけないわね。
厨房の使用人は主家の家族の人数も数えられないけど料理の腕は確かと付け足せばいいかしら。
ええ、確かにエステラは小柄よね。
ルーカスにはエステラが小さすぎて見えなかった、と書いて退職金と一緒に新しい眼鏡を贈るから次の職場で役立てるといいわ。
屋敷の使用人は領地本邸から送って貰うように手配をするから、辞めたい者は遠慮せず名乗り出るように」
こうして、項垂れる一同を睥睨したイザベラはエステラの部屋へと戻って行った。
選択肢など、残されてはいない。
そんな紹介状では、まともな職に就くことなど叶うはずもない。
誰も口を開かなかった。
イザベラの言葉は、罰ではなく宣告だった。
この屋敷にいる限り、エステラを蔑ろにしていたことを責められる気分になるが、
他にまともな職にありつけない―。
皆のろのろと持ち場に戻った。
退職希望者は、いなかった―。
♦♦♦
目を開くと、心配そうに私を見ているお祖母様がいた。
「エステラ…!ああ、よかった。気分はどう?気持ち悪いところはない?」
こうして心配されたことはあったか考えて、すぐ止めた。
喉が痛いと言っても、高熱が出ても、お母様は私と同じ日に具合が悪くなるお姉さまに付きっきりだった。
「大丈夫…です…。私は……?」
「お医者様が言うには極度の緊張での痙攣だろうと…。
ごめんなさいね、私がもっと頻繁にタウンハウスを訪ねていれば……。
回復したらすぐ領地に向かいましょう。そこでゆっくり療養して、これからのことを考えましょうね。
それから、あの伯爵家と貴女との婚約はなくなったわ。
マリアベルが色々と捨ててまで一緒になりたいと願った相手ですもの。情熱があれば問題ないでしょう」
……婚約がなくなった。
やった!勝った!賭けに勝ったのだわ!
お祖母様は恐らく私の日記をご覧になったわ。
すぐお姉様と元婚約者の関係を調べたに違いない。
今あの二人は貴族の間では格好の噂の種だもの、結婚するしかないでしょう。
恋に燃える二人だもの、きっと祝福されるでしょうね。
私を蔑ろにする家族も、使用人も、婚約者も、全て不要だわ。
カルロスは一緒に領地に行くとお祖母様が仰ったということは、あの子に更生の余地があるかお祖母様が見極めるはずだわ。
あの子は考えなしだけど悪意はないもの。
自分の好きなものを嫌いな人がいると考えられないだけの、肯定しかされていない怪物。
お祖母様が再教育してまともになればよし、見込みがなければ、きっと私が婿を取って伯爵家を継ぐことになるでしょう。
家を出る当日、庭の奥まった場所にあるタンジーは全て抜いてきた。
あの日口に含んだタンジーは苦かったが、甘さを含んで私の喉を滑り落ちた。
喉を滑り落ちたその味は、今も私の奥で静かに苦さを振りまいている。
終幕
ご覧いただきありがとうございました!
体を張って復讐しようとした14歳の精一杯の抵抗でした。
タイトルの喰むは動物に使う漢字ですが、主人公の剝き出しの怒りを表現したかったのでこの漢字を使っています。
★登場人物★
エステラ・・・14歳。主人公 シャンパンブロンド、ブラウンの瞳。家族を捨てられるなら毒でも飲む。全力で後ろ向きな方向で前向き。イザベラへの手紙は侯爵令嬢を通して送って貰っていた。受け取りも。
マリアベル・・・17歳。ブロンド、緑の瞳。婚家では針の筵。
カルロス・・・シャンパンブロンド、緑の瞳。物事を深く考えない。11歳なのでお祖母様の16時間授業で矯正される(睡眠時間8時間、食事はマナー講座兼ねてる)。更生後は上に立つ器じゃないし、とエステラの補佐を選びそう。
エドモント・・・厳しい母親いないってはっちゃけたあほ。
カミラ・・・厳しい姑いないって大はしゃぎした脳内常春。
イザベラ・・・若い者に任せようとしたけど結局出張るしかない苦労人。体調は徐々に回復中。多分タウンハウスの息子達がストレスで体調悪かった。息子が退く日が決まって元気になった。
イザベラ夫・・・イザベラと一緒に来ていたら息子にバックドロップしてぎっくり腰になるタイプ。
父親の代で発生した災害の後始末と立て直しで忙しくて息子の教育足りなかったと猛省中。
ルーカス・・・仕事できない執事。専属侍女つけようとしたけど旦那様に適当にあしらわれたからいいのかな。本人イザベラと連絡とれないだろうしまぁいいか、と甘く見てたら痛い目にあった。多分イザベラ夫がいたらエビぞり固めされてた。目先を誤魔化せればいいタイプ。領地の執事(師匠)にフルボッコ確定ルート。
元婚約者・・・シンプルにクズ。持参金あれば姉妹どっちでもいいけどやっぱ綺麗な方がいいじゃんって思っていた。持参金なしできたから思ってたんと違う状態。家族皆そんな感じ。多分近々破産する。
侍女達・・・エステラの専属いつもサボってない?誰だろう状態だった。気が利く侍女が何となく察してエステラの身支度手伝ってた。多分イザベラの専属侍女が派遣されて全員鍛え直し。




