表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶の残花  作者: 最下真人
【三章】 秋枯れ
19/24

十八話 そしてまた、あなたに……

 1


 夏が微睡み、秋が目を覚ます。

 桜の葉は化粧を施し、季節を紅に染める。

 近年は夏が長く居座るため、秋は泡沫のように過ぎ去ってゆく。

 時の流れを彷彿とさせるような移り変わりに、陽葵はどこか寂しさを覚えた。

 同時に、人も変わらなければという想いも。

 校門をくぐり、生徒たちの喧騒を縫って教室に着くと、陽葵の席に隆二たちの姿が見えた。


「明日だね」


 前の席に座る桃花が、顔を綻ばせながら言った。


「うん」と頷き、陽葵は席に着く。

 明日は継承式だ。悲葬の力を継いでから約十年経つ。

 この数ヶ月は陽葵の中で一番濃い時間を過ごした。

 友達ができ、思い出を共有し、価値観を変え、大切なものを増やした。

 まるで花のように変化した自分に、陽葵は改めて戸惑いを覚える。


「これで解放されるんだな」


 拓海は机に両肘を置いて、腕の上に顎を乗せている。


「来年は受験だし、今のうちにたくさん思い出を作らないとね」


 智子は陽葵の肩に手を乗せた。

 隆二を見ると、少しだけ口角を上げて微笑んでいた。

 その顔に心が揺れる。


「冬休みにみんなでクリパしようよ」


 桃花の弾む声に「いいね」と拓海が相槌を打つ。


「じゃあ私の家でやる?」


 智子の案に「いいね」と拓海が相槌を打つ。


「みんなで割り勘してケーキとチキン買おうよ。あと、プレゼント交換も」


「いいね」


「さっきから、いいねしか言ってないじゃん。いいねおじさんかよ」


「おじさんはやめろ」


「じゃあジジイ」


「それはもっとやめろ」


 桃花と拓海のやりとりに智子が笑う。

 いつもの日常に陽葵は視線を落とした。覚悟が鈍りそうだったから。


「陽葵も来るよな?」


 顔を上げると、拓海がこちらを見ていた。

 陽葵はさりげなく目を逸らし、言葉を探す。


「……楽しみだね。クリスマスパーティー」


「じゃあ決まりな」


「ねえ、みんなでコスプレしない?」


 桃花が声を咲かせて言う。


「やだよ」


「私もヤダ」


「えー、やろうよ」


 拓海と智子が拒否すると、桃花は声を萎ませた。

 チャイムが鳴り、生徒たちが自分の席へと戻っていく。

 本来なら嫌がるであろうその音に陽葵は安堵した。

 拓海たちも席に戻っていったが、隆二はその場に留まっている。


「悠人くんたちも呼ぼうか?」


 隆二の言葉に胸がざわついた。

 気付かれないように静かに息を吐き、揺れる心を宥める。


「呼んであげて」


 陽葵は数秒の空白を作った後、引き攣る頬を隠すように笑顔を作った。

 

 *


「長かったね十年」


 家族で食卓を囲んでいると、父の秀人が口にした。


「見てないフラッシュバックもないんだよね?」


 愛の言葉に陽葵は頷く。


「もう誰かのために悲しまなくていいんだね。これからは普通の高校生として過ごして」


「……うん」


 陽葵は横目で麻美を見た。普段と変わらぬ様子で食事をとっている。


「そうだ、継承式が終わったら、久しぶりに家族旅行しようか」


「行く! 私、京都がいい」


 秀人の提案に、愛は体を前のめりにして言う。


「陽葵は?」


「私も愛と一緒」


「じゃあ決まり」


 愛のはしゃぐ顔に思わず頬を緩めたが、途端、表情に寂しさを纏わせる。


「お父さん、今日は私がお皿洗うよ」


「じゃあ、お願いしようかな」


 愛と秀人は食器を持って、台所に向かう。

 麻美と二人になったところで、陽葵は箸を茶碗に置いた。


「明日のことで話があるから、この後いい?」


 麻美は視線だけ向けると、「うん」と言って味噌汁を啜った。


 夕食後、陽葵と麻美は家の近くの小さな公園に来た。

 街灯の明かりを頼りに、二人はベンチに腰掛ける。

 陽葵は空を見上げた。

 月の綺麗な夜だった。

 静寂な宵に撒かれた無数の星々。

 澄んだ空気と鈴虫の音色が季節を飾る。


「なんで外なの?」


 麻美の声が耳に入ると、心臓が胸を叩いた。

 陽葵は大きく息を吸った後、肺に溜まった空気を押し出すように吐く。


「明日ね……」

   

 ♦︎


「……そういうことだから」


 陽葵が自分の気持ちをすべて伝えた後、麻美は泣き崩れた。

 手で口元を覆い、声を押し殺しながら悲しみを零している。

 陽葵の霞む瞳には“母”の姿が映っていた。

 長く続いた歴史と伝統に縛られ、感情に蓋をしていたのかもしれない。

 その想いを最後に知れたこと、親と子で別れを告げれられたこと、生まれ変わったときに希望を残せたこと。

 陽葵は自分が選んだ道が間違いではないと、揺らぐ心に言い聞かせた。

 

「二人には言わないでね。もう決めたことだから」


 麻美は沈黙を涙で濡らし、何も言わずに地面を見つめていた。


 2


 グラスの中に積み重なる氷が、カランと音をたてて崩れる。

 隆二は底についた水滴を拭い、アイスコーヒーを飲み干した。

 空になったグラスは何も入っていなかったように透明に戻る。まるでどんな色でも染まれるように。


「もうすぐ終わるかな、陽葵」


 桃花はグラスに入ったオレンジジュースをストローで掻き回しながら言葉を零した。


「いや、まだだろ。別れてから一時間も経ってないんだから」


 拓海はジンジャエールを飲んだ後、桃花に向かって言う。


「終わったら連絡くれるんでしょ?」


 智子の前にあるメロンソーダを見ながら、隆二は「うん」と頷く。


「終わったら焼肉でも行くか。陽葵の出所祝いに」


「焼肉行きたい」


「いや、捕まってないから」


 三人のやりとりを聞きながら隆二はLINEを開き、親指に想いを込めながら一文字一文字入力する。


「女か?」


 LINEを送った後、拓海が目を細めて聞いてきた。


「陽葵」


「なんて送ったの?」


 隆二は桃花に視線を送る。


「これからは一人で背負わなくていいよって」


「そうだね。もう、一人で悲しいもの見なくていいんだもんね」


 そう言って、桃花はオレンジジュースに視線を傾けた。


「今思うとね、失恋も大事なことだったのかなって感じる。思い出としては最悪だけど、そういう経験があるから人を理解できるようになる。もちろん消えない傷は作らない方がいいけど、悲しい記憶も、楽しい思い出も、全部含めて私だったのかなって。振り返っても悲しさを思い出せないけど、乗り越えられる痛みは必要な気がする。いつかそれが、自分の言葉に色を付けるから」


 桃花はずっと罪悪感を感じていたのかもしれない。

 自分なりに過去を振り返って、今までとは違う視点で考えてみたのだろう。

 悲しみを俯瞰した結果、自分という存在を多面的に見たのかもと隆二は思った。

 悲しみが降れば視界が霞む。それを消すことで広い視野で物事を見れる。

 感情が消えても経験したことが消えないのは、消し去ることがゴールではなく、その先の道を的確に選べるようにすることが大事。ということかもしれない。


「経験することよりも、それに対してどう考えられるかが大事なんだと思う。感情を伴うのは忘れないようにするためであって、悲しむためにあるものではない。たぶん学ぶためだと思う、繰り返さないように。些細な出来事も、いつも通りの日常も、何気なく過ごす日々の中にも、幸せと思えることがたくさんあると思うんだ。それは自分で作れる。どんなことだって意味を付けれるから。でもそのためには色んな角度から物事を見る必要がある。悲しい記憶や、楽しい思い出は、考えるための指標なんじゃないかな。だから言葉に色を付けれる」


 隆二の言葉の後、拓海が微笑を浮かべる。


「何?」


「いや、なんか隆二ぽいなって」


「私は好きだよ、そういう考え」


 智子が言うと、「私も」と桃花も続いた。

 隆二は熱を帯びた頬を隠すように頭を掻く。

「フフッ」という笑い声が聞こえると、面映さが膨張し、体温が上がった。

 

「飲み物取ってくる」


 隆二はグラスを持って立ち上がると、ドリンクバーへと向かった。


「あいつ照れてるな」

 

 拓海の声が鼓膜に触れると、隆二はグラスの結露を頬に当てた。


 3


 陽葵は継承式を行うため、千代子の家に来ていた。

 巫女装束に着替えて、客間で待機する。


「お父さんは何もしないんだから座って」


「そ、そうだね」


 秀人が不安を垂れ流しながら歩き回っており、愛が何度も落ち着かせている。

 これから行われるのは継承の儀だ。

 力を引き渡せば、新たな十年を迎えることになる。

 長く降り続く悲しみは陽葵のもとを離れ、まだ幼い悠人へと移った後、また知らない子供へと繋がれてゆく。

 伝統という名の呪いは、誰かが犠牲にならないと終わることがない。

 螺旋を描きながら、時代を超えて永遠を描き続ける。


 陽葵は大きく息を吐いた。

 指先を見ると微かだが震えている。

 この先で待つ見えない未来を想像すると、感情が恐怖心に蹂躙されるようだった。

 陽葵は足元にあるスマホを手に取る。

 車で向かってるときに隆二からLINEが届いた。

 これで何度目か分からないが、綴られた文章を見るたび不安を拭うことができた。

 そこにはこう書かれている。

 


 もう一人じゃないから。

 悲しいことがあっても共有できるし、一緒に背負える。

 これからは涙を流す記憶じゃなく、笑って振り返ることのできる思い出を作ろう。

 それとありがとう。

 覚えていてくれていたこと、大切に仕舞ってくれていたこと。

 同じ想いを持てていたことが嬉しかった。

 ずっと変わらず、大切な思い出だったから。



 縛りつけていた緊張と恐怖が解け、安堵が全身を包む。


――ありがとう、隆二


 心の中でそう呟くと、陽葵は立ち上がった。


「お姉ちゃんどこ行くの?」


「お手洗い」


 客間の襖を開け、廊下を突き進む。

 心臓の音が段々と大きくなっていくが、隆二の顔を思い浮かべると和らいだ。あの優しさに撫でられているようで。


「どうした?」


 突き当たりの部屋には弘子と古賀がいた。悠人の祖母と前任者の祖父だ。

 陽葵は一度目を瞑る。


――その人が一番綺麗に咲けるように


 隆二の言葉が頭に響いた。

 すべてを忘れてしまっても、私はまた咲くことができる。

 大切な思い出で繋がっているあなたがいるから。

 お揃いの枯れない花を持って、会いに来てほしい。

 ぎこちない挨拶をしてしまうかもしれないけど、きっとまた同じように笑えるはず。

 そしてまた、あなたに……


 陽葵は想いを胸に仕舞い、目を開いた。


「二人にお願いがあるの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ