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追憶の残花  作者: 最下真人
【二章】 夏の花
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十二話 日常に咲く

 4


 電車に揺られながら帰路に就いていた。

 隣で座る陽葵は、小物入れの入った紙袋を大事そうに抱えて眠っている。

 きっと疲れたのだろう。フラッシュバックを見たこともそうだが、久しぶりに遠出したとも言っていた。

 安心して眠る顔が、遠足帰りの子供のようだなと隆二は思った。


 電車が大きく揺れ、陽葵の頭が隆二の肩に乗った。

 起こさないように配慮しながら、肩の位置を微調整する。

 幼い頃から人の醜悪さを見てきた陽葵にとって、安息できる場所は外の世界になかったのかもしれない。

 無防備に眠る姿を見て、この場所を守りたいと思った。

 生きていれば傷付くことは何度ってある。

 でも悲しみだけでは挫けてしまう。

 笑える居場所があって、安心して過ごせるからこそ、負の感情をバネにできる。


 人間は脆い生き物だ。だからこそ繋がりを持とうとする。

 一人だけで思い出を美しく飾れるのなら、多くの悲しみは存在しない。

 陽葵はずっと一人で背負ってきた。

 今の自分にできることは、これから進む道に笑って振り返れる思い出を添えること。

 隆二はそう考えていた。


 最寄り駅に着き、隆二たちは自宅に向かっていた。

 西陽の差す駅前の通りを、陽葵と肩を並べて歩く。


「ごめん、疲れて寝ちゃってた」


「気持ちよさように寝てた」


「寝顔見た?」


「隣に座ってたから」


 陽葵は口元を指で拭った。よだれが出ていないかを確認したのだろう。


「変な顔してなかった?」


 隆二は意味ありげに、一笑する。


「その笑いは何?」


「なんでもない」


「もういい、隆二の隣では絶対寝ない」


「そっか……もうあの顔は見れないのか」


「えっ、そんな酷い顔してたの?」


 陽葵は慌てたように聞いてきた。


「ううん、遠足帰りの子供みたいだなって思っただけ」


 夕日のせいかは分からないが、陽葵の顔が火照っているように見えた。


「遠出なんて久しぶりだったから……」


 不貞腐れた顔を見て、周りよりも大人びた陽葵も自分たちと同じ普通の高校生なんだなと、隆二は思った。

 交差点まで来ると、サッカーのユニフォームを着た子供たちが正面から走ってきた。

 信号が赤だったため横断歩道で止まる。


「ねえ、もういい?」


 最後に駆けつけた子供が言った。リュックを三つ抱えている。


「お前が持ってくれるって言ったんだろう」


「悠人は優しいから、なんでもしてくれるよな」


 もう二人の子供は手ぶらだ。


「少しの間だけっていうから『いいよ』って言ったんだよ。ずっととは言ってない」


 必死に訴えるが、二人は聞く耳を持っていなさそうだった。

 ふと陽葵を見ると、怒りのようなものを目に宿し、顔を顰めていた。


「あの子らに言ってくる」


 隆二が言うと、陽葵は首を横に振る。


「私が言う。知り合いだから」


「どの子?」


「リュックを持たされてる子」


 その子は顔を俯かせ、諦めた様子だった。

 反対側の歩行者用信号が点滅した時、子供たちの後ろから女の子が走ってきた。

 彼女もサッカーのユニフォームを着ている。


「コラ!」


 女の子は彼らのそばまで来ると、「また悠人に持たせてる。自分の荷物なら自分で持ちなよ」と怒声を響かせた。


「うるせーな、お前には関係ねーだろ」


 リュックを持たせていた一人の子が言い返す。


「自分ばっかり楽するな。いつも悠人に押し付けてるじゃん」


「悠人が持つって言ったんだよ」


「どうせ『ちょっとだけ』とか言って、ここまで持たせたんでしょ?」


「ごちゃごちゃうるせーな。お前みたいな女が一番うざいんだよ」


 信号が青に変わると、陽葵は足早に子供たちの方に向かった。

 隆二も後を付いていく。


「そうだ、そうだ、お前みたいな女は引っ込んで……」


「自分で持ちなよ」


 罵声を遮るように陽葵が言った。

 子供たちは口を開けたたまま、陽葵を見上げている。


「あっ、お姉ちゃんだ」


「知り合い?」


 女の子に聞かれ、悠人は「うん」と頷く。

 陽葵は二人の男の子の前に立った後、視線を合わせるようにしゃがんだ。


「誰かのものを背負うって、自分が背負ってるものより重いんだよ」


 二人の子は顔を見合わせた。戸惑ってるのが分かる。

 隆二も子供らに目線を合わせてしゃがみ、言葉を繋げるように話す。


「自分で背負えるものは自分で背負う。本当に抱えきれない時だけ頼ればいい。もし余裕があるなら一緒に背負ってあげる。分かった?」


 ただのお節介かもしれない。

 でも誰かが言わないと、この子たちは人を傷付けながら生きることになる。

 それを知らないまま大人になれば、痛みに鈍感な人間になってしまう。

 たとえ誰かを悲しみ突き落としても、そこに感情が伴わなくなり負の連鎖を引き起こす。

 隆二は陽葵と関わったことで、より一層、他人の傷の重みを知った。


「分かった」


 二人は悠人からリュックを受け取り、とぼとぼと横断歩道を渡っていった。


「ありがとうございました」


 女の子が隆二たちの前に来て、頭を下げた。


「ほら悠人も」


 促され、悠人も頭を下げる。


「お姉ちゃん、ありがとう。あと彼氏さんも」


「いや、そういう関係じゃなく……」


「どっちから告白したんですか?」


 陽葵の言葉を遮り、女の子が目を輝かせながら聞いてきた。


「だぶん彼氏さんだよ。お姉ちゃん冷めてるところあるから、自分から言わなそう」


 悠人がそう言うと、「うるさい」と陽葵が返す。


「お姉ちゃん紹介するね。この子は茜ちゃんって言って、同じクラスの子」


「本庄茜です。悠人がお世話になってます」


 茜は丁寧なお辞儀をし、まるで悠人の母であるかのような自己紹介をした。


「このお姉ちゃんは松田陽葵さん。親戚“みたいな人”」


 悠人に紹介されると、陽葵は軽く頭を下げる。

 隆二は、“みたいな人”という部分に違和感を感じた。


「この人は?」


 悠人がこちらを見ていた。

 陽葵がすかさず「クラスメイトの村田隆二くん」と紹介したため、頭を下げる。


「付き合うってどういう感じですか?」


 茜は再び目を輝かせた。

 あまりに純粋な目に、隆二はたじろぐ。


「付き合ってるとかじゃ……」


「お姉ちゃん淡白だから、彼氏さん振り回されてそう」


「殴っていいかな?」


 陽葵が目の笑ってない笑顔を浮かべながら聞いてきたので、「落ち着いて」と宥めた。


「あっ、アニメもうすぐ始まっちゃうよ」


「今日最終回だっけ?」


「うん。茜ちゃんの家行ってもいい?」


「いいけど、ちゃんとお母さんに許可もらうんだよ」


「分かった」


 悠人は右手を上げて、大きな声で返事をした。


「お二人ともありがとうございました。これからも悠人をよろしくお願いします」


 茜は再度、丁寧なお辞儀をする。

 悠人との差に、隆二は困惑を浮かべた苦笑いで返した。


「お姉ちゃんまたね。あと彼氏さんも」


 そう言った後、二人は走って横断歩道を渡っていった。


「だから違うって」


 隆二がそう言った後、陽葵と視線が重なった。

 お互い、慌てたように目を逸らすと、気まずさを携えた沈黙が二人の間に落ちる。


「……帰るか」


「……うん」


 住宅街に入り、陽の沈む空を見ながら二人は話していた。


「さっきの男の子が、次の継承者なの」


 “親戚みたいな人”というのはそういうことだった。

 力のことは他言無用だから、ぼやかして言ったのだろうと隆二は理解した。


「何歳なの?」


「十歳。今は四年生」


「じゃあ二十歳まで、誰かの悲しみを背負うってこと?」


「そう。私は七歳の時だった」


 陽葵の声に哀愁が纏う。


「まだ小学生じゃん」


「子供が継承するの。大人の言うことに従ってくれるから。生まれは変えられない。そして生き方も。変えるには誰かが犠牲にならなければいけないの。でも……そんなことできるずない」


 陽葵は自分に言い聞かすように言葉を吐いた。

 抗いたい気持ちはあるが、どこか諦めているようにも見える。


「継承は止められないってこと?」


「できるけど、できない。失うものが大きすぎるから」


 その先の言葉を聞くことが躊躇われた。隆二にも覚悟が必要と思わせる口調だったから。


「人って自分勝手だよね。私が継承したばっかりの時は前任者を恨んだ。なんで止めてくれなかったんだって。でも自分がその立場に立ったら、やっと終わらせられるって思った。今は大切なものを手放したくない。ずっと欲しかったものが目の前にあるから」


 切なさと嬉しさの狭間で彷徨っているように聞こえた。

 自分が知らない世界で、自分が関与できないところで、自分には理解できない苦しみを抱えている。

 手の届かない場所にある葛藤が、隆二の胸をきつく締め付けた。


「今日はありがとう」


 陽葵の家の前に着くと、お礼を言われた。

 西陽が照らす顔には笑顔が添えられている。


「うん」


「また……誘ってもいいかな?」


 陽葵は目線を地面に向け、体の前で組んだ指を忙しなく動かしている。


「ダメ」


「えっ……」


 顔を上げた陽葵は、口を半開きにしながら目が点になっていた。


「ウソ、楽しみにしてる」


 隆二がそう言うと、むくれた顔で睨んできた。


「やだ、絶対誘わない」


「引きずってでも連れてくから大丈夫」


「それは大丈夫じゃない」


 二人の顔に笑みが零れる。


「じゃあ、明後日学校で」


「またね」


 陽葵は門をくぐり、家の敷地内に入っていった。

 隆二はその後ろ姿を静かに見守っていた。

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