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第8話 それぞれの願い

「いってぇなぁ、もう」

 追い出されたラッシェルは、今日の所は引き上げだとばかり自分の部屋へと足を向けた。と、隣の部屋のドアが少しだけ、開けられている。なんとなしに通りすがりに中を覗き、そしてその場に釘付けとなった。今、自分が目にしているものが信じられない、といった風に、何度も目を瞬かせ、凝視する。


「覗きは困りますよ」

 後ろから、声。はっと振り返ると、立っていたのはナハスだった。

「あ、いや」

 バツが悪そうに視線を泳がせる。

「あの、姐さん……」

「ナハス、でいいわ」

「じゃあ、ナハス、あの……彼女は」

 小声で訊ねてくるラッシェルの視線の先にいたのはかつて聖人だったという女性。楽園を追放され、名前を無くした彼女だ。ラッシェルが目を奪われていたのも頷ける話ではある。とにかく、この世のものとは思えないほど美しいのだから。


 パタン、と開いていた扉を静かに閉める。

「彼女はうちのお客様よ。ちょっと訳ありなんだけどね」

「訳あり?」

 ピク、とラッシェルの眉が動いた。ナハスは心の中で溜息をつく。

(どうしてこう、男っていう生き物は……)

 美人で訳アリと聞いただけで隙を伺いはじめるのだから。


「彼女、名前はっ?」

 ニコニコ顔で尋ねてくるラッシェルを押し退け、冷たく言い放つ。

「あなたが口説き落としたいのはロェイなんじゃないのぉ?」

「げっ。なんでそんなこと知ってるんだっ」

「まったくもぅ……」

 ふい、と顔を背け通り過ぎようとするナハスの腕をラッシェルが掴んだ。

「……なに?」

 溜息混じりにナハスが睨みつける。

「俺の恋路、応援したくない?」

 つまり、彼女の情報を流して仲を取り持ってくれないか、という打診である。ナハスはこの先彼の身に振りかかるビジョンが見えてしまい、思わず吹き出してしまう。


「なんだよ?」

 馬鹿にされたと思ったのか、ラッシェルが不機嫌そうな声を出した。

「ああ、ごめんなさい。……大丈夫。あなたには幸せな未来が待ってるわよ」

「はぁ?」

「私、副業で占いやってるの。信じるかどうかはあなた次第よ、ラッシェル」

 ポンポン、と肩を叩くと、クスクス笑いのままナハスはその場を立ち去ったのである。残されたラッシェルはしばしポカンとしていたが、

「脈あり、ってことかぁっ?」


 あらぬ思い込みをしたまま、ご機嫌な面持ちで彼女の部屋のドアを叩いたのである。

「……あの~?」

 コンコン、という乾いた音がするだけで、中からの返答がない。

「あの、もしもし?」

 二度、三度続けるも、応答はなかった。

「もしかして、中で何かあったのか!?」

 カチャ、とノブを廻す。

 と、

「開けないで!」

 中から厳しい声が飛ぶ。

「え?」

 慌ててノブから手を放すラッシェル。

 カチャ

 錠が掛けられた。

「って、おい!」

 結局ラッシェルは、自分の部屋に戻るしかなかったのである……。


*****


「もうすぐだぞ、オルガ」


山道を、大きなリュックを背負って歩くサントワに疲れは全く見えない。むしろ、一歩進むに連れ、その目には輝きが増していくようだった。

 当然だろう。やっと「答え」が見つかるかもしれないのだから。


「……うん」

 名を呼ばれたオルガの方は、男とは対照的に暗く、沈んだ面持ちだ。年は十四、五といったところか。足元まで伸びている長く編み込んだ黒い髪を背に、ゾロッとした服を着ているせいか少年のようにも見て取れる。瞳だけが美しいアクアブルーで、そのアンバランスが不思議な美しさを醸し出す。長旅のせいなのか、頬はやつれ、全体的に細い。隣を歩く大男のせいで、その華奢な体は更に小さく見えるようだ。


 黒髪の少女は、花を咲かせる為に生まれてきた。

 ただそれだけの為に生かされた存在。

 チジリ族唯一の生き残り。それがオルガである。彼女が死ねば、あの花は二度と咲かなくなる。


 二人はあの花……願いを叶えると言われる、伝説の花を探しているのだ。


「もうすぐだ」

 オルガを促すようにして足を進めるサントワ。強靭な肉体と精神を持つ彼は……闇の行商人だった。

 二人はかの地を目指して旅を始め、早くも一年が過ぎようとしていた。どんなに手掛かりを集めても、かの地に辿り着くことが出来ない。この街へ訪れたのは、よく当たる占い師がいるという話を耳にしたからだった。どんな小さな情報でもいいから欲しかった。藁にもすがる思いとは正にこのことである。


「サントワ、やっぱり私……」

 オルガが立ち止まる。

「ダメだ。お前が言おうとしていることはわかるが、それはダメだ。いい加減諦めたらどうだ?」

「だって……」

 オルガは怯えていた。それは、目には見えない恐怖。今まで感じたこともないような、いても立ってもいられないほどの恐怖。まさか自分がこんな風に思うなんて、想像もしていなかったことだ。


(どうして今更……)

 キュッ、と唇を噛み締める。サントワが言うように、諦めるしかないことなのだ。自分の願いは、届くことはない。

 ……願い?

 はっとする。

(そうだわ。そうよ!)

 ある考えが脳裏に浮かぶ。成功するかどうかはわからない、危険な賭けであった。が、何もせず黙っているだけよりはよっぽどましだ。やってみるだけの価値はある。このことを、彼に悟られないようにしなくてはいけない。絶対に、知られてはいけない。


 オルガは改めて唇を噛み締めた。


 それから数日ほど歩いたころだろうか。

「あの街だ」

 立ち止まり、サントワが指差したその先には、小さな、港町が見えていた。

 とうとう、来た。


「いよいよお前の力が必要になるぞ」

嬉々とした顔のサントワとは対照的に、オルガは唇を強く噛み締め俯いていた。



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