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第7話 保護者

 宿屋アルブールは、盛況のようだ。


 港町だから、船が到着するタイミングで混むであろうことは予測できた。

 料理も旨いと評判の宿は、今日、満室だ。

 そして、撒いたと思っていたフラッフィーに見つかり、同室にさせられたロェイは正直困り果てていた。

(女将は味方だと思ってたのにっ)

 まんまと嵌められたのである。


「……フラッフィー、一体どうする気なんだ?」

「どうするって、何が?」

 ベッドに腰掛け、足をフラフラさせながら見上げるその瞳に、迷いなど感じられない。もちろん、自分が咎められているという意識も更々なく、至って暢気である。

「何が、って……お前なぁ。俺に付いて回ってどうするんだよ?」

「だって、まだ全ての記憶が戻ったわけじゃないんでしょ?」

 再会してから話を聞いてみれば、ミルド……ロェイの記憶は半分しか戻っていないとのことだった。

「……そりゃ、まぁ全部じゃないけど」

「だったら簡単に送り出したりできないわよ。いつ、また具合が悪くなるかわからないもの。私が一緒にいなきゃ!」

「いや、もう大丈夫だから」


「何が大丈夫なのっ?」

 トンッ、とベッドから飛び降り、小さい体を精一杯伸ばし、ピッとロェイを指した。

「いいことっ? ミルド!」

「ロェイ……だって」

「ああ、ロェイ! あなたを助けたのはどこの誰なのっ?」

「……お前だな、フラッフィー」

 溜息交じりに答える。

「そうっ。あたしはいわば命の恩人。そのあたしを置き去りにして許されると思って?」

 ふんっ、とのけぞる。

「いや、だからそれは、記憶も戻ったことだし、これ以上迷惑掛けるわけにも」

「そこよ!」

 一段と声を荒げ、フラッフィー。

「あたしが一度だって迷惑だと思ったことがあると思って? 答えは、否よ! そうやって人の事心配する暇があったら、自分の身を案じることねっ」

 口だけは一丁前なのである。

「……はぁ」

「溜息つくなーっ!」


 結局、フラッフィーは、独りになりたくないのだ。せっかくできた家族を、そう簡単に手放してなるものか、という感じなのである。ロェイにもそれはわかっている。わかってはいるが、だからといって何がしてやれるというのか。

 自分は「凪」と呼ばれる厄介な力を持つ者で、記憶は半分ないまま。過去には人の命を奪っていたような男だ。この幼い少女と行動を共にできるような人間じゃないことは明かだというのに……。


「いいことミル……じゃないロェイ! あたしはね、あなたの保護者なの。あなたがきちんと、一人前の男として一人で歩けるようになるまで絶対に離れないんだからぁっ」

「……一人前の男って」

(一体何を基準に判断するんだろう?)

 聞きたかったが、やめておいた。


「ロェイ、いるかぁ?」

 ドアの向こうから聞きたくもない声がした。

 ロェイは頭を抱えた。悩みの種、その二の登場である。

「入るぞ」

 返事など待たずしてドアは開かれる。そして声の主……ラッシェルは扉を半開きにしたまま、口も半開きにしたのである。

「……ロェイ、お前……」

「なんだよ」

「そういう趣味があったのかぁぁっ」

 フラッフィーを指し、叫ぶ。

「そういう趣味?」

 意味のわからないフラッフィーは不思議そうに小首を傾げ、ロェイを見上げた。ロェイは顔を真っ赤にし、

「そんな趣味あるわけないだろうっ!」


 ゲシッ


 ラッシェルをドアの外に蹴り飛ばし、扉を閉め、すぐに錠を掛けた。


「痛ぇぇ! おい、ロェイ~、何も閉めなくたっていいじゃないか。軽~いジョークだろぉっ? ロリコンだなんて思ってないよぉっ。ここを開けてくれよぉ!」

 ドンドンと扉を叩きながら、ラッシェル。

「……ミ……ロェイ、あれは誰なの?」

「ん? ああ、赤の他人だ」

 キッパリと言い放つ。


「おおいっ、赤の他人ってなんだよーっ。俺のおかげで記憶取り戻したんだろうがよぉぉっ」

 煩い。

「そうなのっ?」

 厳しい声で問い質すフラッフィー。

「……まぁ、思い出すキッカケではあったな」

 曖昧に答える。

「記憶を無くす前、あの男と関わりがあったって事?」

 憎らしげに強調する。どうやらラッシェルは彼女のお気に召さなかったようだ。

「俺も信じたくはないがね」

 ロェイがふう、と溜息をつきベッドにひっくり返った。


 フラッフィーはしばらく何かを考えている様子だったが、ツカツカと扉に歩み寄り錠を外し、ガッと扉を開け放つとドアの前にいるラッシェルに向かって言った。

「あんた! もうこれ以上ミルドに近付かないでちょうだいっ」

「……ミル……ド?」

 ラッシェルが聞き返す。

「ああ、ロェイか。そんなことはどうでもいいのよっ。いいこと? あたしは彼の保護者なの。これ以上ロェイを苦しめるような真似したらただじゃおかないんだからねっ」

 腕を組み、ラッシェルを睨みつける。長いまき毛がくるんと揺れて、なんとも可愛らしいものである。しばしホワンとした雰囲気に酔いしれていたラッシェルだったが、ブルル、と頭を振り、フラッフィーに反撃を開始する。


「お嬢ちゃん、ロェイの保護者だっていうのはどういう意味かな?」

 幼い子供に話し掛けるような、優しい声音と笑顔。だが、それはフラッフィーにとってこの世で一番腹の立つ接し方である。キッと目を吊り上げ、すねを思い切り蹴飛ばした。

「痛てぇっ!」

 不意打ちを食らったラッシェルは、そのまま廊下にドシンと尻餅をついた。

「なにすんだ、このガキッ」

「ナメんじゃないわよっ。これでもあたし、一人前のレディよ! あんたみたいな口の悪い男、最低っ。とっとと消えなさい!」


 バタンッ

 閉め出す。


「ったくっ」

 パンパンッと手を叩き埃を払う仕草をすると、ベッドの上に転がっているロェイを見て言った。

「大丈夫よ。あたしが守ってあげるからっ」

「……」


 何も言い返せないロェイなのである。


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